月の箱庭

善奈美

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月の箱庭

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 一行はただ、ひたすらに目的地に向かって進んだ。日中は日陰で息を潜めるように休み、日が陰ると太陽が顔を出すまで無言で歩き続けた。
 
 いつの間にか魔物の姿が消え、音一つ無い静寂の中で一行の足音だけが空間を満たしていた。日中との寒暖差の激しさに体が悲鳴を上げたが、鞭を打つように進しか選択肢は残されていなかった。
 
 修道院を発ち、十日程だったその日、彼等は目的の地に辿り着いた。周りは何もなく、その場所にあったであろう樹木の残骸があるだけで、見晴らしが良すぎるくらいに全てが白日の下に晒されていた。

 そして、目に入ったものはグウェンティアの予想通りの結果だった。黒く蠢く塊は、仮祭殿を囲み、まるで黒い絨毯のようだった。隠れることが出来ないこの場所で、躊躇いは即、死に繋がる。
 
 グウェンティアは小さく息を吐き出し、仲間に視線を向けた。デュナミスとアシャンティは前方を凝視し、顔に表情は無かった。ここまでの道のりが二人から表情を奪ったようだった。
 
 次いでゼディスに視線を向ける。彼は何時もと変わりは無かったが、疲れていることがありありと判った。
 
 グロウに視線を向けると、目を細めグウェンティアを見ていた。

「目的地は目の前、けれど……」
 
 グウェンティアは呟き、前方に視線を戻した。確かに目的地は目の前だが、近いようで限りなく遠い場所になっていた。まるで、魔物が全て集まったかのような数は、弱い魔物であったとしても侮れない。集団で一気に攻撃されたらひとたまりもないだろう。
 
「俺が魔眼で道を開ける」
 
 ゼディスはグウェンティアに近付き囁いた。
 
「アシャンティだけでも結界内に入れた方がいい」
 
 グウェンティアは目を見開いた。

「弓は接近戦には向かない。援護してもらいたいが、仇になりかねない。だが、安全な場所からの援護であれば安心できる」
「簡単じゃないわよ」
 
 グウェンティアは爪を噛んだ。一瞬、道が開けたとしよう。だが、その一瞬でアシャンティが結界内に行き着くとは考えられない。
 
「私に運べと言いたいみたいだな」
 
 黙って聞いていたグロウが口を開いた。
 
「適任だろう」
「確かにな」
 
 グロウは納得したようにアシャンティの元に向かった。
 
「グロウでも難しいんじゃないかしら」
 
 グウェンティアは不安を拭いきれなかった。もし、魔物達の反応が思ったよりも速かったら、餌食になりかねない。

「ここまで来たら、やれることをするしかないだろ」
「それは困る」
 
 背後からかけられた声に二人は敏感に反応した。勢い良く振り返り、声の主を視界におさめた。
 
 今まで何一つ、仕掛けてこなかった者。四凶の一人。
 
 グウェンティアはあからさまに表情を変えた。やはり、待ちかまえていたのだ。罠があると判っていて、それでもこの地に来なければならなかった。淡い期待がなかった訳ではない。だが、現実はあまりにも冷ややかだ。
 
「貴方達には此処で消えていただかなくては、主が復活出来ませんので」
 
 満面の笑みを浮かべた魔物は人間味を帯びていた。

 人当たりが良さそうだが、身に纏う気配は尋常ではない。
 
「グロウを返して貰わなくては。否、焔を返して貰う」
「焔」
 
 グウェンティアは眉を顰める。
 
「グロウの本当の名ですよ」
 
 グウェンティアはゆっくりと間合いをあける。近付きすぎてはいけない。それは本能だった。
 
「グウェンティア、グロウは用意が出来たようだ」
 
 ゼディスは耳元で囁く。もう、賭けに出るしか選択肢はなかった。うまく行けば、道が開ける。剣の柄に手を走らせ、グウェンティアは決断した。時間はもう、残されていない。

「一か八かね」
 
 その呟きはしっかりゼディスに届いた。グウェンティアと背中合わせにゼディスは立ち、目を覆う封印布を外した。露わになった瞳は眩しさで細められたが、しっかりと前方を見詰めた。
 
「そうはさせませんよ」
 
 魔物は言うなり行動を開始する。グウェンティアは素早く反応し、ゼディスを庇うように対峙した。
 
 ゼディスは前方の魔物を睨みつける。一瞬、空気が膨張した。空間が歪み、ゼディスと仮祭殿の間にいた魔物達が爆発したように四方に飛び散った。

 ある者は内臓が飛び出し、ある者は蒸発したように霧散した。ゼディスは尚も鋭い視線を投げ掛ける。グロウは背にアシャンティを乗せ、仮祭殿に向かって全速力で走り出した。
 
 躊躇っていてはやられる。それは誰が見ても判る程、はっきりとしていた。
 
 魔物は目を見開き、はっきりと形相が変わった。目の前の獲物は、思う通りに動かないばかりか、力の限り抵抗を始めた。純粋な悪でしかない魔物にとって、グウェンティア達は邪魔者であり楽しみを奪う者達だった。
 
「抵抗しなければ、楽に死なせてやったものを」
 
 魔物の口から出た当たり前のような台詞に、グウェンティアは笑いがこみ上げてきた。

 魔物は頭に血が上っていた。頬に冷たさを感じ、一瞬、まばたきをした。グウェンティアはいきなり現れた切っ先に目を見開き、その所有者を確認すると更に驚いた。そこにいたのは無表情を顔に貼り付けたデュナミスだった。感情のない瞳は暗い穴に見えた。
 
「お前は」
 
 気配すらなく背後を取られたことに、魔物は動揺した。どちらかと言えば、足手まといと言っても過言ではかった。その人物に背後をとられたことは不覚意外の何者でもなかった。
 
 確かにグウェンティアとゼディスに気を取られていた。グロウを取り戻し、彼等が望む世界に戻すため消えてもらう筈の命だ。

 だが、今の現状は全く逆だった。確かに振り払うのは簡単だ。デュナミスの戦闘能力などたかが知れている。しかし、何かが警鐘を鳴らしていた。数日前と明らかに違う。世界の崩壊と、何より自身に降り懸かった事実が彼の中の何かを変化させるのに十分な要素だったのは理解出来た。
 
「デュナミス……」
 
 グウェンティアも驚愕に顔を強ばらせた。普段なら察していた筈だ。確かに今のデュナミスは気配が稀薄だった。人間のそれとは違う、まるで空気のように感じた。一体、どうやって背後に回ったのかすら判らなかった。

「邪魔はさせない」
 
 デュナミスの口から放たれた声は、あまりに冷静だった。その声の静かさに、グウェンティアは背筋が冷たくなった。
 
 ここ数日のデュナミスは無口で、何に対しても反応が薄かった。一瞬、脳裏をよぎったのは最悪の考えだった。精神が崩壊したのではないかと、疑わずにはいられなかった。
 
「何時までも、思い通りになると考えない方がいい」
 
 魔物に対し、デュナミスは感情のこもらない声で言葉を続けた。
 
「お前の力など、ねじ伏せることは簡単ですよ」
 
 魔物は微動だにせず、脅すようにデュナミスに言った。声は決して大きくはない。だが、脅すのに十分な迫力はあった。

「だろうね」
 
 デュナミスは薄く笑みを浮かべる。無表情に張り付いた笑みは、ある意味、不気味だった。
 
 ゼディスもいきなりのデュナミスの行動に動揺していた。先までアシャンティと共にいた。何時移動したのかも認識出来なかった。
 
「でも、少しの効果はあったよね」
 
 デュナミスは切っ先を魔物の頬に走らせた。ゆっくりと動いた後に一本、赤い線が付く。
 
「血は赤いんだな。意外だよ」
 
 感情のこもらない声に魔物は頬に走った冷たさの正体を認識した。体に傷をつけられた事実は、魔物を怒らせるのには十分だった。



 魔物の額にある第三の目が開き、妖しい光を放つ。グウェンティアは本能的に身構えた。ゼディスはアシャンティとグロウに意識を集中しながらも、魔物の動向を気にしていた。
 
 仮祭殿を取り囲んでいる無数の魔物は、あまりの威圧感に竦んでいるように見えた。アシャンティとグロウに標準を合わせている魔物は、ゼディスの視覚魔術にやられ息絶えているものや、アシャンティが指先から放つ魔術文字にはねのけられている。
 
 デュナミスは静かに剣を下ろした。それは、アシャンティが仮祭殿の結界内に入ったのを確認した為だった。意外な人物の意外な行動は、思わぬ効果をもたらした。だが、一時的でしかない。

 ゼディスは静かにグウェンティアの背後に移動した。何処からか、鼻をつく異臭が風に運ばれてくる。その異臭には覚えがあった。
 
 四凶である魔物は鼻で笑った。異臭が何からもたらされているのか、知っているからだ。大地が振動する。巨大な体躯の異臭を放つ四凶はデュナミスの背後にいきなり姿を現した。
 
 大地が割れ、デュナミスは緩慢な動きで振り返る。無数の目がデュナミスに注がれていたが、彼は感情のない無表情を張り付けたまま魔物をただ、見上げた。

 アシャンティは結界内に入るとグロウから飛び降り、来た道を振り返った。飛び込んできた巨大な塊に目を見開く。遠く離れていても判る、鼻をつく異臭に顔が歪んだ。魔物を仰ぎ見ているデュナミスを確認すると眉を寄せる。
 
 数日間で二人は劇的に変化した。その心境の変化が、何もかもを麻痺させはしたが目的を見失ったわけではなかった。何をしなくてはならないか、理解はしている。何故、一人安全な場所に連れてこられたのかも理解している。
 
 あの醜悪な魔物は普通に攻撃をしても意味はない。無数の核を有し、一つずつ破壊しなければならない。ある意味、無意味で無駄だ。

「グロウさん、あの魔物は沢山の核が有るんですよね。では、その核を再生させる場所は有るのですか」
 
 アシャンティの問いにグロウは目を見開いた。核は破壊されても再生される。目の数だけの核と再生能力。貪欲なまでの生命力の強さ。頭を使う能力が無くても、その生命力と手下となる魔物を生み出す力でおつりがくる。
 
 考えるべき事はその能力を奪うことだ。
 
 グロウはアシャンティの考えに納得した。絶対的な力はない。必ず綻びがあり、見つけだすことが出来れば有利になる。

「考えたこともなかった」
 
 グロウは素直に呟いた。
 
「二人の四凶を相手に勝てる筈はないです。ならば、一人を確実に仕留めなくては」
 
 アシャンティは指先に神経を集中させた。淡い光が右手の人差し指に集まり、光の帯を作り出す。
 
「まず、動きを封じます。探るのはその後」
 
 アシャンティは弓を引き絞った。そこに矢の存在はない。完全に引き絞ると淡く輝く矢が現れる。
 
 狙う場所は一カ所。
 
 巨大で醜悪な四凶の頭上だ。矢は光を増し、アシャンティは迷うことなく矢を射た。矢は空に吸収されるように上空を目指し、迷うことなく醜悪な魔物の上空を手中に収めた。

 グウェンティアはいきなり現れた魔力の波動に振り返った。遠く確認できるアシャンティが淡い光に包まれている。慌てて上空に視線を向け、迫り来る魔術を確認した。それは確実にデュナミスを飲み込む程の魔術だ。
 
「デュナミスっ」
 
 グウェンティアは悲鳴に近い叫び声を上げた。デュナミスは緩慢に上空に視線を向け、強い魔術の波動を確認する。目を細め、軽く大地を蹴った。
 
 醜悪な魔物の上空で光の矢は弾けた。魔物を取り囲むように光が降り注ぎ、大地に達した光は魔術文字を刻み、術を完成させた。

 魔物を取り囲むように光輝く魔術陣はゆっくりと回転を始める。その場に体を縫い止め、完全に動きを封じ込めた。
 
「くっ」
 
 第三の目を見開いたまま、もう一人の四凶は両目を見開いた。嫌な予感に捕らわれ、確実に仕留められると確信があるデュナミスに手を伸ばす。
 
 デュナミスは緩慢な動きで魔物を確認すると、一撃目の攻撃を軽くかわした。鋭く伸びた爪の攻撃を難なくかわすと、落ち着いた足取りでグウェンティアとゼディスの元に落ち着く。
 
「おのれっ」
 
 三つの目が怪しく輝き、周りの空気が震えた。

 グウェンティアは咄嗟に大地を踏み鳴らした。大地が振動し、薄い膜が三人を覆った。瞬間、彼らの周りが抉られたように陥没し、付近にいた雑魚を一瞬にして消滅させた。
 
 ゼディスは眉を顰める。両の目を封印布で覆い隠すのを止め、ポケットにそれをねじ込んだ。
 
「完全に怒らせたな」
 
 ゼディスは軽い調子で言った。グウェンティアは冷たい視線を彼に送る。
 
「アシャンは何かをするつもりみたいだけど、何をする気なの」
 
 グウェンティアは唇を噛み締めた。確かに、醜悪でおぞましい魔物の動きを封じてくれたことには感謝をしなければならない。

「考えるのは後だ」
 
 ゼディスは剣を抜いた。周りを取り囲んでいた魔物達は先の四凶の攻撃で霧散したが、その攻撃に耐えた者もいた。あの力でも消えないという事はただの魔物ではない。
 
「そうね。私達もアシャンの場所まで無事に行き着かないと」
 
 グウェンティアも鞘を払った。ここまで来て、終わりにはしたくない。今までの苦労を無にするつもりなど更々なかった。デュナミスは無表情なまま、ただ、前方を見据えた。麻痺した感覚は彼に恐怖心を忘れさせていた。

 グウェンティアはデュナミスに一瞬、視線を向け眉間に皺を寄せた。恐怖心は必要なものだ。本当の意味で恐怖を感じていなければ問題はない。だが、今の状況が引き金の恐怖心の消失は余りに危険だった。
 
「大丈夫」
 
 グウェンティアは思わずデュナミスに問いかけていた。デュナミスはゆっくりとグウェンティアに視線を向け、直ぐに戻した。
 
「大丈夫だ」
 
 抑揚のない言葉が返ってくる。
 
「来るぞ」
 
 ゼディスは身構えた。目を細め魔眼の力が発動する。四凶の周りに集まりだした魔物達がその力に弾け飛ぶ。そして、一番最初に体が反応したのはデュナミスだった。

 魔眼の力から免れた魔物に容赦ない一撃を加える。冷めた視線で息絶えていく魔物を見据え、直ぐに次の行動に移す。グウェンティアはデュナミスの急激な変化に危険を感じた。最初の頃とあまりにも違いすぎる。
 
「心配なのは判るが、まず、目の前のことを処理することが先決だ」
 
 ゼディスの言葉に我に返り、グウェンティアも行動を開始した。向かってくる魔物を切り捨て、四凶に向かっていく。
 
 四凶の魔物は唸り声を上げた。初代王達とは明らかに違う。その力と資質の違いに戸惑いが生まれた。襲いかかってきたデュナミスをかわし、大地を蹴ると同時に背に蝙蝠ににた羽を現し上空で停止した。

 グウェンティアはその状況に砂漠で会った魔物を思い出していた。空に逃げられてしまうと手出しが出来ない。だが、前回と明らかに違っていた。目の前で魔物の羽が千切れたのだ。
 
 断末魔のような叫び声が空間に満ちる。グウェンティアは後ろを振り返った。ゼディスはグウェンティアに視線を向け不適に笑ってみせる。魔眼が魔物の羽を射、上空に留まる力を封じた。
 
 勢いよく大地に打ちつけられた魔物は呻き、立ち上がる。三人を睨みつけ、唇から零れ落ちる血を乱暴に拭った。

「おのれ」
 
 両の目が真紅に染まる。
 
 魔術が発動する前に、三人はあえて敵の懐に飛び込んだ。空気が一瞬、膨張した。ついで聞こえてきたのは大地を這うような苦悶に満ちた唸り声だった。その音の出所に四人は一斉に視線を向けた。
 
 視線を向けた先は醜悪で巨大な魔物。アシャンティの魔術陣に捕らわれ、身動き出来ない状態だった筈だった。
 
 大地が揺れる。
 
 巨大な体が波打ち、無数の目が恐怖に見開かれていた。何が起こっているのか判らず、四人は困惑した。巨大な体が硬化し始め、亀裂が全体に走った。魔物の足元に視線を向ければ、大地が魔物を取り囲みその下で何かが蠢いている。

「何が」
 
 グウェンティアは目を見開き、弾かれたようにアシャンティを見た。アシャンティは無数の魔術文字を纏い、絶えず指先から文字が迸る。淡い魔術文字の光が重なり合い、強烈な光となっていた。
 
 結界の近くにいた魔物は光にのまれ、苦悶のうちに体が崩れていく。一際、鋭い音が響き渡り、醜悪で巨大な魔物は粉々に砕け散った。欠片すら砂になり、大地に降り注ぐ。
 
 三つ目の魔物は意外な物を見るように目を見開き、崩れ行く仲間を見据えた。

 
 
      †††
 
 アシャンティは自分の放った魔術が醜悪で巨大な魔物の行動を封じ込めたことを確認した。瞳を閉じ、指先に意識を集中する。魔物の周りの魔術陣を操り探り始めた。
 
 どんなものにも完璧なものなど無い。巨大な魔物はその生命力と悪臭にたじろがせはするが、それが絶対である筈はない。
 
「判りそうか」
 
 グロウはもしもの時のために前方に注意をはらっていた。
 
「待って下さい」
 
 アシャンティは眉間に皺を寄せた。
 
 耳鳴りがする。
 
 魔物の内部に進入しようと試み、弾き返される感覚が脳内を圧迫する。

「凄い抵抗」
 
 アシャンティは魔物の内部に強い結界の気配を感じた。外にではなく体内に結界の存在がある。
 
「内部に結界がある」
 
 その言葉にグロウは息をのんだ。外に張るべき結界が体内にある理由。一つの考えが脳裏を掠めた。結界は守るものがあるから張られる。ならば、暴けばいいのだ。
 
 アシャンティは大きく息を吐き出し無数の光の文字を紡ぎ出す。その文字は彼女の体を取り巻き、徐々ににかたちを作り始めた。
 
 魔物の周りの魔術陣の内側に、もう一つの魔術陣を描き始める。少しずつ刻みつけられた文字が淡い光を放ち、そのたびに魔物の体が震えた。

 アシャンティの脳裏にはくっきりとした映像が流れていた。薄暗い部屋に点る赤い印。その印を護るように張られた複雑な結界。無数の結界が絡み合うことで、より強力な結界を作り出している。
 
 無数の目に対応している核はあくまでも囮なのだろう。だが、ただの囮ではなく、体の機能の一部であることは先の戦いで判っている。そうしなければ、体の中心に存在する真の核の存在が知られてしまうからだ。
 
「一つずつ破壊します。まず、一つ目」
 
 アシャンティは更に魔術文字を紡いだ。文字は彼女の周りを取り囲む文字に吸収され、遠く離れた醜悪で巨大な魔物の体内に送られる。

 体内で発動している結界の一つに絡みつき、その構成を解いていく。
 
 一つ一つの結界の帯を解く度に魔物は悲鳴のような咆哮を上げた。その声に呼応するように体の表面が硬化を始めた。結界が解かれる度に亀裂が入り、組織が崩れ始める。
 
 魔術文字の淡い光が重なり合い強烈な光を生み出す。その光に照らされた結界の外にいる魔物は呻き、霧散していく。
 
 グロウはアシャンティに視線を向けたがすぐに逸らした。強烈な光に照らされ、目を開けていられない。グロウは前方に視線を戻し、グウェンティア達を見据えた。

 グウェンティア達もまた、四凶の一人と対峙していた。そして、満身創痍なのは彼等ではなく魔物の方だった。何かに驚いたように醜悪で巨大な魔物に視線を向けていた。
 
 少しずつ崩れていく体に見入っていた。
 
「捕まえた」
 
 アシャンティは呟く。彼女の脳裏にははっきりと見えていた。強い光を放つ醜悪で巨大な魔物の体内にあった真実の核を。結界を失い、微かに震えているように見えた。
 
 結界を取り払った後、アシャンティがしたことは無数の核を破壊することだった。もしかしたら、本体の核を破壊しても、無数の核の一つがその役割を担う可能性があったからだ。

 光を放つ核に比べれば無数にある核の力は小さく、弱々しいものだったが数が多かった。それを一つずつ排除し、アシャンティは最後に残った真実の核に最後の攻撃を仕掛ける。
 
 結界を破壊するときに用いた魔術文字を変化させる。それは鋭い光の針に姿を変え、一気に核を捉えた。赤く輝く核に無数の力の針が刺さり、その力に耐えきれず核は砕け散った。瞬間、体を維持していた核が失われたことで、全ての細胞が崩壊を始めた。
 
 静かに力を抜き、アシャンティな醜悪で巨大な魔物に視線を向けた。

 巨大な魔物は苦悶の呻き声を上げ、見る間に体が崩壊していく。砂の粒のように、風が吹く度に舞い上がり大地に帰っていく。
 
「みなさん、早くっ」
 
 アシャンティは呆然と見入っていた仲間に叫んだ。今なら、もう一人の四凶を振り切れる。無数にいた魔物もいつの間にか減っていた。
 
 アシャンティの声に最初に反応したのはゼディスだった。周りを確認し、二人の腕を掴むと走り出す。二人は驚いたようにゼディスを見たが、すぐに従った。何時までも相手をしているわけにはいかない。ただでさえ体力も気力も限界に達している。

 いきなり走り出した三人に、四凶は怒りを露わにした。逃がさないとばかりに腕を伸ばす。ゼディスは二人を先に走らせ、振り返った。目を見開き、四凶を睨みつける。
 
 四凶の周りの空気が震え、収縮したかと思えたが直ぐに膨張し飲み込んだ。耳障りな音が響き渡る。ゼディスは音と四凶の行動が止まったことを確認すると二人の後を追う。
 
 四凶は大地に跪くと、大量の血を吐き出した。自身を抱き締め、体内に負った衝撃が内蔵を破壊したことをはっきりと認識した。痛みに耐えながら顔を上げたとき、そこに一行の姿はなかった。
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