俺の彼氏

ゆきの(リンドウ)

文字の大きさ
上 下
3 / 105
俺の彼氏が可愛すぎる件について

(3)

しおりを挟む
「ちょい、哲ちゃん!聞いてんのか?」
「え、ああ。ごめん、聞いてなかったわ」
 若かりし頃を思い起こしていたせいで、どうやら雪の話を完璧にスルーしていたようだ。
 気が付けば雪の手には、口のつけられていないビールが握られており、皿にはタレがたっぷり染み込んだ手羽先が乗っかっていた。

「だから!今度の連休、久しぶりに俺もちゃんと休み取れそうだからどっか行こうって前から言ってただろ?」
 今度の連休とは、世間で言うところの夏休みである。
 役所勤めの俺の方が暦通りに休みを取れることもあって、雪が休みを確保できるなら旅行でもしようかと話していたのだった。
 だが、今、その話題をするのは非常にまずい。
 ああ、俺はどうしてさっきまで若かりし頃の思い出を頭で再生してしまったのだろうかと、即座に後悔の念が頭を埋め尽くす。
 なぜなら、この話題と本日3杯目となるアルコールのせいで、俺が危惧する状況に追い込まれることは確実だからだ。

「あのさ、雪。その話は家に帰ってからしないか?ほら、雑誌とかネットとかで調べながらさ」
「はあ?ってことは、哲ちゃん!まさか、俺との旅行どこ行きたいかまだ考えてなかったってこと?」
 ああ、藪蛇だ。と、思ってからでは遅いもので、こうなると雪は意固地になるのだ。
 普段は柔らかい雰囲気を纏いながらも、上司だろうと少しばかり生意気な部下だろうと言うべきことをはっきりと言い、誰もが頼れるリーダー的存在だと崇められる男だが、酒が入ると少しばかり人が変わってしまう。

「ああ~いや、ちゃんと考えてるよ?たまには飛行機でも乗って北海道に行くとか。雪の好きな寿司をたらふく食べるとかな?」
「なんだ、ちゃんと考えてるじゃん」
「当たり前だろ?けどさ、具体的に計画するならいろんな情報が必要だろ?ほら、パソコンとかさ。」
「え?それなら俺、持ってるけど。」
 そうだった。雪は仕事柄、パソコンを持ち歩いてるのだ。
 雪が意気揚々とでかすぎるリュックのファスナーをジーッと音を立てて開き、パソコンを俺と雪の間に置く。
 もちろん、起動させることを忘れずに。

「実は俺もさ、北海道行きたいなって思っててさ。哲ちゃんも同じこと思ってくれてたなら、今回は北海道で決まりでいいよね?」
「ああ、それはもちろん、全然いいんだけど…」
「じゃあさ、せっかくだから3泊くらいしちゃう?で、寿司食べて哲ちゃんの好きなスイーツも食べて~あと、レンタカー借りてさ、観光スポットとかも行っちゃおっか?」
「ああ、それはすごくいいプランだな…。」
 ウキウキ、という言葉がこれ以上ないくらいに、はしゃぐ雪の口はマシンガンだ。
 早速、カタカタと検索のワードを打ち込むキーボードの音が聞こえる。
 楽しげにしているところ非常に申し訳ないのだが、雪。お願いだから、そちらのお嬢様達の方に顔を向けるなよ?
 そう願う時ほど大抵は無駄に終わると自覚してはいるものの、願ってしまうのは俺が懐の小さい男だからなのだろうか。
 雪、お前は全く気付いていないだろうから敢えて俺が忠告してあげよう。アルコールが程よく入ったお前は、可愛くなるんだ。
 しかも、俺とのことを話す時は特に。

「お兄さんたち、2人で旅行行くんですか~?」
 旅行、というキーワードを聞きつけた隣席の若いお嬢様達が雪に話を振る。
 その瞬間、俺は悟った。
 ああ、今日も俺の危惧していたことが起こるのかと。そしてまた、俺の頭を悩ませることになるんだ。

「そうなんですよ~やっと死守した連休だから、めっちゃ楽しみで!」
「ええ~お兄さんなんか可愛いですね~。」
 赤茶色の髪の後頭部しか俺には見えないが、見えなくても大体はわかるのが出会ってから10年目、恋人になってから8年目の暦が語るものだ。
 きっと今、雪の頬はほんのりとピンク色に染まっている。そして、大きな瞳は嬉しそうに優しくカーブを描いている。
 こうなったらもう、俺にできることは残念ながら無いに等しい。残る手はただ一つ。その時が来るのは意外にも遅くないはずだ。
 本日一杯目のサワーを喉に流し込み、皿に乗っかっていた皮と砂肝の串を手に取り、なるべく早く咀嚼する。

「だって~彼氏との久しぶりの旅行だよ?最高にいい思い出にしたいじゃないですか~!」
「え、彼氏?って、お兄さん冗談きついよ~!」
 そう、残す手というのはすなわち、雪本人による自白、基、自爆とも言う。というのは、酒が抜けた翌日にそのことを雪に話せば必ず、後悔するからだ。
 後悔と言っても俺との関係を、ということではなく、俺が再現した雪本人の可愛さっぷりに吐き気がするらしい。

「ええ?冗談?まさか!だって俺、哲ちゃんと付き合ってもう8年目だし~俺、哲ちゃんのことめちゃくちゃ愛してるから!」
 しまった、咀嚼が間に合わなさそうだ。と、雪の自白とお嬢様達の唖然とした「そ、そうなんだ~」を耳にしながら、恋人と認識された片割れの俺は場違いなことを思っていた。
 けれども、食べ物を残すというのは、俺のセオリーに反する。
 残っていた砂肝を一気に口に入れ、咀嚼のスピードを上げた。
 目的はもちろん、この可愛すぎる恋人がこれ以上、可愛すぎることを世に晒す前に、無事に家に連れ帰るためだ。

「哲ちゃんって俺の彼氏なんだけどさ~初めて会った時はめっちゃ愛想悪くて、いつも仏頂面だったわけ!でもさ、大好きな推理小説を読んでる時だけ幸せそうな雰囲気になってさ~正直、嫉妬しちゃったんだよね~!」
 唖然を通り越して「引いている」お嬢様達の雰囲気に気付くはずもなく、雪は俺との出会いを鼻高々に語っている。
 一方の俺は、砂肝を咀嚼することに必死になっていた。
 ああ、よりによって砂肝をなんで注文したんだ、俺!と、毎度ながら後悔することを懲りもせずに変わらず今日も後悔しながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

倫理的恋愛未満

雨水林檎
BL
少し変わった留年生と病弱摂食障害(拒食)の男子高校生の創作一次日常ブロマンス(BL寄り)小説。 体調不良描写を含みます、ご注意ください。 基本各話完結なので単体でお楽しみいただけます。全年齢向け。

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

ポケットのなかの空

三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】 大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。 取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。 十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。 目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……? 重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ・性描写のある回には「※」マークが付きます。 ・水元視点の番外編もあり。 *-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-* ※番外編はこちら 『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182

足立と七瀬。 オレのこと好き?イケメンからの告白は、カーテンに煽られ消えた

あさぎ いろ
BL
夏休み初日の出来事。 学校No.1美麗男子の足立は、密かに想いを寄せている相手、七瀬が自分の机に伏せて寝ているのを発見する。 声をかけてしまう、もしかして、オレの事好き? その問いかけは、風とカーテンに阻まれ、消えていく。 そこから、2人の日常が重なり始める。 淡く、苦い、恋愛へと発展していく。

誰にもナイショ♡ -つばめ組のけーし先生(20)とすずめ組のまひろ先生(35)のらぶらぶあまあませっくすたいむ♡♡♡

そらも
BL
とある保育園で日々忙しなく働く新人保育士くん(20)とベテラン保育士さん(35)は、昼間はおドジな新人けーし先生をしっかり者のベテランまひろ先生が指導兼お世話するという一見怒り怒られな関係なのだが、しかし夜になった途端、そんな二人の先生たちは『らぶらぶあまあませっくすたいむ』なるモノを発動し合う関係に様変わりしてしまうようで――…♡♡♡  な、保育園関係者にはナイショで毎夜らぶらぶする絶倫バカップル先生たちのお話です♪ 成人大人同士のカップルのお話は久しぶりかもですなぁ。でも相変わらず、というか今まで以上に年の差のある関係となっておりますのでそこのところどうぞよろしくです! ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!

あなたと交わす、未来の約束

由佐さつき
BL
日向秋久は近道をしようと旧校舎の脇を通り、喫煙所へと差し掛かる。人気のないそこはいつも錆びた灰皿だけがぼんやりと佇んでいるだけであったが、今日は様子が違っていた。誰もいないと思っていた其処には、細い体に黒を纏った彼がいた。 日向の通う文学部には、芸能人なんかよりもずっと有名な男がいた。誰であるのかは明らかにされていないが、どの授業にも出ているのだと噂されている。 煙草を挟んだ指は女性的なまでに細く、白く、銀杏色を透かした陽射しが真っ直ぐに染み込んでいた。伏せた睫毛の長さと、白い肌を飾り付ける銀色のアクセサリーが不可思議な彼には酷く似合っていて、日向は視線を外せなかった。 須賀千秋と名乗った彼と言葉を交わし、ひっそりと隣り合っている時間が幸せだった。彼に笑っていてほしい、彼の隣にいたい。その気持ちだけを胸に告げた言葉は、彼に受け入れられることはなかった。 ***** 怖いものは怖い。だけど君となら歩いていけるかもしれない。

嫌われものの僕について…

相沢京
BL
平穏な学校生活を送っていたはずなのに、ある日突然全てが壊れていった。何が原因なのかわからなくて気がつけば存在しない扱いになっていた。 だか、ある日事態は急変する 主人公が暗いです

人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています

だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。 そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。 再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた! 今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ! と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。 主人公の学園生活はどうなるのか!

処理中です...