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異世界生活の始まり

26 自覚

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朝食の後、ユーリアさんにお願いして2の鐘の時間にオーブンを借りることができた。

それまでに、さっき準備しておいたパン種をカット、成形(丸めるだけ)して2次発酵。あー、やっとここまできた!

これを、オーブンに入れて焼き上げる。
いい匂いにつられたのか、ユーリアさんが覗きにきた。

「アンナさん、これはパン?少し普通のと違うようだけれど…?」

ユーリアさんの言う『普通』とは、この世界の硬いパンのことだ。ここでは発酵させるという概念がほとんどないようで、平べったく焼いたものが主流だった。もっと薄く焼いて食べやすくしたものもあるようだが、パンと言うよりはトルティーヤみたいな感じ。

この世界のパンの作り方を聞いたら、エールを混ぜ込んでいるようなので多少は発酵作用はあるのだろうが、私の作ったふわふわパンには到底及ばないようだ。

「食べてみますか?オーブンを借りたお礼に、ユーリアさんたちにはあげようと思っていたの。」
「本当?嬉しい、両親も喜ぶわ!でも、これ、あの彼にあげるんでしょう?いいの?」
「え、あ、だ、大丈夫です…、まだたくさんあるので…」

ユーリアさんは全く悪気なくニコニコしながらこっちを見ている。私が1人で赤くなってる、それを楽しんでいるようだ。

「私たち、これから食事なのよ、一緒にどう?直接感想も言えるし。アンナさんには、何か飲み物でも用意するわね」


◇◇◇

結果を言えば、私のパンはとても好評だった。
「あらぁ、アンナちゃん、あなたお店出せるんじゃないの?こんなに柔らかくて美味しいものは食べたことないわ。」
ユーリアさんのお母さん…宿のおかみさんのヘレンさんが、一口食べた後に感心した様子で呟く。

「本当だな、こりゃあ王都の名店にも負けねぇな!!」
調子のいいことを言うのは、そのご主人…、ユーリアさんのお父さんのジョーンさん。

「店出してこの宿に卸してもらいたいぐらいだな、もっとうちが大きければアンナちゃん1人ぐらい雇ってやりたいぐらいなんだがなぁ…」

残念そうに頭をかく。

家族3人で切り盛りできる程度の大きさの宿なので、人を雇う余裕まではなくてごめんな、と言われてしまった。

「いえ、そんなつもりはないんです、…ってこともないんですけど。仕事はしたいと思っていたので。でも、どこか別のところを見つけるので、そのお気持ちだけありがたく受け取っておきますね」

ユーリアさんの家族はとても和やかな人柄で、ここで万一働けたらそれはそれは楽しかったと思うが、働き口がそう簡単に決まることはないと思っていたので問題ない。むしろ、気遣ってくれたことがありがたい。

「そう言えば、ロイおじさんのところで誰か雇いたいって言ってなかったっけ?アンナさんも知ってる人だし良いんじゃないかな?」

ユーリアさんが思い出したように呟く。
ロイ…?誰だ?

「ロイおじさんは、『森の狐』のマスターよ。通りの奥の。ほら、部屋を貸してくれるって話をしていた…」

あのお店は『森の狐』っていう名前だったのか。…っていうか、求人って言いました?あのカフェで働けるですって??

「ユーリアさん…!そのお話、詳しく聞かせてください!」



…とは言ったものの、ユーリアさんも私の部屋の話をしたときに、ロイさんがユーリアさんにちょっと聞かせただけの話らしく、詳細は聞いてみないとわからないとのこと。お部屋を借りる話をするときに、求人のことも聞けるように伝えてもらうことになった。

「アンナちゃんならロイおじさんに気に入られてそうだったから、逆に喜ばれそうだけどね!じゃあ、私たちは仕事に戻るわね、格好いい恋人さんによろしくね?」


だから違うんだってば!って否定する私の言葉は聞き入れられずに3人は仕事に戻っていった。



◇◇◇

部屋で明日ユキに渡す分のお弁当を作る。
ルル鳥のお肉に、甘蜜と塩をすり込んでおいたものを茹でる。
塩によって、肉のタンパク質がゲル化して柔らかくなるんだっけな。確か、ミオシンだっけ。甘蜜は、肉の保水性を高める効果。

2,3分たったところで火を止めて蓋をして置いておく。火は余熱で通した方が柔らかくなるっていうけど、これはアクチンっていうタンパク質が66℃くらいで変性をはじめるから。高い温度だと変性しすぎて硬くなり、しかも収縮により肉汁も失ってしまう。

ホント、料理って実験してるみたい。


そんな私のウンチクと茹で鶏ちゃんは冷めるまで置いといて。
んー、あとは、簡単にスープでいいかな。あとでこの茹で汁で作ろう。


あと、やりたいことはもう1つ。
私はおもむろにフライパンを取り出す。

コーヒーの生豆。
水で濁りがなくなるまで洗い、水気は、分離精製のスキルで表面の水気を分離させてとる。フライパンに移す。強火で炒る。中の水気が飛んだ感じのところで、中火にする。

『2ハゼの音を聞いたあとは、弱火にして好きな焙煎具合で止めるんだよ。色々試して、自分の好きな味を作ってみるといい』
過去のバイト先のマスターが教えてくれた言葉を思い出す。

私は酸味より苦味の方が好きだったから、ちょっと焙煎も深めにしていた。

火を止めて、うちわ…がないから風魔法で冷ます。…私の風刃かまいたちの失敗作がこんなところで生きるとは…。

冷めた豆を、ミルで挽いて粉にして、コーヒーを入れてみる。

ペーパードリップなんてないから、布袋に粉を入れてティーバッグみたいにして入れてみる。

ああ、どこかにドリップできる道具無いのかしら…、もしくは、誰か作れる人、いないかなぁ…。



そんなことを考えながら、一口コーヒーを飲む。
この世界で初めて飲んだコーヒーは、ちょっと焙煎にムラがあったにも関わらず、とても美味しかった。1人でやりきった達成感もあった。


パンにしても、コーヒーにしても。
ユキに飲ませてあげたいな、とか、ユキに食べさせてあげたいな、とか。


…もう、ここでも私の生活、今のところほとんどユキ中心になっちゃってるんだなぁって、コーヒー飲みながら改めて自覚してしまった。

それが、恋なのか、仲間意識から来るただの思慕なのかはまだわからないのが正直なところだけれど。

…こんな感情にまで、はっきりと意味を持たせたくなるのは、私の悪い癖なのかもしれない。
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