上 下
3 / 75
1皿目 魔牛のステーキ

(1)

しおりを挟む
 テオは混乱していた。

 鼻をくすぐる香ばしい匂いとジュウジュウとなにかを焼いている音で、半ば強制的に意識を覚醒させられたのがつい先ほどのこと。

 音のする方へ目を向ければ、大きなフライパンの前で壮年の男が胡坐をかき肉を焼いている。
 それはいいとして、問題はその男の横に座って肉を食べている若い女のほうだ。
「おかわり!」
 分厚いステーキをペロリと食べると、元気よく空になった皿を男に差し出す。
 
 男は甲斐甲斐しくその皿に焼けたステーキを乗せると、また生肉をフライパンに並べてせっせと焼き続ける。
 若い女の体つきはどう見ても華奢で薄っぺらいのに、顔と同じぐらいの大きさのステーキを瞬く間に飲み込んでいくではないか。
 しかも苦しそうな様子は微塵もなく、実に満足そうな表情で。

 戸惑いながらもその様子にテオの目が釘付けになった。
 しばらく眺めているとフライパンから立ち上る煙の向こうでなにかが動いたような気がして、そちらに視線を動かしたテオはさらにギョッとした。
 
 白くて丸いものが生肉を食べている。
 よく見ればそれはレオリージャの子供だった。

 魔物を傍らに従えて尋常ではない量のステーキを物凄い勢いで飲み込む若い女――さてはコイツ、ヒト型の魔物だな!
 人間離れしているのは人間ではないからだと合点がいって混乱が収まると、今度は足元からすうっと薄ら寒くなってしまう。
 女が山積みになっているあの生肉を全て平らげたら、次は自分が食われる番かもしれない。
 その証拠にテオの体はあちこちが痛むし、手足は鉛のように重くて持ち上げることすらできない。起き上がることもままならないほどテオの体力は枯渇しており、怪我も癒えていない。
 つまり、行き倒れているテオをここへ運んだ目的は、介抱ではなく捕食に違いないと思い当たったのだ。

 ガーデンでは、なにが起きても不思議ではないし魔物との戦いは全て自己責任だ。
 戦士ウォーリアとして強さこそが正義であると幼い頃から心に刻み込まれ、自分ならそれが体現できると信じて鍛錬と戦いに明け暮れてきた。
 その最期がまさか、体を切り刻まれてこの怪しい魔物に食べらるとは……。

 テオが心の中で自嘲して口元を歪めた時、若い女と目が合った。
 食事の手を止めてテオの横へやって来ると、彼女はにっこり笑った。
 間近で見るエメラルドの目と、炎に照らされ蜂蜜を垂らしたように艶やかに輝く金髪に一瞬目を奪われたテオだったが、その感情の正体がなにかわからない。

「目が覚めた?」
 捕食する側の余裕の態度に腹が立って、テオは精いっぱい大きな声を出した。
「ひと思いに殺せっ!」
 眉間にしわを寄せてしばしテオの顔を覗き込んだ彼女は髪を揺らしながらくるっと振り返ると、相変わらず黙々と肉を焼き続ける男に向かって言った。

「ハリス先生! この人、大丈夫かしら。変なこと言ってるわ」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~

月白ヤトヒコ
ファンタジー
 教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。  前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。  元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。  しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。  教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。  また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。 その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。 短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。

職業選択の自由~ネクロマンサーを選択した男~

新米少尉
ファンタジー
「私は私の評価を他人に委ねるつもりはありません」 多くの者達が英雄を目指す中、彼はそんなことは望んでいなかった。 ただ一つ、自ら選択した道を黙々と歩むだけを目指した。 その道が他者からは忌み嫌われるものであろうとも彼には誇りと信念があった。 彼が自ら選んだのはネクロマンサーとしての生き方。 これは職業「死霊術師」を自ら選んだ男の物語。 ~他のサイトで投稿していた小説の転載です。完結済の作品ですが、若干の修正をしながらきりのよい部分で一括投稿していきますので試しに覗いていただけると嬉しく思います~

黒き叛竜の輪廻戦乱《リベンジマッチ》

Siranui
ファンタジー
 そこは現代であり、剣や魔法が存在する――歪みきった世界。  遥か昔、恋人のエレイナ諸共神々が住む天界を焼き尽くし、厄災竜と呼ばれたヤマタノオロチは死後天罰として記憶を持ったまま現代の人間に転生した。そこで英雄と称えられるものの、ある日突如現れた少女二人によってその命の灯火を消された。  二度の死と英雄としての屈辱を味わい、宿命に弄ばれている事の絶望を悟ったオロチは、死後の世界で謎の少女アカネとの出会いをきっかけに再び人間として生まれ変わる事を決意する。  しかしそこは本来存在しないはずの未来……英雄と呼ばれた時代に誰もオロチに殺されていない世界線、即ち『歪みきった世界』であった。  そんな嘘偽りの世界で、オロチは今度こそエレイナを……大切な存在が生き続ける未来を取り戻すため、『死の宿命』との戦いに足を踏み入れる。    全ては過去の現実を変えるために――

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

赤い流れ星3

ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
美幸とシュウ、そして、野々村と和彦はどうなる!? 流れ星シリーズ、第3弾。完結編です。 時空の門をくぐったひかりとシュウ… お互いの記憶をなくした二人は…? 誤解ばかりですれ違う和彦と野々村は、一体どうなる? ※表紙画はくまく様に描いていただきました。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

処理中です...