俺の彼氏

リンドウ(友乃)

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俺の彼氏とメリークリスマス

(4)-6

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 ドキドキと胸が高鳴る。不思議だ。つい数分前まではこの世の終わりのように落ち込み、不安に駆られていたというのに。
 ドサッと優しく降ろされたのはソファの上。少しだけ名残惜しく思ってしまった。

「雪、今までのこと本当にごめん。今日、菅さんに聞いた」
「菅さんに会ったの?!」
「いや、偶然だ。これを探しに行ってた」
 そう言いながら目の前に掲げたのは、袋に入った箱。「開けてもいい?」と聞くと無言で頷く。
 そっとまるで柔らかい壊れ物を扱うように開けた。

「これ、てっちゃんまさか」
「ああ。稽古の後、これを探しに行ってたら思いのほか、帰るのが遅くなった」
 溢れそうになる涙を必死で堪えた。そこに映るのは、丸くて綺麗な白いケーキ。
 途端に雪はある結論にたどり着いた。もし、雪の仮説が正しければ榊は―。

「もしかしてこれ、俺のために?」
 震える声になったのは溢れそうになる涙を必死で堪えていたからだろう。
「ああ。本当は雪と一緒になんか作れたらと思ったんだけど、どうもうまくいかなかった」

 もうだめだ、堪えきれそうにない。雪は思いっきり榊の首元に飛びついた。
 だって信じられない。感情表現の苦手な榊が雪を喜ばせようとまさか雪の好きなチーズケーキを探し回っていたなんて。
 この寒空の中、一体どれくらいの時間探してくれたのか、正直見当もつかない。一時間なのか二時間なのか、それとも並んでくれたのか、どこまで探しに行ってくれたのか。
 今日はクリスマスイブだからきっと、なかなかホールサイズで売ってくれる店も見つからなかっただろう。見つけるだけでも一苦労だったはずだ。
 自分が冷えるのも気にせずに、こうやって見つけて買ってきてくれた。そのことがとてつもなく嬉しいんだ。

「おっと、雪、どうした?もしかして好きじゃなくなった?」
「違うに決まってるじゃん。めっちゃ好きだよ、ありがとう」
 突然の行動に驚く榊すら愛おしい。もう榊の全てが好きで堪らない。

「泣いてる?雪」
 戸惑う声で榊が言う。もう涙は隠しておけなかった。
「だっててっちゃんが」
「うん、ごめんな」
 どこまでも優しい声。髪を撫でる優しい手。きっともう、この人なしでは生きていけない。

「好き、好きだ。てったを愛してる。だから俺から離れていかないで」
「…バカか?離れるはずない。むしろ離れられないのは、俺のほうだ」
 傍から見ればバカップル。けれど今の自分たちには切実な言葉だ。
 離れそうになってわかった、榊がどれだけ雪にとって大切な存在か。失いたくない縁なのか。
 今ならわかる。ただ、この優しい手を離さなければいい。ずっとずっと握っていればいいのだ。

「キス、していい?」
 榊が大きな手で両頬を包み込みながらそう聞く。
「今更?付き合いたてのカップルじゃないんだぞ?」
「でも聞きたかった。いい?」
「いいに決まってる」
 本当に俺たち、どうしちゃったんだろう。まるで付き合いたてのカップルのように、いちいちドキドキしている。
 そっと触れるだけのキスが降ってくる。冷たくて少し温かいキスは、優しい味がした。

***

「これ、全部雪が?」
「おう!どうだ?我ながらいい出来になったと思ってる」
 言いながら自信満々に見せたのは、渾身の出来のディナー。残念なのはすっかり冷めしまったこと。

「てっちゃん?まさか、疑ってる?それか、美味くなさそうとか…」
「まさか!いや、なんというか。とにかく、感動してる」
 どうやらサプライズは成功のようだ。
 すっかり冷めたディナーを前に榊は放心状態で座っている。

「冷めちゃったから温めるね!さ、てっちゃんは座って待ってて!」
「いや、俺も手伝うよ」
「いいんだって。今年のクリスマスは俺がサプライズしようと思ってたんだから」
「なら尚更、手伝いたい。俺だって雪にサプライズしたかったし」
 榊が珍しく不貞腐れたように言う。もう、それだけで十分すぎるプレゼントだ。
 一緒にキッチンに立つ。冷めた料理を温めるだけの行為が、なんだかとても特別なことのように思えてくるのも、榊と一緒だからだろう。

「そういえば、前もこんなことあったな」
「前?ってもしかして、てっちゃんがサラダ作ろうとしてくれた時のこと?」
「ああ。って、よくわかったな」
 だって俺も、同じこと考えてた。
 あの時も榊と並んでキッチンに立ったんだ。それだけで幸せだった。

「まあな。なんとなくそうかなって」
 けれど、なんだかそう言うのは癪でつい、誤魔化すように言ってしまった。雪の悪い癖である。
 でも、と雪はキッチンで鍋を火にかけながらしみじみと思う。この幸せが当たり前ではないんだよな。
 少し前まで榊がこの家に帰ってきてくれないかと思っていた。もう榊と一緒にクリスマスもその先も過ごせないかと思っていたんだ。
 慣れない手つきで皿に盛られたローストポークにラップをかける榊を見ながら、涙が滲みそうになる。
 榊を好きになってから、どうも涙腺が弱くなった。
 高校の時も大学の時も、榊 哲太という男に振り回されている。

「あのさ、雪」
「ん?なに?」
「ああ~…その、なんていうか。雪と付き合ってるやつって俺だけ、だよな?」
 テーブルに温めた料理を並べながら唐突に榊がそう聞いてきた。

「え?ごめんてっちゃん、なんの話?」
「いや、ほら。雪が酔っ払って帰って来た時に乃木さん?だっけ。から聞いたから。」
 そういえばそうだった。酔っ払って帰って来た翌朝、『二人で料理して酒を飲みすぎたことか?それとも、俺以外に付き合ってる彼女がいるってことか?』と、榊にしては珍しく声を荒げて言っていた。

「てっちゃん!それは違う!その、乃木さんとはあんまり喋ったこともなくて、だからてっちゃんと付き合ってるって言うのも違うかなって思って。だから彼女ってことにしちゃってただけなんだ」
 言いながら焦っているな、と自覚していた。あの時の自分の発言がまさかこんな風に榊を傷つけることになるとは思わなかった。
 ようやく榊とまた心を通わせられたというのに、自分の過去の行いのせいで離れてしまうなんて考えたくもない。
 この年にして泣くなんてみっともないが、若干本気で泣きそうになりながら慌てて弁明する。

「うん。実は菅さんから聞いてた。けど雪の口から聞きたかった。すまん、試すようなことして」
 聞けば、雪を探し回っている内に偶然、家族で出かけていた菅に会い、最近の雪の話を聞いたそう。
「その時に言われた。雪がずっと我慢してたこともそれを俺に言えなかったことも」
「あ、それはただ俺が不器用だっただけで」
「それでも俺は自分が情けなかった。言われるまで恋人の気持ちに気づけなかったんだ」
 スープを盛り付けていいた器をテーブルに置くと、榊は雪の手を優しく握った。
「目の前のことしか見えないし、不器用だからこれからも雪のことを知らない間に傷つけるかもしれない」
「うん」
「それでも俺は雪が好きだ。この先一生、雪しか好きにならないし雪しか愛せない。そんな俺でも雪はずっと好きか?」
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