上 下
25 / 79
(4)

(4)-2

しおりを挟む
「詩音、もう、時間。起きろ」
「んん~時間?だって、目覚ましかけた…」
「これのことか?もうとっくの前に、鳴ってたけど」
 寝ぼける詩音の目の前に、三十分前に鳴り終えた目覚まし兼携帯を二台、突き出す。

「え?って、え?!八時過ぎてる!」
「だから、起こした。ほら、朝飯、食うぞ?」
 慌てて起き上がったせいでぐちゃぐちゃになったままの布団から食卓へ、詩音は素早く駆けて来た。

「いただきます」
「いただきます…」
 朝、いつもは詩音を起こさないようにと、テレビはつけず、つけても音量をゼロにして、遅れて表示される字幕を見つめることにしている。

「詩音?」
「ん?」
「朝飯、これだとさすがに足りなかったか?」
 思わず、聞いていた。というのも、詩音の様子が少し、おかしかったからだ。

 朝に弱い詩音の口数が少ないことはいつものことで、朝食の時なんかはまだ半分、寝ているだろうというようにうつらうつらしている。
 けれど、今朝の詩音はそれとも少し違って、言うならば落ち込んでいるように見えたのだ。
 小食の詩音が足りないわけはない、惣一郎ならまだしも。と、思いながらも、項垂れて見える詩音が心配で、つい、そう口走っていた。
 すると、詩音は俯いていた顔を上げる。

「違う、違うよ?和食、好きだし!これからカフェ行くって言ってたから、いつもより軽くしてくれたんだよね?」
「そう、だけど」
「…ごめんね。自分から朝、早く起きるって言ったのに、結局、寝坊した」

 そう言うとまた、項垂れた。けれど、朝食には箸をつけてくれている。
 恋人になって五年も経つのに、まだ、そんなことを気にしている詩音が初々しくて可愛くて。
 納豆の乗った茶碗に箸を置くと、向かいに座る詩音のふわふわの頭をぽんぽんと二回、優しく撫でる。

「そんなこと、俺は気にしてないよ?」
「…ありがと、惣」

 時々、惣一郎にとっては小さなことで詩音は落ち込む。たとえば、今のように約束をしていたのに寝坊をしてしまった時、仕事が圧して約束の待ち合わせ時間に来られなかった時。
 そんな時、詩音は酷く落ち込む。
 その度、そんなこと気にするなと惣一郎は言う。けれど、詩音はしばらく、落ち込みを引き摺っている。
 ある時、あまりにも落ち込む詩音を励まそうと、頭を二回、ぽんぽんと撫でた。詩音は驚いたように目を丸くして、けれど次の瞬間には笑っていた。
 以来、惣一郎は詩音が落ち込んだ時にはそうするようにしている。少なくとも自分が原因で、詩音を落ち込ませたくはなかった。

「惣…」
「さっさと食べて、出かけるぞ」
「…うん!」

 結局、家を出たのはそれから一時間後の午前九時半だった。
 部屋から出て来た詩音は、白い襟のついたシャツに濃いブルーのニット、それから太目なベージュのパンツを履いていた。
 それから白い肌が更に白く見えるのは、愛用の日焼け止めを塗っているからだろう。
 肌が白く、少しの刺激にも弱いため、すぐに赤くなるとか、最近では染みが出来るとか、気にしているらしい。

 家を出て電車に乗り、バスに乗った。
 向かう先は隣の町。惣一郎たちが住んでいる町よりも閑散としている、静かな町だ。
 電車やバスから見える町並みは、普段、目にする忙しなく人が行き交う町並みとは違い、だからこそ新鮮だった。

 今日の行先を詩音に任せて良かった。

 大抵、外出に誘った方が行先を決める。それが惣一郎と詩音、二人のルールだ。いつからか、なんとなく二人の中でそう決まっていた。
 昨日も惣一郎から誘ったため、行先を決めるつもりでいたが、詩音の喜ぶ様につい、詩音が決めてと言っていたのだ。

 惣一郎が出掛けるとなると、近所の実用品が揃ったショッピングモールばかりになる。出不精では決してないと思いたいが、あちこち探して商店街を歩くより、一か所で用事を済ませた方が早いと、どうしても楽しみよりも効率を考えてしまう。
 詩音もいつも、何も言わず、いいよと笑って言うからさほど、気にはしていなかったのだが、最近、デートらしいデートもしていないことがやはり気にかかっていた。

 少し、潮の香りがする。窓からの景色は、青く澄んだ海が見えた。
 バスを降りたのは十時十五分。そこから少し歩き、階段を登った先に行きたかったカフェがあるのだと詩音は言った。
 坂道が続き、日頃、体力トレーニングを欠かさない惣一郎の息も荒くなりかけたが、前を歩く詩音は意外にも息一つ乱しておらず、意外と体力あるんだなと感心していた。

 歩きながら、話をした。普段の何気ないことだ。たとえば、昨日のこと。駅近くにあるカフェに行ったと言うと、あのカフェの最新作が美味しくて評判が良いとニコニコしながら言って、けれど最近入った新人店員の男性が初々しくて可愛いと言われると少し、むっとしてしまった。

 前を歩く詩音を追いかけるように歩くのは、普段とは反対でそれも新鮮だった。
 軽い足取りでふわふわと、まるで雲の上を歩くように詩音は歩いている。

 …少しだけ、心配になる。

 詩音が置いていくわけなどない。そんなことはあり得ないと、わかってはいるのについ、不安が顔を出す。
 このまま、この距離が開いてしまったらどうしよう。そう、思って仕方なくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

僕の兄は◯◯です。

山猫
BL
容姿端麗、才色兼備で周囲に愛される兄と、両親に出来損ない扱いされ、疫病除けだと存在を消された弟。 兄の監視役兼影のお守りとして両親に無理やり決定づけられた有名男子校でも、異性同性関係なく堕としていく兄を遠目から見守って(鼻ほじりながら)いた弟に、急な転機が。 「僕の弟を知らないか?」 「はい?」 これは王道BL街道を爆走中の兄を躱しつつ、時には巻き込まれ、時にはシリアス(?)になる弟の観察ストーリーである。 文章力ゼロの思いつきで更新しまくっているので、誤字脱字多し。広い心で閲覧推奨。 ちゃんとした小説を望まれる方は辞めた方が良いかも。 ちょっとした笑い、息抜きにBLを好む方向けです! ーーーーーーーー✂︎ この作品は以前、エブリスタで連載していたものです。エブリスタの投稿システムに慣れることが出来ず、此方に移行しました。 今後、こちらで更新再開致しますのでエブリスタで見たことあるよ!って方は、今後ともよろしくお願い致します。

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

異世界転生したものの全てを失った俺は、奈落で奴隷王子の騎士になる

トモモト ヨシユキ
BL
人間を魔術で改造して竜騎兵にして記憶を消して戦わせている大国アイヒミューゼン王国。 ポンコツ竜騎兵 ロイド・ライゼンバーグは、突然、前世の記憶を思い出す。 ロイドは、アイヒミューゼン王国の伯爵家の長男だったが父の後妻とその連れ子である兄に騙され竜騎兵にされてしまったのだった。 このままだと口封じのために戦場に送られてしまう。 逃げ出したロイドは、逃亡者として追われる身に。 仕方なく逃げ込んだ魔界の森で拐われて奴隷として売られていた少年と出会う。 エブリスタにも掲載しています。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

処理中です...