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俺の彼氏のお友達
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南沢たちバンドの曲は、大盛況の中、幕を閉じた。そして今、俺たちは校庭の中央に聳える巨大な火の塊をぐるりと囲むように座っている。
これも三浦さんから聞いたことだが、この高校では学校祭の締めにキャンプファイヤーを行うらしく、学生の間では一世一代の告白タイムとして有名なのだそう。
「でもさ、榊はもう告白されてたもんね?」
「え?誰にもされてませんけど?」
「あれ、聞いたよ?雪くんの友人って、榊でしょ」
噂が回るのは早いと思いつつ、「でもあれは友人に対してですよ?」と慌てて言う。
「そっか、まあそれならいいことにしてあげる。それより、雪くんとこ行かなくていいの?」
そう問われ、周囲を見渡すが俺はまた、溜息をついていた。
あれからというもの、南沢と話せていなかったのだ。というより、近付くチャンスが隙もない。
南沢を始めとするバンドのメンバーはどうやら巷では有名なモテ軍団だそうで、そこに今年から仲間入りしたのが南沢なものだから、女性たちが離してくれないのも納得である。
それに加え、俺の方はクラスの当番と、ようやく一息つけたのがついさっきなのだ。
もう一度辺りを見回すが、やはり軍団は囲まれており迂闊に近付けない雰囲気を漂わせていた。
「雪、モテモテだなぁ」
ふと、隣を見れば斉藤さんが遠い目をしながらそう言う。
「そうだな、さすが南沢だ」
「ふっ…!何それ、なんか雪のおじいちゃんみたい!」
「おじいちゃん?会ったことあるのか?」
「まさか!たとえばの話よ、本当榊ってクソ真面目なんだから!」
女子の冗談は本気でわからないな、とケラケラ笑う斉藤さんを見ながら思う。けれど、悪くはないとも思うのは、それだけ仲が深まってきた証拠だろうか。
「…雪ってさ、好きな人とかいるのかな?」
「え?」
「私ね、榊にだから言うけど、雪のことずっと好きなんだ」
もちろん、恋愛的な意味だろう。斉藤さんの目ははるか彼方にいる南沢を捉えている。
「だからさっき、雪が榊に大好きだって言ったの、ちょっと嫉妬しちゃった」
きっと彼女の胸中には、複雑な感情が込み上げている。
俺がもし、彼女の立場でもそうだったはずだ。だって彼女は明るくて優しい俺とは正反対な女性なのだから。
『恋愛する相手が異性じゃないなんてのも割とよくある話なんだ』
ふいに叔父の言葉を思い出す。異性だけじゃない恋愛なんて、存在するのだろうか。
「なんで私が榊に言ったか、わかる?」
「いや、正直わからないな」
「あの、さ。勘違いだったらごめん。榊さ、雪のこと好き?…恋愛的な意味で」
「は!?恋愛的って、なんでだよ。第一、俺も南沢も男だぞ?」
「え?そんなこと気にしてたの?男だろうが女だろうが、好きになるのに理由なんかなくない?」
声が出なかった、いや出せなかった。関係ないなんて一度も思えなかったのだ、なのに斉藤さんの口振りではそれがとてもちっぽけなことのように聞こえてしまう。
「…なんでそうだと思ったんだ?」
「ん~なんとなくだけど、榊が雪を見る目が私と同じだったからかな?雪を独占したい、私だけを見て欲しいって目。そうでしょ?」
キャンプファイヤーの火に照らされ、斉藤さんの顔がぼぅっと赤く映し出される。彼女は微笑みながらけれども少し泣きそうに目元を歪ませていた。
俺は、俺は。斉藤さんの顔を照らす赤を見ながら、一歩踏み出せない自分が不甲斐なく情けない。
独占したい、俺が一番でありたい、俺以外の奴に触らせないで欲しい。
それは多分、恋だろう。もう言い訳できない。だが、やはり怖い。一生かけても失わない友人の名前を捨てることが何よりも怖い。
斉藤さんの問いかけに答えられず、ただただ彼女の顔を横から見つめるしか出来なかった、その時だった。
「榊!やっと見つけた!」
腕を強く掴まれ、問答無用に引っ張られた。赤茶色が濃くなった髪が目の前を綺麗に揺れる。
走っていた。火を囲む人の波をすり抜けて、ひたすらに走っていた。息も絶え絶えに辿り着いたのは、校舎2階の俺たちの教室だった。
「み、南沢。いきなり、どうし」
「どうしたじゃないよ!!いきなりもなにもない、榊こそなんなんだよ!」
最近、弓道に行っていなかったせいで鈍った身体が息を切らしていると、南沢が突然大声をあげた。
「いっつもそうだよ!いっつもカッコいいくせに肝心なところで逃げる!なんでだよ、なんで俺から逃げるんだ!」
「それは、その…」
まさか言えるわけないだろう、あいつに嫉妬したからだなんて。思わず俺らしくもなく言い淀む。
「俺のこと、嫌いか?」
「そうじゃない!」
「だったらなんで!なんで避けるんだよ、嫌がるんだよ…。わけわかんねーよ…」
そう言ってずるずると座り込む南沢の無防備な頭頂部を見つめながらも俺は、今すぐにでもあの時に戻りたい気持ちで胸が張り裂けてしまいそうだった。
そして今、いつもは存在感をはっきりとさせている男の亀のように小さい姿を、すっぽりと抱きしめたくて仕方がない。
「榊…?」
正面から抱きしめた身体が思いの外小さくて、俺の名前を呼ぶ吐息が温かく肩に触れ、くぐもって聞こえる。
男とか女とか、友人とかそうじゃないとか。
考えることも見つけたい答えもまだたくさんある。それは時間が掛かるかもしれない。
それでも俺は、可愛くてカッコいい南沢 雪をできるなら俺の腕に閉じ込めてしまいたいとさえ思うんだ。
「南沢の歌、聞いた」
「え、あれやっぱり榊だったんだ?じゃあ、あれ聞いちゃったんだ…」
「ああ、ちゃんと聞いた。やっぱり南沢は歌が上手いと思う。それに」
「それに?」
「…俺も大好きだなって思った。お前のこと」
「さ、かきッ…お前、マジでバカ」
くぐもった声が更にくぐもり、南沢が埋めた肩先がじんわりと濡れていく。けれどもう、そんなことはどうでも良かった。だって今、南沢は笑っていると思うから。
涙で濡れた顔のまま、くしゃくしゃの顔で泣きながら笑っていると思うから。
誰も知らない南沢の顔で。
恐る恐るというように背中に回された手をきつくさせるように、俺も南沢の背中をきつく抱きしめていた。
これも三浦さんから聞いたことだが、この高校では学校祭の締めにキャンプファイヤーを行うらしく、学生の間では一世一代の告白タイムとして有名なのだそう。
「でもさ、榊はもう告白されてたもんね?」
「え?誰にもされてませんけど?」
「あれ、聞いたよ?雪くんの友人って、榊でしょ」
噂が回るのは早いと思いつつ、「でもあれは友人に対してですよ?」と慌てて言う。
「そっか、まあそれならいいことにしてあげる。それより、雪くんとこ行かなくていいの?」
そう問われ、周囲を見渡すが俺はまた、溜息をついていた。
あれからというもの、南沢と話せていなかったのだ。というより、近付くチャンスが隙もない。
南沢を始めとするバンドのメンバーはどうやら巷では有名なモテ軍団だそうで、そこに今年から仲間入りしたのが南沢なものだから、女性たちが離してくれないのも納得である。
それに加え、俺の方はクラスの当番と、ようやく一息つけたのがついさっきなのだ。
もう一度辺りを見回すが、やはり軍団は囲まれており迂闊に近付けない雰囲気を漂わせていた。
「雪、モテモテだなぁ」
ふと、隣を見れば斉藤さんが遠い目をしながらそう言う。
「そうだな、さすが南沢だ」
「ふっ…!何それ、なんか雪のおじいちゃんみたい!」
「おじいちゃん?会ったことあるのか?」
「まさか!たとえばの話よ、本当榊ってクソ真面目なんだから!」
女子の冗談は本気でわからないな、とケラケラ笑う斉藤さんを見ながら思う。けれど、悪くはないとも思うのは、それだけ仲が深まってきた証拠だろうか。
「…雪ってさ、好きな人とかいるのかな?」
「え?」
「私ね、榊にだから言うけど、雪のことずっと好きなんだ」
もちろん、恋愛的な意味だろう。斉藤さんの目ははるか彼方にいる南沢を捉えている。
「だからさっき、雪が榊に大好きだって言ったの、ちょっと嫉妬しちゃった」
きっと彼女の胸中には、複雑な感情が込み上げている。
俺がもし、彼女の立場でもそうだったはずだ。だって彼女は明るくて優しい俺とは正反対な女性なのだから。
『恋愛する相手が異性じゃないなんてのも割とよくある話なんだ』
ふいに叔父の言葉を思い出す。異性だけじゃない恋愛なんて、存在するのだろうか。
「なんで私が榊に言ったか、わかる?」
「いや、正直わからないな」
「あの、さ。勘違いだったらごめん。榊さ、雪のこと好き?…恋愛的な意味で」
「は!?恋愛的って、なんでだよ。第一、俺も南沢も男だぞ?」
「え?そんなこと気にしてたの?男だろうが女だろうが、好きになるのに理由なんかなくない?」
声が出なかった、いや出せなかった。関係ないなんて一度も思えなかったのだ、なのに斉藤さんの口振りではそれがとてもちっぽけなことのように聞こえてしまう。
「…なんでそうだと思ったんだ?」
「ん~なんとなくだけど、榊が雪を見る目が私と同じだったからかな?雪を独占したい、私だけを見て欲しいって目。そうでしょ?」
キャンプファイヤーの火に照らされ、斉藤さんの顔がぼぅっと赤く映し出される。彼女は微笑みながらけれども少し泣きそうに目元を歪ませていた。
俺は、俺は。斉藤さんの顔を照らす赤を見ながら、一歩踏み出せない自分が不甲斐なく情けない。
独占したい、俺が一番でありたい、俺以外の奴に触らせないで欲しい。
それは多分、恋だろう。もう言い訳できない。だが、やはり怖い。一生かけても失わない友人の名前を捨てることが何よりも怖い。
斉藤さんの問いかけに答えられず、ただただ彼女の顔を横から見つめるしか出来なかった、その時だった。
「榊!やっと見つけた!」
腕を強く掴まれ、問答無用に引っ張られた。赤茶色が濃くなった髪が目の前を綺麗に揺れる。
走っていた。火を囲む人の波をすり抜けて、ひたすらに走っていた。息も絶え絶えに辿り着いたのは、校舎2階の俺たちの教室だった。
「み、南沢。いきなり、どうし」
「どうしたじゃないよ!!いきなりもなにもない、榊こそなんなんだよ!」
最近、弓道に行っていなかったせいで鈍った身体が息を切らしていると、南沢が突然大声をあげた。
「いっつもそうだよ!いっつもカッコいいくせに肝心なところで逃げる!なんでだよ、なんで俺から逃げるんだ!」
「それは、その…」
まさか言えるわけないだろう、あいつに嫉妬したからだなんて。思わず俺らしくもなく言い淀む。
「俺のこと、嫌いか?」
「そうじゃない!」
「だったらなんで!なんで避けるんだよ、嫌がるんだよ…。わけわかんねーよ…」
そう言ってずるずると座り込む南沢の無防備な頭頂部を見つめながらも俺は、今すぐにでもあの時に戻りたい気持ちで胸が張り裂けてしまいそうだった。
そして今、いつもは存在感をはっきりとさせている男の亀のように小さい姿を、すっぽりと抱きしめたくて仕方がない。
「榊…?」
正面から抱きしめた身体が思いの外小さくて、俺の名前を呼ぶ吐息が温かく肩に触れ、くぐもって聞こえる。
男とか女とか、友人とかそうじゃないとか。
考えることも見つけたい答えもまだたくさんある。それは時間が掛かるかもしれない。
それでも俺は、可愛くてカッコいい南沢 雪をできるなら俺の腕に閉じ込めてしまいたいとさえ思うんだ。
「南沢の歌、聞いた」
「え、あれやっぱり榊だったんだ?じゃあ、あれ聞いちゃったんだ…」
「ああ、ちゃんと聞いた。やっぱり南沢は歌が上手いと思う。それに」
「それに?」
「…俺も大好きだなって思った。お前のこと」
「さ、かきッ…お前、マジでバカ」
くぐもった声が更にくぐもり、南沢が埋めた肩先がじんわりと濡れていく。けれどもう、そんなことはどうでも良かった。だって今、南沢は笑っていると思うから。
涙で濡れた顔のまま、くしゃくしゃの顔で泣きながら笑っていると思うから。
誰も知らない南沢の顔で。
恐る恐るというように背中に回された手をきつくさせるように、俺も南沢の背中をきつく抱きしめていた。
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