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 以来、詩音から目が離せなくなった。詩音には人を惹きつけるフェロモンのようなものが出ていると、惣一郎は思っている。
 そのフェロモンに出会った頃から今も、充てられている。だからこそ、付き合って五年経つ今も大きく喧嘩もせずに仲良く暮らせているのだろう。

 いただきます、そう告げる声が聞こえ、見ると詩音が大好きな鶏肉を口に運ぶところだった。

「うん、美味しいよ」
 満面の笑顔に、つい、心の中でその笑顔見たさに朝食当番をかって出たわけではないと言い訳する。

 会社勤めの惣一郎は、帰宅時間がまちまちになる。時には、帰宅が夜の九時になることだってある。
 どうしたって夕飯は別々になることがある。それに、詩音が夕飯を作る頻度の方が高い。
 だから、朝食は惣一郎が担当している。が、そこに満面の笑顔がついてくるとは、役得というものだ。
 元々、母親と弟の三人暮らしだった惣一郎は、家事が苦手ではない。フルタイムの保険会社で働く母の代わりに、不完全ではあるがそこそこ、家事を担ってきた。
 洗濯、掃除、料理。それなりにできるように育ててくれた母には、感謝している。
 それがなければ、詩音との生活がこれほどまでに穏やかで幸せを感じるものにはならなかっただろうから。

「惣」
「なんだ?」
「明日の朝ご飯は僕が作ろうか」
「なんで?」
「たまには、惣も洋食とか食べたいかなって」
 最後は聞き取れないほど、語尾を小さくさせて言う。きっと、惣一郎に気を遣っているのだろう。
 というのも、詩音と惣一郎の好みが違うからだ。詩音は和食、惣一郎は洋食を好む。

「いいよ、和食も俺は好きだから」
 言うと、まだ疑っているような顔を向けられた。

「本当に、大丈夫だから」
 きっと、今夜は洋食だ。そう思いながら、本当は詩音が作ってくれるならなんだっていいのにと思う気持ちを、咀嚼とともに喉に流し込む。

 食事の後は、少し慌ただしくなる。といっても、慌ただしいのは会社勤めの惣一郎だけだ。
 スーツにネクタイ、と毎日、着るせいでもう、初めて袖を通した日のことなんかは忘れ、適当に引っ張り出す。
 と、詩音がようやく目覚めた顔を出した。

「惣、今日はこのネクタイが合う気がするな」
「そうか?ネクタイなんて、なんでもいいよ」
「ダメだよ。似合うものを身に着けると、背筋が伸びるでしょ」
 そう言って、自分の背筋を伸ばして見せる。そんなところに、今日もまた、心を掴まれる。
 けれど、和んでいる時間はない。器用な詩音にネクタイを結んでもらい、靴を履いた。

「じゃあ、行ってくる」
「…うん、行ってらっしゃい」
「詩音」
「ん?」
「いや…なんでもない」

 幸せだ。好きな人と暮らす毎日が。
 なのに、時折、不安が過る。たとえば、行ってらっしゃいの前、一瞬の間にも。
 けれど、言葉にはできず。言えない言葉を空気とともに呑み込んでいた。
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