浅い夜・薔薇編

善奈美

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Ⅲ 薔薇の呪縛

04 回帰

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 アレンはあの日から部屋に籠もったまま考え続けていた。

 女性化に必要なのは血液と想いだ。それはカイファスのことでよく判っていた。

 まさか、自分が起こした不注意がシオンを追い詰め、更に変化までしている事実を知らずにいた。

 カイファスがゼロスと関係を持った事実は部族内では知らない者がいないほど知れ渡っていたが、シオンについては誰一人として知らなかった筈だ。シオンの両親は確実に知らなかった。何故ならカイファスの変化に対しあれだけの拒絶を見せたのだ。

 息子が女性化している事実を知っていれば、全く違う反応を示す筈である。

 椅子に座り、ずっと考えていた。自分はシオンに対してどういった感情を持っているのか。

 長に期限を告げられ、悩みに悩んだ。だが、答えが見つからない。

「本当に、我が息子ながら情けない」

 不意に聞こえてきた声に顔を上げる。

「お前は何時からそんなに決断力をなくしたの」

 いきなり目の前で仁王立ちしていたのは母親のジゼルだった。

「判っているのかしら。今日は何の日」

 ジゼルに強く問われ、考えすぎた頭で外を見た。外は何時になく明るかった。

「シオンを見捨てる気。あれだけ辛い思いをした子を。お前は判っている筈よね」

 ジゼルの視線が痛かった。

「お前は本当に判っているの。《太陽の審判》は完全な消滅を意味するのよ。魂すらも消滅するの」

 ジゼルは苛ただし気に吐き捨てた。

「シオンが消えてしまってもかまわないの」

 腕を組みアレンを見下ろす。

「もう、何処にもいなくなるのよ。本当に理解しているの」

 大きな声で叫び、強い力でアレンが座る椅子の前のテーブルを打った。

「私は軽蔑するわよ。シオンは誰のために女性化したの。お前のためでしょう」

 鬼神の形相でジゼルはアレンを責め立てた。

「シオンは決して人のせいにはしないでしょう。でもね、周りは違うわよ」

 目を細め体を起こすと腕を組む。

「特にジュディは黙ってはいないでしょう。それに……」

 ジゼルは一端言葉を切る。

「折角の嫁なのよっ」

 それは心の叫びだった。

 年頃の息子に未だ女性の影がない。この際、同族でなくとも我慢するつもりでいた。そこに舞い込んだのがカイファスの女性化騒動だった。ゼロスが相手であったため泣く泣く身を引いたが、その後にシオンが女性化したと長から連絡が入ったのだ。

 しかも今回の相手がアレンであると告げられ、夫であるファジールと喜んだ。ところが、肝心の本人が煮え切らない。今日まで待ったが、一向に動こうとしない。

 このままではシオンばかりか、誰一人アレンに見向きもしなくなる。

「この際、お前の意志などどうでも良い」

 ジゼルは目を細めると威圧的に見下ろした。

「今すぐ助けに行きなさい。後悔しても遅い結果になるわよっ」

 ジゼルが言っていることはよく判っていた。ただ、もし助けたとして煮え切らないアレンに傷つくのではないか。

 アレンの中に生まれていたのは、はっきりとした怯えだった。

 シオンを傷つけてしまった自分がどの面下げて会いに行けるのか。

「嫁とか女性化するとか考える前に、お前はシオンに対してどういった感情持っていた」

 いきなりかけられた声にアレンばかりかジゼルまで驚いた。

 ジゼルは勢い良く振り返る。

 そこにいたのはファジールだった。

「ジゼル、追い詰めても良い結果は得られないと思うよ」

 しかし、ジゼルは鋭く睨みをきかせた。

「今日は満月なのよ。太陽が生まれたらシオンは消えるのよ。グズグズしていられないわ」

 ファジールは判っていると頷いた。

「聞いての通り今日は満月だ。長に告げられた期限は判っているな」

 アレンは小さく息をのんだ。少しずつ、言葉が染み込んでいく。体が自然と震えた。頭で考えるより、体は素直に反応した。

 咄嗟に立ち上がり、駆け出していた。何を悩んでいたのだろうか。普通に考えれば判ることなのに。

 いきなり立ち上がり走り去ったアレンにジゼルは呆然となった。

 あれほど責めても無反応であったのに、ファジールの言葉で動き出した。

「何か腑に落ちないんだけれど」

 ファジールはジゼルの声に小さく首を振る。

「おそらく一時的とは言えシオンを拒絶したんだ。怖かったんだろう」

 アレンが走り去った方に視線を向け、呟くように言った。

「間に合うかしら」
「さぁて、飛んでいけばギリギリの時間だろうな。まあ、普通はある場所で行われるべき審判を長の館でやる自体、アレンを誘導しているようなものだ」

 ジゼルは確かにと頷く。アレンの行動を前提としている感じがした。

      †††
 

 何を悩んでいたのだろうか。命より大切なものはないのに。

 衿持など必要ないのに。

 考えすぎて満月になっているなど気が付かなかった。まだ、時間があると高を括っていた。

 脳裏を掠めるのはあの日のシオンだった。鋭く睨み付け、酷く冷静な口調で別れを告げられた。

 全く動かなかった体。

 大地を蹴り、空を駆けた。満月は光と魔力を放ちながら西の空に傾き始めていた。空が少しずつ白み始めている。

 長の館に着く頃には満月は空に吸収されるかのように薄くなっていた。鍵がかかっているかもとは考えていなかった。

 裏口の扉を勢い良く開け、エントランスに向かった。息が上がり、心臓が何時になく脈打っている。

 激しい足音にエントランスで静かに立っていた長が振り返った。アレンは長に飛び付く。

「シオンはっ」

 長は髪を振り乱したアレンに細めた目を向け、扉に視線を送った。

 アレンは身を翻し勢い良く開け放つ。眼に映ったのは小さな背中だった。背を流れる金髪が霞がかかったように霧散していく。

 山間から太陽が顔を出そうとしていた。自然に体が動き、シオンの腰に腕を回しそのままエントランスに引っ張り込む。

 一瞬、眉を顰め慌てて扉を閉めた。

 視界の端にゼロスの姿があったのをアレンは見逃していなかった。

 無表情だった顔がアレンを認めると微笑んだような見えたのは気のせいだったのだろうか。

「……ど……して……」

 腕に抱いたシオンが微かに疑問を口にした。

 アレンは蒼白のシオンに視線を向けると、自然と涙が溢れた。何故、悩んでいたのだろうか。こんなに大切なのに。

 アレンは強くシオンを抱き締めた。

「間に合いましたね」

 長の声に顔を上げる。背後では静かに扉が開き閉まる音がした。

「間一髪だな」

 溜め息のようにゼロスが呟いた。

「まあ、来なかったらぶっ飛ばしているところだが」

 ゼロスは物騒なことを口にした。

「アレン、血を」

 長に促されアレンは頷いた。しかし、シオンは微かに首を横に振った。

「ゼロス」

 長はゼロスを促す。食事は人前で行うものではないからだ。

「明日、私の元に来なさい。判りましたね」

 アレンは頷いた。

 それを確認すると、二人は歩き去っていった。

「……離し……て……」

 シオンの要求をアレンは拒絶した。シャツの襟をくつろがせ、首筋を露わにする。

 シオンは目の前に飛び込んできた首筋に喉が鳴った。だが、きつく目を瞑り視界から外す。

 アレンは強くシオンを抱き締めた。

「頼む。受け取ってくれ」

 祈るような思いを吐露する。

「……出来な……アレ……犠牲に出来な……」

 シオンは涙が溢れた。同情はいらなかった。静かに逝くつもりでいた。

 アレンはシオンが自分では血を摂取しないと感じ、咄嗟に自身の手首に噛み付いた。

 血を吸い唇をシオンのそれに重ねる。シオンは目を見開いて驚き身を退こうとしたが叶わなかった。

 思いもよらなかった行動に口移しで与えられた血を飲み込んでしまう。二度三度と繰り返し与えられ、シオンはもういいと首を振った。

 涙が頬を伝う。

 与えられた血は最初に摂取したものより甘く甘美だった。

「……同情はいらな……」

 シオンは嗚咽した。確かに血を摂取したことで沈んでいた意識は浮上を始めていた。だが、心がなければ意味はない。

「シオン」

 アレンは呟くように名を呼ぶ。シオンは瞳に涙を溜めたまま視線を向けた。

 アレンは額に唇を落とし、ついで頬を涙が止まることのない目尻に、最後に触れるだけのキスをした。

 シオンは驚き息をのんだ。

「許してほしいとは言わない」

 互いの額を触れ合わせ、しっかりと見詰めた。

「これだけは言える。絶対に同情じゃない」

 アレンは告白した。

「息が止まるかと思った」

 あのとき、太陽が顔を覗かせたとき、恐怖で震えた。それは太陽光を浴びるからではない。目の前の小さな背中が消えるかもしれないことに恐怖したのだ。

「今なら判る。お前はどんなことがあっても失えないんだってことが」

 側にいるのが当たり前で自然だった。だから、失念していたのだ。

 ジゼルに責められたときは判らなかった。だが、ファジールに言われた事実に体が動いた。

 満月であった現実に自然と恐怖が生まれ、後悔が溢れ出た。

「こんな愚かな俺でも側にいてくれるか。生きている限り」

 優しくシオンの両頬を両手で包み込んだ。

 シオンは最初、何を言われたのか判らなかった。

 言葉を理解するのに数分かかり、判ったとき、先とは違う泣き顔をアレンに見せた。

「……アレン……」

 添えられた手に自分の手を添え、シオンは嬉しさのあまり泣くことしかできなかった。

「遅くなって、ごめんな」

 シオンはただ、首を横に振る。そして、添えた手のひらに当たるアレンの手の甲に違和感を感じた。

 すべらかである筈の肌がザラザラしていた。

「アレン……手をどうかしたの」

 シオンは涙声で問い掛けた。

「どうってことない。気にしなくていい」

 そう言われれば気になるのが当たり前だった。

 アレンの右手を頬から外し、シオンは青冷めた。それは明らかに火傷の痕だった。古いものではない。今負ったかのように真新しいものだった。

 シオン自身は全くと言っていいほど太陽に焼かれてはいなかった。

「手当しないとっ」
「気にしなくていい。これは、罰だからな」

 身に着けているシャツは長袖であるため、実際に太陽の光に当たったのはシオンの腰に腕を回すときに焼かれた右手の甲だけだった。

 慌てて扉を閉めたのはシオンに危害が及ぶのを恐れたからだ。

「本当に情けない」

 アレンは自虐的に呟いた。ジゼルの言うとおりだった。危険に晒されて初めて気が付いた。

「一つ残念なのは、また、お前の変化を見ることが出来なかったことだな」

 アレンは不意に思ったことを口にした。初めて目の当たりにしたとき、混乱していたこともあったがはっきりと視界に納めることが出来なかった。

 今日も目にしたのは背に流れる金髪だけであり、しかも、消える場面だ。

「いきなり何を言って……」

 シオンは恥ずかしさに俯いた。カイファスと違いシオンの変化した姿は幼く見える。

 カイファスも吸血族の中で異質なほど華奢だが、シオンは更に小柄だった。

「今度はじっくり見てやる」

 アレンはシオンの耳元で囁いた。その声にシオンの肌は粟立った。

 嫌だから粟立ったのではない。低く良く響く声が耳を通り抜け、シオンの体に染み渡り驚くほど反応してしまったのだ。

「本当にもう血を飲まなくて大丈夫なのか」

 アレンは立ち上がるとシオンを促した。差し出された手にシオンは素直に手をのせ引き上げてもらう。

「大丈夫。もう、苦しくないから」

 今まで苛まれていた飢餓感がない。死にたいと思うほどに苦しかった筈なのに、血を与えられただけで消えてしまっていた。

「アレンは」

 意を決してシオンは問い掛けた。

「んっ」

 シオンが危惧したのは飲ませるためとはいえアレンが自分の血に触れたことだった。

「自分の血に触れたでしょう」

 シオンはアレンを見上げた。かなりの身長差があるので自然と見上げる形になる。

「あっ。大丈夫じゃないか。自分の血は何回も舐めたことはあるが、喉の渇きは感じたことがないしな」

 シオンも確かにそうであったと思い出す。喉の渇きを何とかしたくて腕に噛みついたが効果が全くなかったのを思い出した。

「それに、最初に口にするお前の血は特別な時にしたいしな」

 アレンは意味深に言った。

「どういうこと」

 シオンは首を傾げた。それを見たアレンはあまりの可愛さに襲いたくなる衝動を必死で押さえ込む。

 気持ちに気が付くだけでこれほど感じ方が変わるとは。

「明日になれば判る」

 アレンは目を細め眩しい者を見るようにシオンを見詰めた。シオンはやはり判らないのか首を捻っている。

「お取り込み中失礼します」

 いきなりかけられた声にシオンは体を固くしたが、アレンは驚きもせず振り返った。

 そこにいたのは執事のシンだった。

「お部屋に案内するよう言付かりました。良いでしょうか」

 その問いかけにアレンは頷く。

 促すように歩き出した執事にアレンは付いていこうとした。だが、シオンは足が動かなかった。訝し気に二人は振り返る。

 シオンは恥ずかしくなり俯いた。足が萎えて立っているのでやっとだったのである。

 それに気がついたアレンは踵すを返しシオンを横抱きにに攫った。俗に言うお姫様抱っこである。

 シオンは恥ずかしさに狼狽えたが、アレンはどこ吹く風である。執事も何事もなかったように歩き出す。

「明日、お迎えに上がりますので」

 部屋に着くと執事は一言言いおき退出した。

 アレンは歩を進めるとシオンを細心の注意を払いベットの上に降ろした。降ろすと同時にシオンの顎を捉え唇に口付けを落とす。

 シオンは驚き目を見開いたが、目を閉じると素直に受け入れた。一向に離れない唇にシオンは息をしようと薄く唇を開く。すると、待ちかねていたようにアレンの舌が侵入してきたのだ。

 温かい舌がシオンの舌に絡み着く。今まで感じたことのない感触についていけなかった。

 背筋に電流が走りシオンはただ翻弄された。やっと離れたかと思いきや角度を変え更に深く侵入してくる。

「……ア…レン……」

 息も絶え絶えに喘いだ。互いの唾液が混じり合い、シオンの頬に伝い落ちる。

「……ふっ……うんっ……」

 鼻にかかる声を出し、そんな声を出す自分に羞恥が生まれた。やっと唇が離れた時にはシオンの体に力はなかった。

 顔を染め、潤んだ瞳でアレンを見上げることしか出来なかった。

「今日はこれで我慢してやる」

 アレンに告げられた言葉にシオンは怪訝な表情を見せていた。
 

      †††
 

 シオンは久々にハッキリとした意識で目が覚めた。シーツの感触が心地良い。

 不意に横に視線を向けると茶色い髪の毛が視界に入り、自分の体に腕がまとわり付いていることに気が付いた。

 意識はハッキリしていても状況が飲み込めなかった。少し身じろぎすると隣で眠りについているアレンの腕に力がこもった。

 慌てて離れようとするものの力でかなう筈もない。

「起きてるんでしょ」

 シオンは端正なアレンの顔を見詰め問い掛けた。微かに睫が震え開いた瞼の奥にある茶の瞳が笑いを含んでいた。

 シオンはその仕草に胸が鳴るのを聞いた。

「よく寝てたなぁ」

 アレンは可笑しそうに言った。

「それは……」

 シオンは口ごもる。狂気に浸食される寸前を経験したが、その間、きちんと睡眠を取っていたか疑問だった。

 はっきりしない意識と、意志とは違う方向へ向かおうとする体。押さえつけるように過ごしていた日々の中で寝ることは重要事項ではなかった。

 寝るのは狂気を抑えるためであり、体は休まっても神経は全く別だった。

「判ってるよ。そんな困った顔をするな」

 アレンは起き上がると体を伸ばす。

「アレンっ」

 シオンは驚き、慌てて顔を両手で覆った。アレンは上半身が裸だった。

 アレンは顔を赤くしているシオンに視線を向けた。ややしばらく考え、シオンが何に反応したかを悟った。

 意地悪心が生まれたが、今は時間がなかった。窓に視線を向けるとカーテンの隙間から淡い光が漏れている。徐にベットから離れると身なりを整えた。

「シオン。時間がない。用意しないと」

 先と違う方から聞こえた声にシオンは顔を上げた。きちんと身なりを整え終えたアレンを確認し安堵の息を吐き出す。

 アレンはカーテンを開けていた。今日も空には月があり、満月とまではいかない明るさで大地を照らしていた。

 シオンは慌てて体を起こすと、身なりを整えた。
 

      †††
 

 あの後、執事が現れ二人を長の執務室まで案内してくれた。

 シオンは不安だった。確かに助かったのだが、長に無理を言ったような状態で審判の許可を得たので後ろめたさがあった。

「待っていましたよ」

 長は何時ものように穏やかな口調で口火を切った。

「シオン。よく寝れましたか」

 長の問いにシオンは小さく頷いた。

「それは良かった。アレン」

 優し気に呟いた後、長は視線をアレンに向けた。

「お前は判っているようですね。ここに来た理由を」
「判ってる」

 長は頷くと執務机の上に置かれた短剣を手に取った。

 そして、二人に手を差し出した。

「いらっしゃい。儀式をしますから」

 その言葉にシオンの足が竦んだ。長は何と言った。

「儀式って」

 小さく呟きアレンを見上げる。

「嫌なのか」

 その問いにシオンは首を横に振った。嫌なのではない。こんなことが認められる現実が信じられなかった。

「シオン。カイファスも同じですよ。安心なさい」

 長にそう言われ、アレンに促され、シオンは歩を進めた。

「左手を」

 アレンは躊躇うことなく差し出した。長はアレンの手を取ると短剣の切っ先を薬指に走らせる。指先に赤い玉が膨れ上がった。

「さあ、シオン」

 シオンは一度両手を握り締め、躊躇いがちに左手を差し出した。長は微笑みを浮かべ、アレンと同じ様にシオンの薬指先を傷付けた。

 一瞬、鋭い痛みが走った後、指先に熱が集まり赤い玉を作り上げる。昨日のアレンの言葉を思い出した。ぼんやりと眺めていると、いきなり左手首を掴まれた。

 驚き見上げる。アレンが真剣な表情でシオンの指先を見ていた。

「血の交換を」

 長に促されアレンは躊躇わずにシオンの薬指を口に含んだ。いきなり温かく湿り気のある場所に導かれた指に反応してしまう。キツく目を瞑り受け入れた。

 そして、温もりが消えると目を開き、差し出されたアレンの手に触れた。薬指に唇を寄せ血を舐めとる。

 昨日も味わった甘い味。体が喜んでいるように激しく脈打っているのが判った。

「はい、終了です」

 長は短剣を執務机に戻すとシオンを見詰めた。

「シオン。言いたくはないのですが、お前の両親は認めませんでした。しかも、そんな子供はいないとまで」
「判ってます」

 シオンには判っていた。両親は普通でないことは認めない。変化する体になり、同性と婚約したシオンを切り捨てるだろうことは判っていた。

 判ってはいたが涙が不覚にも溢れてくる。

「そんな親など切り捨ててしまえばいいのよ」

 いきなり聞こえてきた声に驚き、シオンとアレンは顔を見合わせた。

「そうよ。私達がしっかり慈しんであげるわ」

 アレンは次いで聞こえてきた声に溜め息を吐いた。

 勢い良く開いた扉に長は苦笑した。開いた扉の前には二人の御婦人の姿があった。

 一人はジュディ。
 一人はジゼル。

 その後ろに苦笑を顔に貼り付けたルディとファジールの姿があった。更に後ろにカイファスとゼロスがいる。

「居間で待っていてほしいと言ったのですがね」

 長は肩を竦める。

 ジュディは勢い良くアレンに歩み寄り、いきなり平手をお見舞した。

 室内に軽い音が響き渡る。

 いきなりのことだったが、アレンは冷静だった。ジュディなら絶対何かをすると判っていたからだ。

 逆に慌てたのはシオンだった。

「姉さんっ」
「もっと早く決断してよ。生きた心地がしなかったわ」

 腰に手を当て、横柄な態度で言い切った。

 アレンはただ、見詰め返した。何を言っても言い訳にしかならない。

「判ってるみたいね」
「ああ」

 ジュディは睨み顔から微笑みに表情が変化する。

「シオンをお願いね。大切な弟を」
「判ってる」

 アレンは頷いた。

「でも、弟では間違いかしら」

 ジュディはいきなり疑問を口にする。

 気にするのはそこかと突っ込みたくなる呟きだった。

「どっちでも良いじゃない。可愛いんだし」

 ジゼルは両手を組み恍惚となっている。アレンは哀れな者を見るようにシオンを見た。

「僕、どうなるの」

 シオンは不安を口にする。

「まあ、玩具だな。お袋の」

 アレンは申し訳なさそうに答えた。

「玩具って」
「着せかえ人形」

 アレンがまだ幼かった頃、男の子であったにも関わらずかなり凄い服を着ていた記憶がある。

 成長し、明らかに女装に近くなってくるとジゼルも諦めた。しかし、かなり不満であったようだ。

 一人悦に入っているかと思い見ていたのだが、違うようだった。

 ジュディも嬉し気に会話に参加している。

「シオン」

 声を掛けられ俯き加減であった顔を上げる。そこにいたのはファジールだった。

「今日から家に来るといい。気にする必要はないからな」

 シオンはファジールの優しさに泣きたくなった。

「よろしくお願いします」

 シオンは自然と口から言葉がこぼれた。ファジールは目を細め笑うとシオンの頭を撫でた。気にするなと言ってくれているようだった。

 その後、集まった皆でひとしきり話した後、それぞれの場所に帰っていった。

 シオンは改めてアレン家族が過ごす館の前に立った。男爵家と違い、落ち着いた佇まいの館を。

「お帰りなさい」

 振り返ったジゼルがシオンに言った。

「お帰り」

 ファジールも微笑みながら言い、二人は館の中に消えた。

「帰ろう」

 アレンにも言われシオンは抱き付いた。胸に顔を埋め泣くシオンをアレンは優しく抱き締めた。

 此処が本当に帰る場所。

 シオンは初めて受け入れられたことに泣くことしか出来なかった。

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