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もうひとつの生命世界へようこそ【リスポ村・一章】

これってもしや転移生

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 ――体が妙に暖かい……。

 まだ微睡みが身体に残る中、何の違和感もなく頭をポリポリと掻きながら目を覚ました彼。
 どうやら柔らかな干し草の上で眠っていたみたいなのだが数秒後、脳の神経と状況を理解する意思その物がリンクした直後だった。

「えぇぇええええぇぇっ!?」

 自分でもビックリするほどの巨大な声が驚きの悲鳴となってその場一面に拡散する。
 驚きを隠せない様子で焦っているが第一にあんな激痛が緩和されている、というのと現在の居場所が交差点じゃないことに気が付いた。

「あんなに痛かったのに……それに右腕も。」

千切れた右腕は何事もなかったかのようにくっ付いているではないか。

「たしか右脇腹が大きく裂傷して内蔵飛び出てたっけな、あれも治ってるんだよな?」

 まったく痛みの感じなくなった身体に纏う衣服を脱がそうと思ったのだが、どうにも服のサイズが大きいような気がしてなら無い。
 しかし現に身体の傷が治ってるのだからどんなに不思議なことがあってもおかしくはないと判断し、サイズの大きくなった服を脱いでは腹部の裂傷を確認しようとしたのだが……。

「えぇ……。」

 まず始めに目が行ったのは脇腹ではなく胸そのものであった。
別に怪我をした部類じゃ無いのだが、どうしたのかというと……?

「これ、おっぱい?」

 わずかながらも膨らみがあるのが確認できた。
 別に太ってできた贅肉のたるみではなく、本物の胸そのものであったため彼よろしく彼女はマジマジと見つめているうちになぜだが自分の身体その物なのに恥ずかしくなっては紅潮し、うつむいたまま無言で服を着直す。
 服を着るときどうにも引っ掛かりを覚えたのは髪の毛も相応に伸びてしまった為だろう。

(うわぁ……なんか女の子になってる。)

 嬉しいような悲しいようななんとも複雑な気分だがよく考えると服のサイズがデカくなったのではなく彼自身が縮んだからだということにも気が付いた。
 さて、もう一つ気になることはここがどこなのかさっぱりしないと言うことで干し草が心地よく香る牧場、そして見渡す限りの自然というと東北地方じゃないかと推測する。

「ここ、どこなんだろう?」

 幸い先程の大声で誰も来なかったから助かったようで、回りには牛やヤギ程度しか確認できないが、そうしてしばらく歩いていると牧場の門にたどり着くことができたみたいで、道案内の看板には古ぼけて色褪せながらもこう記されていた。



【リスポ牧場】



 彼女は名前に聞き覚えがあったのかすぐにここがどこなのか理解することができた。

「なるほどね、ここは始まりの村【リスポ】だったのか。 って……ここ、アナザーライフの世界!?」

 大好きなゲームに入ってこれたことに興奮を隠せないご様子だが、どうやら後ろから声をかけてきた一人のお爺さんが。

「うるさいな、私は今興奮して……、えっ?」

 親の顔よりも見た白髪と白髭、そして眉毛で隠れて見えない糸目のナイスなお爺ちゃんと言えばそう、このお方しか存在しないのだ。
 アナザーライフの世界、冒険者が初めて旅立つ古郷のリスポ村……、その人と言えば【ボム爺さん】しか居ないだろう。

 リスポ村で爆弾を製作しているアグレッシブなお爺さんでこんな田舎でもかなりの大金を所持している。
 なぜこんなにも大金をと言うとざっくり言うなら、都市部の城塞に爆弾や大砲の弾、しまいには重火器の弾薬なども製作しては輸出している為に否が応でも莫大な資金は納品さえすればドカドカと転がり込んでくる。
 そんなスゴいお爺さんこそが、わりかし元気でエロボケが大好きなみんなから愛されるボム爺さん。

「は、ハロー……ボム爺さん?」

 顔をひきつらせた彼女だがお初お目にかかるボムにとっては、なぜ初めて出会うはずの少女に名前を知られているのか不思議でならなかった。

「お前さん、どこの人じゃ? ここの村の者でもないな? かといって冒険者のように剣も持ってないものが都市部からわざわざ丸腰でこの村に戻ってくるとも思えんのぅ。」

 決してアナザーライフのゲーム、漫画やアニメで描写されるはずのなかったボムの開いた糸目。
 その初めて目にする瞳の奥には何か黒いものが渦巻いてすべてを見透かされているかのように思えた。

「私はえーっと……。 あれ、私は誰なんだ? 名前は? どこから来たんだっけ?」

 ついさっきまで知ってたはずの常識がポッカリと抜け落ちてしまい、思い出せない恐怖で頭を抱えながらふるふると膝を震わせる。
 ここに来てから十分しか経っていないというのに自分の名前はおろか住所すらも答えられなくなってしまい、その恐怖から脳が危険と判断した為に意識を強制的に遮断。
 彼女はふっと前のめりに倒れ込もうとした時だ。

「おっとぉ、危なっ!?」

 完璧に倒れる前に彼女を受け止めたお陰で頭などを強打しなくて済んだとホッとひと安心だが、その糸目からわずかに見開いて見える瞳には何が写っていたのかは彼にしかわからない。















 ――火薬の香りが広がって。

 二回目の微睡みから目を覚ましたときは干し草ではなく布切れ、もしくは煎餅布団以下の薄さのやっぱりただのボロボロな布の上で寝かされていたのがわかる。
 まあ汚れとかはこの際気にしてないが火薬の香りがプンプンと鼻腔の奥を突っついているようで目の前に火花が散って見えそうなほどチカチカと目が眩みそうになる。

(えぇ……ちょっとやめてよね。)

 危機管理のなさと言うか、完成した爆弾や弾丸が無造作に置かれており本当にこれを輸出しているのかと思うとヒヤヒヤである。
 というか一刻もここを離れなきゃ万が一誤爆して跡形もなく吹き飛びたくないからなのだ。

「目が覚めたか……えーと。」

 目が覚めたのを確認したのか何やら製作しながらこちらに話しかけてくれたボム。

(そんな目で私を見つめられても名前は答え……いや、……フレッチャー? それが俺……いや、私の名前なんだっけ?)



 なんだこの脳によぎる違和感の一切無い名前は?



 まるで元々自分の名前だったかのようにピッタリなものだ。
 とりあえず自分の元々の名前が思い出せそうにもないし、思い出したとて女の子のような名前でもないからフレッチャーと名乗ることにしておいても構わないだろうとそう名乗っておく。

「思い出したよ、私はフレッチャー。」

「そうかそうか、思い出せて何よりだ。」

 思い出せて何よりだとほころぶ笑顔のボムだが、嘘をついているのに少しだけ心がまたチクリと刺される。
 でもまだ自分がどこから来たかなんて思い出そうとするにも記憶がぷっつりと途絶えて遡ることを許してはくれない。

「どこからきたのかはまだ思い出せないけど……。」

「そうか、まあじきに思い出すだろう。」

 そんな他愛ない会話をしていると、また一つとしてボムの手によって完成した真っ黒なボールを満足げに見つめてはこちら側に転がしては次の黒い半球をいじくりながらボムは黙り込んでしまう。
 何かと思い手にとってみると案外ズッシリしててまるで大砲の弾のような……弾。

(ってこれ砲弾だーっ!! なんでこっちに転がした!? ボム爺さんバカなの? アルツハイマー?)

 危なっかしいもので苦笑いすら引きつってしまうこの表情。
 そう思っていた矢先のことだ。



【カーンカンカンカンカンッ!! カーンカンカンカンカンッ!!】



 けたけたしく響く鐘の音はボムの工房にも嫌でも聞こえてくる。
 それがどんな意味なのか理解する間もなく村の男たちの声が焦った様子で叫びながら遠ざかったり近づいたり。

「敵襲だぁああっ!! スライムの群れが襲って来やがった!!」

(スライムの群れ?)

 とっさの出来事に寝起き直後のフレッチャーには何がなんだかさっぱりだが、そこには鬼のような形相のボムがおおよそ人が片手で背負えるような代物ではない大きなハンマーをもって外を睨んでいる。

「また来やがったか、懲りねぇザコ共め。」

 窓の縁に手をかけるとまるで老いを感じさせないように颯爽と飛び越え、フレッチャーを見て鋭い一言を。

「俺が戻って来るまで絶対に動くな。 良いな。」

 あまりの豹変っぷりに恐ろしくて声もでないフレッチャーは、表情が固まってウンウンと声にもならない頷きを交わして合図すると、とりあえず隠れられそうな場所を探しては避難を開始するのである。
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