50 / 105
俺の彼氏とメリークリスマス
(3)-2
しおりを挟む
一旦、落ち着きを見せたかのように思えた忙しさは下がりかけた熱のようにまた恐ろしいほどの忙しさを見せていた。
12月中旬も過ぎ、あと一週間でクリスマス。浮かれる街とは正反対に、市役所総務課はギスギスとした雰囲気が朝から漂っている。
特に部長の覇気は尋常ではない。周りを寄せ付けない独特のオーラは最早、健康を心配するレベルだ。
「榊~…」
「…なんだ、春日井。朝から変な声出すな」
そのオーラに充てられたのか、と情けない声で榊を呼ぶ春日井を見た。
「部長になんか言われたのか?」
あれから春日井は人が変わったように、キラキラとしたオーラを振り撒きながら毎日の業務にあたっていた。だからすっかり、例のできる彼女との仲も元通りになったのだろう。
だとすると春日井が落ち込む原因は残すところ、部長しかいない。榊はこっそり、地獄耳の部長に聞こえないようにそう囁いた。
「部長?違うって~俺、こう見えて仕事はちゃんとやるタイプなんです~」
「確かに、春日井は真面目だよな。じゃあ、なんなんだ」
思わずイラついた声で聞く。すると春日井は、縋るような目で榊を見てきた。
「彼女とさ、一応仲直りできたんだけど」
「良かったじゃないか」
「良かったよ?けどさ、なんか知らないけど急に別れたいとか言い出してきて」
「…随分と急だな」
「だよな?だよな?もう俺、人を好きになるのが怖い…」
聞けば最近、残業のせいでまた帰りが遅くなった春日井に彼女は本気で浮気をしていると確信を得たという。
「決定的な理由とか、思いつくことはないのか?」
不思議なのはその理由だ。いくらなんでも帰りが遅いだけで浮気と決めつけられるのだろうか。
そう疑問に思い、問うと春日井は意外な事実を告げた。
「多分な?この前、結構遅くなった日、あっただろ?」
「ああ、たしかに」
春日井の言う「結構」とは、大抵の人が口を揃えて遅いと言う22時頃の話である。
それにしてもクリスマス間際にか。そう思えば途端に春日井が不憫に思えてもくる。
榊自身、今年のクリスマスは雪が喜ぶことをしたいと思案していたところだ。春日井もきっと何か計画していたのではないだろうか。
思わず切なげに春日井を見つめていると、春日井は続ける。
「ちょうど矢崎さんと改札が一緒で、降りる駅も一緒だったから…夜も遅いしって一緒に帰ってたんだよ」
「なるほど。それで」
「そう。つまりだな、一緒に帰ってるところを彼女に見られたってことだな」
矢崎とは、同僚で春日井よりも年下の女性だ。年下の女子を夜遅く、一人で帰らせるのはさすがに榊にも抵抗はある。だが、偶然とは恐ろしい。
春日井の話を聞きながら榊は同情する。
「俺的には彼女が俺の家に来てくれてたってことが嬉しかったんだけど、彼女からすれば別の女性となにしてんだよってこと、なんだよな?」
そう言う春日井の声は明らかに沈んでいる。
「なあ榊、こういう経験ない?俺、どうすればいいかわかんねーよ」
親しくしている同期の頼みだ、答えたい。だが、答えられないのだ。
先日の雪の話が蘇る。
『乃木さんって子だけど』
雪を疑っているわけではない。ないのだが、ただ。
春日井の話に同情しつつも、どこかで彼女の意見にも同調しつつある。
仮にもし、雪が榊の知らない女性と二人で夜道を歩いていたら自分はどう思うのだろうか。
友人、同僚、先輩、後輩。たとえそのいずれだとしても自分はそうだと納得できるのか。そうだと納得できないのは、雪の人柄やセクシャリティに関わる。
南沢 雪という人間は元々、生粋の陽キャである。
高校で初めて雪を見た時、陰キャの極みの榊は自分とは絶対に関わらない人種だと自己完結していたほどだ。
明るく常に笑顔を絶やさず、みんなの中心にいて自然と人が集まる。南沢 雪親衛隊まであるのだから、榊の見解は少なくとも外れてはいないだろう。
そして何より、そんな雪を愛する人がたくさんいること。
人から愛されることは至福の喜びだ。しかし、特定の誰かを愛する身となればそれは時として脅威となる。
榊と付き合う前、中学時代には彼女がいたという雪のセクシャリティはゲイではない。だが、実際に榊と付き合っている。
つまり、雪は好きになった人と付き合う人間であり、男女の性は関係ないのかもしれないということなのだ。
正直、自分が何故雪に好きになってもらえたのか、今でもわからない。
休みとなれば読書に弓道、料理も家事全般得意ではなく雪に言わせれば「ザ・男」。学生時代から変わっていない陰キャの自分に誇れるところなんかないも同然だ。
だから不安なんだ。自分の知らない雪がいることが、とんでもなく不安で胸が騒つく。
乃木って人とは仲良いのか、帰りは一緒なのか、どんな話をするのか。
乃木がお前を好きじゃないのか。
「…俺も聞きたいな」
「え?なに、榊」
「いや、なんでもない。ほら、もう始業時間だ」
我ながら気持ち悪いな、そう過ぎる気持ちを押し込めデスクに向かった。
12月中旬も過ぎ、あと一週間でクリスマス。浮かれる街とは正反対に、市役所総務課はギスギスとした雰囲気が朝から漂っている。
特に部長の覇気は尋常ではない。周りを寄せ付けない独特のオーラは最早、健康を心配するレベルだ。
「榊~…」
「…なんだ、春日井。朝から変な声出すな」
そのオーラに充てられたのか、と情けない声で榊を呼ぶ春日井を見た。
「部長になんか言われたのか?」
あれから春日井は人が変わったように、キラキラとしたオーラを振り撒きながら毎日の業務にあたっていた。だからすっかり、例のできる彼女との仲も元通りになったのだろう。
だとすると春日井が落ち込む原因は残すところ、部長しかいない。榊はこっそり、地獄耳の部長に聞こえないようにそう囁いた。
「部長?違うって~俺、こう見えて仕事はちゃんとやるタイプなんです~」
「確かに、春日井は真面目だよな。じゃあ、なんなんだ」
思わずイラついた声で聞く。すると春日井は、縋るような目で榊を見てきた。
「彼女とさ、一応仲直りできたんだけど」
「良かったじゃないか」
「良かったよ?けどさ、なんか知らないけど急に別れたいとか言い出してきて」
「…随分と急だな」
「だよな?だよな?もう俺、人を好きになるのが怖い…」
聞けば最近、残業のせいでまた帰りが遅くなった春日井に彼女は本気で浮気をしていると確信を得たという。
「決定的な理由とか、思いつくことはないのか?」
不思議なのはその理由だ。いくらなんでも帰りが遅いだけで浮気と決めつけられるのだろうか。
そう疑問に思い、問うと春日井は意外な事実を告げた。
「多分な?この前、結構遅くなった日、あっただろ?」
「ああ、たしかに」
春日井の言う「結構」とは、大抵の人が口を揃えて遅いと言う22時頃の話である。
それにしてもクリスマス間際にか。そう思えば途端に春日井が不憫に思えてもくる。
榊自身、今年のクリスマスは雪が喜ぶことをしたいと思案していたところだ。春日井もきっと何か計画していたのではないだろうか。
思わず切なげに春日井を見つめていると、春日井は続ける。
「ちょうど矢崎さんと改札が一緒で、降りる駅も一緒だったから…夜も遅いしって一緒に帰ってたんだよ」
「なるほど。それで」
「そう。つまりだな、一緒に帰ってるところを彼女に見られたってことだな」
矢崎とは、同僚で春日井よりも年下の女性だ。年下の女子を夜遅く、一人で帰らせるのはさすがに榊にも抵抗はある。だが、偶然とは恐ろしい。
春日井の話を聞きながら榊は同情する。
「俺的には彼女が俺の家に来てくれてたってことが嬉しかったんだけど、彼女からすれば別の女性となにしてんだよってこと、なんだよな?」
そう言う春日井の声は明らかに沈んでいる。
「なあ榊、こういう経験ない?俺、どうすればいいかわかんねーよ」
親しくしている同期の頼みだ、答えたい。だが、答えられないのだ。
先日の雪の話が蘇る。
『乃木さんって子だけど』
雪を疑っているわけではない。ないのだが、ただ。
春日井の話に同情しつつも、どこかで彼女の意見にも同調しつつある。
仮にもし、雪が榊の知らない女性と二人で夜道を歩いていたら自分はどう思うのだろうか。
友人、同僚、先輩、後輩。たとえそのいずれだとしても自分はそうだと納得できるのか。そうだと納得できないのは、雪の人柄やセクシャリティに関わる。
南沢 雪という人間は元々、生粋の陽キャである。
高校で初めて雪を見た時、陰キャの極みの榊は自分とは絶対に関わらない人種だと自己完結していたほどだ。
明るく常に笑顔を絶やさず、みんなの中心にいて自然と人が集まる。南沢 雪親衛隊まであるのだから、榊の見解は少なくとも外れてはいないだろう。
そして何より、そんな雪を愛する人がたくさんいること。
人から愛されることは至福の喜びだ。しかし、特定の誰かを愛する身となればそれは時として脅威となる。
榊と付き合う前、中学時代には彼女がいたという雪のセクシャリティはゲイではない。だが、実際に榊と付き合っている。
つまり、雪は好きになった人と付き合う人間であり、男女の性は関係ないのかもしれないということなのだ。
正直、自分が何故雪に好きになってもらえたのか、今でもわからない。
休みとなれば読書に弓道、料理も家事全般得意ではなく雪に言わせれば「ザ・男」。学生時代から変わっていない陰キャの自分に誇れるところなんかないも同然だ。
だから不安なんだ。自分の知らない雪がいることが、とんでもなく不安で胸が騒つく。
乃木って人とは仲良いのか、帰りは一緒なのか、どんな話をするのか。
乃木がお前を好きじゃないのか。
「…俺も聞きたいな」
「え?なに、榊」
「いや、なんでもない。ほら、もう始業時間だ」
我ながら気持ち悪いな、そう過ぎる気持ちを押し込めデスクに向かった。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
どこかがふつうと違うベータだった僕の話
mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話
作品自体は完結しています。
番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。
ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。
初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい
あなたと交わす、未来の約束
由佐さつき
BL
日向秋久は近道をしようと旧校舎の脇を通り、喫煙所へと差し掛かる。人気のないそこはいつも錆びた灰皿だけがぼんやりと佇んでいるだけであったが、今日は様子が違っていた。誰もいないと思っていた其処には、細い体に黒を纏った彼がいた。
日向の通う文学部には、芸能人なんかよりもずっと有名な男がいた。誰であるのかは明らかにされていないが、どの授業にも出ているのだと噂されている。
煙草を挟んだ指は女性的なまでに細く、白く、銀杏色を透かした陽射しが真っ直ぐに染み込んでいた。伏せた睫毛の長さと、白い肌を飾り付ける銀色のアクセサリーが不可思議な彼には酷く似合っていて、日向は視線を外せなかった。
須賀千秋と名乗った彼と言葉を交わし、ひっそりと隣り合っている時間が幸せだった。彼に笑っていてほしい、彼の隣にいたい。その気持ちだけを胸に告げた言葉は、彼に受け入れられることはなかった。
*****
怖いものは怖い。だけど君となら歩いていけるかもしれない。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
倫理的恋愛未満
雨水林檎
BL
少し変わった留年生と病弱摂食障害(拒食)の男子高校生の創作一次日常ブロマンス(BL寄り)小説。
体調不良描写を含みます、ご注意ください。
基本各話完結なので単体でお楽しみいただけます。全年齢向け。
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
記憶の欠けたオメガがヤンデレ溺愛王子に堕ちるまで
橘 木葉
BL
ある日事故で一部記憶がかけてしまったミシェル。
婚約者はとても優しいのに体は怖がっているのは何故だろう、、
不思議に思いながらも婚約者の溺愛に溺れていく。
---
記憶喪失を機に愛が重すぎて失敗した関係を作り直そうとする婚約者フェルナンドが奮闘!
次は行き過ぎないぞ!と意気込み、ヤンデレバレを対策。
---
記憶は戻りますが、パッピーエンドです!
⚠︎固定カプです
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる