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山下2
山下2-5
しおりを挟む翌日からおれは、神崎さんに紹介されたジムに通い始め、料理も前よりするようになった。このひと月半近く、神崎さんはおれの生活に関するあらゆる費用を立て替えてくれていて、なんと家電までいくつか買ってくれた。あの日温めが必須のコンビニパスタを買ってきたのは、おれの家に電子レンジがないことに気付いていなかったかららしく、おれが打ち明けたときに神崎さんはかなりショックを受けたみたいだった。おれはそのとき、この人でもこんなことがあるんだなと他人事のような感想を抱いていた。
生活環境を整えてもらい、ちゃんと食べて、身体を動かして、眠る。そうやって身体を作るサイクルに、男や女を抱いたり、神崎さんや他の人たちに抱かれたりと……“そういうこと”が加わったものが、おれの新しい日常になった。
全くしらない他の誰かに触れるのは、思ったほど大したことではなかった。ほぼ毎回必ず同室している神崎さんに教わったことを実践して、相手をイかせる。大体何分くらい行為をするかというのも、調整できるようになってきた。
神崎さんが言うには、おれはまずゲイ向けのAV男優としてデビューし、名が売れてきたところでレーベルが提携している男性向け出張ホストのキャスト……つまりウリ専として登録されるのだそうだ。
「……筋トレひと月程度だと体はこんなもんか。顔色の方はずいぶん良くなったな」
神崎さんの前で服を脱ぎ、体を丁寧に調べられる。後から聞いたところによると、ジムでおれを担当しているトレーナーから、神崎さんに直接経過報告がいっているらしい。おれ自身も、食べたものを報告しろと神崎さんから言われてるので、忘れない限り写真を撮って送っている。
「もう聞いてるかもしれねえけど、筋トレは目に見えて効果が出んのが、始めて約三ヶ月以降だって言われてる。他人から見ても明らかに成果が分かるのは、半年以上も先だ。流石にお前もそんなには待ってられないだろ」
おれは今神崎さんに全ての金を立て替えてもらって生活しているわけで……神崎さんはこれは投資だから気にしていないと言うけれど、実際のところはこんな状況で新たに借金を作るようなものだ。これ以上自分の借金が膨らむのは心情的にどうにかなりそうなので、避けたい気持ちがある。単純に神崎さんにも申し訳ない。
「半年は……ちょっと……」
「だよな。そう思って……実は、今日はお前のデビュー作を決めてきた」
ハッとして神崎さんを見ると、黙って手招きをされた。
……話は後からか。
ホテルのベッドに座る神崎さんに近付くと、今ではそれだけで……嫌だと思う頭とは裏腹に、体はこれからの快感に勝手に期待をし始めるようになった。神崎さんの手によって作り変えられた結果だ。
ずいぶんと慣れたし、覚えた技術を試すのは嫌いじゃないから、他の誰かなら何をしてもいいけど……神崎さんとするのは、気持ちが良すぎて未だに恐ろしい。快感で頭が駄目になって、このままだと体だけじゃなく脳まで変わってしまう気がする。そしたらおれはもう別人だ。普段はせめて抱き潰されてしまわないよう、神崎さんがやる気をなくしそうな会話を振ってみたりもするが、今日はセックスのあとに話があるみたいだし……流石に神崎さんもそこまではしないはず。となれば、さっさと終わらせるほうが得策だろう。
おれは黙って膝を折り、神崎さんの脚の間に収まった。するとジーンズの留め具が外される。その下のファスナーはおれがおろした。
「……もう慣れたもんだな」
今日はコンタクトをしてるから、神崎さんの顔もよく見える。下着越しにゆっくりと揉んで、すこし硬度が感じられてきたところで布地をずり下げた。上向き始めた先の方に向かって下からゆっくりと舌を這わせ、先端に吸い付いて、飲み込んでいく。
神崎さんがおれの頭を撫でた。髪のセットも、とっくに自分でできるようになっている。見た目を整える為にあれこれ必要になり、殺風景だった洗面台に収納が欲しくなって、大家さんに許可を取って棚を取り付けたことも記憶に新しい。そんなの、以前までの山下修平の人生からは考えられないことだ。日常生活の細かなところでも、今までの自分との差を感じる……
「……っあー……マジで、上手くなったな……」
神崎さんはちょっと気持ちよさそうな声を出して、しみじみと言ってみせるけど……フェラなんて特に、神崎さんに教わったことをただ実践しているだけだ。最初の頃はわけも分からずイかされるだけだったけど、余裕が出てきてからは神崎さんの舌や喉の動きを考えるようになった。それを盗んで覚えて、本人で試している。
「一回出すぞ……ッそのまま、咥えてろ……!」
「ん……ッ! ん、ん…………っ♡」
「……っは……っントに、生意気に、ッなりやがって……」
びゅく、と勢い良く飛び込んでくる精液を吸い出すようにわざとキツく口を窄めると、それに悪態をつく神崎さんの手が、おれの項を擽ってきた。全身に淡く広がり始めていた興奮を指摘するように撫ぜられ、たったそれだけの些細な刺激なのに、身体が過剰に震えてしまう。常に挑むような気持ちでいても、どちらが優位に立っているかをこうやっていとも簡単に教え込まれる。
「んん……♡はあ……♡♡」
精液を嚥下することにも慣れた。これの味は本当に人によるが、神崎さんのはまあ、飲み込みやすい方なんだと思う。酒もタバコもやる人だけど、食事には気を遣っているらしかったから、不思議とあんまり苦くない。色んな人と寝ていると、食生活が酷いんだろうなって人の味もなんとなく分かるようになってきて……この技能の習得に関しては、なんとも複雑な気分だ。
神崎さんの手が、おれをそっとベッドに引き上げる。後ろから抱き締められるような体勢だ。このホテルではいつもそうなる。
おれの身体を弄るのは、ちょっと大きくて、ゴツゴツした男らしい神崎さんの手だ。皮膚も硬めで、気になったおれがそれについて尋ねると、昔はスポーツをやっていたからと返ってきた。言い方になんとなく拒絶を感じて、なんのスポーツかは聞きそびれてしまった。
「あ……♡」
神崎さんの指先がおれの乳首をそっと引っ掻く。そこの快感は、大して鋭いものじゃなくて……続けられると、なんだかすこし切なくなる。もっと手っ取り早く気持ちよくなれる場所を覚えてしまってるから、そこも好きだけど、早く下の方を触って欲しくなる。もどかしくて、苦しくなる……
「ひ……ッ♡ぃ、ああっ♡や……っ」
「嫌じゃねーだろ」
「ふ……ぅう~……♡♡」
硬くなったところで摘まれ、転がすようにされるので、思わず身体が丸まりかけた。が、すぐさま神崎さんに咎められてしまう。
「それじゃ駄目だろ、山下。鏡をカメラだと思えって言ったの、忘れたのか?」
「あ、ぅ……っうぅ」
ふるふると首を横に振った。忘れてなんかない。ちゃんと覚えている。じゃあ分かるよな、と神崎さんの低い声が耳の後ろから囁きかけてくる。
ベッドの上を全部映すような大きな鏡のあるこのホテルには、神崎さんと何度も通っている。自分が抱かれているときどんなふうに見えているのかは、ここで教わった。鏡の中にいる、まるで知らない男が……みっともなく喘いで、ぐずぐずになって、啜り泣いている。どうやらこれが自分らしい。最初は本当にショックだった。おれはこんな顔をしているのかって、めったに感じない羞恥心で顔が熱くなったくらいだ。
「ちゃんとお前の体をカメラに撮ってもらわないと。な?」
「……っは、はいぃ……♡」
「ほら……体反らせ。カメラの向こうでチンポ握ってる奴らに、やらしくなったお前の体を見せつけてやれ」
「ん……ッ♡」
「どうだ? 乳首、気持ちいいか?」
「き、気持ち……っいい……♡」
神崎さんに誘導されるまま、なんとか言葉を絞り出す。そうだ、おれはもう、ただされるがままになっていてはいけないんだ。カメラの前では、恥ずかしさも切なさも乗り越えて、いやらしく感じてみせなければ。
「ぅ、ん……っあ♡」
「下も触ってほしい?」
「さ、触って……欲しい……♡おれのちんぽ、触ってください……♡」
「……どんなふうに?」
「ぎゅって、してほし……ッああ♡待……ッだめっ♡」
「なんで? ぎゅーって、してほしかったんだろ?」
「さ、先っぽは……っ、すぐイっちゃう……♡からぁ……っ♡♡」
「山下は先っぽ好きなんだ」
「すき……っ♡ぁ、う、ぅ……♡」
神崎さんがその上手い指先でおれの先の方ばかりいじめるから、すぐに限界が迫ってくる。おれは頭を振って体をくねらせ、何度も無理だと訴えた。
「ひ……っあ♡も、イく……ッ♡」
「…………」
快感が弾けかけたところで、ぴたりと神崎さんの手が止まる。おれは堪らず腰を突き出して揺らし、刺激を探してしまう。
「っう、ぅあぁ……っな、んで……」
「駄目だ。もっと我慢しろ」
「ぁうぅ……っ」
手を離されると、波が引くまで触ってもらえない。それを繰り返される。ああ始まってしまった。こうなるともう、おれは早く楽になりたいと願うだけの動物になって、神崎さんにいいようにされるんだ。
「……山下、手ついてケツ上げろ。できるだけ顔も上げとけよ。鏡見とけ」
「は、ぃ……ッ」
筋トレを始める前は、これもなかなか出来なかった。ベッドに手をついて、鏡で自分の顔を確かめ、神崎さんが容赦なく与えてくる刺激に耐える。最初の頃はすぐに手から力が抜けて崩折れていた。
「あぁっ♡」
「力抜け」
「ん……♡」
神崎さんの太い中指が、おれの中へ入り込んでくる。
「ふ……っぅ……♡」
「吸い付いてくる……指食われそ」
「あ……っあ♡」
手慣れた指がくるりと反転して、腹に向かって優しく押し下げるように力が込められる。そのまま擦られるともう駄目だった。鏡の中の男の瞳が一瞬でどろりと濁って、眉根がきゅっと寄り、眉尻の方はだらしなく下がっていく。
「あっ♡ひっ♡んッんぅ……♡」
情けない自分の声に堪らず唇を噛み締めたが、すかさず神崎さんから声を出せと咎められてしまう。おれは涙目になりながら唸って、それでも言われた通りにしようと努める。
「うぅ~……♡♡」
「……そろそろ挿れるぞ」
「は、はぃ……♡ぃ、あ……っ♡あぁあッ♡♡」
突き挿れられる神崎さんのペニスが、狙いすましたかのようにおれの気持ちいいところを抉った。何度もお預けをくらって限界だった体は、大喜びでその快感に浸る。勝手に震えて射精が始まってしまって、おれの手の方からも力が抜けていく。崩折れるおれの背筋を、神崎さんの指がつぅ……となぞった。ぞくぞくする……
「んん……ッ♡」
「あーあ……挿れられただけでイく体になったのは褒めてやるけど、撮影のときはもうちょい我慢しろよ」
「あ……♡は、ぁ……あっ♡♡アッ♡」
「聞いてんのか山下」
神崎さんの手が伸び、意地悪く乳首を弾く。収まりかけていた波がそれでまた決壊して、おれは情けなく体を跳ねさせて呻いた。
「ああぁ……っ♡♡」
「はぁ……ほんと、すげー才能拾ったな……」
神崎さんが呟く言葉は、耳の中でドクドクとなる自分の鼓動に邪魔されて、もうほとんど聞こえていない。震える指でシーツを握りしめて、後はひたすら神崎さんの激しい抽送に喘いでいた。やっぱりぐずぐずにされて、訳がわからなくなったところで体を反転させられ、戦慄く唇に齧り付かれた。肉厚の舌と唇がおれの口内を好き勝手に貪っていく。
シーツのたるみを掴もうとするおれの手を神崎さんが強く押さえつけ、ぐっと腰も押し付けられる。そうされると堪らず体が強張り、内側にもぎゅっと力が入った。
神崎さんとおれの指が絡まる。おれがその手をなんとか握り返すように力を込めたのは、神崎さんが中で出しているのだと分かったからだ。
「ん……っ♡ふ♡ぅ……♡♡ん♡」
拘束が緩んだところで神崎さんの首に腕を回した。角度を変えて何度も唇を吸い合って、その心地よさに浸りながら……おれは初めてした日に神崎さんに言われたことを思い出していた。
――エッチするのにキスしないなんて、もったいねぇよ。
今なら、確かにそうかもしれない、と思う。
神崎さんが体を起こそうとするから、首に腕を回していたおれも一緒に起き上がることになった。ふたりでベッドに座って、おれは抜けてしまった神崎さんのペニスを咥え込み直す。出されたものが零れ落ちてきたけど、構わず続ける。
「ん、ぁ……っ♡」
おれも腰を振るけど、神崎さんが下から突き上げる力の方が強い。神崎さんにほとんどしがみつくようになりながらも、おれもなんとか動き続けた。
途中で神崎さんがおれに尋ねてくる。
――どうだ? 山下、エッチ好きになってきたんじゃねえの。
おれはそこですこし笑って、首を横に振った。
でも、そこで唇を尖らせる神崎さんには、おれからキスをした。
「ん……珍しいな」
「……キスをしないのは、もったいないので」
「へぇ。分かってきたじゃん」
今度は神崎さんが笑う。おれはその顔になんだか腹が立ってきて、黙ってまた唇を落とした。教わった通りにしているだけのはずなのに、どうしてこんなに悔しくなるんだろう。
今日は辛うじて意識は飛ばなかったものの、終わったあともおれは草臥れたままで、しばらくベッドの上で放心状態だった。
「はぁ……」
おれの体はまだ熱く、先程までの激しいセックスの余韻から抜け出せずに、時折ひくひくと震えていた。おれはそれを押さえようと、枕を抱えて丸くなる。しばらくそうやって目を閉じていた。中から神崎さんが出したやつが溢れてきたけど、どうでも良かった。
「……ふー……山下? 寝てんのか」
「寝てないです……」
シャワーを浴びた神崎さんが声をかけてくるので、仕方なく目を開けた。
「おい、すげー垂れてんぞ」
「神崎さんのですよ」
「んなことは分かってるよ……ほらこっち来い。シャワー行くぞ」
「は……っい、う……」
まだ体を震わせるおれを、神崎さんがじっと見下ろしている。やばい。早くしないと、また始まってしまう。なんとか足に力を入れ、逃げるようにベッドから下りる。
「……手伝ってやろうか?」
「絶対来ないでください」
「馬鹿お前……そう言われると余計行きたくなるだろ」
「えぇ……だって今日は……話があるんじゃないんですか」
「はぁー……分かってんなら早く行ってこい」
「はい」
神崎さんが手を払うように動かして急かす中、おれはよろよろとシャワールームへ向かった。
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