護衛係と眠り姫

chouchou

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欲しいものとあげたいもの

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まずいことをした。図星をつきすぎることは人格否定に繋がりうる。
塔を出たハリスは後悔の念に苛まれていた。
意地っ張りな奴だとは思っていたが、ここまで負の感情を露わにすることがあるのか。ペットに噛み付かれた気分だ。
既に小さくなった塔を振り返る。今頃プンプン怒っているんだろう。
「子供かよ」
口には出してみるが、ハリスも大人げなかった。10歳も年上なのに。ため息が出てしまう。
「さて、どこへ行くか」
彼女に必要なものなんか王宮から支給されている。あとはより強い眠剤か?馬鹿げている。欲しいものと言えばどうせ友だちとか彼氏だろう。売ってねえよそんなもん。
ハリスは小さく笑いながら、中心街に向かって行く。夕方になり、駅の近くはほとんどの服飾店がシャッターを閉めていたが、彼女に必要なのは着飾るものでは無いと思う。
ハリスは本屋に入った。彼女が欲しいかは置いておいて、まず間違いなく彼女に必要なのは健全な書籍だ。あの塔にある本と言ったら飛躍した乙女小説かつまらない医学書ぐらいのもので、なんとも極端なバリエーションを誇っている。
とはいえハリスも何が健全な本かは分からない。硬い床を踏み締め、広い店内を回る。雑誌…は必要ないか。歴史書?数学書?彼女はどこまで教育を受けたのだろう。大流行している小説だろうか。彼女にあれ以上の想像力は必要ないだろう。無計画に入ったはいいものの、なかなかいいものが見つからない。フラフラと歩くハリスの目に、ふと海の絵が飛び込んできた。
「……これもしれん」
世界中の風景が描かれた画集だった。有名な作家ではないが、変に装飾を加えず、写実的であるところがいい。「外には出られないのー」と言いつつも寂しげに窓の外を眺めているあいつにはピッタリだ。彼女は海を見た事があるのだろうか。
「これだな」
満足気に頷くと、ハリスは1冊を購入した。領収書は貰わない。意気揚々と店を出る。まさか2時間足らずで帰ってくるとは思うまい…
「ハリス」
コーヒーの香りと共に名前を呼ばれ顔を上げる。自分の目が見開かれるのがわかった。愛しい元カノ、エミリーがそこにいた。
「……ああ、」
「奇遇ね、こんな所で会うなんて」
「ああ、もう会うことは無いと思ってた」
「どう、お仕事は」
「わがままなガキに追い出されてきたところだ」
「そう、仲が悪そうで良かった」
ぎょっとしてエミリーを見ると、彼女は泣きそうな顔をしていた。夕日を受ける金髪が眩しい。素っ気ないシャツから覗く鎖骨には、彼が贈ったネックレスが輝いている。
「………私ね、まだあなたが好きだわ」
彼女が一息に言う。
「え、」
「ごめんなさい、勝手なこと言って。」
「俺は、」
「でもやっぱり若い女のところに住むのは許せないの」
「…………」
今年26になる彼女もまた、未婚である。
「だからね、お勤めが終わって、まだ私のこと好きでいてくれたら、」
香りがさらに強くなる。甘えるように、胸に頭を擦り付けられた。彼女の青い瞳がこちらを見つめている。
「きっと、一生幸せになれるわ」 
口元を柔らかく緩め、彼女は寂しそうに去っていった。取り残されたハリスは呆然と立ち尽くす。彼女の言葉は嬉しかった。果たして俺たちは幸せになれるだろうか。以前の俺ならもちろんイエスだ。
蒸し暑い路地を歩く。胸にはまだコーヒーの匂いが残っていた。思考がかき乱される。耐えきれず、カフェに入る。
「コーヒー、氷少なめで」
「店内で召し上がられますか?」
「…いや、持ち帰りで」
そうだ、あいつに飲ませてやろう。眠れなくて悶えるといいさ。そしたら2人で一晩中語り明かせばいい。
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