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「詩音って、家族、ばあちゃんしかいないんですよ」
「そうみたいですね」
「それで、そのばあちゃんが今年になってから病気が進行して」

 詩音のばあちゃんは癌を患っているという。

「乳癌で、何年か前に切除して経過観察してたんですけど、今年になってから転移が見つかって」
「転移って」
「それで入院してるんですよ」

 ようやく、辻褄が合った。だからさっき、病院に連絡したかと聞いたのだ。

「ばあちゃん自身もあまり、体調は良くなくて。詩音、ずっとそのことで悩んでたんですよ。親もいなくて頼るところばあちゃんしかいなくて。だから、もしかしたら死ぬんじゃないかってずっと、怯えてました」
「そう、だったんですか」
「でもきっと、ばあちゃんなら孫が病院の世話になるくらいの怪我してるって知らない方が酷だと思うんですよ。だから俺、連絡します」

 正直、驚きの連続だった。詩音がそこまで思いつめていたことも、何も知らなかった。そこまで事情を知っていると言うなら、優星もばあちゃんとは顔見知りなのだろう。

 きっとそうする方が賢明だった。詩音のこと、ばあちゃんのことを思えば、そうした方がいい。
 が、やはり、解せない。ただの友人の優星がどうして病院の連絡先まで知っているのか。

「いや、俺が連絡します。連絡先、教えてもらえますか」
「いや、俺の方が顔見知りだし、いきなり知らない人に連絡されても」

 冷静に言われ、たしかにと腑に落ちる。しかし、納得できずに尚、食いついた。
 恋人は自分なんだ。たとえ、正式に紹介されていなくても、パートナーだと婚姻届けを出せなくても、こういう時は自分が出る幕だ。
 すると、優星が呆れたように言い放った。

「言っときますけど多分、俺の方が病院にもばあちゃんにも信頼されてますよ」
「それは、どうして」
「だって俺、詩音の元カレですから」

 さらっと、当然のように言われ、言葉が出ない。薄々、勘づいてはいたが、実際、言葉にされると相当な衝撃が襲う。

「ってか、惣一郎さん。失礼を承知で言いますけど、恋人なのに家族のこと何も知らされてないって、大丈夫なんですか?」
「え?」
「だって普通、大事な人には家族のこと、言うじゃないですか」
「それは」
「なのに、詩音から何も聞いてないなんて。本当に恋人だったんですか」

 言うな、それ以上、言わないでくれ。警告音が鳴り、けれどもきっとその音は鳴り続けると直感で思った。
 わかっていたんだ、自分が恋人として不甲斐ないことは。大事なこと何一つ知らない恋人が、この世にいるだろうか。
 しかも、付き合いたての初な恋人でもない。五年、その月日は決して短くなく、お互いのことを打ち明けるには十分すぎる時間だ。

 わかっているからこそ、言葉にしないでほしい。言葉にしてしまえば、それはあたかも事実に聞こえてしまう。
 そうなったら今度こそ、踏みつけられてしまいそうに小さくなる自信しかないのだ。

 みっともないプライドと嫉妬心が顔を出し、気付けば惣一郎は椅子から立ち上がり、優星に向かって口調を荒くしていた。

「たしかに、俺はあなたよりも詩音のことを知らない。けど、詩音のことはあなたよりも好きだ!」
「それで?」
「だから、撤回してほしい」

 恋人だったなんていう、無意味な問いを―。

 すると、優星も立ち上がった。

「じゃあ、どうして昨日、喧嘩なんてしたんですか?」
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