俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏とメリークリスマス

(3)-2

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 一旦、落ち着きを見せたかのように思えた忙しさは下がりかけた熱のようにまた恐ろしいほどの忙しさを見せていた。
 12月中旬も過ぎ、あと一週間でクリスマス。浮かれる街とは正反対に、市役所総務課はギスギスとした雰囲気が朝から漂っている。
 特に部長の覇気は尋常ではない。周りを寄せ付けない独特のオーラは最早、健康を心配するレベルだ。

「榊~…」
「…なんだ、春日井。朝から変な声出すな」
 そのオーラに充てられたのか、と情けない声で榊を呼ぶ春日井を見た。

「部長になんか言われたのか?」
 あれから春日井は人が変わったように、キラキラとしたオーラを振り撒きながら毎日の業務にあたっていた。だからすっかり、例のできる彼女との仲も元通りになったのだろう。
 だとすると春日井が落ち込む原因は残すところ、部長しかいない。榊はこっそり、地獄耳の部長に聞こえないようにそう囁いた。

「部長?違うって~俺、こう見えて仕事はちゃんとやるタイプなんです~」
「確かに、春日井は真面目だよな。じゃあ、なんなんだ」
 思わずイラついた声で聞く。すると春日井は、縋るような目で榊を見てきた。

「彼女とさ、一応仲直りできたんだけど」
「良かったじゃないか」
「良かったよ?けどさ、なんか知らないけど急に別れたいとか言い出してきて」
「…随分と急だな」
「だよな?だよな?もう俺、人を好きになるのが怖い…」
 聞けば最近、残業のせいでまた帰りが遅くなった春日井に彼女は本気で浮気をしていると確信を得たという。

「決定的な理由とか、思いつくことはないのか?」
 不思議なのはその理由だ。いくらなんでも帰りが遅いだけで浮気と決めつけられるのだろうか。
 そう疑問に思い、問うと春日井は意外な事実を告げた。

「多分な?この前、結構遅くなった日、あっただろ?」
「ああ、たしかに」
 春日井の言う「結構」とは、大抵の人が口を揃えて遅いと言う22時頃の話である。
 それにしてもクリスマス間際にか。そう思えば途端に春日井が不憫に思えてもくる。
 榊自身、今年のクリスマスは雪が喜ぶことをしたいと思案していたところだ。春日井もきっと何か計画していたのではないだろうか。
 思わず切なげに春日井を見つめていると、春日井は続ける。

「ちょうど矢崎さんと改札が一緒で、降りる駅も一緒だったから…夜も遅いしって一緒に帰ってたんだよ」
「なるほど。それで」
「そう。つまりだな、一緒に帰ってるところを彼女に見られたってことだな」
 矢崎とは、同僚で春日井よりも年下の女性だ。年下の女子を夜遅く、一人で帰らせるのはさすがに榊にも抵抗はある。だが、偶然とは恐ろしい。
 春日井の話を聞きながら榊は同情する。

「俺的には彼女が俺の家に来てくれてたってことが嬉しかったんだけど、彼女からすれば別の女性となにしてんだよってこと、なんだよな?」
 そう言う春日井の声は明らかに沈んでいる。

「なあ榊、こういう経験ない?俺、どうすればいいかわかんねーよ」
 親しくしている同期の頼みだ、答えたい。だが、答えられないのだ。
 先日の雪の話が蘇る。

『乃木さんって子だけど』

 雪を疑っているわけではない。ないのだが、ただ。
 春日井の話に同情しつつも、どこかで彼女の意見にも同調しつつある。
 仮にもし、雪が榊の知らない女性と二人で夜道を歩いていたら自分はどう思うのだろうか。
 友人、同僚、先輩、後輩。たとえそのいずれだとしても自分はそうだと納得できるのか。そうだと納得できないのは、雪の人柄やセクシャリティに関わる。
 南沢 雪という人間は元々、生粋の陽キャである。
 高校で初めて雪を見た時、陰キャの極みの榊は自分とは絶対に関わらない人種だと自己完結していたほどだ。
 明るく常に笑顔を絶やさず、みんなの中心にいて自然と人が集まる。南沢 雪親衛隊まであるのだから、榊の見解は少なくとも外れてはいないだろう。
 そして何より、そんな雪を愛する人がたくさんいること。

 人から愛されることは至福の喜びだ。しかし、特定の誰かを愛する身となればそれは時として脅威となる。
 榊と付き合う前、中学時代には彼女がいたという雪のセクシャリティはゲイではない。だが、実際に榊と付き合っている。
 つまり、雪は好きになった人と付き合う人間であり、男女の性は関係ないのかもしれないということなのだ。
 正直、自分が何故雪に好きになってもらえたのか、今でもわからない。
 休みとなれば読書に弓道、料理も家事全般得意ではなく雪に言わせれば「ザ・男」。学生時代から変わっていない陰キャの自分に誇れるところなんかないも同然だ。
 だから不安なんだ。自分の知らない雪がいることが、とんでもなく不安で胸が騒つく。
 乃木って人とは仲良いのか、帰りは一緒なのか、どんな話をするのか。
 乃木がお前を好きじゃないのか。

「…俺も聞きたいな」
「え?なに、榊」
「いや、なんでもない。ほら、もう始業時間だ」
 我ながら気持ち悪いな、そう過ぎる気持ちを押し込めデスクに向かった。
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