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風花 四
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馨は栞の元に向かっていた。
焦りはあったが無理矢理、息を整える。
寺院特有の造りから、普通の屋敷のような造りに変わる。 そこは静まり返り、人の気配を探るのは困難だった。
部屋に通され、当たり前のように入室する。
何時もなら、几帳で隠され、見る事すら叶わない筈の栞が馨を見詰めていた。
次いで、一人の人物の背中を認めた。
長く美しい黒髪が印象的だった。白の衣装から鮮やかな紅が見える。今は冬であるからか、白と紅を基調とした重ね色目は可愛らしい。
「馨様」
栞の声に我に返った馨はばつが悪かったように所定の位置に腰を下ろした。
「用件は判っております」
栞は切り出した。馨は目を見開く。栞が簡単に話してくれるとは思っていなかったからだ。
「今上帝の勅命にて、参上しました」
馨は大切な言葉を告げた。必要な言だったからだ。
「やはり、そうでしたか」
栞は溜め息混じりに呟いた。
「この方は」
馨は花也について尋ねる。
「判りませんか」
逆に問い掛けられ、馨は改めて花也を見た。肌理の細かい肌は白く美しかった。馨は顔を見た時、思わず息を飲んだ。
同じ顔が目の前にあった。
「君は」
それ以上、言葉が続かない。
「馨様、何故、私が尼寺に籠もるようになったのか、その理由ですよ」
馨は勢い良く栞に視線を戻した。
「率直に言いましょう。貴方達は双子でした。その意味するところは判りますね」
馨は衝撃の事実に打ちのめされた。考え及ばない事実だったからだ。
双子はこの国では忌むべき者であり、災厄の使者だ。普通なら、生まれた時に手に掛けられそこで全てが終わっていた筈だ。
ましてや栞は皇女であり、双子の存在が全てを危うくすることを判っていた筈だ。
「何故、そのような事を」
「簡単ですよ。私は愛していたから。迷信や戯れ言で失いたくなかったからです」
栞はきっぱりと言い切った。
「僕はどうすれば」
馨は途方にくれた。まさか、こんな結果になろうとは考えてもいなかったのだ。
「今上様にはありのままにお話なさい」
栞は帝がただのお飾りでないことは判っていた。両親を殺害されて尚、人形にならずにいる。大抵は時の権力者に利用され、潰されていく筈だが彼は違う。
「あの方に嘘を言うべきではなりません」
「ですが」
馨は両の手を握り締めた。
「ずっと、黙っているつもりでした。この娘は大人にならず散る運命でした」
花也は栞の言葉にきつく両目を瞑った。事実ではあったが、知りたくはなかった。
「昨日、あのような事がなければ、秘密のままだったのです」
栞は沈んだ声で告げた。花也の今までの人生は、静の中にあり変化はなかった。
「知られてしまった以上、噂となり知れてしまうのは時間の問題です」
栞は人の口程、戸が立てられず噂が広まることを知っていた。それは止まることのない波のように広がり、本来ない筈の事実が作られ、あり得ない方向に流れていく。
それを甘受するわけにはいかない。
「双子である事実は今上様だけに告げなさい。後は口を噤むのです」
栞は釘を刺した。
「この娘の存在を知るのは一握りの者達だけ。ならば、此方から、手をうたなければ大変なことになる」
馨は頷くしかなかった。
確かに、このまま噂が広まり、窮地にたたされるのは花也だけではない。馨もまた、窮地にたつことになる。
「花也、貴女は私の養女となるのです」
花也は目を見開いた。
「母様」
花也は泣きそうな声を上げた。
今まで沢山のことを我慢してきた花也にとって、母親は唯一の拠り所だった。それすら、奪おうとしている。
「花也は嫌です」
両手を握りしめ、涙をこらえた。泣いてしまっては、言葉が続かないことを彼女は知っていた。
「花也、貴女の為なのですよ」
優しく諭すように言われ、花也は口を噤んだ。言葉が続かなかったのだ。
「ただの公達なら問題なかったのです。けれど、今上様となれば話は別です」
栞の表情が曇った。
「今上帝は必ず見つけ出せと、今まで女性に対して執着心を持たず、女御方にも関心を向けなかった方が、初めてみせた執着」
馨は深刻に告げる。
帝は政治に於いては問題はなかったのだが、もう一つの重要な義務を怠っていた。
それは重要な事だった。
子孫を残すことは義務であり、責務でもあった。
だが、帝はお飾りの女御には興味を示さず、結局、内裏は忘れ去られた存在になっていた。
帝の元には三人の女御が入内しているが、いまだに懐妊の知らせがないのがいい例である。
「争いの種にならねばよいのですが」
馨の表情が曇った。
まさか、執着したのが双子の片割れだとは考えたくなかった。
「今上様、否、史祈様は変わったお子でしたからね」
栞は思い出したように呟いた。帝は少し変わっていた。普通なら気位が高くなり、貴族の子とはいえ遊ばなくなるのだが彼は違った。
幼くして両親が他界したこともあってか、人との繋がりを大切にしていた。そんな帝が花也を見た瞬間に、何かを感じ執着しているのではないか。
そんな気がした。
「母様」
花也は俯いた。
こんな結果を望んでいたわけではない。せめて人並みに色々な事をしてみたかっただけだ。
「花也、もう、後戻りは出来ないのですよ。あの瞬間から」
栞は時が来たのだと感じた。全ては時の流れのままに。
「それでは僕はありのままを今上帝に報告します」
馨は栞に告げると、小さく息を吐いた。
「馨様。殿に手紙を届けてくださいますか」
栞は改まったように告げた。
馨は怪訝な表情をする。しばらく考え、頷いた。
「お願いします。花也の今後は左大臣家で。私は表に出られませんから」
栞は憂いを帯びた表情をした。死人である栞は人々の前に出るわけにはいかない。全ては花也の為だった。
花也は泣き崩れた。全てが動き出したのだ。
坂の上を転がり落ちるように動き始める。それは、花也の考えが及ばない、何もかもを飲み込む波のように大きくなっていく。
栞は深々と頭を下げ、馨もまた、それに答えた。花也はただ泣き崩れ、運命を受け入れるしかなかった。
焦りはあったが無理矢理、息を整える。
寺院特有の造りから、普通の屋敷のような造りに変わる。 そこは静まり返り、人の気配を探るのは困難だった。
部屋に通され、当たり前のように入室する。
何時もなら、几帳で隠され、見る事すら叶わない筈の栞が馨を見詰めていた。
次いで、一人の人物の背中を認めた。
長く美しい黒髪が印象的だった。白の衣装から鮮やかな紅が見える。今は冬であるからか、白と紅を基調とした重ね色目は可愛らしい。
「馨様」
栞の声に我に返った馨はばつが悪かったように所定の位置に腰を下ろした。
「用件は判っております」
栞は切り出した。馨は目を見開く。栞が簡単に話してくれるとは思っていなかったからだ。
「今上帝の勅命にて、参上しました」
馨は大切な言葉を告げた。必要な言だったからだ。
「やはり、そうでしたか」
栞は溜め息混じりに呟いた。
「この方は」
馨は花也について尋ねる。
「判りませんか」
逆に問い掛けられ、馨は改めて花也を見た。肌理の細かい肌は白く美しかった。馨は顔を見た時、思わず息を飲んだ。
同じ顔が目の前にあった。
「君は」
それ以上、言葉が続かない。
「馨様、何故、私が尼寺に籠もるようになったのか、その理由ですよ」
馨は勢い良く栞に視線を戻した。
「率直に言いましょう。貴方達は双子でした。その意味するところは判りますね」
馨は衝撃の事実に打ちのめされた。考え及ばない事実だったからだ。
双子はこの国では忌むべき者であり、災厄の使者だ。普通なら、生まれた時に手に掛けられそこで全てが終わっていた筈だ。
ましてや栞は皇女であり、双子の存在が全てを危うくすることを判っていた筈だ。
「何故、そのような事を」
「簡単ですよ。私は愛していたから。迷信や戯れ言で失いたくなかったからです」
栞はきっぱりと言い切った。
「僕はどうすれば」
馨は途方にくれた。まさか、こんな結果になろうとは考えてもいなかったのだ。
「今上様にはありのままにお話なさい」
栞は帝がただのお飾りでないことは判っていた。両親を殺害されて尚、人形にならずにいる。大抵は時の権力者に利用され、潰されていく筈だが彼は違う。
「あの方に嘘を言うべきではなりません」
「ですが」
馨は両の手を握り締めた。
「ずっと、黙っているつもりでした。この娘は大人にならず散る運命でした」
花也は栞の言葉にきつく両目を瞑った。事実ではあったが、知りたくはなかった。
「昨日、あのような事がなければ、秘密のままだったのです」
栞は沈んだ声で告げた。花也の今までの人生は、静の中にあり変化はなかった。
「知られてしまった以上、噂となり知れてしまうのは時間の問題です」
栞は人の口程、戸が立てられず噂が広まることを知っていた。それは止まることのない波のように広がり、本来ない筈の事実が作られ、あり得ない方向に流れていく。
それを甘受するわけにはいかない。
「双子である事実は今上様だけに告げなさい。後は口を噤むのです」
栞は釘を刺した。
「この娘の存在を知るのは一握りの者達だけ。ならば、此方から、手をうたなければ大変なことになる」
馨は頷くしかなかった。
確かに、このまま噂が広まり、窮地にたたされるのは花也だけではない。馨もまた、窮地にたつことになる。
「花也、貴女は私の養女となるのです」
花也は目を見開いた。
「母様」
花也は泣きそうな声を上げた。
今まで沢山のことを我慢してきた花也にとって、母親は唯一の拠り所だった。それすら、奪おうとしている。
「花也は嫌です」
両手を握りしめ、涙をこらえた。泣いてしまっては、言葉が続かないことを彼女は知っていた。
「花也、貴女の為なのですよ」
優しく諭すように言われ、花也は口を噤んだ。言葉が続かなかったのだ。
「ただの公達なら問題なかったのです。けれど、今上様となれば話は別です」
栞の表情が曇った。
「今上帝は必ず見つけ出せと、今まで女性に対して執着心を持たず、女御方にも関心を向けなかった方が、初めてみせた執着」
馨は深刻に告げる。
帝は政治に於いては問題はなかったのだが、もう一つの重要な義務を怠っていた。
それは重要な事だった。
子孫を残すことは義務であり、責務でもあった。
だが、帝はお飾りの女御には興味を示さず、結局、内裏は忘れ去られた存在になっていた。
帝の元には三人の女御が入内しているが、いまだに懐妊の知らせがないのがいい例である。
「争いの種にならねばよいのですが」
馨の表情が曇った。
まさか、執着したのが双子の片割れだとは考えたくなかった。
「今上様、否、史祈様は変わったお子でしたからね」
栞は思い出したように呟いた。帝は少し変わっていた。普通なら気位が高くなり、貴族の子とはいえ遊ばなくなるのだが彼は違った。
幼くして両親が他界したこともあってか、人との繋がりを大切にしていた。そんな帝が花也を見た瞬間に、何かを感じ執着しているのではないか。
そんな気がした。
「母様」
花也は俯いた。
こんな結果を望んでいたわけではない。せめて人並みに色々な事をしてみたかっただけだ。
「花也、もう、後戻りは出来ないのですよ。あの瞬間から」
栞は時が来たのだと感じた。全ては時の流れのままに。
「それでは僕はありのままを今上帝に報告します」
馨は栞に告げると、小さく息を吐いた。
「馨様。殿に手紙を届けてくださいますか」
栞は改まったように告げた。
馨は怪訝な表情をする。しばらく考え、頷いた。
「お願いします。花也の今後は左大臣家で。私は表に出られませんから」
栞は憂いを帯びた表情をした。死人である栞は人々の前に出るわけにはいかない。全ては花也の為だった。
花也は泣き崩れた。全てが動き出したのだ。
坂の上を転がり落ちるように動き始める。それは、花也の考えが及ばない、何もかもを飲み込む波のように大きくなっていく。
栞は深々と頭を下げ、馨もまた、それに答えた。花也はただ泣き崩れ、運命を受け入れるしかなかった。
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