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本当に馬鹿はお前だ!

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「リンシア! お前との婚約は破棄だ!」
 
 公爵令嬢リンシアの前にいるドヤ顔の男はこの国の王太子ジュリアスと、その傍にしなだれ掛かる様に寄り添っているのは伯爵令嬢マリアだ。百歩譲ろう。その百歩譲ったとしても馬鹿であるとしか言えない。この国は少々特殊だ。婚約者となる者は白の魔力を持っていなくてはならない。そしてリンシアの持つ白の魔力は極上の域にある。国宝級と言っても良い。王太子であれば本来、この国の秘密に精通して然るべきだが、どうやら知らないらしい。
 
 この国は本来なら人が住める土地ではない。瘴気に塗れ、人が生きていく上で必要な空気が穢されている。では、どうして国として成り立っているのか。それは王妃となる者の体内に特殊な宝珠を取り込み浄化しているからだ。リンシアはこの宝珠を婚約が決まってすぐ、王妃から継承している。本来なら結婚してから行うのだが、王が王妃可愛さにリンシアに押し付けたのだ。結果、馬鹿息子はそんなことなど知らずに、宝珠を持つ婚約者に対し婚約破棄を言い渡したのだ。周りはといえばマリアの口車に乗り、リンシアが悪役令嬢であると信じていた。本当に愚かだ、とリンシアは思い、一族全てにこの国から出ていく算段をつける様に忠告はしている。両親はいそいそと国を出る用意をしていた。つまり、今の王家に嫌気がさしているのだろう。ここで問題なのがマリアの魔力は黒の魔力。到底宝珠で瘴気の浄化など出来ないのだ。
 
「お前はマリアを……」
「構わないですわ」
 
 ジュリアスの言葉を遮り、リンシアは微笑んだ。
 
「では、今まで王妃様に押し付けられていたものをマリア様にお渡ししますわ。本当に、この宝珠のおかげで大変体が怠かったので」
 
 ジュリアスはリンシアが何を言っているのかわからなかった。宝珠と言われて首を傾げている。リンシアは両手に意識を集中させ、虹色の卵型の玉を出現させる。
 
「マリア様、手を出していただけます。王太子妃、もしくは王妃はこの宝珠を体内に取り込まなくていけないのですわ。もちろん、殿下は知っておられますよね?」
 
 まさか知らないとは言いませんよね、と言わんばかりの笑みを向ける。リンシアはさっさとマリアに宝珠を渡した。
 
「では、殿下、私は婚約破棄をされ、そこにおられる殿下の想い人を虐め倒し、その結果、国外追放ですね。一族共々、その罰を身をもって受けたく存じます。それでは、失礼いたしますわ」
 
 リンシアは晴々とした表情で言って退のけた。
 
「では、この足で国を出ます。もう二度とお会いすることはないかと存じます。では失礼します」
 
 見事なカーテシーで優雅に挨拶をし、会場外で待っていた従者と共に会場を後にする。当然、彼女が退出した会場は騒然としていた。
 
「お嬢様」
「準備はできているかしら?」
「勿論で御座います。旦那様は既に出立され、隣国におられるご親戚も事情を知っておられます」
「上出来ね。あの女に宝珠を渡したから、一日持つかわからないわ。何せ、王妃様も完全に浄化をしていなかった。私がほぼ、浄化させてはいたけど、過去のものまでは時間がかかるから無理だったわ」
 
 宝珠は白の魔力から離れた。後に来るのは押さえつけられていた瘴気が少しずつ溢れ出してくるだろう。他国はこのことを知っており、当然、対処法を見出している。この国が他国から全く見向きもされず平和だったのは、土地そのものが危険を孕んでいたからだ。
 
「瘴気に飲まれる前に国を出ましょう」
「御意」
 
 リンシアは馬車ではなく騎乗で馬に乗り込む。急いで両親に追い付かなくてはならない。従者ももう一頭の馬に乗り込む。馬を急ぎ走らせ、この国を離れた。
 
 リンシア達一族が国を離れてから半日、国は少しずつ穢れ始めており、呑まれるのも時間の問題だ。
 
「よう、リンシア」
 
 着崩した服、気安い感じで話しかけてきたのは、隣国にいる従兄弟だ。
 
「迎えに来なくてもよかったのに」
「そうはいかない。大切な白の魔力のお姫様だ。すぐに侵食が始まるぞ。陛下がリンシアを待ってる」
「分かってるわ」
 
 他国の防衛策、それは外側から国を覆ってしまう事だ。そうすると、結界内にいる者全てが外に出られない。行き来可能なのは光と風、空気といったものくらいである。瘴気より濃い濃度のものは出られないのである。つまり、人、そのものも無理なのだ。では国民は? と思うだろうが、リンシアの一族が全て国外に移動を始めた時点で不審に思い、追随した者も多い。仕えていた者達は当然家族や親類に知らせている。知らない者、貴族などは完全に出遅れた形だ。
 
「お久しぶりです陛下」
「久しいな。やはり、其方が考えていた通りの結果か?」
「はい」
 
 リンシアは視線を今までいた国に向ける。此処は国との境ではない。正確には穢れた土地との境だ。本来なら侵略行為だが、隣国とて呑まれるわけにはいない。結果として、国内のギリギリのラインで待機し、秘密裏に用意していた結界に必要な宝珠を手に入れる事だけだ。純粋な力の塊であり、瘴気を遮断する能力のある鉱石。
 
「他の国の方々は準備を終わられてますか?」
「勿論だ。今回は其方の力を借りるが、継続的に白の魔力の供給を行う。宝珠の近くの瘴気は浄化し、溢れ出す地点はそのままだ。全ての浄化ではこの数の宝珠でも足りぬ。何せ、強力な力を持つ宝珠があの地の中心にあるからな」
 
 その通りなのだ。リンシアが宝珠ごと移動していれば浄化も可能だっただろう。だが、それではダメなのだ。貴族は国民は、何より王太子が国の成り立ちを知らねばならなかった。侵略につぐ侵略でこの国はこの地に国を築くしかなかった。つまり、侵略を受けたくなかった。それが、国の成り立ちであり、巫女姫が命を賭したからこその平和だったのだ。あの宝珠は初代の巫女姫の命の結晶だ。強い白の魔力を持つ存在であったと、他国では伝わっているのだ。
 
「始めます」
 
 リンシアは目の前の宝珠に視線を向ける。この宝珠の大きさは人の頭程。それでも、今まで体内に入れていた宝珠より能力は劣る。それでも、数で何とかなる。国を取り囲む六つの宝珠。それは其々の国が国費から出したものだ。
 
 リンシアの体が白い光に包まれる。その幻想的な光景は、その場にいる者達を魅了した。全ての宝珠に力が行き渡り、国を白い光が覆う。いくらもしないうちにその白い結界に誰かが内側から手をついたのが分かった。薄らと見えるのは王族達だ。
 
「リンシア!」
「あら、陛下、誰よりも先にお逃げになられたのですか?」
「なぜだ?!」
「愚かな王太子様を呪ってくださいな。それに、陛下も私に押し付けましたわよね? お忘れではありませんでしょう?」
 
 リンシアは無表情を貼り付ける。まだ、十歳の少女に、この目の前の鬼畜な国王は完全に浄化されていない宝珠を取り込ませたのだ。結果として、健康体であった筈のリンシアは病気がちになった。
 
「国の成り立ちを国民に隠し、本来知らねばならなかった王子にその事実を伏せていた。他国ですら、この国の恐ろしさを伝えているのですよ。間違えて侵略などして瘴気が広がれば大変なことになります」
「……?!」
「今更です。それに、此処は王都とその周辺ですわ。他の国もこの国の瘴気を身に受けたくないのですよ。瘴気は瘴気のあった土地で完結させねばなりません。ですので、こちら側の国民は安全ですわ。安心してください」
 
 リンシアはそこで初めて笑みを見せた。国王は愕然とする。瘴気を外に出さない。それはすなわち、今瘴気を取り込み始めた体では絶対に外に出られないのだ。
 
「私達一族がどれ程の冷遇を受けてきたか。巫女姫の家系であるにも関わらず。王家が私達一族を蔑ろにした罪、その身を持って受けてください。後、とてつものなく見苦しいので結界の近くで死なないでくださいましね」
 
 リンシアの笑みは残酷なまでに無邪気だった。国王はへたり込む。全ては采配されてしまったのだ。本来なら国民に知らせねばならなかった事実。その事実を握り潰していたのは他でもない王族であり、王であったのだから。
 
「そうです。もう一つ」
 
 リンシアは国王の前で右手の人差し指をかざした。
 
「あの宝珠は最も黒の魔力を持つ者に渡しました。分かりますかしら。宝珠は黒の魔力を吸収し、瘴気を更に強めます。まさか、王太子殿下が好いたのが強力な黒の魔力持ちだったなんて。これは国王陛下の落ち度ですわ。自分の後継者である息子が、どれだけ身勝手な振る舞いをしていたのか放置していた結果です」
 
 国王は真っ白になった顔色のまま、愕然とリンシアを見詰める。

「私達と懇意にしている貴族や、私達が慌てて国を出る姿を見て移動した民は安全です。国王陛下に媚びへつらい、王太子殿下と共謀していた貴族達は逃げ遅れたようですね。つまり、無能な者は振り落とされたのです。なんて、僥倖なのでしょう。自分達の行いのツケなのです。身をもって受けてくださいまし」
 
 リンシアはそれだけ言うとその場を離れようと歩き出す。
 
「リンシア!」
 
 その叫びにリンシアは振り返った。国王の横に現れたのは既に瘴気に染まり始めた王太子だ。
 
「何故だ?!」
「何故? こうなる事を望んだのは貴方様です。私ではありませんわ。何も学ばず、ただ、その権力に胡座をかいていたのは貴方様です。私ではありませんわ。お相手に渡したのは国にとって大切な至宝です。ですが、その至宝も、貴方様の行いで穢れ、浄化は叶わない。そのうち、白の結界の内側に黒の結界を形成するでしょう。ですが、こちら側は白の魔力を定期的に補充します。二度と、外には出られませんよ。それを望んだのは貴方様なのですから」
 
 リンシアは王太子が選んだのは黒の魔力を持つ令嬢でしょうと無言で微笑む。王太子は愕然とした。国王と同じく、ただ、リンシアを見送るしかなかった。
 
 国が瘴気に呑まれ、一年も経つと、外から確認できるのは白の膜の中の黒い膜でしかなかった。確認しようもないが、瘴気に適応した人間はいるだろう。魔族となり、生きていく者も少なからずいる。それを知っている隣国は、結界の維持に細心の注意を払った。
 
 果たして、白の魔力を持つ聖女を排した結果が何をもたらすのか、王族は考えていたのだろうか。いや、考えていなかったからこその結果だ。
 
 リンシアは晩年、そんな事をよく呟いていたと言う。
 
 
終わり。
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