ターゲットハンド!

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3.ターンオーバー

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 しかし当日、駅に着くと佐野はすこぶる不機嫌だった。一時間も遅刻したオレが悪いんだけど。
「ごめん!練習が長引いてさ!」
「連絡くらいしてくれます?」
「練習中はスマホ触れなくてさあ。なんでも奢るから!」
「だからジャージのままなんですね」
「ごめん、浴衣着てくるほど楽しみにしてるとは思わなかった」
「いや、っ違・・・私服のセンスがないので、祖父のお下がりを・・・」
 ふいと顔を背けるけど、髪を耳に掛けているせいか、いつもより表情がよく見える。紺の浴衣は縞模様がうっすら入っていて、体がシュッとして大人びて見えた。
「いいじゃん似合うよ」
「へっ」
 佐野は間の抜けた声を上げたかと思えばくるりと背を向ける。うなじがほんのり赤くなっていた。
「お使いを頼まれたので、付き合ってもらいますからね」
 そう言って、ずんずん参道に向かって歩いていく。よく見れば手にクーラーボックスを持っていた。
 佐野は焼きそばの屋台の前に来て「道雄おじさん」とテキ屋のおっちゃんに声をかける。
「あん?慶次郎けいじろうか」
「これ、父から差し入れだそうです」
 佐野はクーラーボックスを渡した。
「兄貴からか。礼を言っておいてくれ。そういや、浴衣なんか着てデートか?」
「ち、違いますよ!ただ、学校の先輩と来てて・・・」
 おっちゃんは日焼けした仏頂面でオレをちらりと見る。
「お前またバスケやるのか?兄貴も喜ぶ「違います」
 硬い顔で答える佐野に、おっちゃんは「そうか」とだけ答えて鉄板の上で手を動かす。パックが閉じられないくらいパンパンに焼きそばを詰めると、輪ゴムに割り箸を挟み「持ってけ」と渡された。
「いやオレにはいいっスよ」
「屋台で色々食べたいので一つでいいです。あ、でも箸は二膳お願いします」
「はいよ。・・・二つな」
 ぶっきらぼうに答えながらも、おっちゃんは優しげに目を細めた。
 なんだいい人そうじゃん。それに、なんか佐野の事情を知っていそうな気がする。
 気になるけど佐野が
「奢ってくれるんですよね」
と焼きそばを持ったまま行ってしまったから、慌てて追いかけた。
 ポテトと唐揚げのセット、ベビーカステラを奢るとたちまち財布が薄くなって泣きたくなる。
 でも、佐野は歩きながらベビーカステラの袋を開いて、ポテトの入ったカップを差し出した。
「どうぞ」
「えっ、いいの?」
「シェアできるのを選んだので」
 佐野は口の両端を少しだけ上げる。浴衣だからか、なんか色っぽく見えてちょっとドキッとした。
 誤魔化すようにポテトを4、5本まとめて口に放り込んで、もぐもぐと咀嚼する。
「ちょっと!半分も持っていくことあります?」
「オレが買ったんだからいいだろ」
「本当に憎たらしい口きいて・・・」
「じゃあ全部返せよ」
「あーもういいです。ポテトはあとは俺がもらいますからね」
 ちょっと待てよ、こんなギスギスしてたら仲良くなるとか無理じゃね?てか何話したらいいかさっぱりわからない。オレ、佐野のことバスケが上手いこと以外知らないし。
「先輩、花火まで見ていきますか?」
「あ、うん」
「じゃあもう少し買って、駅に戻りましょうか。立体駐車場の屋上を開放しているので」
 駅に戻りながら、たこ焼きとフランクフルトも買った。
 立体駐車場の屋上まで階段を登っていくと、まだ三十分以上もあるのに人がうじゃうじゃいた。あちこちにビニールシートを敷いて陣取っている。
「先輩、こっちです」
 佐野について行くと、ビニールシートの上にトートバッグが置かれていた。場所取りしていたらしい。
 ビニールシートに座って、買ってきたものを食べながら佐野はオレに色々聞いてきた。好きな食べ物に始まって、家はどこらへんとか何時くらいに起きてるかとか。
 佐野と話すのは結構楽しい。佐野の表情もいつもよりリラックスしている。友達と遊ぶ方が、佐野にとって楽しいのかな。
 あっという間に花火の時間がきて、開始のアナウンスが放送されるとオレたちはしんと黙りこくった。
 しゅるしゅると光が尾を引きながら登ってきて、パッと空中で花開いた瞬間わあっとあちこちから歓声が上がった。
 佐野にちらりと目をやると、色とりどりの光に照らされながら綺麗な横顔を見せていた。
 これも初めて見る顔だ。最寄駅も、ケチャップよりマスタードが好きなのも、意外と聞き上手なのも、初めて知った。
 佐野の横顔は光の当たり方で微笑んでいるようにも感嘆しているようにも見える。
 佐野は、他にどんな顔を持っているんだろう。
「ごめん、ちょっとトイレ」
 オレはこっそり屋上から抜け出して、駐車場の階段を駆け降りる。それから参道に入り、焼きそばの屋台の前に来た。
「あの、すみません」
 日焼けした顔がこちらを見る。
「佐野って、前にバスケやってたんですか?オレ、その話全然知らなくて」
「そうらしいな、兄貴に聞いた話だが」
「詳しく教えてもらっていいですか?」
「それはお前、本人から聞いたらどうだ?」
 振り向けば、佐野が後ろに立っていた。唇をグッと結んで、切れ長の目を鋭くしている。
「遅いと思ったら・・・バスケのことしか頭にないんですか?」 
「いや、そうじゃなくて」
 佐野は眉をぎゅっと寄せて唇を噛む。やばい。なんか怒らせたっていうか、傷ついたみたいな顔に焦りがつのる。
「やっぱり先輩は、強いプレイヤーが欲しいだけなんでしょ!俺のことなんてどうでもよくってさ!やっぱりバスケなんて嫌いだ!」
 佐野はそう叫んで走って行ってしまった。すかさず追いかける。本気で走ったらすぐ追いついた。手をがっちり掴んで捕まえる。
「ごめん、オレさ、佐野のこと知りたかっただけなんだ。バスケとか関係なくさ」
 佐野は黙ったままで、でも足を止めた。話を聞いてくれるかと思ったら、佐野から喋り始める。
「じゃあ教えてあげますよ。俺、中学まで地元のバスケットチームにいたんです。親父がコーチをしてて。最初からバスケなんて好きじゃなかった。
コーチの息子なのに下手くそだって馬鹿にしてくるやつら見返したくて馬鹿みたいに練習して。 
エースになったらなったでエースのくせにって失敗を責められて。アホらしくなったのでやめました。
二度とバスケなんてやりたくありません。これで満足ですか?」
 佐野はオレの手を振り払って、「先輩も、大嫌いだ」と絞り出すように呟いた。
 紺の浴衣が人の波に紛れていく。オレは、大嫌いだって言われたのが思いの外ショックで、どうすればいいかわからなくなって、その後ろ姿を見送るしかなかった。
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