味噌人藻辞・超短編小説集

安寿と厨子王秘小説

絵本や漫画で日本人なら誰でも知っている『安寿と厨子王』からは、冷酷残虐極まり
ない真実が抹殺されています。
かつて日本には街や村を放浪し、こうした物語を唄い語る、シンガーソングライター
兼コールガールの一群の女性がいました。その放浪芸を『説経節』と言います。
　
　姉の安寿が輪姦されることで時間稼ぎをし、厨子王は山椒大夫から逃れ出ます。
　厨子王は天皇陛下のお褒めをいただき大領主に出世します。
　先ず始めたのが復讐です。
　山椒大夫をひっ捕らえます。
　村人に数え切れない青竹のノコギリを作らせます。
　山椒大夫を首だけ地面から覗く、穴埋めにします。
　やはり捕らえた太夫の息子の手には、ノコギリが。
　息子に父親の首をノコギリで引き転がせるのです。
　黙って竹のノコギリを引かせる訳ではありません。
　『ひとつ引いては千僧供養、ふたつ引いては万僧供養・・・』
　ありがたい呪文を唱えさせながら息子に父親の首を青竹のノコギリで引かせます。
　竹のノコギリですからね。皮や肉は切れても、骨まで切るのは骨折れ仕事。
　何本？何十本？数え切れないノコギリを取り換えたのでしょうか。
　周りを囲む村人も呪文を唱えます。『ひとつ引いては千僧供養、ふたつ引いては
万僧供養。エイサラエイ、エイサラエイ・・・・』
　山椒大夫の首が転がるまでの苦痛の激しさ、その長さは如何ばかりでしょうや。
　しかも、竹のノコギリを引いのは我が息子。その悲痛は如何ばかりでしょうや。
　復讐は終わりません。
　父親の首を引き転がしたばかりの息子も穴埋めにするのです。
　『ひとつ引いては千僧供養、ふたつ引いては万僧供養。エイサラエイ・・・・』
　通りがかりの人に呪文を唱えさせながら、竹のノコギリで首を引かせます。
　首が転がり落ちたのは七日七夜も後のこと。

　この冷酷残虐極まりない後半を抹殺した犯人は森鴎外。
　説経節『さんせう太夫』を聞いた鴎外は深い感銘を受けました。
　小説『山椒太夫』を書きます。悲しくも美しい物語にして。
　少年・少女が手にする絵本や漫画は全て鴎外が改ざんした物語に基づいています。


　　　　　あな恐ろ　子ども大好き　厨子王は

　　　　　　　　　　　　　　　　　斬首大好き　竹ノコギリの

　　　　　あな恐ろ　子どもが怖い　山椒は

　　　　　　　　　　　　　　　　　穴埋めされて　首をギコギコよ

　　　　　あな恐ろ　弟逃がす　安寿姫

　　　　　　　　　　　　　　　　　穴の地獄で　輪姦死だよ


　この『さんせう太夫』だけでなく、多くの残虐ホーラーが創られました。
　その主要なものは新潮日本古典集成『説経集』に収められています。
　ホラー小説をお書きの方、お読みの方は、日本ホラー文学の金字塔とも言える、
説経節を味わってみてはいかがでしょう？
　他にも説経節に材を取った、歌人にして大民俗学者、折口信夫博士渾身の小説、
『見毒丸（しんとくまる）』もいかがですか？