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《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐
『業と愛の陰火』 5/5
しおりを挟む──ガガガガガガガガガッ!!
《結界》のように密集した形で発動した大量の《防衛魔方陣術式》は《弓弩兵》と《不可視弓兵》たちの放つ矢をただの一本も《檻》の中へ到達させる事なく弾き飛ばし始めた。描かれた《盾》は全てこれまでひづりが扱って来た一枚ずつのものと全く同じ効果を発揮して見せていた。
防げている。意識はまだ少し混濁していたがその結果だけ分かれば良かった。
ひづりは声を上げた。
「天井花さん!! 防御は私が代わります!! 凍原坂さんの《治癒》を!!」
「っ!!」
天井花イナリは突然全方位を覆ったこの《防衛魔方陣術式》に言葉を失っていたがすぐに反応して凍原坂に視線を戻した。防御のために持ち上げられていた白髪がはらりと地面に垂れ下がり、《剣》は消え、左手で作っていた《治癒魔術の魔方陣》は正常な形を取り戻して凄まじい光を放った。瞬く間に凍原坂の傷が塞がり、骨も繋がっていくのが見えた。
「《火車》、人工呼吸をせよ!! わしが心臓マッサージをやる!!」
天井花イナリはすかさず凍原坂の体を仰向けにし、《火車》と共に心肺蘇生を開始した。
「おい!! 何だ!? 何なんだあれは!?」
無数の《防衛魔方陣術式》が降りしきる矢を弾き返し続けて数秒後、《弓弩兵》たちの矢が不統一に止み、それから《指揮》の困惑気味の怒声が響いた。
「何が起こった!? 見ていた奴は!?」
「わ、わかりません!! 急にあの《盾》が一斉に……!!」
《指揮》は護衛の《槍盾兵》の胸倉を掴んで怒鳴り散らしたがしかし誰もその問いに答えられる者は居ないようだった。
ひづりは両腕を固定したままもう一度天を見上げた。《魔力》の循環を得て煌めく《魔術血管》と、その先で咲いた幾つもの《防衛魔方陣術式》。改めてとても綺麗だと思った。《魔術血管》は本来こうあるのが正しい姿であるようにさえ感じられ、今まで体の中に閉じ込めていた事を酷く申し訳なく思った。出血による体温の低下を感じる反面、言い表し様の無い暖かな感情が胸の中に満ちていた。
今まで一度だってこんな事が出来るなんて思った事はなかった。想像も出来なかった。しかし成した今、こんなに簡単な話だったのか、とひづりは驚いていた。
腕の《魔術血管》を通した《魔力》を掌の真ん中辺りで表出させ、それをインクとして《魔方陣》を描き、術を発動する。それが《魔術》の原則であった。しかし掌の真ん中を目印として《魔方陣》を描くというのは結局腕の中を枝分かれして巡っている何百という《魔術血管》のほんの一本をペンの様にして使っていたに過ぎなかった。であれば、《魔術血管》を自身の体の外へ大きく伸ばし、その《血管》の先端全てを掌に見立てて《魔術》を発動すれば、枝分かれした《血管》の数だけ、ただ一度の《魔術》行使で同時に複数の《魔方陣》を描画出来る。
これが母が使っていたという同時発動の《防衛魔方陣術式》。《レメゲトン》のどの書物にも書かれていなかったし、天井花イナリもそうした技術を持つ人間をごく稀に見る事はあってもその方法自体はさっぱり分からないと言っていたため、その人生のほとんどを《魔術》に懸けた母の様な人だからこそ出来た芸当なのだろう、と思っていたが、意外と手の届く範囲にあった技術だったらしい。何一つ難しい工程など必要無かったのだ。
兎にも角にもこちらの防御手段は復活し、凍原坂の《治癒》は成功した。後は心肺蘇生が間に合うかどうかだけだった。
「何故だ、官舎ひづりがあんな数の《盾》を扱えるなんて聞いていないぞ!! ……まさかあの《魔女》が裏切ったのか……? ……クソッ!! そんな訳があるか!! あんなものは見せ掛けだ!! この間まで《魔術》も知らなかった小娘にあんな大規模の《魔術》が扱えるものか!! 《弓弩兵》、《不可視弓兵》!! 死ぬ気で撃て!! 奴らに凍原坂を蘇生させるな!!」
号令のもと《弓弩兵》たちの攻撃が再開された。だが先ほどと何ら変わらずその矢たちは悉く《檻》を囲むひづりの《防衛魔方陣術式》に阻まれ、折れ、周囲の靄の中へと落ちて消えた。
……ふーっ! ……ふーっ!
天井花イナリと《火車》による二人掛りの心肺蘇生。一人で行うよりずっと効率は良いはずだったが、それでももうきっと一般的に蘇生が可能とされている時間は過ぎてしまっている。
ひづりは祈った。信心深くない身では何に祈れば良いのか分からなかったしそもそも敵対しているのが《天使》なのだから《神様》の類に祈るのもどうなのだろうと思ったが、それでも少なくとも《宇迦之御魂神》と《蚕影の神様》だけはきっと味方してくれると思い、ひづりはその二柱の《神様》に必死で祈った。
「《神性施条弩砲》を使え!!」
《指揮》の怒号に護衛の《主天使》たちがざわついた。
「し、しかしあれでは《檻》も一緒に壊れてしまいます!! もし《ボティス王》を逃がしてしまったら──」
隣の《槍盾兵》の槍を乱暴に奪うと《指揮》はそれを口答えした護衛の《天使》の首に突き刺した。周囲で悲鳴が上がった。
「《フラウロス王》が復活したら俺達全員皆殺しだろうが!! 死にたくなけりゃ今すぐ奴らを止めろこのクソ無能共ッ!!」
「……ッ!!」
《指揮》の左右に控えていた《弩砲兵》たちは一度に顔を青くして《神性施条弩砲》にしがみ付き、発射用の《魔術》だろうか、小さな《魔方陣》を手元に描いた。
そして大型トラックほどの質量を思わせる巨大な《神性施条弩砲》の矢が合図も無く二本、ずれたのかずらしたのか、別々のタイミングで発射された。
だが。
バギンッ!!
そのどちらも《弓弩兵》たちの矢と同様ひづりの《防衛魔方陣術式》に弾かれ轟音と共に宙を舞った。
「馬鹿な……《上級天使》が用いる槍と同じ材質の矢だぞ。なぜ貫けない。なぜ負ける? あんな小娘の《盾》如きに……?」
矢の一本は包囲陣のはるか後ろに飛んで行ったが、もう一本は《指揮》の左手、《神性施条弩砲》の横に居た《弓弩兵》と《槍盾兵》を数人押し潰して血飛沫を上げながら跳ね、転がった。
……凍原坂さま!!
「がふっ、ぶは……ぅぐぶっ」
その時背後で声が上がり、ひづりは思わず振り返った。
「凍原坂さん……!!」
彼は固まりかけた血反吐を口や鼻から吐き出しながら何度もむせていた。《火車》は横たわる彼の頭を支え、天井花イナリは疲れ果てた表情で傍らに座り込んでいた。
間に合った。間に合ったんだ……!!
「良かった……良かった……!」
ひづりは耐え切れずぽろぽろと涙を零してしまった。
「ぜぇ、ぜぇ……。ひづ……天井花、さ……」
うわごとの様に呟きつつ目をきょろきょろと動かして周囲を確認した後、凍原坂は《火車》の顔を見上げ、それからもう一度横を向いて強く咳き込んだ。
「げほ、ごほっ……ごめん、よ、《火車》……。ありがとう、僕を、信じてくれて……」
凍原坂はふらふらと手を伸ばし、嗚咽を漏らすばかりの《火車》の頬にそっと触れた。《火車》は彼の手を愛おしそうに握り返した。俄に凍原坂の右肩から凄まじい熱量を感じ、ひづりはハッと瞬きをした。
《火車》から視線を外し、凍原坂は《檻》を覆う《防衛魔方陣術式》の向こう、彼方の青空を見つめるようにした。
そして言った。
「僕達の敵を……燃やし尽くしておくれ…………《フラウロス》」
肺を焼いてしまいそうな熱風が《神のてのひら》の上を吹き抜けた。《神性施条弩砲》を中心に発生した天を突くような《巨大な紫苑色の炎の柱》は近くに居た《主天使》たちをまるごと一瞬で火達磨にして靄の中に沈めた。
低く重い獣の声が轟いていた。耳を覆ってもまるで意味を成さないその蛮声は空気を割り、臓腑を殴りつけ、絶望の表情を浮かべる《主天使》たちの体を硬直させていた。
だが、不思議とその声から怒りや憎しみのようなものは感じられなかった。それどころかどこか心地良い清涼ささえあった。
例えるなら、そう、《勇者》の凱旋を祝福する歓声の様な、そんな胸のすく力強い咆哮だった。
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