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 病院に着いた時には、正午近かった。優星の登場により、随分と時間を要していたらしい。
 急いでナースステーションにいる看護師に聞くと、詩音は今は個室の病室へと移動したらしい。
 走らないで!という看護師の声を耳に流し、わかっていても急ぐ足で聞いたばかりの病室へと向かった。

 病室はナースステーションの近く、一番手前の部屋だ。

 優星の方が初動は早く、しかも足の長さというリーチのせいで遅れを取った。一歩前、優星を追いかけるように走る。
 病室の戸を勢いよく開けた。昔、過労で入院した母の見舞いに行った時のように、病室の扉は木で作られてはおらず、勢いよく優星が開けたにも関わらず扉はスーッと僅かな音だけで開く。

「詩音ッ!」
 と、声が重なった。もちろん、優星の声と惣一郎の声だった。

 詩音はまだ、管に繋がれていたし、酸素マスクもつけたままだった。が、目は開いていたし、二人の呼びかけにも反応した。巻かれた包帯と管がまだ、痛々しいが、それでも病院を出る前よりも少しだけ、顔の白さが軽減したようでほっとする。
 ベッド脇に立っている医者を押しのけて、優星が側にしゃがんだ。

「詩音、お前ッ…!大丈夫なのかよ」
 目で追い、こくりと頷く。
 良かった、と心から安心している声の横、遅れて惣一郎が立った。

「詩音…大丈夫か?」
 また、こくりと頷く。

「少しなら酸素マスク外しても大丈夫ですよ」
 と、医者が言った。詩音がマスクの中、話したそうに口を動かしていたからだろう。
 掠れた声で詩音が話す。思うように声が出ないようで、優星と二人、詩音の唇の動きに集中する。

「ゆうせいも、みたくんも、ありがとう」
 聞き取れたその瞬間、身体の中を駆け巡ったのは違和感だ。

 みたくん、三田くん。それは、明らかに惣一郎の苗字だ。けれどなぜ、今、詩音が惣一郎のことをそう呼ぶのだろうか。
 三田くんと呼んでいたのは、詩音と付き合う前のことだ。もう、惣と呼ばれる方が馴染みがいい。

 まさか、な。

 最悪の妄想が頭を秒速で駆け抜け、けれどそうんあことあるはずがないと打ち消す。早く打つ心臓の鼓動を落ち着かせようと、もう一度詩音と呼んだ。

「三田くんって、今更そんな呼び方、どうしたんだよ」

 できるだけ笑って、言った。もしかしたら、詩音なりの冗談かもしれない。心配かけてごめんと、詩音なら思いそうだ。
 詩音は不思議そうな顔で首を傾げようとした。が、首も痛めたらしく、途端に顔をしかめた。

「首の骨に異常はなかったんですが、捻挫をしていますので」
 と、医者は言うと、詩音の声を聞くために、顔を寄せる。振り返り、惣一郎を見た医者の顔は怪訝で複雑そうだった。

「卯月さんは不思議に思っているそうです」
「なにを、ですか」

 ドクン。大きく、嫌な予感が全身に流れ、自然と脈を速くさせた。

「詩音と呼ばれるようになったのは、いつからだったかと、そう仰っていますが」

 ドクドク、ドクドクと、心臓があり得ない速さで脈を打っている。
 抗いたいのに、抗えない。
 だってそれは、まさに最終宣告だったのだ。最悪の妄想を現実にしてしまった。

「…三田さん、あちらで少し、病状のお話をよろしいでしょうか」

 そう言うと、側にいた看護師に何かを伝え、医者に先を促された。
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