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 しかし、二つ目の説はほぼあり得ない仮説だ。もし、それが正しければ詩音は惣一郎のことを気になっていることになるのだ。
 今、この状況でそれはあり得ない。気になる気の気配を全く感じないのに。

 ならば、三月のことを気になっているのだろうか。

 たしかに、三月は詩音と雰囲気も似ているし、話も合う。何度か一緒に話している姿を見たが、お互いに楽しそうに笑い合っていた。
 しかし、もしもそうだとしたら、その恋はもう既に叶わない。三月に恋人がいるとさり気なく伝えようか。逡巡していると、ふと、綺麗すぎる食卓テーブルが目に付いた。

「なあ、夕飯食べたんだよな?」
 時刻はもう二十一時は過ぎている。普段、遅くても二十時には食べるようにしていた。

「食べたんだよな?」
 無言でソファに座る詩音の後ろ姿に、もう一度問いかけた。こういう時、大抵、記憶を失う前の詩音なら食べていなかったのだ。

 小さな声で背中を丸め、何かをぼそぼそ呟く声が聞こえたが、上手く聞き取れずにもう一度聞き直した。
 すると、詩音は「食べてないけどッ!」と、声を張り上げて言った。しかも、堂々と、だ。

「詩音~飯はちゃんと食べろって言ってるのに」
「だって、お腹空いてなかったから」
「それでもダメだろ?三食きちんと食べないと」
「なんか…ばあちゃんみたい、三田くん」
「はあ?なんだそれ!」

 軽口を叩く詩音が幼く見えて、可愛らしくて。惣一郎もソファへと飛び乗っていた。怪我人なのに脇を擽り、擽られ、笑う。
 今はいいか、たとえ詩音が三月を気になっていたとしても。今、この瞬間だけはまるで学生の頃のように、無邪気な雰囲気に身を流されてしまうことにしよう。

「わかった、わかったよ!もうギブ!」
「じゃあ、ちゃんと飯、食べるんだろうな?」
「わかりました、ちゃんと食べます」
 言質取ったぞ、と惣一郎が言うと、詩音はまた笑った。おかしそうに、けれど楽しそうに。

「雑炊でいい?」
「作ってくれるの?」
「ああ、こんな時間だしな」
 キッチンに向かおうと惣一郎が立ち上がると、詩音がその腕を掴む。

「じゃあ、僕も手伝うよ」
「…なら、詩音は座っててくれ」
 言うと「それ、手伝いになってない!」と憤る姿に笑みが込み上げてくる。

 火をかけた鍋を見つめながら、惣一郎はこの愛しい時間がいつまでも続けばいいのにと、願わずにはいられなかった。
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