俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
9 / 105
俺の彼氏がモテすぎる件について

(5)

しおりを挟む
 榊は普段、無愛想で冷たいイメージが先行して注目こそされないが、実のところ整った顔をしているのだ。
 綺麗な太い眉にすっと上に上がった切れ長な一重と同じようにシャープで高い鼻、そして薄い割に膨らみを帯びた唇。
 首から下の堅いの良さとミスマッチな顔付きが、余計に榊の良さを際立たせていた。
 一方で吉井さんは、可愛いという言葉が雰囲気と顔付き共に一番ぴったりと嵌る人だ。
 頼もしい男に可愛らしい女の子。それは、誰がどこから見てもお似合いのカップルと言えるだろう。もし、俺が榊の隣にいたとしても、絶対はそう思われない。
 けれども、本当は俺がそこにいたかった。
 俺がお前に笑いかけて欲しかった、俺がお前を笑わせたかったのに。
 認めないといけない現実と諦めきれない理想、相反するその感情に胸の中が騒めいていた。

「にしても、彩綾ちゃんもやるよね、あんな可愛い顔して。榊だって満更でもなさそうだし?」
「あ、あぁ。そうだよな」
 空返事が宙を舞う。肯定の言葉にはなんの力も込められていない。

「上手くいくといいよね~。けど、榊のこと狙ってる子、結構いるからなぁ。彩綾ちゃんちょい頑張らなきゃだね」
「は?狙ってるってなに?」
「え?知らないの?榊って女子の間じゃ、モテモテだよ?」
 クールだけれど、勉強もスポーツもできるからアイスプリンスと呼ばれている、と斉藤は言う。

「榊と雪って結構、仲良さげだったから知ってるのかなぁって思ってた!でもあれか、男子の間じゃあんまり評判良くないのか」

 連れて来られたお好み焼きの屋台に至極自然と並んでいた斉藤が、「二つください!」と溌剌とした声で店主に声をかけながら言ったことは、俺にも聞き覚えがあるものだった。
 アイスプリンスはさすがに知らなかったが、男子の間で榊が疎まれているというのは事実だ。
 榊という男は人間関係が希薄で自らもそれを望まない。
 例え、部活動に勧誘されようと休日に遊びに誘われようとも、自分が本当にその気にならなければ了承しない。言ってみれば、忖度できない古風な男なのだ。
 それだけでも充分に男子からハブられる理由にはなるが、決め手は斉藤の言った通り。
 勉強もスポーツも、嫌味なくらいスマートにこなす器用さだった。
 根暗のくせに、と囁かれた一言が気付けばクラス全体に蔓延していた。
 だから、なのか定かではないが、男子とは正反対だという女子の反応に戸惑いを隠せない。

 というか俺、お好み焼きは広島風派なんだけど。

 おそらく善意と申し訳なさで買ってくれたお好み焼きを斉藤から一つ受け取り、500円を渡す。
時刻は18時。花火まで残すところ、一時間。
 とりあえず、というようにお互い下駄を鳴らしながら、ゆっくりとゆっくりと人の波に乗って歩き始める。
 屋台の波を抜け、焼きそばや甘ったるいクレープのような匂いを嗅ぎながら歩道に出た。もちろん、既に榊たちの姿は見当たらない。

「雪とこういうお祭り来るの、何気に初めてじゃない?」
「ああ、そうかも。いつもはラグビー部の奴らか後輩とが多かったからな」
「そうだね。雪、なんだかんだで面倒見いいし」
 なんだかんだって、なんだよ。と、思わず突っ込みたくはなるが、敢えて触れないことにした。

「…なんかさ、うちらもこうして歩いてたら、付き合ってる風に見えるのかな?」
 斉藤がモゴモゴとそう言う。
 俺と斉藤の身長差はおそらく、榊と吉井さんくらいにはあるだろう。
 そうなるとたしかに、そう見えなくもないな、と思う反面、口から出た言葉は「俺らが?あり得ないって!」だった。
 だって俺、斉藤の隣に立ってもドキドキしないし、笑わせたいとか笑ってほしいとかー。
 え?待てよ。俺、今、何を思いかけた?と自問する。

 もしも今の自問に答えてしまえば、それはもう、認めざるを得ないものになってしまう。
 俺が好きなのは、好きな奴はという、恐怖にも似た答えを。

「…じ、冗談に決まってるでしょ?なに真面目に考えちゃってんのよ!」
「あ、はは。だよな?」
 斉藤とする馬鹿っぽくてノリの軽い会話に救われた気持ちで前を歩くと、一際背の高い後ろ姿が遠くに見えた。榊だ、間違いない。

「ああ~やっぱり彩綾ちゃん、他の女子に押されちゃったか」
「他の女子?」
「うん。今日来てた子、はっきりとは言ってないけど、榊のこと狙う気満々だったから。私はね、彩綾ちゃん推しなんだけどね?」
 そう言った斉藤の視線の先に目を配らせる。
 たしかに、吉井さん以外の女子が数人、榊を取り囲んでいるようだった。
 赤、青、紫と、煌びやかな色の浴衣に囲まれた榊は、落ち着かないような困ったような表情で、デカい背を縮こまらせている。

「なあ、なんで女子は榊のこと狙ってるんだろう?」
 素朴な疑問だった。だって、わからないんだ。
 榊の何を知って女子があいつの彼女になりたいと思っているか、なんて。

「ん~なんでだろ?私にもわからないけど、あれじゃない?やっぱりクールで素敵!みたいな感じよ、少女漫画とかによくあるやつ!」
「それだけ?」
「え?それだけって何が?」

「いや、なんか中身?性格?みたいなのって、今の女子には関係ないのかな~みたいな?」
「彩綾ちゃんはともかく、群がっている女子たちにはないでしょうね」
 慌ててようにそう言い繕ったあとで、後悔した。
 そんなのもう、認めているようなものじゃないか。
 俺の方が、榊、お前をー。

「み、南沢!」
 ここ数年、聞き慣れなくなった俺の苗字が聞こえ、顔を上げた。
 俺を苗字で呼ぶ奴なんて、あいつしかいないと言うようにそこにいたのはやはり、榊だった。けれども、やはりが通用しなかったのは、榊の顔のせいだ。
 キリッと上がった一重の目がへにゃっと下がり、口元はだらしなく安心したかのように上向きにカーブを描きながら、俺を見ていたのだ。
 なんだ、その顔。と、思わず口にしながらも、胸の騒めきが瞬時にして消え、空いた場所に暖かい何かが満たされていく感覚を味わっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

孤狼のSubは王に愛され跪く

ゆなな
BL
旧題:あなたのものにはなりたくない Dom/Subユニバース設定のお話です。 氷の美貌を持つ暗殺者であり情報屋でもあるシンだが実は他人に支配されることに悦びを覚える性を持つSubであった。その性衝動を抑えるために特殊な強い抑制剤を服用していたため周囲にはSubであるということをうまく隠せていたが、地下組織『アビス』のボス、レオンはDomの中でもとびきり強い力を持つ男であったためシンはSubであることがばれないよう特に慎重に行動していた。自分を拾い、育ててくれた如月の病気の治療のため金が必要なシンは、いつも高額の仕事を依頼してくるレオンとは縁を切れずにいた。ある日任務に手こずり抑制剤の効き目が切れた状態でレオンに会わなくてはならなくなったシン。以前から美しく気高いシンを狙っていたレオンにSubであるということがバレてしまった。レオンがそれを見逃す筈はなく、シンはベッドに引きずり込まれ圧倒的に支配されながら抱かれる快楽を教え込まれてしまう───

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

倫理的恋愛未満

雨水林檎
BL
少し変わった留年生と病弱摂食障害(拒食)の男子高校生の創作一次日常ブロマンス(BL寄り)小説。 体調不良描写を含みます、ご注意ください。 基本各話完結なので単体でお楽しみいただけます。全年齢向け。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

処理中です...