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「なんか俺、あいつ……ええっと、飯田さんだっけ? に、すげぇエネルギー吸い取られた気分」
「逆だよ。京香ちゃんはね、いつも元気をくれるんだよ」
 そう言ってみたものの、自転車をこぐ藤堂君の横顔はいつもよりさらにだるげだ。

「飯田さん、実は妖なんじゃねーの?」
 藤堂君は大きなため息をついた。
 あんな元気いっぱいの明るい妖がいるならぜひお友達になりたいぐらいなのに、どうして藤堂君はこんなに迷惑そうなんだろうか。

「やってみればいいと思うけど、書道パフォーマンス。楽しそうだし、それにあのヤンデレな紙舞ちゃんの相手をしてくれている筆化け様にねぎらいの言葉をかけに行かないといけないから、藤堂君が書道部の練習に顔を出してくれるとちょうどいいんだけどな」

 掃除用具の点検だけではしょっちゅう訪れる理由として無理がある。
 
「ヤンデレって?」
「知らないの? 『病んでいる』と『デレデレ』を合わせた言葉だよ。愛が重くて暴走しちゃう人のこと」

 説明すると藤堂君は、あーなるほどと言いながらうなずいている。
 紙舞のあの雰囲気から彼もヤンデレ臭を感じ取っていたのかもしれない。

「じゃあ、浮島さんが書道部入ればいいんじゃね?」
「はあっ!? スカウトされたのは藤堂君じゃん」
 京香ちゃんは、存在感のある人を求めている。
 わたしではまったくの役立たずだ。

 目立つことは得意ではない。
 藤堂君のようになにを言われても仏頂面のまま平気でいられるような鋼メンタルは持ち合わせていない。
 それなのに最近は、わたしと藤堂君が付き合っていると勘違いされて悪目立ちしてしまっているのだ。
 
 わざと聞こえるように、
「あの子が藤堂君の彼女? 普通じゃん」
って言われているのだから、これ以上目立つことなんてしたくはない。

「ほんと勘弁して。めんどくせえ」
「でも藤堂君、青春したいんでしょ。そう言ってたじゃん。書道パーフォーマンスいいと思うよ。女の子とのデートだけが青春じゃないよ?」

 藤堂君はなにも答えずにわたしの前を自転車で走り続け、神社の駐車場まで来たところで止まってこっちを振り返った。
 後から追い付いたわたしもならんで止まる。

「えらそうに何目線でそんなこと言ってんの。もう物理の宿題手伝ってやんないよ?」
 
 どうやら藤堂君を怒らせてしまったらしい。
 気が進まないのに「いいから、やってみなって!」と無理やり引きずり込まれたり、「きみのためだからやってみろ」と押し付けられたときのイヤな気持ちはわかっているつもりだ。

 だからさっき京香ちゃんにも、藤堂君はそういうの無理だよと断ろうとした。
 でも自転車をこぎながら落ち着いて考えてみたら、わたしまで一緒になって断るより藤堂君の背中を押したほうがいいんじゃないかと気づいたのだ。
 必要とされているのはすごく光栄なことだし、いつも不機嫌でまわりから怖がられている藤堂君の印象を変えるチャンスだとも思う。
 
 それなのに。
 えらそうに――その言葉にムっとした。
 そっちこそ何目線よ。
 ちょっと勉強ができるからって、えらそうにっ!

「物理を教えてもらっていたのは妖の解放を手伝った見返りでしょ? それなのにどうして脅されないといけないわけ。それならもういいから。じゃあね」
 よく考えたら、これまで「すげえ」と言われたことはあっても「ありがとう」とお礼を言われたことすらなかったじゃないか。
 わたしのことを一体なんだと思ってるのよ。

 自転車のペダルに足をかけてこぎだそうとしたときに、手首をつかまれた。
「待てよ。それでいいのかよ」

「もういいって言ってるじゃん。物理ぐらいひとりでなんとかするもん」
 そもそもド文系のわたしの人生に物理というこむずかしい教科は必要ない。
 赤点を回避すればいいだけだ。

 強がってみせると藤堂君の目がいじわるく光った。
「へぇ。じゃあ今度の物理テストで浮島さんが平均点以上とれたら、俺が書道部のパフォーマンスを手伝うことにするっていうのはどう?」

「受けて立ってやろうじゃないの! あとから『やっぱりなし』は、なしだからね。約束よっ!」

 まさに売り言葉に買い言葉というやつだった。
 藤堂君の手をふりはらってフンっとそっぽを向くと、勢いよくペダルをこいだ。

 でも威勢が良かったのはそこまでだった。
 途中の信号待ちでわたしはぐったりとハンドルにもたれかかってうなだれた。

 どうしよう。
 物理のテストで平均点以上?
 無理にきまってるじゃん!

 
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