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第三章:カミナリノモン国(前編)
第56話『髪と美と京也』
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俺はなぜか、かぐや姫と腕を組んで町中を歩いている。
なんでこうなったのか、俺もよくわからない。
今言えることは、ハサミとクシと毛質が硬い獣毛ブラシの三つがほしくて、希望する物を探そうとしていた。
とくに大事な獣毛ブラシは、獣毛に水分と油分が含まれており、髪のキューティクルにしっかり馴染む。
なので使っていると髪に艶が出て、まとまりのあるサラサラ髪になるから、なんとしてでも手に入れて、女性陣がより綺麗になれる助力となりたい。
かぐや姫に軽く話すとすぐに用意ができるとのことで、指定の鍛冶屋に向かう。
はじめに、手に入れられたのは、ハサミだ。
程なくして手に入れた髪用のハサミは、現代使われるハサミと遜色ないことに意外性を感じた。
クシとブラシも同一の鍛冶屋で用意ができたのは助かる。
クシは木製であるゆえ、そうした細工に近いものではあるし、ブラシは今いる世界でも同様に、髪をとかす物として用いられているとのことだ。
求めていた品がこうも簡単に手に入ったのは、かぐや姫の髪質を見ていればわかることだった。
丹念にとかされた綺麗な髪は、やはり普段の手入れが欠かせないのだろう。
髪は頻繁に髪結が訪れて手入れしているとのことなので、頷ける。
ただ髪の切り方の工夫は、さほどしていない様子だ。
京也は、手に入るとは思いも寄らなかったので、気持ちを伝えた。
「かぐや、ありがとな」
かぐやは、京也のほしい物への手助けをしたことより、髪結の技術の方が今は興味津々といった感じの様子だ。
「いえいえ、ワタクシが役に立ててよかったですわ。髪結をされるのですよよね? ワタクシも見ていてもよいですの?」
「ああ。もちろんな」
「嬉しいですわ。京也が、意外なことができるのには驚きですもの」
かぐやの両掌を顔の手前で合わせて、嬉そうに話す表情は、なんとも言えぬほどに美少女っぷりを発揮している。
「たまたまなんだけどな。リムルたちが待っているから早く行こう」
「はいっ!」
満面の笑みを俺に向けてくる姿はとても嬉しそうだ。
それほど嬉しいことなのかと疑問を覚えつつ、鍛冶屋を後にし宿へ戻る。
部屋の中にはすでに皆が待機しており、待ち侘びている様子だった。
京也の一声と一挙一動に注目が集まる。
「ごめん。待たせた」
リムルは期待が高く、どのようなイメージを持っているのか京也も楽しみだった。
「キョウ楽しみです!」
アリッサも緊張をはらんだ表情で出迎えてくれた。
「京、よろしく頼む」
二人とも、とても楽しみにしてくれていたみたいで京也もどこか気合いが入る。
「まずは、リムルからはじめようか。椅子に座ったまま動かないでな?」
「うん!」
さっそく入手した獣系のブラシを使いとかしていく。
一般的にはあまり普及していないのか、ブラシをするたびに髪の変化に気がつくほど綺麗に整えられていく。
特注の品でもあるから普通のブラシとは訳が違う。
もし今の状態を知らないなら、恐らくはブラシでとかすだけで驚くに違いないほどだ。
なぜなら、周りで見る者たちの反応は、変化に対して目を瞬かせている。
ならば、大いに期待できそうだ。
さっそく今回の髪型を決めよう。
とは言っても、事前に考えていたことを実行するだけだった。
髪型として、髪は肩ぐらいまでの長さにし、頭頂部から全体に丸みを帯びた輪郭にしていく。
前髪は薄めにして、おでこがうっすら見えるくらい透けさせた格好だ。
長さは全体を鎖骨下に大人の親指幅ぐらいの長さにして、毛先がおよそ肩の上下数センチにおさまる範囲ぐらいにするつもりだ。
頭頂部のみに穏やかな段差を入れて切り、空気感があるように表現してみた。
前髪は目の上スレスレの長さにして、幅も瞳の黒目と黒目の間を薄くすることで、軽やかな雰囲気に見せてみた。
色は地毛のままの白橡色で、自然な透明感がある。
スタイリング剤は世界にはないため、軽くクシで最後整える。
大きめの鏡は宿側に用意してもらっていたので、切り終わりの楽しみを倍増させるため、終わるまで見せないようにしていた。
リムルに似合う髪型へしたつもりだ。
あとは、本人が気に入ってくれたら大成功だけど果たして……。
「完成だ。鏡で見てくれ」
京也の声に一瞬間を置いたのち、リムルの表情が大きく変化した。
「わあああぁぁぁぁぁ」
頬に両手のひらを当てて、嬉しそうに顔の角度を変えたり横から見たりと忙しなく、髪を確認している。
リムルの仕上がりを見て、アリッサまでも切る前から興奮状態だ。
「これは! すごいな……京。ここまで可愛くなるのはハッキリ言って羨ましいぞ」
かぐやも心が動かされるのか、今日は約束していないものの待ち遠しいといった様子だ。
「京也、凄い技術をお持ちですのね。ワタクシもぜひ今度お願いしたいですわ」
リムルは当然人生初だろう。
「キョウー! ありがとう! ほんとのほんとに嬉くて、なんていったらいいかわからないよ」
そこまで感激してくれると京也も道具から探した甲斐があったというもの。
それというのもかぐやの活躍のおかげでもある。
「そこまでの気持ちを表現してくれるだけで、やった甲斐があったよ。かぐやが協力してくれたおかげだ。かぐやありがとな」
いつになく力になったことが嬉しいのか、かぐやの笑みがこぼれ落ちる。
「いえいえ。ワタクシ京也の欲しい物を手に入れるお手伝いをしただけですわ」
次に切るアリッサは、どこか緊張をしている感じなのは、人生初の未知なる技術での髪切りだからだろう。
実際に事例を見て、期待と緊張でかつてないほどの興奮の坩堝に包まれているせいか、普段とは違う表情を見せてくれる。
アリッサは今にも舌を噛みそうなくらいだ。
「よ、よろしく頼むっ!」
緊張するなという方がムリだろう。とはいえ、少しでもリラックスしてもらいたいものだと思う。
「緊張しなくて大丈夫だ。安心して任せてくれ」
「たっ! 頼んだ!」
アリッサもリムルと同じく元々かなりの美少女なので、仕上がりが楽しみだ。
同じく鏡は、本人が見えない状態で髪を切る。
途中を見るのは次回にしたいと、早くも次回の要望がでだ。
今回の髪型の横は肩に当たる長さで切り、平行に切り揃える。
軽やかな印象を目指した。
顔周りは、やや後頭部から頭頂部に向かって短くなっていく形にしていく。
表面に少しだけ段差をつけて切り、ふわっとした毛束を作ってみた。
前髪は薄めに取って、目の上で流れるように毛量調整しながら切ってみる。
こめかみ部分はやや長めに切り、前髪の端と横を自然につなげる。
最後に普段の分け目から、親指の爪半分ぐらいズラして分けると、頭頂部がふわっと立ち上がる。その立体感を出すのは外せない。
髪色は地毛を生かして枯茶色のままにする。
落ち着いた色と髪型で上品な印象になった。
あれ? これだとどこかの令嬢のように見える。
やはり元がいいと仕上がりが抜群に良くなる。
当然、俺が思う印象以上に周りで見ている者たちも、感嘆の声をあげている。
やはり女性は、髪が命だとつくづく思う。
「アリッサできたよ。鏡で見て気になるところがあったら教えてくれ」
「京! こっこここここ」
うまく言葉にならないというべきなんだろうか。
リムルと同じように、しきりに左右を見たり角度を変えたり、また正面から見たりと確認に余念がない。
そのようなそぶりは初めてゆえに、自分の変化、いわゆる変身に驚いているのかもしれない。
「何か気になるか?」
「気になるもなにも、それどころじゃないぞ! 凄いじゃないか!」
なんだか見た目の上品さと、使われる言葉はチグハグな感じがしておもしろいと内心思ってしまう。
「喜んでくれてよかったよ。俺も一安心だ。これぐらいならいつでもできるから言ってくれ」
「本当のほんとにありがとう!」
アリッサはキャラが変わったのかと思うぐらいの変身っぷりだ。
「あとこれな、二人にも渡しておくよ。今回使ったブラシだ。これで整えると、髪に艶が出てまとまりやすくなるんだ。ぜひ普段の手入れで使ってみてくれ」
京也は1本ずつリムルとアリッサに手渡す。さらに金属の板を磨き上げて作った楕円形の鏡も一緒に手渡す。
アリッサのテンションの高さはこれまでに見たことがないぐらいだ。
「おぉぉぉ。京! ありがとー」
リムルも元気いっぱいな感じだ。
「キョウありがと!」
ここでかぐやにも忘れずに同じ獣毛のブラシと鏡を手渡した。
「ワタクシにもですか? 京也ありがとう。すごく嬉しいですわ。大事にしますね」
かぐやはしみじみとブラシと鏡を眺めてお礼を言うとすぐに、自ら髪をとかしはじめた。
よほど使ってみたかったんだろう。ブラシを通すたびに嬉しいのか笑顔が止まらない様子だ。
女性陣がはしゃぎ回っているところに、少し寂しげな表情のルゥナがいたので、忘れずに声をかけておく。
「ルゥナ。ルゥナぐらいの美少女だったら、恐らく皆の視線を釘付けにできる。だから肉体を取り戻した時の楽しみにしていてくれ」
思わぬ発言だったのか目を大きく開き、瞬く。
「京也……。まさかそんなことが聞けるなんて、思いもよらなかったよ。期待している。イヒヒヒ」
少し目尻に涙があるように見えたものの、やっぱいつもルゥナだった。よかった。
「京也。ワタクシもお願いしたいところですわ……」
恐る恐るいうかぐやは、期待半分な感じだ。
「かぐやは、少し待ってほしいんだ」
「何かお困りですの?」
一瞬寂しそうな表情を向けながら同時に、何か京也に問題が起きたのかと、気づかうところはさすがだと思った。
「かぐやの一番を見つけたいんだ。だからのそのためにはかぐやをもっと見ていたい」
実は今すぐにでもできるけども、どのような感じがよいか思考を巡らしていた。
いくつか候補の案はあるものの、できれば一番だと思う物にしたいしもう少し考案時間もほしい。
かぐやといる時間は、リムルとアリッサと比べてごくわずかなため、もうしばらく何がよいかを見極めたい気持ちでいた。
「まあ! それは素敵なこと。もっとよく見てくださいまし。何でしたら四六時中ご一緒いたしますのよ?」
かなりの高揚ぶりで言うと、顔も体もかなり近くかぐやは寄る。
普段が殺伐としていたのか、まさかこのような形で皆に喜んでもらえるとは思いもよらなかった。
この世界の髪結師たちは、表現という意味ではあまりこだわらないのかもしれない。
実際町中で見る限り、まっすぐ切り揃えるか縛るかにして変化を持たせていない人だけだ。
なかなかそこまで手をかけることは、時間的にもお金的にもムリがあるのかもしれない。
ダンジョンで魔獣相手に活躍していたら髪など気にしていられないというのももちろんあるだろう。命懸けの戦いだからな。
ただ四六時中そうしているわけではないから、せめて戦いがない時は、こうした気分転換も大事なのではないかと思う。
そうすることで、世の中の女性陣の輝きが増していくだけでなく、それを見た男性陣が今度は、より活動的になる。
結果的として全体的に、いい方向へ流れていく。
髪はある意味女性を変え、世の中を変えていくものになると思っていた。
大事な目的はあるものの、たまにはこうしたこともよいかもしれないと俺は、少し気持ちの安らぎを味わった。
明日からは新しいダンジョン攻略だ。
女神が管理できない場所は、どのようなところなのか……。
前回、勇者の書物によって導かれた場所は、ダンジョンというよりは倉庫に近い物だった。
あのようなロックの仕方なら、たしかにこの世界の人間は偶然でも解けない。
内容は、単に倉庫的な場所だったので、情報と武具を得る機会としてはよかった。
書物についてはあらかたコピーをとったので、後で抜け漏れ確認をするぐらいだ。
なので、得るものは一通り得たので、今度は管理されていないダンジョンへ向かう予定だ。
恐らくは、かなりハードな展開が予測される。
運よく先に、倉庫側を開けて良かったと思っている。
そうでなければ、俺はまたジリ貧を味わうことになっただろう。仮に赤い騎士になれたとしても、狭いダンジョン内だと力が発揮できるのかは、未知数といえる。
あれだけ鎧側の本能に翻弄されて動き回る戦い方は、地上が最適だ。
大剣を振り回してこそ、赤い騎士でもあるので場所によってはかなりの苦戦を強いられそうだ。そのため対策をしなくてはと思う。
その点、今回得た装備品はかなり優秀で臨機応変に対応はできそうだ。
白い騎士は、使い所が難しくて最初に使った以降は、リスクが大きいと考えてしまい使わずじまいだ。
次のダンジョンは先に情報があった。
それは、桃太郎一族が先行しているとある。
これは俺がここに来る前から実行していたから仕方ない。
まあ先行と言ってもあくまでも一時的な話しだし、ダンジョンを支配しているのとまた違う。
明日以降が楽しみだ。
ルゥナは俺を見て何かわかったのか、含み笑いをしていた。
多分、大暴れすると読んでいるんだろう。
実は――。その通りだ。
なんでこうなったのか、俺もよくわからない。
今言えることは、ハサミとクシと毛質が硬い獣毛ブラシの三つがほしくて、希望する物を探そうとしていた。
とくに大事な獣毛ブラシは、獣毛に水分と油分が含まれており、髪のキューティクルにしっかり馴染む。
なので使っていると髪に艶が出て、まとまりのあるサラサラ髪になるから、なんとしてでも手に入れて、女性陣がより綺麗になれる助力となりたい。
かぐや姫に軽く話すとすぐに用意ができるとのことで、指定の鍛冶屋に向かう。
はじめに、手に入れられたのは、ハサミだ。
程なくして手に入れた髪用のハサミは、現代使われるハサミと遜色ないことに意外性を感じた。
クシとブラシも同一の鍛冶屋で用意ができたのは助かる。
クシは木製であるゆえ、そうした細工に近いものではあるし、ブラシは今いる世界でも同様に、髪をとかす物として用いられているとのことだ。
求めていた品がこうも簡単に手に入ったのは、かぐや姫の髪質を見ていればわかることだった。
丹念にとかされた綺麗な髪は、やはり普段の手入れが欠かせないのだろう。
髪は頻繁に髪結が訪れて手入れしているとのことなので、頷ける。
ただ髪の切り方の工夫は、さほどしていない様子だ。
京也は、手に入るとは思いも寄らなかったので、気持ちを伝えた。
「かぐや、ありがとな」
かぐやは、京也のほしい物への手助けをしたことより、髪結の技術の方が今は興味津々といった感じの様子だ。
「いえいえ、ワタクシが役に立ててよかったですわ。髪結をされるのですよよね? ワタクシも見ていてもよいですの?」
「ああ。もちろんな」
「嬉しいですわ。京也が、意外なことができるのには驚きですもの」
かぐやの両掌を顔の手前で合わせて、嬉そうに話す表情は、なんとも言えぬほどに美少女っぷりを発揮している。
「たまたまなんだけどな。リムルたちが待っているから早く行こう」
「はいっ!」
満面の笑みを俺に向けてくる姿はとても嬉しそうだ。
それほど嬉しいことなのかと疑問を覚えつつ、鍛冶屋を後にし宿へ戻る。
部屋の中にはすでに皆が待機しており、待ち侘びている様子だった。
京也の一声と一挙一動に注目が集まる。
「ごめん。待たせた」
リムルは期待が高く、どのようなイメージを持っているのか京也も楽しみだった。
「キョウ楽しみです!」
アリッサも緊張をはらんだ表情で出迎えてくれた。
「京、よろしく頼む」
二人とも、とても楽しみにしてくれていたみたいで京也もどこか気合いが入る。
「まずは、リムルからはじめようか。椅子に座ったまま動かないでな?」
「うん!」
さっそく入手した獣系のブラシを使いとかしていく。
一般的にはあまり普及していないのか、ブラシをするたびに髪の変化に気がつくほど綺麗に整えられていく。
特注の品でもあるから普通のブラシとは訳が違う。
もし今の状態を知らないなら、恐らくはブラシでとかすだけで驚くに違いないほどだ。
なぜなら、周りで見る者たちの反応は、変化に対して目を瞬かせている。
ならば、大いに期待できそうだ。
さっそく今回の髪型を決めよう。
とは言っても、事前に考えていたことを実行するだけだった。
髪型として、髪は肩ぐらいまでの長さにし、頭頂部から全体に丸みを帯びた輪郭にしていく。
前髪は薄めにして、おでこがうっすら見えるくらい透けさせた格好だ。
長さは全体を鎖骨下に大人の親指幅ぐらいの長さにして、毛先がおよそ肩の上下数センチにおさまる範囲ぐらいにするつもりだ。
頭頂部のみに穏やかな段差を入れて切り、空気感があるように表現してみた。
前髪は目の上スレスレの長さにして、幅も瞳の黒目と黒目の間を薄くすることで、軽やかな雰囲気に見せてみた。
色は地毛のままの白橡色で、自然な透明感がある。
スタイリング剤は世界にはないため、軽くクシで最後整える。
大きめの鏡は宿側に用意してもらっていたので、切り終わりの楽しみを倍増させるため、終わるまで見せないようにしていた。
リムルに似合う髪型へしたつもりだ。
あとは、本人が気に入ってくれたら大成功だけど果たして……。
「完成だ。鏡で見てくれ」
京也の声に一瞬間を置いたのち、リムルの表情が大きく変化した。
「わあああぁぁぁぁぁ」
頬に両手のひらを当てて、嬉しそうに顔の角度を変えたり横から見たりと忙しなく、髪を確認している。
リムルの仕上がりを見て、アリッサまでも切る前から興奮状態だ。
「これは! すごいな……京。ここまで可愛くなるのはハッキリ言って羨ましいぞ」
かぐやも心が動かされるのか、今日は約束していないものの待ち遠しいといった様子だ。
「京也、凄い技術をお持ちですのね。ワタクシもぜひ今度お願いしたいですわ」
リムルは当然人生初だろう。
「キョウー! ありがとう! ほんとのほんとに嬉くて、なんていったらいいかわからないよ」
そこまで感激してくれると京也も道具から探した甲斐があったというもの。
それというのもかぐやの活躍のおかげでもある。
「そこまでの気持ちを表現してくれるだけで、やった甲斐があったよ。かぐやが協力してくれたおかげだ。かぐやありがとな」
いつになく力になったことが嬉しいのか、かぐやの笑みがこぼれ落ちる。
「いえいえ。ワタクシ京也の欲しい物を手に入れるお手伝いをしただけですわ」
次に切るアリッサは、どこか緊張をしている感じなのは、人生初の未知なる技術での髪切りだからだろう。
実際に事例を見て、期待と緊張でかつてないほどの興奮の坩堝に包まれているせいか、普段とは違う表情を見せてくれる。
アリッサは今にも舌を噛みそうなくらいだ。
「よ、よろしく頼むっ!」
緊張するなという方がムリだろう。とはいえ、少しでもリラックスしてもらいたいものだと思う。
「緊張しなくて大丈夫だ。安心して任せてくれ」
「たっ! 頼んだ!」
アリッサもリムルと同じく元々かなりの美少女なので、仕上がりが楽しみだ。
同じく鏡は、本人が見えない状態で髪を切る。
途中を見るのは次回にしたいと、早くも次回の要望がでだ。
今回の髪型の横は肩に当たる長さで切り、平行に切り揃える。
軽やかな印象を目指した。
顔周りは、やや後頭部から頭頂部に向かって短くなっていく形にしていく。
表面に少しだけ段差をつけて切り、ふわっとした毛束を作ってみた。
前髪は薄めに取って、目の上で流れるように毛量調整しながら切ってみる。
こめかみ部分はやや長めに切り、前髪の端と横を自然につなげる。
最後に普段の分け目から、親指の爪半分ぐらいズラして分けると、頭頂部がふわっと立ち上がる。その立体感を出すのは外せない。
髪色は地毛を生かして枯茶色のままにする。
落ち着いた色と髪型で上品な印象になった。
あれ? これだとどこかの令嬢のように見える。
やはり元がいいと仕上がりが抜群に良くなる。
当然、俺が思う印象以上に周りで見ている者たちも、感嘆の声をあげている。
やはり女性は、髪が命だとつくづく思う。
「アリッサできたよ。鏡で見て気になるところがあったら教えてくれ」
「京! こっこここここ」
うまく言葉にならないというべきなんだろうか。
リムルと同じように、しきりに左右を見たり角度を変えたり、また正面から見たりと確認に余念がない。
そのようなそぶりは初めてゆえに、自分の変化、いわゆる変身に驚いているのかもしれない。
「何か気になるか?」
「気になるもなにも、それどころじゃないぞ! 凄いじゃないか!」
なんだか見た目の上品さと、使われる言葉はチグハグな感じがしておもしろいと内心思ってしまう。
「喜んでくれてよかったよ。俺も一安心だ。これぐらいならいつでもできるから言ってくれ」
「本当のほんとにありがとう!」
アリッサはキャラが変わったのかと思うぐらいの変身っぷりだ。
「あとこれな、二人にも渡しておくよ。今回使ったブラシだ。これで整えると、髪に艶が出てまとまりやすくなるんだ。ぜひ普段の手入れで使ってみてくれ」
京也は1本ずつリムルとアリッサに手渡す。さらに金属の板を磨き上げて作った楕円形の鏡も一緒に手渡す。
アリッサのテンションの高さはこれまでに見たことがないぐらいだ。
「おぉぉぉ。京! ありがとー」
リムルも元気いっぱいな感じだ。
「キョウありがと!」
ここでかぐやにも忘れずに同じ獣毛のブラシと鏡を手渡した。
「ワタクシにもですか? 京也ありがとう。すごく嬉しいですわ。大事にしますね」
かぐやはしみじみとブラシと鏡を眺めてお礼を言うとすぐに、自ら髪をとかしはじめた。
よほど使ってみたかったんだろう。ブラシを通すたびに嬉しいのか笑顔が止まらない様子だ。
女性陣がはしゃぎ回っているところに、少し寂しげな表情のルゥナがいたので、忘れずに声をかけておく。
「ルゥナ。ルゥナぐらいの美少女だったら、恐らく皆の視線を釘付けにできる。だから肉体を取り戻した時の楽しみにしていてくれ」
思わぬ発言だったのか目を大きく開き、瞬く。
「京也……。まさかそんなことが聞けるなんて、思いもよらなかったよ。期待している。イヒヒヒ」
少し目尻に涙があるように見えたものの、やっぱいつもルゥナだった。よかった。
「京也。ワタクシもお願いしたいところですわ……」
恐る恐るいうかぐやは、期待半分な感じだ。
「かぐやは、少し待ってほしいんだ」
「何かお困りですの?」
一瞬寂しそうな表情を向けながら同時に、何か京也に問題が起きたのかと、気づかうところはさすがだと思った。
「かぐやの一番を見つけたいんだ。だからのそのためにはかぐやをもっと見ていたい」
実は今すぐにでもできるけども、どのような感じがよいか思考を巡らしていた。
いくつか候補の案はあるものの、できれば一番だと思う物にしたいしもう少し考案時間もほしい。
かぐやといる時間は、リムルとアリッサと比べてごくわずかなため、もうしばらく何がよいかを見極めたい気持ちでいた。
「まあ! それは素敵なこと。もっとよく見てくださいまし。何でしたら四六時中ご一緒いたしますのよ?」
かなりの高揚ぶりで言うと、顔も体もかなり近くかぐやは寄る。
普段が殺伐としていたのか、まさかこのような形で皆に喜んでもらえるとは思いもよらなかった。
この世界の髪結師たちは、表現という意味ではあまりこだわらないのかもしれない。
実際町中で見る限り、まっすぐ切り揃えるか縛るかにして変化を持たせていない人だけだ。
なかなかそこまで手をかけることは、時間的にもお金的にもムリがあるのかもしれない。
ダンジョンで魔獣相手に活躍していたら髪など気にしていられないというのももちろんあるだろう。命懸けの戦いだからな。
ただ四六時中そうしているわけではないから、せめて戦いがない時は、こうした気分転換も大事なのではないかと思う。
そうすることで、世の中の女性陣の輝きが増していくだけでなく、それを見た男性陣が今度は、より活動的になる。
結果的として全体的に、いい方向へ流れていく。
髪はある意味女性を変え、世の中を変えていくものになると思っていた。
大事な目的はあるものの、たまにはこうしたこともよいかもしれないと俺は、少し気持ちの安らぎを味わった。
明日からは新しいダンジョン攻略だ。
女神が管理できない場所は、どのようなところなのか……。
前回、勇者の書物によって導かれた場所は、ダンジョンというよりは倉庫に近い物だった。
あのようなロックの仕方なら、たしかにこの世界の人間は偶然でも解けない。
内容は、単に倉庫的な場所だったので、情報と武具を得る機会としてはよかった。
書物についてはあらかたコピーをとったので、後で抜け漏れ確認をするぐらいだ。
なので、得るものは一通り得たので、今度は管理されていないダンジョンへ向かう予定だ。
恐らくは、かなりハードな展開が予測される。
運よく先に、倉庫側を開けて良かったと思っている。
そうでなければ、俺はまたジリ貧を味わうことになっただろう。仮に赤い騎士になれたとしても、狭いダンジョン内だと力が発揮できるのかは、未知数といえる。
あれだけ鎧側の本能に翻弄されて動き回る戦い方は、地上が最適だ。
大剣を振り回してこそ、赤い騎士でもあるので場所によってはかなりの苦戦を強いられそうだ。そのため対策をしなくてはと思う。
その点、今回得た装備品はかなり優秀で臨機応変に対応はできそうだ。
白い騎士は、使い所が難しくて最初に使った以降は、リスクが大きいと考えてしまい使わずじまいだ。
次のダンジョンは先に情報があった。
それは、桃太郎一族が先行しているとある。
これは俺がここに来る前から実行していたから仕方ない。
まあ先行と言ってもあくまでも一時的な話しだし、ダンジョンを支配しているのとまた違う。
明日以降が楽しみだ。
ルゥナは俺を見て何かわかったのか、含み笑いをしていた。
多分、大暴れすると読んでいるんだろう。
実は――。その通りだ。
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元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
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