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「詩音、もう、時間。起きろ」
「んん~時間?だって、目覚ましかけた…」
「これのことか?もうとっくの前に、鳴ってたけど」
寝ぼける詩音の目の前に、三十分前に鳴り終えた目覚まし兼携帯を二台、突き出す。
「え?って、え?!八時過ぎてる!」
「だから、起こした。ほら、朝飯、食うぞ?」
慌てて起き上がったせいでぐちゃぐちゃになったままの布団から食卓へ、詩音は素早く駆けて来た。
「いただきます」
「いただきます…」
朝、いつもは詩音を起こさないようにと、テレビはつけず、つけても音量をゼロにして、遅れて表示される字幕を見つめることにしている。
「詩音?」
「ん?」
「朝飯、これだとさすがに足りなかったか?」
思わず、聞いていた。というのも、詩音の様子が少し、おかしかったからだ。
朝に弱い詩音の口数が少ないことはいつものことで、朝食の時なんかはまだ半分、寝ているだろうというようにうつらうつらしている。
けれど、今朝の詩音はそれとも少し違って、言うならば落ち込んでいるように見えたのだ。
小食の詩音が足りないわけはない、惣一郎ならまだしも。と、思いながらも、項垂れて見える詩音が心配で、つい、そう口走っていた。
すると、詩音は俯いていた顔を上げる。
「違う、違うよ?和食、好きだし!これからカフェ行くって言ってたから、いつもより軽くしてくれたんだよね?」
「そう、だけど」
「…ごめんね。自分から朝、早く起きるって言ったのに、結局、寝坊した」
そう言うとまた、項垂れた。けれど、朝食には箸をつけてくれている。
恋人になって五年も経つのに、まだ、そんなことを気にしている詩音が初々しくて可愛くて。
納豆の乗った茶碗に箸を置くと、向かいに座る詩音のふわふわの頭をぽんぽんと二回、優しく撫でる。
「そんなこと、俺は気にしてないよ?」
「…ありがと、惣」
時々、惣一郎にとっては小さなことで詩音は落ち込む。たとえば、今のように約束をしていたのに寝坊をしてしまった時、仕事が圧して約束の待ち合わせ時間に来られなかった時。
そんな時、詩音は酷く落ち込む。
その度、そんなこと気にするなと惣一郎は言う。けれど、詩音はしばらく、落ち込みを引き摺っている。
ある時、あまりにも落ち込む詩音を励まそうと、頭を二回、ぽんぽんと撫でた。詩音は驚いたように目を丸くして、けれど次の瞬間には笑っていた。
以来、惣一郎は詩音が落ち込んだ時にはそうするようにしている。少なくとも自分が原因で、詩音を落ち込ませたくはなかった。
「惣…」
「さっさと食べて、出かけるぞ」
「…うん!」
結局、家を出たのはそれから一時間後の午前九時半だった。
部屋から出て来た詩音は、白い襟のついたシャツに濃いブルーのニット、それから太目なベージュのパンツを履いていた。
それから白い肌が更に白く見えるのは、愛用の日焼け止めを塗っているからだろう。
肌が白く、少しの刺激にも弱いため、すぐに赤くなるとか、最近では染みが出来るとか、気にしているらしい。
家を出て電車に乗り、バスに乗った。
向かう先は隣の町。惣一郎たちが住んでいる町よりも閑散としている、静かな町だ。
電車やバスから見える町並みは、普段、目にする忙しなく人が行き交う町並みとは違い、だからこそ新鮮だった。
今日の行先を詩音に任せて良かった。
大抵、外出に誘った方が行先を決める。それが惣一郎と詩音、二人のルールだ。いつからか、なんとなく二人の中でそう決まっていた。
昨日も惣一郎から誘ったため、行先を決めるつもりでいたが、詩音の喜ぶ様につい、詩音が決めてと言っていたのだ。
惣一郎が出掛けるとなると、近所の実用品が揃ったショッピングモールばかりになる。出不精では決してないと思いたいが、あちこち探して商店街を歩くより、一か所で用事を済ませた方が早いと、どうしても楽しみよりも効率を考えてしまう。
詩音もいつも、何も言わず、いいよと笑って言うからさほど、気にはしていなかったのだが、最近、デートらしいデートもしていないことがやはり気にかかっていた。
少し、潮の香りがする。窓からの景色は、青く澄んだ海が見えた。
バスを降りたのは十時十五分。そこから少し歩き、階段を登った先に行きたかったカフェがあるのだと詩音は言った。
坂道が続き、日頃、体力トレーニングを欠かさない惣一郎の息も荒くなりかけたが、前を歩く詩音は意外にも息一つ乱しておらず、意外と体力あるんだなと感心していた。
歩きながら、話をした。普段の何気ないことだ。たとえば、昨日のこと。駅近くにあるカフェに行ったと言うと、あのカフェの最新作が美味しくて評判が良いとニコニコしながら言って、けれど最近入った新人店員の男性が初々しくて可愛いと言われると少し、むっとしてしまった。
前を歩く詩音を追いかけるように歩くのは、普段とは反対でそれも新鮮だった。
軽い足取りでふわふわと、まるで雲の上を歩くように詩音は歩いている。
…少しだけ、心配になる。
詩音が置いていくわけなどない。そんなことはあり得ないと、わかってはいるのについ、不安が顔を出す。
このまま、この距離が開いてしまったらどうしよう。そう、思って仕方なくなった。
「んん~時間?だって、目覚ましかけた…」
「これのことか?もうとっくの前に、鳴ってたけど」
寝ぼける詩音の目の前に、三十分前に鳴り終えた目覚まし兼携帯を二台、突き出す。
「え?って、え?!八時過ぎてる!」
「だから、起こした。ほら、朝飯、食うぞ?」
慌てて起き上がったせいでぐちゃぐちゃになったままの布団から食卓へ、詩音は素早く駆けて来た。
「いただきます」
「いただきます…」
朝、いつもは詩音を起こさないようにと、テレビはつけず、つけても音量をゼロにして、遅れて表示される字幕を見つめることにしている。
「詩音?」
「ん?」
「朝飯、これだとさすがに足りなかったか?」
思わず、聞いていた。というのも、詩音の様子が少し、おかしかったからだ。
朝に弱い詩音の口数が少ないことはいつものことで、朝食の時なんかはまだ半分、寝ているだろうというようにうつらうつらしている。
けれど、今朝の詩音はそれとも少し違って、言うならば落ち込んでいるように見えたのだ。
小食の詩音が足りないわけはない、惣一郎ならまだしも。と、思いながらも、項垂れて見える詩音が心配で、つい、そう口走っていた。
すると、詩音は俯いていた顔を上げる。
「違う、違うよ?和食、好きだし!これからカフェ行くって言ってたから、いつもより軽くしてくれたんだよね?」
「そう、だけど」
「…ごめんね。自分から朝、早く起きるって言ったのに、結局、寝坊した」
そう言うとまた、項垂れた。けれど、朝食には箸をつけてくれている。
恋人になって五年も経つのに、まだ、そんなことを気にしている詩音が初々しくて可愛くて。
納豆の乗った茶碗に箸を置くと、向かいに座る詩音のふわふわの頭をぽんぽんと二回、優しく撫でる。
「そんなこと、俺は気にしてないよ?」
「…ありがと、惣」
時々、惣一郎にとっては小さなことで詩音は落ち込む。たとえば、今のように約束をしていたのに寝坊をしてしまった時、仕事が圧して約束の待ち合わせ時間に来られなかった時。
そんな時、詩音は酷く落ち込む。
その度、そんなこと気にするなと惣一郎は言う。けれど、詩音はしばらく、落ち込みを引き摺っている。
ある時、あまりにも落ち込む詩音を励まそうと、頭を二回、ぽんぽんと撫でた。詩音は驚いたように目を丸くして、けれど次の瞬間には笑っていた。
以来、惣一郎は詩音が落ち込んだ時にはそうするようにしている。少なくとも自分が原因で、詩音を落ち込ませたくはなかった。
「惣…」
「さっさと食べて、出かけるぞ」
「…うん!」
結局、家を出たのはそれから一時間後の午前九時半だった。
部屋から出て来た詩音は、白い襟のついたシャツに濃いブルーのニット、それから太目なベージュのパンツを履いていた。
それから白い肌が更に白く見えるのは、愛用の日焼け止めを塗っているからだろう。
肌が白く、少しの刺激にも弱いため、すぐに赤くなるとか、最近では染みが出来るとか、気にしているらしい。
家を出て電車に乗り、バスに乗った。
向かう先は隣の町。惣一郎たちが住んでいる町よりも閑散としている、静かな町だ。
電車やバスから見える町並みは、普段、目にする忙しなく人が行き交う町並みとは違い、だからこそ新鮮だった。
今日の行先を詩音に任せて良かった。
大抵、外出に誘った方が行先を決める。それが惣一郎と詩音、二人のルールだ。いつからか、なんとなく二人の中でそう決まっていた。
昨日も惣一郎から誘ったため、行先を決めるつもりでいたが、詩音の喜ぶ様につい、詩音が決めてと言っていたのだ。
惣一郎が出掛けるとなると、近所の実用品が揃ったショッピングモールばかりになる。出不精では決してないと思いたいが、あちこち探して商店街を歩くより、一か所で用事を済ませた方が早いと、どうしても楽しみよりも効率を考えてしまう。
詩音もいつも、何も言わず、いいよと笑って言うからさほど、気にはしていなかったのだが、最近、デートらしいデートもしていないことがやはり気にかかっていた。
少し、潮の香りがする。窓からの景色は、青く澄んだ海が見えた。
バスを降りたのは十時十五分。そこから少し歩き、階段を登った先に行きたかったカフェがあるのだと詩音は言った。
坂道が続き、日頃、体力トレーニングを欠かさない惣一郎の息も荒くなりかけたが、前を歩く詩音は意外にも息一つ乱しておらず、意外と体力あるんだなと感心していた。
歩きながら、話をした。普段の何気ないことだ。たとえば、昨日のこと。駅近くにあるカフェに行ったと言うと、あのカフェの最新作が美味しくて評判が良いとニコニコしながら言って、けれど最近入った新人店員の男性が初々しくて可愛いと言われると少し、むっとしてしまった。
前を歩く詩音を追いかけるように歩くのは、普段とは反対でそれも新鮮だった。
軽い足取りでふわふわと、まるで雲の上を歩くように詩音は歩いている。
…少しだけ、心配になる。
詩音が置いていくわけなどない。そんなことはあり得ないと、わかってはいるのについ、不安が顔を出す。
このまま、この距離が開いてしまったらどうしよう。そう、思って仕方なくなった。
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