和菓子屋たぬきつね

ゆきかさね

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《第3期》 ‐勇者に捧げる咆哮‐

   『美化委員と図書委員』   5/6

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「何……何て言った……?」
 聞き間違いではと思いひづりが訊ねると夜不寝リコは鼻をすすりながら体を起こして相変わらずの声量で怒鳴った。
「うるさいうるさい!! すっとぼけやがってこのクソ暴力女!! あんたが百合川くんの事狙ってるのなんて分かってんだよ!!」
 聞き違いではなかったらしい。ひづりはちょっと視線を空に泳がせて、……え? それって、そういうこと……? と事態を現実的に受け止め始めた。
「一緒に図書委員二年もやりやがってさ……! 百合川くんも美化委員に入ったら図書委員なんてやめるだろうって思って誘ったのに、全然やめなくてさ!! どんな風に言い寄りやがったんだこのブス!!」
 夜不寝リコは引き続き言いたい放題だった。その罵詈雑言や勝手に百合川の事が好きだというていで進められているこの状況にははっきりと言い返してやりたいところではあったが、しかしそれとは別に、この夜不寝リコの主張を元にこれまでの事を考えるとなるとひづりとしては別の憤慨を抱かずにはいられなかった。
 だから同じくらいの熱量でキレた。
「あんた、先月いきなり私に話し掛けて来たのって、もしかして凍原坂さんたちの事が心配だったんじゃなくて、転校を前に百合川と私の間柄が気になったからだった、って事なの!? 昨日店で私のせいだとか言ってたのもまさかそういう事!? 一年の時に初めて会った時からやけに無愛想だったのも、図書室じゃ目も合わそうとしないのも、店に突撃して来て《火庫》さんを辞めさせようとしたのも、ウマが合わないとか凍原坂さんの恩人の娘だから気に入らないとかじゃなくて、そもそもそういう理由からだったって事!? 凍原坂さんや《火庫》さんの事が心配で店に押しかけて来たんじゃなかったの!? 信じらんない! 案外家族思いの良い奴じゃん、なんて少しでも思った私が馬鹿だったよ!!」
 すると夜不寝リコは地面を拳で、どん、と叩いた。
「春兄さん達の事が心配なのは本当だよ!! でもそれはそれだろうが!! あんたが最初っから今の今までずっとウチの周りで気に入らない事ばっかやってんのに違いはないだろうが!!」
 ひづりはもう呆れて言葉も出ないほどだった。
「知らねぇよ!! 夜不寝さんの都合なんて私に何の関係があるっていうんだよ!! っていうかいよいよ言わせてもらうけど、はぁー!? 私と百合川がなんだって!? 妄想も大概にしとけよこのクソビッチ!!」
 あんまりよくない事とは思いつつもひづりは思い切り指差して口汚く罵った。
 夜不寝リコはまた絶叫した。
「やああー!! もうそういう無自覚ぶってるとこがほんっとうにむかつく!! 噂になってんだろうがよぉ! 夏休み明けからあんたと百合川くんの雰囲気がなんか変わったってさぁ! 絶対あれは夏休みの間になんか……あったんだろうってさぁ!! みんな言ってんだよぉ!! それで店で働き始めたらもう何か家族ぐるみの付き合いみたいになっててさぁー!!」
「だから! それはラウラの事があったから……!!」
「嘘! 嘘!! 嘘だ!!」
「嘘じゃないってば!! そもそも、知ってんでしょ!? 百合川、線の細い女の子が好き、っていつも言ってるじゃん!! あれってアサカとか姉さんみたいなタイプが好きって事だろ!? いや私は太くないけどさ!」
「好きなタイプと!! 実際に付き合うタイプは!! 違うだろうがよ!!」
 近くにコップを置いたら破裂するんじゃないかという一際強烈な大声で夜不寝リコは吼えた。《認識阻害魔術》が利いているはずだったが周囲の木々で鳥達が一斉に飛び立つ音がした。
「そ……そういうもんなの……?」
 鼓膜が破れそうなくらいのその大声に加えて個人的にかなり疎い種類の話だったのでひづりはつい弱気になってしまった。
「そうだよ!! ……あぁー、もうなんでこんな……!! くそっ、一昨日だって官舎さんお爺さんが亡くなったらしいって聞いてちょっと気を遣って仕事代わってあげたりしたのに……それなのにすぐ立ち直ってさ……! 昨日なんか百合川くんと店で楽しそうに話なんてしてさぁ……!!」
 夜不寝リコは今度はめそめそ泣きながらキレた。
 あぁ……あの時の「楽しそうじゃん」っていうのはそういう事だったの……とひづりは納得してしまった。それから、最初の頃に百合川が改装で店に来た際にメイド服姿を見られるのを酷く嫌がっていたのもたぶんこうした理由からだったのだろう、とも腑に落ちた。
 ひづりは一周回って何だかもう哀れにさえ思えて来た。
「……あのさ。信じたくないんだろうけど、でも私と百合川、本当に一切そういうのじゃないから。マジで。家族と親戚と天井花さんと和鼓さんに誓っても良い。そもそも私、百合川の事そういう眼で見てないし」
 ちょっと離れた位置にしゃがみこんでひづりはなるべくゆっくりとそう説明した。ただ、恋愛自体未だによく分からないし、とまで正直に言ってしまうと何だか負けのような気がしたのでそこは黙っておいた。
 夜不寝リコはまだベソ掻いていたが涙を拭ってひづりの眼を見ると数回瞬きしてからぎゅうと眉根を寄せて首を傾げた。
「…………本当に……?」
 まだまるで疑いの声音ではあったがそれでも全力で叫んですっきりしたのかようやく会話が出来るくらいには落ち着いて来たらしいと見え、ひづりは眼を逸らさずに頷いた。
「本当だよ」
 夜不寝リコは何か考え込む様子を見せた後、訊ねた。
「でも……官舎さんが好きじゃなくても百合川くんが官舎さんの事好きかもしれないじゃん! 二年も一緒の委員会って……そういうことでしょ? 百合川くんに告白されたら、官舎さん付き合うんでしょ……!?」
「付き合わない」
 ひづりは自信を持って即答した。
「っていうか私今そういう事してる余裕無いんだって、夜不寝さんも知ってるでしょ? 第一さ、百合川が一年の頃から私の周りうろうろしてるのなんて、あの《百合》とかいうよく分からん趣味のためで……あいつ、私の周りで女の子が仲良くしてるの見るのが好きなだけなんだ。あいつの目的ってそれだけなんだよ」
「それ、嘘だと思ってたんだけど……」
「何が?」
「百合川くんが女の子同士の恋愛が好きって、やつ……」
 ……確かに、信じたくない気持ちはわからないでもなかった。実際聞かされるまでひづりも百合川にそんな趣味があったなんて想像もしなかった。
「気持ち悪いし残念だけど本当だよ。あいつ、《究極の百合》とかいうのを見るためにラウラと《契約》してたんだ。結果的にラウラの気まぐれで死なずに済んだけど、そうじゃなかったらあいつマジで死んでたんだよ。理解し難いけど、それくらい好きらしい」
 ひづりが言い終わると夜不寝リコは視線を地面に落とした。
「……そう……なんだ……。え……じゃああれも、そういう事……?」
 そして何か納得がいったという風な顔になってぶつぶつ独り言を始めた。先ほどの勢いが急に消えたのは気になったがこれはこれで畳み掛けるタイミングと捉え、ひづりは言葉を続けた。
「私は百合川が誰を恋愛的な眼で見てるのかなんて知らないし、自分から関わる気も無いよ。相談されれば、そりゃ一応恩みたいなものもあるし手伝いくらいはするかもしれないけど。でも……もし夜不寝さんがこれから二週間の間にあいつに……その、告白、とか? するつもりなんだったらさ。同僚のよしみだよ、役に立てるか分からないけど、その時は夜不寝さんに協力するよ」
 いやもう本当に何の役にも立たないかもしれないが、と思いつつひづりはそう提案した。
 夜不寝リコは顔を上げた。それから思い出したように立ち上がってひづりを見下ろし指差した。
「バッ……バカにすんなよ!! そんなの、あんたなんかに手伝って貰わなくても最初から自分でどうにかする気だよ!! 誰があんたの世話になんかなるかバーカ!!」
 そう言ってまた元気になった。もーホントめんどくさいなこいつ……。溜め息を吐きながらひづりも腰を上げた。
「ウチは……ウチはさ! 言いたかったのはそういう話じゃなくて……! あぁもう!!」
 夜不寝リコは自身の頭を乱暴にがしがし掻くと顔を上げ、ひづりの目の前までずんずんと歩いて来た。さっき投げられたせいかその顔には若干怖気の色が見られたが彼女は眼を逸らさなかった。
「ウチは、責任を取れ、って言ってんだよ!! 百合川くんや春兄さんたちを巻き込むなら、あんた、官舎万里子の娘なんだろ、絶対に護れって言ってんの!! 四人のこと何があっても護れよ!! もしみんなに何かあったら絶対許さない……!! どこに居たって、あんたとあんたの家族みんな探し出して、殺してやる!! 出来ないと思うなよ!! やばい感じの妖怪なんてそこら中に居るんだ。そいつらをウチが引っ張ってくれば、あんたらの周りがどうなるかなんて、ウチにだって分からないんだからな!!」
 ひづりの眼を睨みつけたまま彼女はそんな言葉を押し付けた。
 話の順番やら優先度やらがめちゃくちゃではあったが、それでも彼女が抱えていたものの全容はここまででひづりにも大よそ理解出来ていた。
 彼女の見ていた景色では、どうやら官舎ひづりという同級生は本当に目の上のたんこぶだったらしい。好きな人のそばに居て、義兄家族とはいつの間にか親しくなっていて、その上そんな大事な人たちを危険な状況に巻き込んでいる。それでも自分は病の両親のため東京を離れるという決断をした。きっとそれは難しい選択だったはずだ。それが、焦り、勇気を出し、《和菓子屋たぬきつね》に関わった、夜不寝リコにとってのこの一ヶ月だったのだろう。
 であれば、クラスメイトとして、同僚として、官舎ひづりもそれに応えるべきなのだろう。個人的には心の底からめんどくさい奴だとは思うが、それでももう自分達は高校一年生の頃のただよくわからないまま距離を取っていた不仲のクラスメイト同士ではないのだ。恩返しだと言って面倒を見てくれる凍原坂さんや《火庫》さんが居て、不本意だったであろうに《フラウロス王》との共同戦線を受け入れてくれた天井花さんが居て、娘の事が心配でしょうがない一恵さんが居て、ついでに変な趣味の百合川や言動のおかしい渡瀬さんも居る。自分達の周りではもうこんなにも多くの人の想いが連なって温かな熱を放っている。
 ひづりは一つ少しだけ長めに深呼吸をしてから夜不寝リコに今の自分の気持ちを伝えた。
「百合川や凍原坂さん達を私の家の事で巻き込んでるのは本当に悪いと思ってる。夜不寝さんが私のこと頼りないって思ってるのも、分かってる。私自身、天井花さんの《契約者》として届くべきところにまだ全然届いてないって自覚はあるから。でも、私は百合川のこと大事な友達の一人だと思ってるし、凍原坂さん達の事もどうでもいいだなんて思ってない。特に、凍原坂さん達が私や《和菓子屋たぬきつね》のためにこれまでしてくれた事に対して不義理なんてしたくない。《ベリアル》から護ってくれたこと。お店のために働いてくれてること。大学の案内をしてくれたこと。私はこの三ヶ月で本当にたくさん凍原坂さん達に助けられて来た。だから、これからも私は三人のために出来る事をするし、それは変わらない。百合川がまた何かバカな事やり始めたら、それも止める。……夜不寝さんに何か言われなくてもね」
 真摯に穏便に話をつけるつもりだったがしかし夜不寝リコの顔を正面から見ながら喋っていると最後の最後でまた苛立ちが胸の中にふっと湧き上がり、ひづりはつい一言足してしまった。
 夜不寝リコは眉根を寄せたまま口をあんぐりと開けた。
「むかつく~……!! 気に入らない本っ当に気に入らない!! もう、もう!!」
 そう言ってどすんどすんと地団駄を踏んだ。ひづりとしてはまた掴みかかってくるならもう一回くらい、いや何回でも投げ飛ばしてやるつもりでいたが、しかし彼女ももうそれは懲りたらしかった。



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