上 下
29 / 79
(4)

(4)-6

しおりを挟む
 近くまで行くと更に圧倒された。周りに立つ二階建ての建物に比べ、頭一つ分高い外観もそうだが、庭が凄かった。
 玄関まで続く道は、洒落ているタイルがうねうねとした道を作り出しており、その傍らには点々とライトが光っている。両隣には人工芝なのだろう、綺麗な緑。テラスが左右一つずつあり、中央には綺麗に手入れされた花壇がある。
 庭に続く道の前には『リラッサンテ』と書かれたプレートが、洒落た字体で書かれていた。

「ここ、って」
「ここが今日、惣と来たかったところ。とりあえず、入ろう」

 あまりにも馴染みのなさすぎる場所に、空いた口を塞げないままでいると詩音は動揺することなく、惣一郎をエスコートしてくれた。
 玄関を詩音が引いて開けた。まず、一番に見えたのは壁に埋め込まれた大きな花だった。

「いらっしゃいませ、ご予約の卯月様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「お待ちしておりました。では、こちらからご案内させていただきます」

 一階は事務所なのだろうか。人気はなく、入ってすぐにある受付と会計がある四角いブースしか見えなかった。
 白いシャツに蝶ネクタイ、腰から下に巻いたギャルソンエプロンを着けた店員にスマートに案内され、階段を登る。
 階段は思ったよりも急ではなく、一段一段、幅があり余裕がある。おまけにふかふかとした絨毯が疲れた足を和らげてくれているようで、心地が良かった。
 二階に案内されるかと思ったが、二階には寄らず、三階まで登った。二階を通り過ぎた時、人の話す声が聞こえた気がするからきっと二階も客席なのだろう。
 そして三階に着いた。

「本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます」
 そう言うと、店員がテーブルの上に置いてあった本日のメニューの説明をしてくれた。が、正直、惣一郎の耳にはその言葉のほとんどが届いていなかった。
 案内された三階は席が一つしかないのだ。つまり、ほぼ貸し切り状態だ。

「では、もう少々お待ちくださいませ」
 店員が仰々しく、お辞儀をして席を後にした。詩音はそれをただ、にこやかに見守っている。

「詩音、ここ、何?」
 もう、我慢の限界だった。言われるがままに着いてはきたけれど、いつもの賑やかな居酒屋や少し敷居の高いフレンチとは別格だろうと、ある意味、興奮して高まりそうな声を必死で抑え、問う。

「ここはイタリアンレストランなんだ」
「詩音は来たことあるのか?」
「うん、仕事仲間に連れてきてもらって何回か。って言っても、ランチの時だけ」

 正直、意外だった。詩音が仕事仲間と仲が良いのは知っていたし、惣一郎も何回か、自宅で顔を合わせたこともあり、在宅といっても会社のように親交はあるのだと思ったものだ。
 しかし、こういうところに来ることが意外だと思った。普段、惣一郎と外食する時はいろいろな場所へ行くが、予約の必要な場所へはめったに行かない。行くのはいつも、すぐに入れるラーメンやファミレス、商店街のレストラン、ショッピングモールのフードコート。
 人並みに食べる惣一郎と人並みに食べない詩音。どちらかというといつも、惣一郎に合わせてばかりだったと思う。もし、詩音がこういう場所が好きなら、今度はこういう場所を探してみようかとさえ思う。

「意外だった?」
「え?」
「僕が今日、ここに来たこと」
 問われ、一瞬、心の中を読まれたかと思い、焦る。けれど多分、顔に出ていたのだと思い、少し気恥ずかしくなった。

「さすがにいつも来てるわけじゃないよ?ただ、今日は」
「今日は?」
「まだ、内緒」
 楽しそうに微笑まれ、気になる気持ちが薄らいだ。
 やがて、料理が運ばれてきた。目の前に細長いグラスと香ばしいバケットが並ぶ。

「これ、酒か?」
 食事の前に酒が出るコース料理は珍しく、グラスを覗きながらつい、そう言うと詩音が説明してくれた。

「食前酒っていって、欧米では一般的に食事の前に飲まれるんだって」
 聞きながら一口、飲む。と、柑橘の味と香りが広がり、アルコールがほんのりと喉に落とされていった。

「どう?美味しい?」
「さっぱりしてて、飲みやすい」
 良かった、と言う詩音は、安心したように微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

風紀“副”委員長はギリギリモブです

柚実
BL
名家の子息ばかりが集まる全寮制の男子校、鳳凰学園。 俺、佐倉伊織はその学園で風紀“副”委員長をしている。 そう、“副”だ。あくまでも“副”。 だから、ここが王道学園だろうがなんだろうが俺はモブでしかない────はずなのに! BL王道学園に入ってしまった男子高校生がモブであろうとしているのに、主要キャラ達から逃げられない話。

【本編完結】運命の番〜バニラとりんごの恋〜

みかん桜(蜜柑桜)
BL
バース検査でオメガだった岩清水日向。オメガでありながら身長が高いことを気にしている日向は、ベータとして振る舞うことに。 早々に恋愛も結婚も諦ていたのに、高校で運命の番である光琉に出会ってしまった。戸惑いながらも光琉の深い愛で包みこまれ、自分自身を受け入れた日向が幸せになるまでの話。 ***オメガバースの説明無し。独自設定のみ説明***オメガが迫害されない世界です。ただただオメガが溺愛される話が読みたくて書き始めました。

束縛系の騎士団長は、部下の僕を束縛する

天災
BL
 イケメン騎士団長の束縛…

病弱な悪役令息兄様のバッドエンドは僕が全力で回避します!

松原硝子
BL
三枝貴人は総合病院で働くゲーム大好きの医者。 ある日貴人は乙女ゲームの制作会社で働いている同居中の妹から依頼されて開発中のBLゲーム『シークレット・ラバー』をプレイする。 ゲームは「レイ・ヴァイオレット」という公爵令息をさまざまなキャラクターが攻略するというもので、攻略対象が1人だけという斬新なゲームだった。 プレイヤーは複数のキャラクターから気に入った主人公を選んでプレイし、レイを攻略する。 一緒に渡された設定資料には、主人公のライバル役として登場し、最後には断罪されるレイの婚約者「アシュリー・クロフォード」についての裏設定も書かれていた。 ゲームでは主人公をいじめ倒すアシュリー。だが実は体が弱く、さらに顔と手足を除く体のあちこちに謎の湿疹ができており、常に体調が悪かった。 両親やごく親しい周囲の人間以外には病弱であることを隠していたため、レイの目にはいつも不機嫌でわがままな婚約者としてしか映っていなかったのだ。 設定資料を読んだ三枝は「アシュリーが可哀想すぎる!」とアシュリー推しになる。 「もしも俺がアシュリーの兄弟や親友だったらこんな結末にさせないのに!」 そんな中、通勤途中の事故で死んだ三枝は名前しか出てこないアシュリーの義弟、「ルイス・クロフォードに転生する。前世の記憶を取り戻したルイスは推しであり兄のアシュリーを幸せにする為、全力でバッドエンド回避計画を実行するのだが――!?

人生二度目の悪役令息は、ヤンデレ義弟に執着されて逃げられない

佐倉海斗
BL
 王国を敵に回し、悪役と罵られ、恥を知れと煽られても気にしなかった。死に際は貴族らしく散ってやるつもりだった。――それなのに、最後に義弟の泣き顔を見たのがいけなかったんだろう。まだ、生きてみたいと思ってしまった。  一度、死んだはずだった。  それなのに、四年前に戻っていた。  どうやら、やり直しの機会を与えられたらしい。しかも、二度目の人生を与えられたのは俺だけではないようだ。  ※悪役令息(主人公)が受けになります。  ※ヤンデレ執着義弟×元悪役義兄(主人公)です。  ※主人公に好意を抱く登場人物は複数いますが、固定CPです。それ以外のCPは本編完結後のIFストーリーとして書くかもしれませんが、約束はできません。

管理委員長なんてさっさと辞めたい

白鳩 唯斗
BL
王道転校生のせいでストレス爆発寸前の主人公のお話

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

処理中です...