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俺の彼氏が可愛すぎる件について
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「ちょい、哲ちゃん!聞いてんのか?」
「え、ああ。ごめん、聞いてなかったわ」
若かりし頃を思い起こしていたせいで、どうやら雪の話を完璧にスルーしていたようだ。
気が付けば雪の手には、口のつけられていないビールが握られており、皿にはタレがたっぷり染み込んだ手羽先が乗っかっていた。
「だから!今度の連休、久しぶりに俺もちゃんと休み取れそうだからどっか行こうって前から言ってただろ?」
今度の連休とは、世間で言うところの夏休みである。
役所勤めの俺の方が暦通りに休みを取れることもあって、雪が休みを確保できるなら旅行でもしようかと話していたのだった。
だが、今、その話題をするのは非常にまずい。
ああ、俺はどうしてさっきまで若かりし頃の思い出を頭で再生してしまったのだろうかと、即座に後悔の念が頭を埋め尽くす。
なぜなら、この話題と本日3杯目となるアルコールのせいで、俺が危惧する状況に追い込まれることは確実だからだ。
「あのさ、雪。その話は家に帰ってからしないか?ほら、雑誌とかネットとかで調べながらさ」
「はあ?ってことは、哲ちゃん!まさか、俺との旅行どこ行きたいかまだ考えてなかったってこと?」
ああ、藪蛇だ。と、思ってからでは遅いもので、こうなると雪は意固地になるのだ。
普段は柔らかい雰囲気を纏いながらも、上司だろうと少しばかり生意気な部下だろうと言うべきことをはっきりと言い、誰もが頼れるリーダー的存在だと崇められる男だが、酒が入ると少しばかり人が変わってしまう。
「ああ~いや、ちゃんと考えてるよ?たまには飛行機でも乗って北海道に行くとか。雪の好きな寿司をたらふく食べるとかな?」
「なんだ、ちゃんと考えてるじゃん」
「当たり前だろ?けどさ、具体的に計画するならいろんな情報が必要だろ?ほら、パソコンとかさ。」
「え?それなら俺、持ってるけど。」
そうだった。雪は仕事柄、パソコンを持ち歩いてるのだ。
雪が意気揚々とでかすぎるリュックのファスナーをジーッと音を立てて開き、パソコンを俺と雪の間に置く。
もちろん、起動させることを忘れずに。
「実は俺もさ、北海道行きたいなって思っててさ。哲ちゃんも同じこと思ってくれてたなら、今回は北海道で決まりでいいよね?」
「ああ、それはもちろん、全然いいんだけど…」
「じゃあさ、せっかくだから3泊くらいしちゃう?で、寿司食べて哲ちゃんの好きなスイーツも食べて~あと、レンタカー借りてさ、観光スポットとかも行っちゃおっか?」
「ああ、それはすごくいいプランだな…。」
ウキウキ、という言葉がこれ以上ないくらいに、はしゃぐ雪の口はマシンガンだ。
早速、カタカタと検索のワードを打ち込むキーボードの音が聞こえる。
楽しげにしているところ非常に申し訳ないのだが、雪。お願いだから、そちらのお嬢様達の方に顔を向けるなよ?
そう願う時ほど大抵は無駄に終わると自覚してはいるものの、願ってしまうのは俺が懐の小さい男だからなのだろうか。
雪、お前は全く気付いていないだろうから敢えて俺が忠告してあげよう。アルコールが程よく入ったお前は、可愛くなるんだ。
しかも、俺とのことを話す時は特に。
「お兄さんたち、2人で旅行行くんですか~?」
旅行、というキーワードを聞きつけた隣席の若いお嬢様達が雪に話を振る。
その瞬間、俺は悟った。
ああ、今日も俺の危惧していたことが起こるのかと。そしてまた、俺の頭を悩ませることになるんだ。
「そうなんですよ~やっと死守した連休だから、めっちゃ楽しみで!」
「ええ~お兄さんなんか可愛いですね~。」
赤茶色の髪の後頭部しか俺には見えないが、見えなくても大体はわかるのが出会ってから10年目、恋人になってから8年目の暦が語るものだ。
きっと今、雪の頬はほんのりとピンク色に染まっている。そして、大きな瞳は嬉しそうに優しくカーブを描いている。
こうなったらもう、俺にできることは残念ながら無いに等しい。残る手はただ一つ。その時が来るのは意外にも遅くないはずだ。
本日一杯目のサワーを喉に流し込み、皿に乗っかっていた皮と砂肝の串を手に取り、なるべく早く咀嚼する。
「だって~彼氏との久しぶりの旅行だよ?最高にいい思い出にしたいじゃないですか~!」
「え、彼氏?って、お兄さん冗談きついよ~!」
そう、残す手というのはすなわち、雪本人による自白、基、自爆とも言う。というのは、酒が抜けた翌日にそのことを雪に話せば必ず、後悔するからだ。
後悔と言っても俺との関係を、ということではなく、俺が再現した雪本人の可愛さっぷりに吐き気がするらしい。
「ええ?冗談?まさか!だって俺、哲ちゃんと付き合ってもう8年目だし~俺、哲ちゃんのことめちゃくちゃ愛してるから!」
しまった、咀嚼が間に合わなさそうだ。と、雪の自白とお嬢様達の唖然とした「そ、そうなんだ~」を耳にしながら、恋人と認識された片割れの俺は場違いなことを思っていた。
けれども、食べ物を残すというのは、俺のセオリーに反する。
残っていた砂肝を一気に口に入れ、咀嚼のスピードを上げた。
目的はもちろん、この可愛すぎる恋人がこれ以上、可愛すぎることを世に晒す前に、無事に家に連れ帰るためだ。
「哲ちゃんって俺の彼氏なんだけどさ~初めて会った時はめっちゃ愛想悪くて、いつも仏頂面だったわけ!でもさ、大好きな推理小説を読んでる時だけ幸せそうな雰囲気になってさ~正直、嫉妬しちゃったんだよね~!」
唖然を通り越して「引いている」お嬢様達の雰囲気に気付くはずもなく、雪は俺との出会いを鼻高々に語っている。
一方の俺は、砂肝を咀嚼することに必死になっていた。
ああ、よりによって砂肝をなんで注文したんだ、俺!と、毎度ながら後悔することを懲りもせずに変わらず今日も後悔しながら。
「え、ああ。ごめん、聞いてなかったわ」
若かりし頃を思い起こしていたせいで、どうやら雪の話を完璧にスルーしていたようだ。
気が付けば雪の手には、口のつけられていないビールが握られており、皿にはタレがたっぷり染み込んだ手羽先が乗っかっていた。
「だから!今度の連休、久しぶりに俺もちゃんと休み取れそうだからどっか行こうって前から言ってただろ?」
今度の連休とは、世間で言うところの夏休みである。
役所勤めの俺の方が暦通りに休みを取れることもあって、雪が休みを確保できるなら旅行でもしようかと話していたのだった。
だが、今、その話題をするのは非常にまずい。
ああ、俺はどうしてさっきまで若かりし頃の思い出を頭で再生してしまったのだろうかと、即座に後悔の念が頭を埋め尽くす。
なぜなら、この話題と本日3杯目となるアルコールのせいで、俺が危惧する状況に追い込まれることは確実だからだ。
「あのさ、雪。その話は家に帰ってからしないか?ほら、雑誌とかネットとかで調べながらさ」
「はあ?ってことは、哲ちゃん!まさか、俺との旅行どこ行きたいかまだ考えてなかったってこと?」
ああ、藪蛇だ。と、思ってからでは遅いもので、こうなると雪は意固地になるのだ。
普段は柔らかい雰囲気を纏いながらも、上司だろうと少しばかり生意気な部下だろうと言うべきことをはっきりと言い、誰もが頼れるリーダー的存在だと崇められる男だが、酒が入ると少しばかり人が変わってしまう。
「ああ~いや、ちゃんと考えてるよ?たまには飛行機でも乗って北海道に行くとか。雪の好きな寿司をたらふく食べるとかな?」
「なんだ、ちゃんと考えてるじゃん」
「当たり前だろ?けどさ、具体的に計画するならいろんな情報が必要だろ?ほら、パソコンとかさ。」
「え?それなら俺、持ってるけど。」
そうだった。雪は仕事柄、パソコンを持ち歩いてるのだ。
雪が意気揚々とでかすぎるリュックのファスナーをジーッと音を立てて開き、パソコンを俺と雪の間に置く。
もちろん、起動させることを忘れずに。
「実は俺もさ、北海道行きたいなって思っててさ。哲ちゃんも同じこと思ってくれてたなら、今回は北海道で決まりでいいよね?」
「ああ、それはもちろん、全然いいんだけど…」
「じゃあさ、せっかくだから3泊くらいしちゃう?で、寿司食べて哲ちゃんの好きなスイーツも食べて~あと、レンタカー借りてさ、観光スポットとかも行っちゃおっか?」
「ああ、それはすごくいいプランだな…。」
ウキウキ、という言葉がこれ以上ないくらいに、はしゃぐ雪の口はマシンガンだ。
早速、カタカタと検索のワードを打ち込むキーボードの音が聞こえる。
楽しげにしているところ非常に申し訳ないのだが、雪。お願いだから、そちらのお嬢様達の方に顔を向けるなよ?
そう願う時ほど大抵は無駄に終わると自覚してはいるものの、願ってしまうのは俺が懐の小さい男だからなのだろうか。
雪、お前は全く気付いていないだろうから敢えて俺が忠告してあげよう。アルコールが程よく入ったお前は、可愛くなるんだ。
しかも、俺とのことを話す時は特に。
「お兄さんたち、2人で旅行行くんですか~?」
旅行、というキーワードを聞きつけた隣席の若いお嬢様達が雪に話を振る。
その瞬間、俺は悟った。
ああ、今日も俺の危惧していたことが起こるのかと。そしてまた、俺の頭を悩ませることになるんだ。
「そうなんですよ~やっと死守した連休だから、めっちゃ楽しみで!」
「ええ~お兄さんなんか可愛いですね~。」
赤茶色の髪の後頭部しか俺には見えないが、見えなくても大体はわかるのが出会ってから10年目、恋人になってから8年目の暦が語るものだ。
きっと今、雪の頬はほんのりとピンク色に染まっている。そして、大きな瞳は嬉しそうに優しくカーブを描いている。
こうなったらもう、俺にできることは残念ながら無いに等しい。残る手はただ一つ。その時が来るのは意外にも遅くないはずだ。
本日一杯目のサワーを喉に流し込み、皿に乗っかっていた皮と砂肝の串を手に取り、なるべく早く咀嚼する。
「だって~彼氏との久しぶりの旅行だよ?最高にいい思い出にしたいじゃないですか~!」
「え、彼氏?って、お兄さん冗談きついよ~!」
そう、残す手というのはすなわち、雪本人による自白、基、自爆とも言う。というのは、酒が抜けた翌日にそのことを雪に話せば必ず、後悔するからだ。
後悔と言っても俺との関係を、ということではなく、俺が再現した雪本人の可愛さっぷりに吐き気がするらしい。
「ええ?冗談?まさか!だって俺、哲ちゃんと付き合ってもう8年目だし~俺、哲ちゃんのことめちゃくちゃ愛してるから!」
しまった、咀嚼が間に合わなさそうだ。と、雪の自白とお嬢様達の唖然とした「そ、そうなんだ~」を耳にしながら、恋人と認識された片割れの俺は場違いなことを思っていた。
けれども、食べ物を残すというのは、俺のセオリーに反する。
残っていた砂肝を一気に口に入れ、咀嚼のスピードを上げた。
目的はもちろん、この可愛すぎる恋人がこれ以上、可愛すぎることを世に晒す前に、無事に家に連れ帰るためだ。
「哲ちゃんって俺の彼氏なんだけどさ~初めて会った時はめっちゃ愛想悪くて、いつも仏頂面だったわけ!でもさ、大好きな推理小説を読んでる時だけ幸せそうな雰囲気になってさ~正直、嫉妬しちゃったんだよね~!」
唖然を通り越して「引いている」お嬢様達の雰囲気に気付くはずもなく、雪は俺との出会いを鼻高々に語っている。
一方の俺は、砂肝を咀嚼することに必死になっていた。
ああ、よりによって砂肝をなんで注文したんだ、俺!と、毎度ながら後悔することを懲りもせずに変わらず今日も後悔しながら。
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