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「おはよ、三田」
「おお、おはよう。藍田」
「随分機嫌いいじゃん。詩音くん、経過良好そうだね」

 いつもの交差点付近、藍田が言う。事故の後、いろいろと藍田には世話になっていた。

 事故の日。会社に連絡も入れずに無断欠勤した惣一郎を見兼ね、藍田は惣一郎の体調が悪いからと言ってくれていたのだ。詩音が事故に遭ったと伝えてからも、見舞いに来てくれていた。大学時代に知り合った藍田のことを詩音は覚えており、顔を合わせると遠慮がちに微笑んでいた。

「大分いいけど、なんでそれを藍田が?」
「はあ?この前も見舞い行ったし、大体、三田とつるんで何年よ?三田の顔見ればなんとなく察するってもんよ?」

 たしかに、と思いながらもそういうものなのかと感心もした。高校の頃からつるみ、もう十年目になる。が、惣一郎は仮に藍田が暗く陰鬱な顔をしていてもそれがどういう原因なのかは気が付けないだろうから、やはり女性ならではの敏感さなのかもしれないと思う。

「じゃあ、一時の悩みも解消されたんだ?」
「悩みって」
「ああ~そっか。詩音くん、今は思い出せないから悩みも一時休戦か?」

 言われ、ふと、思い起こしたのは、詩音が事故に遭う前のことだ。何かに悩み、惣一郎にも打ち明けられなかった時のことだろう。

「記憶の方はどんな感じ?」
「ああ、変わらずだよ」

 遠慮なく聞かれ、けれどそれが心地良かった。中には、聞きずらいからと遠慮し、遠回しに気を利かされる時もある。が、藍田はストレートに聞いてくれるからこちらも気負わなくて良くなる。

「付き合ったことも覚えてないし、仕事のこともまだ思い出せないらしい」

 あれから、定期的に病院には通っている。医者が言うには、長い目で見ることが大事だと言うそうで、もしかしたら何かのきっかけで戻ることもあるかもしれないと言われたと言う。
 実際、よく行った場所にも行ってみた。仕事のことも思い出そうと、パソコンを開いてみた。
 けれど、いろいろな場所に行っても初めての場所ばかりで、サイトに繋がるパスワードもわからず、実質仕事を失ってしまい、落ち込む詩音を見ていられず、今はまだ身体を休めようと言うしかなかったのだった。

「けど、無理に思い出す必要もないし、仕事はこれからなんとでもできる。だから今は、ゆっくりしろって言ってるところだ」
「へえ。なんか、余裕すら感じるんですけど。愛ですか?」

 冷やかす藍田に、やめろよと笑いながら言う。

「だって少し前の三田と全然違うし。何、心境の変化?」

 問われ、少し考える。たしかに、以前の自分とは違うとは思った。
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