俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

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俺の彼氏がバースデイ

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「ちょっとぉ、なになに?雪くん、だいぶここがにやけちゃってるけど」

 真夏を越した九月上旬、哲ちゃんが言っていた通り残暑が厳しいこの季節。
「これ、使えよ。室内にいても熱中症ってなるらしいから」無愛想にそう言ってくれたクールネックを首につけ、休み明けで気が緩みそうになる気持ちをどうにか引き締めてデスクに向かっていたのが数分前のこと。
 休憩時間で混み合う食堂の端っこで、ヒソヒソと話すのは上司の菅さんだ。
 菅さんは俺より五つ上の女性で三人の子どもの母親でもあり、育児と仕事をこなす強き母親である。
 子どもが産まれる前はチーフとして俺なんか足元にも及ばないほど、バリバリに働いていたが今は育児に重点を置きたいと縁の下の力持ちの役割を担っている。

「やだなぁ、菅さん。いつも通り、シャキッとしてるじゃないですか!」
「え?シャキッと?そんなにゆるゆるに緩みまくった顔して何を言ってるんだか!」
 食後のコーヒーにブラック派の俺と菅さん二人分を社内飲料コーナーから淹れてくると、すかさずそう言われてしまう。
 本当に彼女には誤魔化せない。女の勘ってのはやはり本当にあるみたいだ。

「そんなに?緩んでましたか?」
「もちろん。鏡でも見てみる?」
 菅さんがセンスの良いポーチからコンパクト式の鏡を出して俺に見せる。たしかに、いつもより口角が緩んでいる 気がする。
 でもそれは、最早仕方のないことなのだ。
 だって、最高に幸せな旅行だったのだから、あの夏の北海道は。

「で?もちろん私にもお裾分けしてくれるのよね?」
 菅さんが言う「お裾分け」とはつまり、俺の惚気話を聞かせてほしいという意味だと知ったのは、彼女が職場復帰した去年のことだった。

「菅ちゃん、あんまり若い子にダル絡みするんじゃないよ?いくら雪くんが幸せオーラ全開だからって言ってもね」
「いやだ、私はただ、トキメキみたいなものを若い雪くんからお裾分けして欲しいだけよ?」
 どうやら、純粋に菅さんはトキメキとやらの成分を俺から間接的に培養したいらしいのだ。
 テーブルに肘をついて瞳をキラキラさせる菅さんが、今か今かと俺が話し始めるタイミングを見計らっている。

「言っておきますけど、俺と彼氏のことは」
「わかってる、秘密でしょ?」
 菅さんがドヤ顔で親指を立てる、そのいつもの仕草に安堵した。というのも、社内で俺と哲ちゃんの関係を知るのは菅さんただ一人だからである。
 偶然にも休暇で東北観光している際に、ばったりと菅さん一家に出会ったことがきっかけだった。
 以来、菅さんを始め菅さんの旦那さんやお子さんと良いお付き合いをさせていただいているわけだ。

「せっかく私がプラン作成に協力してあげたんだから!いいよね?聞かせてくれても!」
 そうなのだ、実は菅さんには貴重な盆休みが貰えるとわかとた時点ですぐさま、どうしようと相談していたのだ。
 そうだった、と言うと菅さんがない牙を剥き出しにしそうなので言えないし、決して忘れていたわけでもない。
 夢のような現実の数々にほんの少しだけ浮かれ過ぎて抜けていただけだ。

 きっと菅さんはまだ少女のように瞳をキラキラとさせて俺が話出すのを待っているだろう。
 そう思いながら恐る恐るその顔を見上げる。

「何すか?その顔は」
 咄嗟に失礼とも思える言葉が口を付いていた。
 菅さんがなんというか、俺を慈しむような目でじとっと見ているような気がする。

「そんなに良かったか、そっかそっか」
「へ?」
「わかるよ~予想以上に良い思い出って言葉にすること自体が難しいよね?」
 まあ仕方ないか、と自己完結さえしているけれど、ごめんなさい、俺は別に言いたくなかったわけじゃないんですとはもちろん言えない。
 ただ俺は、最高すぎた旅行のどこをどう話せば伝わるか、時間をかけて考えていただけなのだ。

 今になっても思う。いつもカッコ良い哲ちゃんがあの時はいつも以上にカッコ良すぎた。
 特にあの藻岩山のロープウェイはやばかった。
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