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第三章:カミナリノモン国(前編)

第67話『時限限界突破』

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 「うむ……。気配が……消えたか……」

 ティルクは、今まで存在していた気配が失われたことに気が付き、閉じていた左上瞼を開ける。
 感覚は、恐らくは同郷の仲間の気配が消えたのであろう。
 目覚めにしてはちと寂しい感覚だ。
 失われた場所は遠くなく、むしろかなり近い位置だ。
 
 少し気になることがあり、小さくなったままの体で急ぎ向かう。
 すると視界へ映り込んだ者は、壁に背中を預けうつむきもたれかかった京也の姿が見えた。
 
 様子がいつもと異なるのを気にし、手間に着地しても京也の反応は鈍い。
 むしろ反応していないというのが正解かもしれない。

 京也の手に握られた黒い石は、闇石に非常に似たような物だった。
 わずかに感じる気配から、中にはルゥナの気配が漂う。
 恐らくは、なんらかしらの要因で石の中に閉じ込められたか、吸われたかのどちらかと察しはついた。

 ならば対処する方法はひとつしかない。

 壁にもたれかかったままの絶望している京也に、ティルクは諭すよう声をかけた。
 
 「京也殿、よく聞くのだ」

 ティルクは京也の心の叫びが痛いほど理解ができた。
 京也は、力に溺れる者ではないと。誰よりも人を大事にして誰よりも仲間を大事にする。

 だからこそ、今は引き裂かれる思いが頭を支配して、麻痺しているのだと。
 ティルクは京也が返事をするまで、ゆっくりと待ち続けた。
 京也はようやくティルクの名前を絞り出すようにしていう。
 
「ティルク……」

 京也の声を確認したティルクはすぐに返事をした。
 
「ルゥナはまだ残っておる」

 なんと返していいかわからず、実感も持てず京也は何もいえない。
 
「……」

 京也が握り締める黒い石は、中で光が蠢くように駆け巡る。

「手元を見よ。吸収されたとはいえ、中にルゥナが詰まっておる」

 京也は目を石に落としぼんやりと眺めていた。
 
「ルゥナが?」

「端的にいうなら、今までのルゥナの9割以上が石の中にあると思った方がよい。自我となる精霊体としては保てなくなっただけの話だ。だから安心するのだ、まだ間に合う」

 言葉は交わすもののまだ京也は力なく答えている。

「……まだ?」

「そうだ。今の状態でも恐らく記憶は残っておる。ただし一時的だ。だからこれから秘術を行わなければならぬ。他でもない京也殿の力が必要だ」

「どうなるんだ?」

 京也はこれからどうなるのか検討がつかなった。

「ルゥナの肉体を引き寄せ、念願の帰還を果たさせるのだ。ただし相応の負担が我らにかかる」

 そこでハッとした京也は目に力が宿っていく。
 ティルクは気がつき、ようやくだと内心安堵した。

 京也は力強くティルクに訴えた。

「俺はどうすればいい? 教えてくれ!」

「まあ慌てるでない。気持ちは理解できておる。端的に言おう黒ノ門を開き、我がルゥナの体のそばで石を砕き、合流させる」

「砕くだけで残滓は体に戻れるのか?」

「いや、足りぬ。だから我が少しだけ手助けするのだ」

 少し京也は気持ちが焦っていた。

「どうやってやるんだ? 一方通行だというだろ? ティルクなら通れるのか?」

「いや、我も通れぬ。なのでこれを使う」

 するとティルクの背中から闇の塊でできた人の腕が二本現れてきた。
 ティルクの尻尾のように太く筋肉質な腕だ。

「もしかしてこの腕を介して、持っていくのか?」

「そうだ。その代わり届く範囲は限られておるゆえ、ルゥナの肉体の近くに門を引き寄せる必要がある」

 やり方はティルクの腕次第とまでは理解ができた。

「なるほど、引き寄せるといってもどうするんだ? 本体自身が動くわけはないだろう?」

「もちろんだ。だから肉体の近くに門を引き寄せるには、この石と我の力を近づけて門を召喚すると、由来する場所に出現するのだ。これは昔から言われておってな確実性は高い」
 
 居場所についてはティルクに任せるより、他にないことはわかった。
 
「わかったそこはティルクに任せる。具体的に、俺はどうしたらいい?」

「京也殿にはすまぬ。門の召喚のため、京也殿の闇ノ力を過剰なまで使わせてもらう。同時に門を開いた途端闇ノ軍勢が現れるので我らを守護してほしい」

「軍勢が出るのか……」

「そうだ。最初に現れる者たちは大した力などは持たぬ。ゆえに先陣を切る役割としてやってくる」

「そんなにすぐに開いた場所などわかるのか?」

「いや、わかりようもない。ただし、わかり次第最初の旨味を吸い取ろうと我先にと集まってきよる。アリが蜜に群がるようにな」

 俺は使える武器を考えていた。
 永遠なる闇の毒蛇と勇者からもらった大剣のふたつがある。あとは、黒ノ閃光だ。
 他には、ルゥナから聞いた耐久限界時に俺の意識外で動いた奴のこともある。
 初見でいきなり閃光をぶっ放すのが手取り早そうだ。ただし、できたらの話ではある……。
 
「そうだ。ただ、周りに魔法界の者がいれば我ら同類の者など気にせず、魔法界の者を食いに突き進むだろう」

 すると仲間の3人が思い浮かぶ。
 
「となるとリムルとアリッサとかぐやが危険になるな」

「そうだな。すまない。我はその時、ルゥナの帰還に全力のため何もできない」

「大丈夫だ。俺がなんとかする。距離は離れても大丈夫なのか?」

 ティルクは何か思い起こすようにいう。
 
「うむ。京也殿の視界で我が通常サイズに戻った時の大きさで門だと想定すると、離れてみた時に京也殿の親指サイズまでの大きさで見える位置が境界線ぐらいだと思ってくれ」

「わかった。離れすぎるとどうなる?」

「最悪我の力でなんとかなるものの時間が何倍もかかるし、危険が高まる。――つまり失敗だ」

 どうやら俺にすべてがかかっているようだ。
 何も問題はないはずと思っている。今まで何もかも耐久してきたし、これからもそうだ。
 
「わかった距離だけは慎重にするさ」

 わずかに残る残滓を再び蘇らせるには、肉体が必要でそれ以外にないことを知る。

「そこでだ京也殿」

「なんだティルク?」

「京也殿には、また苦しませてしまい申し訳ない。一時的に、闇の力を強引に引き出して限界を超える方法がある。今から秘術を用いるゆえ、京也殿自身に何が起きるか予測不能なのだ。門を開き維持するのは、限界を超えねばならぬ……」
 
 ティルクの助言に従い闇の力を一時的にでも無理やりに解放させると、苦しむことはわかった。
 自身の存在がどこまで耐久できるかによるのは理解できる。
 京也は必死だった。自身にかかるリスクや難易度が高いほど逆に安堵した。
 なぜなら、目先のことさえ成し遂げればできると信じられたからだ。
 
「大丈夫だかまわない。むしろ、いささか無謀で蛮勇といえるほどのムリをしないと、成し遂げられないと思っているさ」
 
 ティルクは京也に無理をいっているのは重々承知だ。
 それでもムリをしてまでやらないと、今回の復活はできるかどうかギリギリのところだ。
 
「かたじけない。時限限界突破はおそらく、闇レベルは千を超える」

 言葉では理解しても千を越えた時、自身に何が起きるかわからないし、自我があるのかさえ不明だ。
 でも、やり遂げたい思いだけで今は進んでいる。
 
「わかった……」

 俺は、遠い親戚より近くの他人をとる。最初は、近くの他人より遠い親戚をと考えていた。でも今は違う、近くの大事な他人はルゥナだ。

 俺はこれが正しい選択だと思っている。
 
 それが俺の覚悟だ。
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