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《第4期》 ‐鏡面の花、水面の月、どうか、どうか、いつまでも。‐
『地獄の長距離走』 2/6
しおりを挟むあれから一週間が経とうとしていた。
正確に言うと今日が五日目である。《ボティス王》に『ひづりとアサカの仲をとりもて。出来なきゃ死ね』と言われてから、五日。
あたしの成果はゼロだった。
こんなはずじゃなかった。いや、文化祭とのタイアップの方は綾里高校が元々演劇系に力を入れているのもあって今のところかなり順調なのだ。問題は《ボティス王》に押し付けられた面倒事の方。
アサカと官舎ひづりは幼馴染だし、傍から見る限りかなり仲良さそうだし、そんな女子高生二人を恋仲にするくらい……そうだろ、大人気占い師をやってきたあたしだぜ、頑張れば出来るって思うじゃないか。
出来なかった。こいつら全然くっつく気配が無い。
アサカは良いんだ。かなり官舎ひづりに対して好意を露骨に出してるし、これだけで立派なものだと思う。
問題は官舎ひづり。こいつ。これだけアサカから好意を日常的に向けられてるのにも関わらず、のらりくらり避けていやがる。自分もアサカのこと好きなくせして。
だから一昨日、つい痺れを切らして直接訊いた。
『──アサカさん、よくひづりさんのお話をされてます。ひづりさんと結婚したいって、何度も。ひづりさんはアサカさんの事、どう思ってらっしゃるんですか~?』
直球だったが、他でもない私の命が懸かっている。手段は選んでいられなかった。
だが。
『そりゃあ好きですけど……でもアサカが私の事そんな風に言ってくれるのは、たぶん……子供の頃にちょっと色々あって、その事で私にずっと……何ていうか……恩みたいなものを感じてるからなんじゃないかと思うんです──』
とか返しやがった。しかもその「色々あって」の部分も何かはぐらかされたし。
どう考えても味醂座アサカの好きは恋愛の好きだ。直接話をするようになってまだ数日だが、監視してた時に店で初めてその態度を見た時に確信していた。官舎ひづりを見るあの子の眼は間違いなく恋する女の眼だ。官舎ひづり、こいつはなんでそれが分からんのだ? アホなのか? 《ボティス王》がこいつらをくっつけろと言ってきた理由がちょっと分かったようだった。
で、そうこうしていたら、昨日だ。どうしたものか店の裏で悩んでいたところ、いきなり《ボティス王》が話しかけて来た。驚いて悲鳴をあげたら「やかましい」と頬を引っ叩かれた。
『明日、ひづりとアサカが犬を連れなった散歩に行く。お主もそこに参加出来るよう話をつけた。絶好の機会であろう。うまくやれ』
頬を抑えてうずくまる私に《ボティス王》は冷たい眼でそう言った。
──そして、今日。
「ふぅ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
散歩と聞いていたのに、これだ。
何キロ走るんだよ。散歩の意味知ってますかあなた達。フィジカル馬鹿野郎共がよ。
『豚肉。せっかく《我らの王》が場を設けてくださったというのに、こんな後ろをたらたら歩いていて一体どうするんだ。さっさと二人に追いついて話をしろ。役に立て。死ね』
《ジュール》が応援してくれている。もう応援だと思う事にした。
「ラミラミさん、大丈夫ですか? やっぱり少しペースを落とした方が……」
へろへろのあたしを見兼ねたらしい、前を走っていたアサカが速度を緩めてあたしの右隣に並び、声を掛けてくれた。アサカまじ優しい。ほんといい子。
「必要ない。ラミラミは事前に、絶対に痩せたいからどれだけキツくても甘やかさないでくれ、と言っておったからな」
《ボティス王》が要らんことを言う。この野郎、あたしにアサカと官舎ひづりをくっつけさせたいんじゃないのかよう……! あたしが使える《身体強化》は瞬間的な筋力強化でしかないのでこうした長距離走には向いていない。そんなこと《ボティス王》なら当然知っているはず。加えてあたしが今日この地獄の長距離走に参加する理由として、あたしが自分からダイエットのために走りたいと言い出した、とか勝手な話を作ったのも《ボティス王》だったらしいし、《ジュール》と言い《ボティス国》の《悪魔》は全員死ぬほど性格が悪いらしい。
「大丈夫ですよラミラミさん、あとちょっとで折り返し地点です。そこで一旦休憩なので、頑張りましょう!」
生まれつき体を動かすのが好きな性分なのだろう、あたしの左隣に来た官舎ひづりがやけに元気そうな顔で言った。大丈夫じゃねぇんだよあたしがこんなに大変なのは主にお前のせいなんだよクソガキ……。
あれから改めて思ったが、あたしはどうやらこの官舎ひづりのようなタイプの人間が心底嫌いみたいだ。親が金持ちで、可愛い幼馴染が居て、健康で、良い学校にも通わせてもらえて、そのうえ何の努力もしてないくせに《悪魔の王様》から大量の《魔力》を貰って好きなだけ《魔術》の研鑽が出来ると来た。世の中の《魔術師》や《魔女》がその潤沢な《魔力》というものをどれだけ渇望しているか、こいつは本当に分かっているんだろうか? 性格にしても、過去に悪いことしたからって親族を平気で警察に突き出すような最悪の薄情者だし、この間なんか何かあったらあたしのこと殺すとも言いやがった。人の命をなんだと思ってるんだ。これだから金持ちのガキは。こんな奴の恋愛のおもりをしなきゃならないなんて、本当に人生最大最悪の冗談だ。
しかし今のところあたしがこうして生を実感するくらい走る事が出来ているのは他でもないこの官舎ひづりと姉の吉備ちよこのおかげなのである。《ボティス王》があたしをいじめて来る今、せっかく味方になってくれているこいつら姉妹の機嫌は損ねられない。それに以前ヤマイとかいうババアが逃がしたハムスターをメルと一緒に捜し出して店に届けたあの一件が──当時は、黙っていられなかったとは言え首を突っ込みすぎたんじゃないか、スパイしてるのがバレるんじゃないか、《アウナス》や《ボティス王》に殺されるんじゃないか、とひやひやしたが──どうも何の偶然か官舎ひづりの中であたしの印象をかなり良いものにしていたらしいし、この状況は上手く利用し続けていきたい。
だから。
「ぜぇっ! はぁっ! はいっ、がんばりまうっ! はぁっ!」
頑張れ、頑張れあたし……ッ!!
……でも、体力馬鹿なこいつらの言う「あとちょっと」ってどれくらいなんだろう。体育会系の言う「あとちょっと」って大体信用出来ないパターンの方が多いんだけど。そういえば公園で折り返しとか言ってたけど、なんか今そこの看板に『神代植物公園 二キロメートル先』とか書いてあったのは、これは目的地とは別の公園なんだよね……?
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