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「惣?」
 少し、大股で歩き、詩音の隣へと並ぶと丸い手を掴み、掌で包んだ。

「ここ、外だよ?」
「でも、誰もいない」
 そう言うと、詩音はきょろきょろと辺りを見回し、そして誰もいないことを確認するとまた、惣一郎の顔を戸惑うように見つめた。

「でも、惣」
「今日はいいよ」

 詩音が戸惑うのは、惣一郎のせいだった。いつも、惣一郎が外ではべたべたしたくないと言っていたため、詩音は突然の惣一郎の行動に困惑している。
 けれど、今日だけは。せめて今だけでも、詩音の手を繋いでいたかった。俺の側から飛んで行ってしまわないように。掌だけでは心もとなく、惣一郎は繋いだ手の指を詩音のそれに絡めた。
 戸惑う詩音を安心させるため、微笑んで見せた。ようやく、安心したのか詩音も柔らかく微笑んでくれた。

 坂道を登りながら見たのは、閑静な町並みだ。昔ながらの塗炭屋根にその歴を感じさせる古い家に、四角く、雨風による痛みや汚れもない真新しい家。所狭しにぴっしりと建てられている。その横を抜ける小道は細い。
 車一台分しか通らないであろう道を、お互い譲り合いながら通る車に惣一郎は、ペーパーだけになっていた免許のことを思い出し、近いうちに運転の練習をしようと誓った。

 それから階段を登り、詩音が「もうすぐだよ、行きたかったカフェ」とにこやかな微笑みを見せながら指を指したのは、ひらひらと揺れている青いのぼり。そこには『葉』と書かれていた。
 真っ白ではない白い外観の中、濃い青が混ざった建物は平屋でそこそこ広く見える。

「結構、ここに来ること多くて」
「そうなのか?」
「うん、店員さんも雰囲気良くて、もちろんコーヒーも美味しいよ」
 そう言って促され、入ると一人の女性店員が出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ、詩音さん」
「こんにちは、結さん」
「お仕事のお仲間さんですか?」
「今日は…友人と」
 見上げられ、思わず「こんにちは」と挨拶をしていた。

 案内されたのは奥のカウンター席。案内されながら店の中を一通り、巡視すると中央に四人掛けのテーブル席が四つ、入った入口から反対にカウンター席が横並びにあった。
 入口とは正反対の一番奥に案内され座った。土曜日というだけあり、テーブル席は埋まり、カウンター席もそれなりに客はいたが、惣一郎たちが座る席の隣二つはまだ、誰も座っていなかった。
 座ると店員からメニューを渡された。和紙のような手触りに、小さくメニューが書かれている。

「じゃあ、僕は特製コーヒーとりんごの焼きタルトでお願いします」
「俺も同じものを」
 と、言いかけて詩音が「えっと、惣、この店ね、チーズケーキが美味しいんだよ」と挟む。

「半分こ、しない?」
「…じゃあ、チーズケーキで」
 店員はにこやかに、「お待ちください」と言って、厨房に戻っていった。

「惣、怒った?」
「なんで俺が怒るんだ?」
「…だって、本当はリンゴのタルト食べたかったなって」
 詩音が余所余所しく、聞く。

「怒るわけねーよ。本当はチーズケーキが食べたかったから」
 小さく、サンキュと言うと、詩音は笑って頷いた。

「ねえ、ここ、綺麗だよね」

 頼んだメニューが来るのを待つ最中、詩音が窓を見ながら呟いた。
 カウンター席は一面、ガラス張りになっており、そこから見下ろせる景色はたしかに美しい。
 一滴の汚れもない青に澄んだ海と、歴史を感じる岩、遠くに見える島。

 惣一郎たちが住む地域は海に面している。とはいえ、惣一郎たちの住んでいるエリアは中心部。高いビルや商業施設が並ぶ、いわゆる都市部だ。
 こうして電車やバスを使い、足を延ばせば行けるところに心が洗われるような絶景があっても、日々の仕事や忙しさに流され、なかなか足は向かない。

 それでも学生時代はよく、バイトの合間を縫って訪れていた。
 麓にある橋を渡り、神社にも行った。そして、二人で願い事をした。
 詩音に何を願ったのかと聞いたが、秘密と言って、教えてくれなかった。けれど、惣一郎も教えなかった。
 顔を見て笑って、何が楽しいのかもわからず、けれどもたしかに楽しくて。
 そんな日常を思い出し、惣一郎は口元を緩ませ、詩音が見る景色に視線を移した。

「昔はよく、来たよね」
「…ああ。また、来ればいい」
 そう言うと、詩音は「また来ていい?」と聞き、惣一郎も「もちろん」と答えていた。

 それからしばらくして、店員がコーヒーとスイーツを運んでくれた。特製コーヒーは、普段、飲んでいるコーヒーとは風味が違い、きっとこの店で特別にブレンドしたものなのだと感じる。
 一口飲んで、スイーツを食べた。詩音は半分こと言ったが、それは甘いものが苦手な惣一郎のために付いた良い嘘だとわかっていたため、敢えて半分こにはしなかった。

「どう?惣」
「うん、美味いよ」

 酸味が効いていながらも、酸味だけではなく、しっかりとチーズの味が感じられ、あっさりと口の中で溶けていく。お世辞ではなく、素直に美味しいと感じて言うと、詩音は嬉しそうに、まるで自分が作ったかのようにふんわりと笑って見せた。
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