234 / 236
《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『今の私に出来る事を』 2/4
しおりを挟む今年の文化祭、二年C組の出し物はお化け屋敷だった。放課後バイトで準備にあまり参加出来なかったがために当日のお化け役に抜擢されたひづりは、朝から元気に綾里高文化祭へやって来た姉と父、それからその少し後に来た凍原坂一家に、その狂暴な狼男の着ぐるみ姿を晒す羽目になっていた。
「グアォーッ!!」
「きゃああああーッ!?」
ただ、さすがに昼前にもなるとひづりももうやけっぱちになり、恐ろしい叫び声を張り上げて客を驚かす一人のお化け屋敷スタッフとして全力で振る舞うに至っていた。
「やっぱり官舎さんのところが一番良い悲鳴上がるね」
また一組の客が逃げる様に走り去ると、ひづりにお化け役を言い渡したクラス委員長の有坂が暗幕の隙間からひょいと顔を出して、にひひ、と笑った。
「吠えるのも段々楽しくなって来たよ。来年は有坂さんがやるといいんじゃないかな」
「なぁに、狼男不満なの? いいじゃない! お姉さんとかお父さんとか、あのちっちゃい子達とか? 来てたみんな可愛いって喜んでくれてたんだし! それに私じゃ官舎さんみたいな迫力出せないよ。あ、次のお客さんもう来るよ! 準備して準備して!」
「はいはい……」
時計は確認出来ないがもうそろそろ十二時のはずだった。お化け役はお昼を境に全員交代なので、この辱めもあと数分ばかりの我慢だった。ひづりはまたいそいそと段ボールで出来た茂みの中に隠れた。暗幕の上の方にぶら下がっているこちらも段ボール製の満月の上に、画用紙で作った雲がカーテンレールに沿って被さっていく。
今のところまだロミア達は二年C組のお化け屋敷に来ていなかった。三人は午前中に各教室の出し物を回るとの事だったが、どこをどういった順で回るのか、といった細かいスケジュールまでは教えて貰っていなかったので、ひづりは「ある程度ふっ切れたとは言え、出来れば三人には昼休憩までこっちには来て欲しくないな……」とそんな事を思っていた。
「きゃあー!」
すると入口近くの方で悲鳴が上がった。ひづりは体が強張るのを感じた。恐らくロミアとアサカの悲鳴だった。思う様にいかないものである。
三人のものと思しき足音が近づいて来た。段ボールで出来た草むらの中にうずくまったままひづりは狼男の被り物をもぞもぞと動かし、視界確保用に開けられた穴から様子を窺う。やはりロミアとアサカと天井花イナリの三人だった。
己の中の羞恥心と折り合いをつけると、ひづりは他の客にしているのと同じように、三人が半分ほど進んだ辺りで低い低い唸り声をあげた。
「……ぅううううぅ……」
「ひっ!?」
ロミア達の足がぴたりと止まる。と同時に、辺りに不穏な音楽が流れ始めた。ここの音声担当は有坂である。
やがてロミア達から見て左手にある雲が動き始め、蓄光塗料で加工された満月がゆっくりとその姿を現した。
そうして彼女達が左手の満月に気を取られたタイミングで、通路の右手の茂みから──。
「グワァーッ!!」
「きゃあーっ!? ……」
狼男に扮したひづりが飛び出し、他の客同様まんまと悲鳴を上げさせる事に成功した……のだが、しかし驚きこそしたものの恐らく声でこの狼男の着ぐるみの中に入ってる人物が誰なのかすぐに分かったらしく、ロミアとアサカは「あっ」という顔になり、天井花イナリも微笑ましいものを見るような眼をこちらに向けていた。……くぅ、とひづりは着ぐるみの中でまた顔が熱くなるのを感じた。
「わあー!」
空気を読んでだろう、ロミアがちょっとわざとらしい声をあげながらアサカと天井花イナリを連れて次のお化けエリアへと走って行った。
「官舎さんお疲れさま。午前のお客さんはラミラミさん達で最後だってさ。上がって上がって」
スマホを片手に有坂が顔を覗かせた。
「了解」
暗幕の向こうに隠れ、ひづりはしばらくぶりに狼男から人間に戻った。
時計を見るとあと五分で十二時だった。二年C組のお化け屋敷を出たらきっとすぐ《ラミラミフォーチュン》の生放送もお昼休憩で一旦終了になるだろう。その後ひづりはハナとお弁当を持ってロミア達と合流し、皆で昼食をとる。そういう予定だった。
「きゃー!」
別のお化けに驚かされているのだろう、またロミアとアサカの悲鳴が聞こえて来た。暗幕は教室中を迷路のように重なって配置されているため、当然ここから彼女たちの姿は見えない。
「…………」
我が侭になるための時間が必要だ、と《フラウ》は昨日言ったが、しかし今のところその我が侭というのが具体的にどういう行動を指すのか、また果たしてそれが自分達にとって本当にいい結果になるのかどうか、未だひづりには何も分からなかった。
けれど。昨晩の内に一つだけ心に決めていた事はあった。「今日と明日は、文化祭実行委員を頑張っているアサカを幼馴染として何が何でも支えよう」というものである。らしくない事をしてアサカを困らせる、なんて失態を演じるのだけは何としても避けたかった。
急いで身だしなみを整えるとひづりは同じくお化け役をやらされていたハナと合流し、五人分の弁当箱を持って教室を出た。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
【完結】出戻り妃は紅を刷く
瀬里
キャラ文芸
一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。
しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。
そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。
これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。
全十一話の短編です。
表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。
一人じゃないぼく達
あおい夜
キャラ文芸
ぼくの父親は黒い羽根が生えている烏天狗だ。
ぼくの父親は寂しがりやでとっても優しくてとっても美人な可愛い人?妖怪?神様?だ。
大きな山とその周辺がぼくの父親の縄張りで神様として崇められている。
父親の近くには誰も居ない。
参拝に来る人は居るが、他のモノは誰も居ない。
父親には家族の様に親しい者達も居たがある事があって、みんなを拒絶している。
ある事があって寂しがりやな父親は一人になった。
ぼくは人だったけどある事のせいで人では無くなってしまった。
ある事のせいでぼくの肉体年齢は十歳で止まってしまった。
ぼくを見る人達の目は気味の悪い化け物を見ている様にぼくを見る。
ぼくは人に拒絶されて一人ボッチだった。
ぼくがいつも通り一人で居るとその日、少し遠くの方まで散歩していた父親がぼくを見つけた。
その日、寂しがりやな父親が一人ボッチのぼくを拐っていってくれた。
ぼくはもう一人じゃない。
寂しがりやな父親にもぼくが居る。
ぼくは一人ボッチのぼくを家族にしてくれて温もりをくれた父親に恩返しする為、父親の家族みたいな者達と父親の仲を戻してあげようと思うんだ。
アヤカシ達の力や解釈はオリジナルですのでご了承下さい。
男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話
ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに…
結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?
さらばブラック企業、よろしくあやかし企業
星野真弓
キャラ文芸
大手ブラック企業に勤めて三年が経った深川桂里奈はある日、一ヶ月の連続出勤による過労で倒れてしまう。
それによって入院することになった桂里奈だったが、そんな彼女の元へやって来た上司は入院している間も仕事をしろと言い始める。当然のごとくそれを拒否した彼女に上司は罵詈雑言を浴びせ、終いには一方的に解雇を言い渡して去って行った。
しかし、不幸中の幸いか遊ぶ時間も無かった事で貯金は有り余っていたため、かなり余裕があった彼女はのんびりと再就職先を探すことに決めていると、あやかし企業の社長を名乗る大男が訪れ勧誘を受ける。
数週間後、あやかし企業で働き始めた彼女は、あまりのホワイトぶりに感動することになる。
その頃、桂里奈が居なくなったことで彼女の所属していた部署の人たちは一斉に退職し始めていて――
※あやかしには作者が設定を追加、または変更している場合があります。
※タイトルを少し変更しました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結保証】ダックダイニング店舗円滑化推進部 ~料理は厨房だけでするものじゃない!~
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
キャラ文芸
定食屋の娘であるが、手首を包丁で切ってしまったことがトラウマとなり料理ができなくなったことで、
夢だった実家を継ぐことを諦めた木原希美。
彼女はそれでも飲食業に関わることを諦められず、
飲食店経営会社の事務職として勤めていた。
そんなある日、希美が配属されることとなったのは新しく立ち上げられた『店舗円滑化推進部』。
その建前は、店舗と本部の交流を円滑にしたり、本部の部署同士の交流を活性化したりするという、実に立派な物だった。
くわえて会社では初の試みとなる本部直営店舗のオープンも、主担当として任されることになっていた。
飲食店を盛り上げたい、ごはん・料理大好きな希美はこれを大いに喜んでいた。
……しかし配属されてみたら、そこは社内のお荷物ばかりが集められたお飾り部署だった!
部長や課長は、仕事に対してまったく前向きではない。
年の近い先輩である鴨志田も、容姿端麗なイケメンで女子社員からの人気こそ集めていたが……
彼はとにかくやる気がなかった。
仕事はできるが、サボり魔だったのだ。
だが、劣悪な環境でも希美はあきらめない。
店舗のため、その先にいるお客様のため、奮闘する。
そんな希美の姿に影響を受け、また気に入ったことで、
次第に鴨志田が力を貸してくれるようになって――――?
やがて希美の料理への熱い思いは、
お店に携わるさまざまな人間の思いを引き出し、動かしていく。
その過程で二人の仲も徐々に深まっていくのであった。
料理は厨房だけでするものじゃない。
お店で料理が提供されるまでの過程を描いたドラマ。関西弁も随所で発揮?
異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!
ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!?
夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。
しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。
うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。
次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。
そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。
遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。
別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。
Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって!
すごいよね。
―――――――――
以前公開していた小説のセルフリメイクです。
アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。
基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開を少し変えているので御注意を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる