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日常編
第二話 見えない男の幽霊
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俺は友人との約束すら守れない、最低な男だ。国際情勢がみるみる悪化し、日本が世界から孤立していったあの時代、人々は御国の為にと命を削って生活していた。明日食べる食事も危うくなっていき、配給される食べ物は質素なものばかり。そんな時、俺に召集がかかった。みんなは万歳と手を揚げて俺たちを見送ってくれた。俺はわかっていたのだ。あんな大国に勝てるはずないことくらい、考えるまでもなくわかっていたことだった。俺とは反対に、本当に日本は勝てると思っていた奴はたくさんいた。俺はそいつらに異議を唱えてやりたかった。でもあの時は、自分の考えや思想を表に出してはいけないと、我が国は神の御加護によって守られているんだと、自分に言い聞かせ、自分を殺した。そしてとうとう俺は、妻とお腹の中にいた子供を残してあの島へ旅立つこととなった。そんなわけで、アイツとの約束は守れなかった。
「は?ある場所を通ると体調を壊す?何ですかそのホラー映画みたいな話。」
ボストンでの出来事から約1週間後、海はシェアハウスのリビングでソファに座りながら、ファッション誌を読み漁っていた。学校が終わり、そのまま帰宅すると誰もいなかったので、好物のオレンジジュースを用意し、人目を気にせず寛いでいた時、シェアハウスの管理人で、ゴリラみたいにガタイのいい中年男…家親美咲が突然やって来た。そして海にある依頼を申し込んできたのだ。可愛らしい名前だが、列記とした男性である。海が幽霊を見ることができると知っている数少ない人物だ。彼は如月家と古い付き合いがあり、なんでも如月3兄弟の父親の親友だったそうだ。その馴染みでシェアハウスの管理人を任されている。そんな彼は元々警察官だったということもあり、犯罪被害者の支援ボランティア団体に属している。そこで聞いた話だった。
「いや、俺も人伝に聞いた話だからよくわからんのだがな、なんでもその敷地の前を通り過ぎた女性が急に体調を崩して、原因不明で入院してしまったそうだ。それも1人だけじゃなく何人も。決まって女性だそうだ。おかしいだろ。」
「確かにそうだけど…でも何で俺に?」
「そんなのお前が幽霊見えるからに決まってるからだろ。しかも真実から聞いたぞ?お前能力使いになったんだってな。」
「アイツ…!余計なこと…!!」
海はこの場…シェアハウスのリビングにいない真実を恨んだ。今は海と美咲2人きりだ。
「とにかく!ちょっとでいいから様子を見に行ってはくれないか?何もなかったらそれはそれでいいことだから!何だかその話で女性職員が怖がっちまってよ。なぁ、頼む!」
美咲は手を合わせ懇願した。
「嫌ですよ!俺幽霊一番苦手なの知ってますよね??」
「幽霊嫌い克服したって、真実は言ってたぞ?」
「してねー!何言ってんだアイツ!!つーか幽霊嫌い克服出来るやつなんていないだろ?!」
「なになに?何騒いでんの?」
すると、海がこの場にいない真実に対して、憎悪の念を増幅させていたその時、リビングに誰かが入ってきた。海と美咲が入り口の方を見ると、そこには銀髪が印象的な糸目の青年…高木瑠加が重そうな大荷物を持って立っていた。彼はシェアハウスメンバーの内の1人である。
「ただいま。あおいろ、美咲さん。」
瑠加はいつもの何を考えてるかわからない張り付いた笑顔を2人に向けた。これが彼のいつもの顔だ。海は瑠加の姿を確認すると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おかえり、瑠加くん!もう撮影の仕事終わったの?今回は結構忙しくなるって言ってたよな?」
瑠加はその美貌とスタイルを生かし、高校生ながらモデルの仕事もしている、今をときめく男性なのだ。平日は学校を終えると、そのまま仕事へ向かってしまうので、帰りが夜0時過ぎる日が多く、土日はほとんど不在にしている。そんな多忙な彼が、日中に帰ってくることは、かなり珍しいことなのだ。
「うん、でも思ったより早く終わったんだ。は~疲れた。それよりもさ、何の話してたの?」
瑠加は持っていた荷物を適当な場所に置き、海の隣へ座った。
「瑠加くんにはよくわかんないかもだけど、幽霊の話。嫌な話だよ。出来れば代わってほしいくらい。」
海はもううんざりという顔を向けた。
「へぇ、あおいろって霊感強いの?まぁでも、俺もそこそこ霊感あるよ?」
「「え!初耳なんだが?!」」
海と美咲は口を揃えて驚いた。瑠加は2人の表情を見て、クスリと笑った。
「だからその話、俺も聞かせてください、美咲さん。俺もお手伝いしますよ。ただし、あおいろも一緒ならね。」
「は?!俺も?!」
「当たり前じゃん。あ、あと真実ちゃんも加えよう。3人なら怖くないでしょ?」
瑠加は、自身の売りとしている綺麗な長い脚を組んで言った。
「ありがとう!海、瑠加くん!本当に助かるわ~。」
「俺いいなんて一言も言ってねー!!」
海は勝手に話を進められて、ちょっと泣きそうになった。
美咲から話を聞いて2日後の土曜日、次の月曜日から新学期が始まることもあり、海、真実、瑠加の3人は早速例の場所へ向かった。瑠加とスケジュールが合うのは珍しいことだった。いつもだったら喜んでいたものの、事情が事情なので海の気分は全く晴れない。例の場所へはシェアハウスから地下鉄でたったの1区離れただけだった。そんなわけで、3人は午前中には既に到着してしまった。その場所は特に何の変哲も無い小さい一軒家が建っていた。外から見た限りだが、朽ち果てているとか、そこだけ薄暗い雰囲気があるとか、そういうわけではない。噂なんて知らなければ、普通に通り過ぎてしまうだろう。その家のすぐ前方には公園があって、子供たちが無邪気に遊んでいる。至って普通の住宅街一画の光景だった。
「シェアハウスの近くに話題のホラースポットがあったとは…。なぁ、なんか見えるか?」
海は瑠加に向けて言った。
「見た感じ何も見えないよ。他の家と一緒に見える。」
瑠加は目を凝らして見てみるも何も見えなかった。なら(一応)女である真実ならどうか。
「真実は?何かわかった?」
「いいや、インターフォン鳴らしてみるか。」
真実は躊躇うことなくインターフォンを押そうと指を伸ばした。それを慌てて海が止めた。
「ちょ…!ちょっと待って!!お前怖いって!人出てきたらどうやって説明すんだよ?!」
「お宅の家…何かいるみたいなんで、中見せて下さい…とか?」
「完全に不審者じゃねーか!!そんなんで誰が家に上げてくれるんだよ!」
2人のコントのようなやり取りに、瑠加はクスクス肩を震わして笑った。
「じゃあさ、子どものボールが敷地内に入っちゃったんで、取ってもいいですか?とかどう?」
瑠加は公園で遊んでいる男の子たちを指さした。
「なるほど!それが一番無難!家の中は取り敢えずちょっと見るだけでいいし。そもそも体調崩す人が続出するくらいだったら、少し見ただけでわかるだろ。」
「ほーい、じゃあ鳴らすぞ。」
「お前はもうちょい緊張感持てよ。」
真実がインターフォンを押した。しかし何も反応はなかった。
「…?お出かけ中か?」
もう一度押しても反応はなかった。すると公園で遊んでいた小学生の男の子の1人が声をかけてきた。
「なぁ!お前らそこの幽霊屋敷に用あんの?マジでやめといた方がいいぜ!」
「おいクソガキ…。口の聞き方には気をつけろよ…?一応歳上だぞ…。」
海が口を引き攣らせて呟いた。しかし瑠加がまぁまぁと嗜め、海の代わりに返答した。
「幽霊屋敷って…君にはそう見えてるの?」
「うん。オッサンの幽霊が出るんだって。学校のみんながそう言ってて、近づくなよって言われてるんだ。まぁ、逆にそう言われると行きたくなっちまうけどな!でも…」
「でも?」
「面白半分で、俺らのクラスで近く通った奴がいてさ…女子2人なんだけど、そいつらその日から体調崩してずっと学校来てねぇんだ。それからマジでみんな幽霊がいるって信じこんでさ、絶対近づかないようにしてる。」
どうやら美咲の話はただの噂話ではなさそうだ。しかも、ありきたりな子どもの幽霊とか女性の幽霊でないあたりからも、本当の話のように思えた。
「この家に誰か住んでるとか、そんな話聞いたことある?」
「そんな話は聞いたことないな。多分空家なんじゃねーかな?勝手に入るのはちょっと気が引けるけどさ、クラスの女子たちは入ったんじゃね?だって体調崩してるし!」
「そうか…。ありがとう、ある事情で放って置けなくてさ、中入ってみるよ。」
「マジで?!スゲェな…。」
3人は門を潜って中に入って行った。そんな姿を見て、少年は呟いた。
「あんな怖そうでボロっちい家…よく入ろうとするよなぁ…。」
後ろで遊んでいた他の少年たちは、首を傾げていた。
3人は玄関の扉を開けた。その瞬間、嫌な気配を感じた。絶対に何かがいる、という気配だ。
「ごめんくださーい!誰かいる?ボール入っちゃったんだけど!」
真実はそんな嫌な気配など気に留めることなく、大声で叫んだ。
「うぅ…怖い…。やっぱりいるじゃん。ていうかそのボール設定、まだ採用するんか…」
海は玄関の時点で最早怖気付きおり、震った手で真実の袖の端を掴んだ。これぞ本物出演!お化け屋敷って感じだ。全く嬉しくないけど。
「なぁ、2人はどこら辺から強い気配感じる?」
真実がそう尋ねると、2人は口を揃えて
「「2階」」
と答えた。
「じゃあ2階上がってみよう。」
真実は半ば海を引きずる形で、瑠加と共に階段に足をかけた。しかしその時だった。まるで2階に上がるなと言わんばかりに、3人の視界が歪んだ。
「ヤッベ…クラクラする…。おい、大丈夫か?」
真実は後ろにいる瑠加に尋ねた。
「うん、俺は何とか。あおいろは?」
海は「もう無理…死ぬ…」とゲロを吐きそうになっていた。怖いし気持ち悪いしで最悪の気分だった。
「ったく、しょーがねーな。」
真実は軽々と海を背負った。自分よりも1.2倍くらいある、しかも男である海を背負ったのだ。
「…代わろうか?」
「いいよ、別に。大した重さじゃねーし。それよりさっさと上がっちまおうぜ。」
2階に上がると、3つの部屋があった。その内の1つには、平仮名で名前の書いてあるプレートがドアノブからぶら下がっていた。そしてその部屋から明らかに強い気配を感じた。
「『せいこ』って書いてあるな。」
真実が近づいた瞬間、ドアの向こうから赤ん坊の泣き喚く声が聞こえた。
「赤ちゃんの名前か…?」
真実がドアノブに手をかけたその時、背後からその手を強い力で掴まれ静止させられた。その手は背負われていた海のだった。
「あおいろ?」
「違うよ真実ちゃん。それ、あおいろじゃない。」
瑠加がそう言った。
「あおいろの中に何か入ってる。」
すると海が虚な目を真実に向けてこう言った。それは海の声ではなかった。
『お願いだから、開けないでくれ。』
その瞬間、真実は海の腕を掴み、全体重を使って背負い投げをした。そして彼の体を床に押しつけた。その間僅か2秒程度だった。かなりの衝撃を全身に受け、海は少し唾を吐いた。彼女は海の身体をひっくり返すと馬乗りになり、手を背中で拘束させた。大きな音がしたからか、赤ん坊の泣き声がより激しくなった。
「お前、誰?」
真実は真っ黒な瞳で、海の中にいる霊を見つめた。
『ぼ…僕は…この家に住んでいた者で…。』
「ガキがさ、ここでオッサンの幽霊を見たって言ってんだけど、お前のこと?」
『そ…そうだと思います。』
「ふーん…。」
真実は何かを少し考えると、海の上からヒョイっと離れた。
「ごめんごめん、ちょっとビックリしてさ。お前別に私たちを襲う気なかっただろ。殺意を全く感じなかった。むしろ家に勝手に入ってきた私たちが悪い。すみませんでした。」
真実は頭を下げてそう言った。そして再び頭を上げると、赤ん坊のいる部屋を指さした。
「あそこにいる赤ちゃん、オッサンの子ども?」
『い…いや、聖子は…。』
「あの赤ちゃんに関係してるんじゃねーの?今回のことは全部。オッサンはさ、ここが今話題の心霊スポットになってるって知ってる?」
海の姿をした男の幽霊は、下を向いたまま黙ってしまった。
「ねぇ真実ちゃん、どういうこと?」
「瑠加くん、そのままだよ。黙ってるってことは本当のことなんだろうけど、私の予想だと、あのオッサンは赤ちゃんのために、この家の前を通りがかった女性に強い念を押し付けていたんだ。その結果、私たちとは違って霊的なものに耐性がない人は、体調を崩してしまった。」
「でもどうして女性だけに?」
すると海が口を開いた。正確には海ではないのだが。
『すみません、僕が説明します。どうか…聞いて下さい。聖子は…家の前の公園にある公衆トイレに捨てられていました。当時…といっても5年前のことですが、ここに住んでいた私は、泣き声を聞いて彼女を保護しました。その時私は離婚したばっかりで、自分の子供がいたんですけど、もう2度とその子と会わせてもらえなくなったんです。寂しさで気持ちが沈んでいた時、聖子と出会ったんです。最初は警察に連絡しようとしたんですけど、どうしても聖子が欲しいと…我が子にしたいと思ってしまいました。神様が僕にくれた贈り物ではないかと、そう思えて仕方がなかった。そこで僕は罪を犯しました。警察に連絡もせず、聖子を我が子として育てることにしたのです。』
「最悪だな…その聖子ちゃんを捨てた両親は…。」
真実と瑠加は、顔も知らないその両親にどうしようも無い嫌悪感を覚えた。
『聖子との日々はとても大変でしたが楽しかった…。僕は自分の人生の中であの時が1番幸福だったのだと思います。しかし幸せな日々は続きませんでした。警察が僕の家に来て、誘拐犯として僕は捕まりました。実は聖子の母親は、最初は彼女を捨てるつもりで公園に置き去ったのですが、やっぱり無理だったのでしょう、捨てて3時間後に探しに来ていたのです。しかし既に僕が聖子を保護していましたので、誘拐されたのだと、そう警察に届出たそうです。』
「は?何でそうなるんだ?捨てたのは事実じゃねーか。何でオッサンが誘拐犯になる?そんな筋の通らない話があってたまるか。」
真実はやり場のない怒りを覚えた。
『世の中理不尽なことだらけです。ですが、最初に警察に連絡しなかった僕も悪いのです。僕は逮捕され、3年の懲役判決を言い渡されました。そして出所した2年前、聖子にはもう2度と会えない上、近所の人からは白い目を向けられていました。僕は生きる希望も手立ても失いました。なのでここで自分を終わらせることにしたのです。この家は僕のせいで事故物件となり、幽霊屋敷と呼ばれるようになりました。だからここが心霊スポットというのは、強ち間違ってはいないのです。』
「そんなんだ…。でも赤ちゃんが今ここにいるってことは…。」
『はい。聖子は僕よりも前に死んでいました。僕が服役している間のことでした。結局本当の親元に帰れたものの、父親からの虐待で死んでしまったのです。なんでも母親の再婚相手で、血の繋がりがない男だったと聞きました。あまりに悲惨な結果だったので、刑務官がひっそり教えてくれたのです。』
「そのクソ親は今どうなってるんだ…?」
『もちろん2人とも逮捕されました。でも僕は…どうしても許せない!!聖子の命をおもちゃとして考えてなかった奴らも!僕から生きる希望を取り上げた元妻も!死んでさえも黒い感情が沸々と湧き出てくるんです。僕はその怨念でここにいるのだと思います。おかしいですよね、聖子とは全く血が繋がっていないのに…。』
「おかしくなんかない。」
真実はハッキリ言った。
「おかしくなんかないよ。間違いなく聖子ちゃんの親はオッサンだ。聖子ちゃんはお前のことを自分の親だと認めているから…だから死んでここに来たんだと思う。帰ってきたって感じなんじゃねーのかな。それにしてもクソ親が許せない…。毎回思うんだ…生きてる人間の方がよっぽどカスなんだって…。」
「真実ちゃん…。」
真実は明らかにイラついていた。霊感を生まれつき持っているが故に、他にも胸糞悪い話をいくつも聞いてきたのだろう。瑠加は真実を宥めるように彼女の肩をぽんぽんと叩き、本題に話を戻した。
「それで…女性ばかり狙っているのはどうしてなんですか?」
『あぁ…すみません!狙っているなんて、そんなつもりないのです。ただ…優しそうな女性が家の前を通ると、あんな感じの女性と一緒に聖子を育てられたら幸せだったんだろうなって思ったり、もし聖子が生きていたら、今頃小学1年生くらいなので、それくらいの女の子が前を通ると、こんな子が聖子のお友達になってくれたのかなって思ったりしてたんです。僕の未練…なんですよね、きっと。それが原因なんだと思います。関係ない方々に、ただただ迷惑をかけて、申し訳ない気持ちです。』
「そういうことだったんですか…。なんかさ、この人悪くないのにこっちの都合で無理やり成仏してもらうのっていうのも嫌な話だよね。やっと2人で暮らせるのにそれを阻害してしまう感じで…。」
瑠加は顔を顰めた。このままここに留まっていることはいいことではない。しかし、幽霊の気持ちを蔑ろにしていいとも思えないのだ。
「うん。だから、成仏しなくてもいい。」
真実がとんでもないことを言った。
「え?」
「だから、したくなったらすればいいんだよ。要はここの前を通って体調を崩す人を無くせばいいんでしょ?だったらさ、私に1つ考えがあるんだけど、瑠加くん手伝ってよ。あおいろは強制的に手伝わせる。」
「…?」
瑠加はキョトンとした顔で真実を見た。真実はお得意のしたり顔を見せた。
「なぁなぁ!俺が気絶してる間に何があったんだよ?」
家から出たあと、海は訳もわからず真実と瑠加に連れられて、近くの百均に来ていた。
「ていうか何で百均?!どういう流れでこうなったの??」
「うるせーなぁ。あとで説明してやるから、取り敢えず女の子が喜びそうな可愛い布選んでよ。」
真実は心底面倒臭そうな顔で海を睨んだ。
「そんなこと言ったってわかんねぇよ!お前の方が女なんだからわかるだろ?!」
「いや、全くわかんない。」
「お前なぁ…。」
3人は百均の裁縫コーナーへ来ていた。真実はカゴいっぱいにハートや動物柄のアップリケを入れていた。瑠加はつっぱりとフックを持ってきた。
「あったよ。ないかと思ってたけど、売ってるもんなんだね。」
「瑠加くんナイス!ほら、あとはお前だけだぞ。」
「そんなこと言われたってよぉ…。じゃあこれなんかどう?」
海が2人に見せたのは尺取り虫柄の布だった。
「めっちゃ可愛くない?特にこの小さいお目々!」
「「可愛くない。却下。」」
真実と瑠加は口を揃えて言った。
百均の次はクラフトショップに赴いた。結局海の選んだ布はその後もことごとく却下され、瑠加が選んだハートとリボン柄の布となった。
「選べって言ったのそっちじゃん…。」
道中海はずっとブツブツと文句を垂れていた。そんな海を真実と瑠加は無視し続けていた。そしてクラフトショップの中に入ると、またもや布を選び始めた。今度は大きくて丈夫な布だ。
「もう俺選ばないからな!」
「そこは安心しなよ。俺と真実ちゃんが選ぶから。あおいろはチャコペンとまち針、メジャーを持ってきて。」
「わかったよ…。」
瑠加のテキパキとした指示に、海はどうにも納得いかないという顔をして、言われた通りの物を回収しに行こうとした。
「あ、あとテープも持ってきて!」
「あーもう!わかったよ!」
次の日、3人は昨日買ってきた材料とシェアハウスからミシン、アイロンを持って、例の家へやって来た。すると、昨日の少年も同じタイミングで公園へやって来た。全くの偶然である。
「え…何しようとしてんの?」
少年は不審そうな目を3人に向けた。
「何って、DIY?」
真実が答えた。
「は?!昨日この家入っちゃったから、頭バカになったの?!」
「馬鹿じゃねーよ!クソガキ!」
海は鬼のような形相で少年に詰め寄り、彼の右腕を掴んだ。
「丁度いい…お前も付き合えよ!」
「は?!嫌だわバカ!入りたくないって昨日話しただろ?!あんなオンボロ屋敷…ってあれ?」
少年が指を差した先には、普通のどこにでもある小さな一軒家があった。しかしそれは、いつも彼が見ている光景じゃなかったのである。
「は??何で?!」
「何でって、オンボロ屋敷って何だよ?こっちが聞きてぇんだけど。」
「いやいや!おかしいって!!あそこにぶっ壊れた家があっただろ?!」
「いや、俺たちには昨日から普通の家にしか見えてなかったけど。」
「嘘?!人によって見え方違うとかあるの?!」
少年が混乱していると、真実が言った。
「強い霊感がある私たちには、家の本来の姿が見えてたんだよ。つまり、今お前の目に映っているものは、この家の主人がいた頃の家の姿。お前に今までずっと見えていたものは、主人が居なくなって時を経た家の姿。だからお前が今まで見てきたものの方がまだ正しい。今海に腕を握られてるだろ?それで海の霊感を一時的に少しだけ受け継いだ状態になったんだよ。だから今、私たちと同じように見えてるんだ。まぁ、こんなことできるなんて、霊感持ってる奴でも稀だけどな。」
「そ…そうなんだ…。スゲェ…。でも普通に行きたくねぇ!」
「いや!来てもらう!なんせ人手が要る!DIYするからな!男なんだから体調崩さねぇしいいだろ!」
海はそう言うと、少年を掴んでいる腕をグイッと引っ張った。
「そういう問題じゃねぇし!嫌だぁぁぁ!!」
少年は強制的に引きずられ、家へと入っていった。続いて真実と瑠加も中へ入った。
「そういやお前の名前何?」
海が少年に尋ねた。
「まず自分の名前名乗れよ!」
「へーへー!可愛くねぇガキ!俺は青井海な!はい!お前は?」
「戸塚天。」
「ふーん、天ね。」
「名前なんてどうでもいいんだよ!それよりもDIYって何?!」
「カーテンを作る。」
「カーテン?何で?」
「何でって、そりゃ幽霊のためだよ。」
「いやだから何で?!」
「だー!グダグダうるせーなぁ!取り敢えず2階にカーテンつけるんだよ!ついて来い!」
「はぁ?!」
2人が大声で言い合いをしているのを真実と瑠加は後ろで見ていた。
「仲良いよな。似た物同士って感じ。」
「ほんとほんと。同じレベルって感じ。」
4人が階段を上がると、昨日海の体に入っていたやつれた中年男の幽霊が待っていた。彼は死んだ時の服装…草臥れたTシャツとジーンズを着ていた。それだけなら普通の身なりだが、しかし普通の人間なら絶対ついてないものが1つ…彼の首には痛々しく紫色に変色した縄の跡がくっきりと残っていた。天は彼を見て心臓が飛び跳ねた。
「うわ!誰かいた?!も…もしかして…この人が…。」
『えっと…この子は…。』
幽霊も海に困った顔を向けた。
「公園にいたから連れてきた。」
『え?!巻き込んでいいんですか?』
「いいのいいの。どーせ暇だから公園来てたんだろ。」
「ちげーし!」
『あ、えっと…驚かせてしまってすみません。僕はこの家に住んでいた者です。その…この家に悪い噂があるみたいで…それ、全部僕のせいです。変に怖がらせてしまい、すみませんでした。』
天は男を見て少しほっとした表情をした。
「なんか…優しそう?思ってたのと違うっていうか…。」
「幽霊が全部悪い奴って訳じゃねーぞ。」
真実が天と海の間に割って入ってきた。
「幽霊はこの世になんらかの強い想い…未練を残して、あの世に逝きたくても逝けない奴のことな。それは誰かに対する強い恨みだったり、恋心だったり様々だけど、基本生きてる人間と一緒。」
「じゃあこの幽霊のおじさんもなんらかの想いを残してるってこと?」
「ま、そゆこと。大丈夫。もっと厄介なのは他にもたくさんいるから。」
「それ大丈夫なのか?それこそ死んでも会いたくないや。本当にこの人は悪い幽霊じゃないんだよな?」
「そうそう。フツーに接してあげてよ。じゃ、早いところ取り掛かりますか。」
真実がそう言ったその時、昨日と同じようにまた赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
『あぁ、僕が急にいなくなったから…。』
「幽霊のおじさん、この家赤ちゃん住んでるの?」
天は勇気を振り絞り、初めて幽霊に話しかけた。
『うん。と言っても本当は僕の子供じゃないけどね。』
「もしかして赤ちゃんももう…死んじゃってるの?」
『うん。』
「そう…なんだ。」
返事を聞いて、天の表情は一気に暗くなった。
4人と1人の幽霊は、赤ちゃんのいる部屋で早速カーテン作りを始めた。しかし天は赤ん坊がどうしても気になるからか、少し作業をすると赤ん坊の様子を見に行き、遊んであげる、ということを繰り返していた。
「やっぱりめっちゃ可愛いなぁ…。本当に生きてるみたいだ。」
天は赤ん坊を見つめて顔を緩めた。そんな彼の様子を、海は見ていた。
「天、小さい子が好きなのかな。めっちゃ面倒見がいいな。」
『いいですね。なんだか僕の本当の子供がいたら、こんな感じだったのかな。』
幽霊の男は眩しいものを見るように、目を細めた。それは男が夢にまで見た自身の夢に近かった。
「そういやさ、どうしてカーテン作ってんの?そろそろ教えろよ。」
天が聖子をあやしながら、真実の方を振り向いて言った。
「カーテンはな、このオッサンが外を見る機会を減らすためだよ。このオッサンが、無意識のうちに、この家の前を通り過ぎた女性や女の子に自分の叶えたかった夢を重ね合わせてたんだ。残念だけど、それは生きてる人間にとっては害でしかないからね。人間の強い念がのしかかるってわけだから。だからそれを防ぐためのカーテンな。せっかくなら可愛くて新品の付けてあげようと思ってね。」
「そうなんだ。あぁ、このハートとかの布の柄は赤ちゃんの為なんだ。」
「そうそう。あと幽霊であるオッサンは物体に触れることができないからさ。新品のカーテン付けてあげたら、必然的に外を見る機会が減るかなって。」
「なるほど。これで変な噂が消えていけば、この子もここでずっと幽霊のおじさんと過ごせる訳だし…それはそれでいいよな。」
「何お前、もしかして2人にずっとここにいて欲しいとか思ってる?」
「そ…そんなことは…」
すると海が「駄弁ってないで早よ手伝え」と横槍を入れてきた。
そんなこんなで作業開始から2時間、やっとカーテンが完成に近づいてきた。
「はぁ、やっとここまできた…!裁縫なんて家庭科でちょっとしかやったことねぇし、そもそもミシンなんて触ったこともなかったから、マジでキツかったわ…。」
「よかったね、あおいろ。俺がミシン扱えて。」
瑠加はあの張り付いた笑顔で言った。
「マジで助かった、瑠加くん!それに比べて…おい!クソ真実!お前はもう少し手伝えよ!!俺ら2人に任せっきりで、何聖子ちゃん可愛がってんだ!!」
真実は既に30分くらいずっと、天と共に聖子をあやしていた。
「だって可愛いんだもん。頬っぺた団子みたいにぷにぷにだし…。」
真実は聖子の頬を優しく突いた。すると聖子は面白いのかキャッキャと鈴のような声を立てて笑った。
「あー!もう後はお前らがやれ!今度は俺らが聖子ちゃんあやす番だ!」
よっぽど羨ましかったのだろう、海は真実の腕を引っ張り、ミシンの前に座らせた。
その光景を見ていた天が疑問に思った。
「ねぇ、何でお前らは聖子ちゃんに触れるの?さっき幽霊は物体に触れないって言ってたじゃん。」
それには海が答えた。
「あぁ…俺たちはその…霊感が強すぎて、触れちゃうんだよ。さらに言うなら、生きてるモノと区別がつかないくらい、この世にいちゃいけないモノがハッキリ見える。」
「そうなんだ。そんな人本当にいるんだ…。」
「まぁかなり稀だけどな。」
「いいな。お前の霊感、俺も欲しいよ。」
天は心底羨ましそうに言った。
「え~こんな力あったところで、怖い思いするだけだけど。やっぱり聖子ちゃんに触りたい?」
「それもそうだけど…だって…俺…!」
「おーい、カーテン出来たよ!後はアップリケ適当につけるだけ!」
天が何かを言おうとしたところ、瑠加が2人を呼んだ。
「ほら、天もつけるぞ。」
「…うん。」
「完成!!!」
作業開始から2時間30分、やっとカーテンが1つ完成した。ハートやリボンの柄の布に、下にパステルカラーのユニコーンや星のアップリケがついている、いかにも女の子が喜びそうなデザインになった。
『うわぁ、とても可愛いですね。すみません、僕触れないもので、何もお手伝い出来ず…。』
「いいのいいの、気にしないで。後はフックとつっぱり通して引っ掛けるだけだ。」
その作業は背の高い海と瑠加が窓の柵になんなくやってしまった。
「上出来じゃん!可愛い!」
真実が目を輝かせた。太陽の光がカーテンに当たって、ハートやリボンがキラキラしていた。海も瑠加も何となく達成感があって、気分がスッキリとした。
「これなら聖子ちゃんもきっと喜んでくれるな。」
「これを機にこの部屋全体DIYしてぇな!」
真実がサラッと恐ろしいことを言ったので、海と瑠加は口を揃えて言った。
「「それは無理!!」」
『でも…これで僕も関係のない方に強い想いを無意識に向けなくてすみそうです。』
「心が落ち着くまでさ、別に聖子ちゃんとここにいてもいいから。逆に誰かがここを荒らそうとしてたら、私たち呼んでよ。すぐブッ飛ばしに行くわ。」
「おい、真実。言い方が物騒だ。」
海は真実の頭にチョップを入れた。
「まぁ、コイツの言ったことは本当なんで。」
『本当にありがとう。君たちとは、生きていた時に出会いたかったな。ところで、時間は大丈夫ですか?』
海が政由から以前もらった腕時計を見ると、もう短針が3を指していた。
「うわ、もうこんな時間か。俺課題残ってるから帰らないと。」
『学生は大変ですね。僕もガキの頃は課題に追われてたなぁ。』
「無意味に多く出してくるからさ、先生は。おい、俺たちはもうお暇しようぜ。てか真実、お前俺より課題残ってただろ。」
「ヤベ。忘れてた。」
「天も帰ろうよ。…天?」
海は天を見ると、天は聖子の寝ているベッドにべったりくっついて、動きたくないようだった。
「どうした?お前。帰りたくねぇの?」
「……うん。帰りたくない。」
天は暗い表情をしていた。
「お前、どんだけ聖子ちゃん気に入ったの…。」
呆れ顔の海を真実が押しのけ、真剣に天と向き合った。
「天、お前…どうした?帰りたくない理由でもあるのか?」
「だって…母ちゃんが…母ちゃんがすごく落ち込んでるんだ。それこそ死んじゃいそうなくらい。あんなの…あんまり見たくねぇよ。」
「何か悲しいことがあったのか?」
「うん…。父さんは俺がまだ子供だからって、あんまり教えてくれなかったけど…俺、妹ができる予定だったんだって。」
「え…。」
天から出た言葉は予想外のものだった。「だった」ということは…
「けど、何か知らんけどさ、妹やっぱり生まれなかったみたい。俺…めっちゃ楽しみにしてたからすごく残念だったけど、それよりも病院から帰ってきた母ちゃんが…。」
「そうか…。」
「母ちゃん今いっぱい薬飲んでてさ、何も食べないし、ずっと引きこもってるし…。父さんもすっごく苦しそうなんだ。あんな暗いところ…帰りたくねぇよ。だから俺、毎日出来るだけ公園来て時間潰してんの。俺さ、生まれてこなかった妹が、父さんと母ちゃんをめちゃくちゃにしたんだって恨んでた。何で生まれてこなかったんだって、だったら最初から母ちゃんの腹の中に来んなよって…。でも…聖子ちゃん見てさ、もしかしたら俺の妹もこんな風に可愛かったんだろうなって思って…そう思ったら、やっぱり妹欲しかったなって…。」
天から大粒の涙が、小さい目からボロボロと溢れてきた。天は必死に涙を拭った。すると天には触れることはできないはずの幽霊の男が、天と目線を合わせるように腰を下ろし、彼の頭に手を乗せた。
『それはすごく辛いね。お母さんもお父さんも今、苦しみの中にいて、天くんも一緒なんだね。僕もさ、生きてる時…出口のない苦しみの中にずっといたから、気持ちは痛いほどわかる。だからさ、これからもずっとここに来ていいよ。それで目一杯妹として、聖子を可愛がって欲しい。君はとても聖子を可愛がってくれたから、聖子も君が来ると喜ぶと思うし、僕も嬉しい。でもね、僕は自分で自分の人生潰してしまったけど、君はまだ大丈夫。だって生きてるから。死ぬこと以外は、どんなに苦しくても、いずれ過ぎ去っていくよ。』
「ほ…本当かな…。」
『うん。もしまた辛くなったらここにおいで。僕が話を聞くよ。人に話すだけで、だいぶ楽になるはずだから。』
「でも…俺、海みたいに霊感ないし…。」
「それは大丈夫。お前もともと素質あるから。」
真実が言った。
「お前、元はこの家がオンボロ屋敷に見えてたって言ってただろ?霊感0の人間がここ見たら、そんなふうには見えない。」
「え…どういうこと?」
「昨日帰ってから調べたんだけど、この家、オッサンが死んで1年後取り壊されたんだよ。だから霊感ない人がここを見たら家どころか何にも無い空き地にしか見えないってこと。お前はボロボロ家…つまりオッサンがいなくなって朽ち果てた家の姿が見えてたってこと。ていうか、瑠加くん…天に昨日出会った時に気づいてたよね?」
真実はそう言うと、確かめるように瑠加の方に振り向いた。
「うん。まぁね。天を困らせるかなって思って言わないようにしてたんだけど。」
瑠加はバレちゃったか~というように頭を軽く掻いた。
「通りで瑠加くんの言葉が引っかかるなって思ったんだよ。『幽霊屋敷って…君にはそう見えてるの?』っていうあの言葉!」
海は全く気づいてなかった。地味にショックだった。
「嘘…俺だけ何にも気づいてなかった…。」
「じゃあ俺、ちょっとは霊感あるんだ!もしまたここ来ても、聖子ちゃんと幽霊のおじさんが見えるんだ!」
「そうじゃね?まぁ、見えなかったら海に会いに来いよ。また腕握ってもらえ。コイツ大抵暇だからさ。」
「おい!俺はそんなに暇じゃねーよ!!」
3人は天と別れてシェアハウスへの帰路についた。
「マジでいいオッサンでよかったよ!また俺も会いに行こ~。」
「昨日は気絶してたくせによく言うね。」
瑠加は軽い笑顔で言った。
「瑠加くん!!掘り起こさないで!!」
「でもやっぱり人間ってすごい。自分と関係のない、血の繋がってない人でも、家族のように大切にできるんだね。」
「瑠加くんも人間だろ…。うん、でもそうだな。オッサンみたいにできる人もいれば、できない人もいる。それこそ聖子ちゃんの生みの親みたいに。オッサンみたいな人、もっと増えればいいのにな。」
「うん。愛だね。」
瑠加が納得したように言った。
「愛?」
「これを愛と呼ばずに何て言うの?この世で一番輝かしいものだ。はぁ、生きててよかった。」
瑠加は顔を赤らめて恍惚の笑みだった。先程の軽い笑顔とは正反対だ。
「また宗教っぽい…随分壮大なことを言うね、瑠加くん。」
「あ、俺疑問に思ってたんだけど、俺たちが作った新しいカーテンって霊感のない人にも見えるの?だったらさ、何もない空き地にカーテンだけあるっていう状況になるよね。ヤバくない?」
瑠加は思い出したように言った。
「あぁ、それは大丈夫。あの家自体が、この世とあの世の境目にある存在だから。あのオッサン、実はもう半ば成仏してんのよ。だけど聖子ちゃんのことを思ってまだここに無理矢理いるって感じ。だから家の中に入った時点で、私たちの姿も霊感のない人には見えなくなってるはず。だからカーテンも見えないよ。天は霊感があるから、昨日私たちが家の中に入ったように見えてただろうけど、他の周りの子達は首を傾げてたでしょ?あれ、私たちの姿が忽然と消えたように見えたんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。俺たち神隠しに合ったみたいだったんだね。しかし真実ちゃん、よく知ってるね。」
「まぁ、物心ついた時にはこうなってたし、私もいろいろ経験してんのよ。それよりもさぁ…腹減った。昼食ってねぇし、今日の晩飯何かな。」
「今日の晩飯当番、真実ちゃんだよ?」
シェアハウスでは掃除、夕ご飯、洗濯の3つの当番がある。それぞれ1週間で変わっていき、夕ご飯当番は献立を決めて食材を調達しなければならない。ちなみに料理は、得意なメンバーが1人いるので、その人に作ってもらう。朝ごはんもそのメンバーが作っているのだ。よってその人だけは当番制から外れているので、すぐに次の当番が回ってきてしまう。今週は真実が夕ご飯当番だった。
「ヤッベ、すっかり忘れてた!たっくんにドヤされる!あおいろ!瑠加くん!買い物付き合って~。」
「嫌だよ!俺課題あるし、アイロンとミシン持って行きたくねぇよ!」
海の両手は塞がっていた。ジャンケンに負けたのである。
「え~どうしよっかな。じゃあさ、帰りアイス食って帰ろうよ。あ、でもあおいろは今から帰るんだよね?じゃあ俺と真実ちゃんで行ってくるよ。」
「何でそんな意地悪言うの!?俺もやっぱり行く!!」
3人は出会ったのがつい1週間前とは思えないほど騒がしく、しかし楽しそうにスーパーへ続く道を歩いて行った。
その3人を背後からじっと見つめる1人の男がいた。男は少し笑っていた。
「見つけた。」
「は?ある場所を通ると体調を壊す?何ですかそのホラー映画みたいな話。」
ボストンでの出来事から約1週間後、海はシェアハウスのリビングでソファに座りながら、ファッション誌を読み漁っていた。学校が終わり、そのまま帰宅すると誰もいなかったので、好物のオレンジジュースを用意し、人目を気にせず寛いでいた時、シェアハウスの管理人で、ゴリラみたいにガタイのいい中年男…家親美咲が突然やって来た。そして海にある依頼を申し込んできたのだ。可愛らしい名前だが、列記とした男性である。海が幽霊を見ることができると知っている数少ない人物だ。彼は如月家と古い付き合いがあり、なんでも如月3兄弟の父親の親友だったそうだ。その馴染みでシェアハウスの管理人を任されている。そんな彼は元々警察官だったということもあり、犯罪被害者の支援ボランティア団体に属している。そこで聞いた話だった。
「いや、俺も人伝に聞いた話だからよくわからんのだがな、なんでもその敷地の前を通り過ぎた女性が急に体調を崩して、原因不明で入院してしまったそうだ。それも1人だけじゃなく何人も。決まって女性だそうだ。おかしいだろ。」
「確かにそうだけど…でも何で俺に?」
「そんなのお前が幽霊見えるからに決まってるからだろ。しかも真実から聞いたぞ?お前能力使いになったんだってな。」
「アイツ…!余計なこと…!!」
海はこの場…シェアハウスのリビングにいない真実を恨んだ。今は海と美咲2人きりだ。
「とにかく!ちょっとでいいから様子を見に行ってはくれないか?何もなかったらそれはそれでいいことだから!何だかその話で女性職員が怖がっちまってよ。なぁ、頼む!」
美咲は手を合わせ懇願した。
「嫌ですよ!俺幽霊一番苦手なの知ってますよね??」
「幽霊嫌い克服したって、真実は言ってたぞ?」
「してねー!何言ってんだアイツ!!つーか幽霊嫌い克服出来るやつなんていないだろ?!」
「なになに?何騒いでんの?」
すると、海がこの場にいない真実に対して、憎悪の念を増幅させていたその時、リビングに誰かが入ってきた。海と美咲が入り口の方を見ると、そこには銀髪が印象的な糸目の青年…高木瑠加が重そうな大荷物を持って立っていた。彼はシェアハウスメンバーの内の1人である。
「ただいま。あおいろ、美咲さん。」
瑠加はいつもの何を考えてるかわからない張り付いた笑顔を2人に向けた。これが彼のいつもの顔だ。海は瑠加の姿を確認すると、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「おかえり、瑠加くん!もう撮影の仕事終わったの?今回は結構忙しくなるって言ってたよな?」
瑠加はその美貌とスタイルを生かし、高校生ながらモデルの仕事もしている、今をときめく男性なのだ。平日は学校を終えると、そのまま仕事へ向かってしまうので、帰りが夜0時過ぎる日が多く、土日はほとんど不在にしている。そんな多忙な彼が、日中に帰ってくることは、かなり珍しいことなのだ。
「うん、でも思ったより早く終わったんだ。は~疲れた。それよりもさ、何の話してたの?」
瑠加は持っていた荷物を適当な場所に置き、海の隣へ座った。
「瑠加くんにはよくわかんないかもだけど、幽霊の話。嫌な話だよ。出来れば代わってほしいくらい。」
海はもううんざりという顔を向けた。
「へぇ、あおいろって霊感強いの?まぁでも、俺もそこそこ霊感あるよ?」
「「え!初耳なんだが?!」」
海と美咲は口を揃えて驚いた。瑠加は2人の表情を見て、クスリと笑った。
「だからその話、俺も聞かせてください、美咲さん。俺もお手伝いしますよ。ただし、あおいろも一緒ならね。」
「は?!俺も?!」
「当たり前じゃん。あ、あと真実ちゃんも加えよう。3人なら怖くないでしょ?」
瑠加は、自身の売りとしている綺麗な長い脚を組んで言った。
「ありがとう!海、瑠加くん!本当に助かるわ~。」
「俺いいなんて一言も言ってねー!!」
海は勝手に話を進められて、ちょっと泣きそうになった。
美咲から話を聞いて2日後の土曜日、次の月曜日から新学期が始まることもあり、海、真実、瑠加の3人は早速例の場所へ向かった。瑠加とスケジュールが合うのは珍しいことだった。いつもだったら喜んでいたものの、事情が事情なので海の気分は全く晴れない。例の場所へはシェアハウスから地下鉄でたったの1区離れただけだった。そんなわけで、3人は午前中には既に到着してしまった。その場所は特に何の変哲も無い小さい一軒家が建っていた。外から見た限りだが、朽ち果てているとか、そこだけ薄暗い雰囲気があるとか、そういうわけではない。噂なんて知らなければ、普通に通り過ぎてしまうだろう。その家のすぐ前方には公園があって、子供たちが無邪気に遊んでいる。至って普通の住宅街一画の光景だった。
「シェアハウスの近くに話題のホラースポットがあったとは…。なぁ、なんか見えるか?」
海は瑠加に向けて言った。
「見た感じ何も見えないよ。他の家と一緒に見える。」
瑠加は目を凝らして見てみるも何も見えなかった。なら(一応)女である真実ならどうか。
「真実は?何かわかった?」
「いいや、インターフォン鳴らしてみるか。」
真実は躊躇うことなくインターフォンを押そうと指を伸ばした。それを慌てて海が止めた。
「ちょ…!ちょっと待って!!お前怖いって!人出てきたらどうやって説明すんだよ?!」
「お宅の家…何かいるみたいなんで、中見せて下さい…とか?」
「完全に不審者じゃねーか!!そんなんで誰が家に上げてくれるんだよ!」
2人のコントのようなやり取りに、瑠加はクスクス肩を震わして笑った。
「じゃあさ、子どものボールが敷地内に入っちゃったんで、取ってもいいですか?とかどう?」
瑠加は公園で遊んでいる男の子たちを指さした。
「なるほど!それが一番無難!家の中は取り敢えずちょっと見るだけでいいし。そもそも体調崩す人が続出するくらいだったら、少し見ただけでわかるだろ。」
「ほーい、じゃあ鳴らすぞ。」
「お前はもうちょい緊張感持てよ。」
真実がインターフォンを押した。しかし何も反応はなかった。
「…?お出かけ中か?」
もう一度押しても反応はなかった。すると公園で遊んでいた小学生の男の子の1人が声をかけてきた。
「なぁ!お前らそこの幽霊屋敷に用あんの?マジでやめといた方がいいぜ!」
「おいクソガキ…。口の聞き方には気をつけろよ…?一応歳上だぞ…。」
海が口を引き攣らせて呟いた。しかし瑠加がまぁまぁと嗜め、海の代わりに返答した。
「幽霊屋敷って…君にはそう見えてるの?」
「うん。オッサンの幽霊が出るんだって。学校のみんながそう言ってて、近づくなよって言われてるんだ。まぁ、逆にそう言われると行きたくなっちまうけどな!でも…」
「でも?」
「面白半分で、俺らのクラスで近く通った奴がいてさ…女子2人なんだけど、そいつらその日から体調崩してずっと学校来てねぇんだ。それからマジでみんな幽霊がいるって信じこんでさ、絶対近づかないようにしてる。」
どうやら美咲の話はただの噂話ではなさそうだ。しかも、ありきたりな子どもの幽霊とか女性の幽霊でないあたりからも、本当の話のように思えた。
「この家に誰か住んでるとか、そんな話聞いたことある?」
「そんな話は聞いたことないな。多分空家なんじゃねーかな?勝手に入るのはちょっと気が引けるけどさ、クラスの女子たちは入ったんじゃね?だって体調崩してるし!」
「そうか…。ありがとう、ある事情で放って置けなくてさ、中入ってみるよ。」
「マジで?!スゲェな…。」
3人は門を潜って中に入って行った。そんな姿を見て、少年は呟いた。
「あんな怖そうでボロっちい家…よく入ろうとするよなぁ…。」
後ろで遊んでいた他の少年たちは、首を傾げていた。
3人は玄関の扉を開けた。その瞬間、嫌な気配を感じた。絶対に何かがいる、という気配だ。
「ごめんくださーい!誰かいる?ボール入っちゃったんだけど!」
真実はそんな嫌な気配など気に留めることなく、大声で叫んだ。
「うぅ…怖い…。やっぱりいるじゃん。ていうかそのボール設定、まだ採用するんか…」
海は玄関の時点で最早怖気付きおり、震った手で真実の袖の端を掴んだ。これぞ本物出演!お化け屋敷って感じだ。全く嬉しくないけど。
「なぁ、2人はどこら辺から強い気配感じる?」
真実がそう尋ねると、2人は口を揃えて
「「2階」」
と答えた。
「じゃあ2階上がってみよう。」
真実は半ば海を引きずる形で、瑠加と共に階段に足をかけた。しかしその時だった。まるで2階に上がるなと言わんばかりに、3人の視界が歪んだ。
「ヤッベ…クラクラする…。おい、大丈夫か?」
真実は後ろにいる瑠加に尋ねた。
「うん、俺は何とか。あおいろは?」
海は「もう無理…死ぬ…」とゲロを吐きそうになっていた。怖いし気持ち悪いしで最悪の気分だった。
「ったく、しょーがねーな。」
真実は軽々と海を背負った。自分よりも1.2倍くらいある、しかも男である海を背負ったのだ。
「…代わろうか?」
「いいよ、別に。大した重さじゃねーし。それよりさっさと上がっちまおうぜ。」
2階に上がると、3つの部屋があった。その内の1つには、平仮名で名前の書いてあるプレートがドアノブからぶら下がっていた。そしてその部屋から明らかに強い気配を感じた。
「『せいこ』って書いてあるな。」
真実が近づいた瞬間、ドアの向こうから赤ん坊の泣き喚く声が聞こえた。
「赤ちゃんの名前か…?」
真実がドアノブに手をかけたその時、背後からその手を強い力で掴まれ静止させられた。その手は背負われていた海のだった。
「あおいろ?」
「違うよ真実ちゃん。それ、あおいろじゃない。」
瑠加がそう言った。
「あおいろの中に何か入ってる。」
すると海が虚な目を真実に向けてこう言った。それは海の声ではなかった。
『お願いだから、開けないでくれ。』
その瞬間、真実は海の腕を掴み、全体重を使って背負い投げをした。そして彼の体を床に押しつけた。その間僅か2秒程度だった。かなりの衝撃を全身に受け、海は少し唾を吐いた。彼女は海の身体をひっくり返すと馬乗りになり、手を背中で拘束させた。大きな音がしたからか、赤ん坊の泣き声がより激しくなった。
「お前、誰?」
真実は真っ黒な瞳で、海の中にいる霊を見つめた。
『ぼ…僕は…この家に住んでいた者で…。』
「ガキがさ、ここでオッサンの幽霊を見たって言ってんだけど、お前のこと?」
『そ…そうだと思います。』
「ふーん…。」
真実は何かを少し考えると、海の上からヒョイっと離れた。
「ごめんごめん、ちょっとビックリしてさ。お前別に私たちを襲う気なかっただろ。殺意を全く感じなかった。むしろ家に勝手に入ってきた私たちが悪い。すみませんでした。」
真実は頭を下げてそう言った。そして再び頭を上げると、赤ん坊のいる部屋を指さした。
「あそこにいる赤ちゃん、オッサンの子ども?」
『い…いや、聖子は…。』
「あの赤ちゃんに関係してるんじゃねーの?今回のことは全部。オッサンはさ、ここが今話題の心霊スポットになってるって知ってる?」
海の姿をした男の幽霊は、下を向いたまま黙ってしまった。
「ねぇ真実ちゃん、どういうこと?」
「瑠加くん、そのままだよ。黙ってるってことは本当のことなんだろうけど、私の予想だと、あのオッサンは赤ちゃんのために、この家の前を通りがかった女性に強い念を押し付けていたんだ。その結果、私たちとは違って霊的なものに耐性がない人は、体調を崩してしまった。」
「でもどうして女性だけに?」
すると海が口を開いた。正確には海ではないのだが。
『すみません、僕が説明します。どうか…聞いて下さい。聖子は…家の前の公園にある公衆トイレに捨てられていました。当時…といっても5年前のことですが、ここに住んでいた私は、泣き声を聞いて彼女を保護しました。その時私は離婚したばっかりで、自分の子供がいたんですけど、もう2度とその子と会わせてもらえなくなったんです。寂しさで気持ちが沈んでいた時、聖子と出会ったんです。最初は警察に連絡しようとしたんですけど、どうしても聖子が欲しいと…我が子にしたいと思ってしまいました。神様が僕にくれた贈り物ではないかと、そう思えて仕方がなかった。そこで僕は罪を犯しました。警察に連絡もせず、聖子を我が子として育てることにしたのです。』
「最悪だな…その聖子ちゃんを捨てた両親は…。」
真実と瑠加は、顔も知らないその両親にどうしようも無い嫌悪感を覚えた。
『聖子との日々はとても大変でしたが楽しかった…。僕は自分の人生の中であの時が1番幸福だったのだと思います。しかし幸せな日々は続きませんでした。警察が僕の家に来て、誘拐犯として僕は捕まりました。実は聖子の母親は、最初は彼女を捨てるつもりで公園に置き去ったのですが、やっぱり無理だったのでしょう、捨てて3時間後に探しに来ていたのです。しかし既に僕が聖子を保護していましたので、誘拐されたのだと、そう警察に届出たそうです。』
「は?何でそうなるんだ?捨てたのは事実じゃねーか。何でオッサンが誘拐犯になる?そんな筋の通らない話があってたまるか。」
真実はやり場のない怒りを覚えた。
『世の中理不尽なことだらけです。ですが、最初に警察に連絡しなかった僕も悪いのです。僕は逮捕され、3年の懲役判決を言い渡されました。そして出所した2年前、聖子にはもう2度と会えない上、近所の人からは白い目を向けられていました。僕は生きる希望も手立ても失いました。なのでここで自分を終わらせることにしたのです。この家は僕のせいで事故物件となり、幽霊屋敷と呼ばれるようになりました。だからここが心霊スポットというのは、強ち間違ってはいないのです。』
「そんなんだ…。でも赤ちゃんが今ここにいるってことは…。」
『はい。聖子は僕よりも前に死んでいました。僕が服役している間のことでした。結局本当の親元に帰れたものの、父親からの虐待で死んでしまったのです。なんでも母親の再婚相手で、血の繋がりがない男だったと聞きました。あまりに悲惨な結果だったので、刑務官がひっそり教えてくれたのです。』
「そのクソ親は今どうなってるんだ…?」
『もちろん2人とも逮捕されました。でも僕は…どうしても許せない!!聖子の命をおもちゃとして考えてなかった奴らも!僕から生きる希望を取り上げた元妻も!死んでさえも黒い感情が沸々と湧き出てくるんです。僕はその怨念でここにいるのだと思います。おかしいですよね、聖子とは全く血が繋がっていないのに…。』
「おかしくなんかない。」
真実はハッキリ言った。
「おかしくなんかないよ。間違いなく聖子ちゃんの親はオッサンだ。聖子ちゃんはお前のことを自分の親だと認めているから…だから死んでここに来たんだと思う。帰ってきたって感じなんじゃねーのかな。それにしてもクソ親が許せない…。毎回思うんだ…生きてる人間の方がよっぽどカスなんだって…。」
「真実ちゃん…。」
真実は明らかにイラついていた。霊感を生まれつき持っているが故に、他にも胸糞悪い話をいくつも聞いてきたのだろう。瑠加は真実を宥めるように彼女の肩をぽんぽんと叩き、本題に話を戻した。
「それで…女性ばかり狙っているのはどうしてなんですか?」
『あぁ…すみません!狙っているなんて、そんなつもりないのです。ただ…優しそうな女性が家の前を通ると、あんな感じの女性と一緒に聖子を育てられたら幸せだったんだろうなって思ったり、もし聖子が生きていたら、今頃小学1年生くらいなので、それくらいの女の子が前を通ると、こんな子が聖子のお友達になってくれたのかなって思ったりしてたんです。僕の未練…なんですよね、きっと。それが原因なんだと思います。関係ない方々に、ただただ迷惑をかけて、申し訳ない気持ちです。』
「そういうことだったんですか…。なんかさ、この人悪くないのにこっちの都合で無理やり成仏してもらうのっていうのも嫌な話だよね。やっと2人で暮らせるのにそれを阻害してしまう感じで…。」
瑠加は顔を顰めた。このままここに留まっていることはいいことではない。しかし、幽霊の気持ちを蔑ろにしていいとも思えないのだ。
「うん。だから、成仏しなくてもいい。」
真実がとんでもないことを言った。
「え?」
「だから、したくなったらすればいいんだよ。要はここの前を通って体調を崩す人を無くせばいいんでしょ?だったらさ、私に1つ考えがあるんだけど、瑠加くん手伝ってよ。あおいろは強制的に手伝わせる。」
「…?」
瑠加はキョトンとした顔で真実を見た。真実はお得意のしたり顔を見せた。
「なぁなぁ!俺が気絶してる間に何があったんだよ?」
家から出たあと、海は訳もわからず真実と瑠加に連れられて、近くの百均に来ていた。
「ていうか何で百均?!どういう流れでこうなったの??」
「うるせーなぁ。あとで説明してやるから、取り敢えず女の子が喜びそうな可愛い布選んでよ。」
真実は心底面倒臭そうな顔で海を睨んだ。
「そんなこと言ったってわかんねぇよ!お前の方が女なんだからわかるだろ?!」
「いや、全くわかんない。」
「お前なぁ…。」
3人は百均の裁縫コーナーへ来ていた。真実はカゴいっぱいにハートや動物柄のアップリケを入れていた。瑠加はつっぱりとフックを持ってきた。
「あったよ。ないかと思ってたけど、売ってるもんなんだね。」
「瑠加くんナイス!ほら、あとはお前だけだぞ。」
「そんなこと言われたってよぉ…。じゃあこれなんかどう?」
海が2人に見せたのは尺取り虫柄の布だった。
「めっちゃ可愛くない?特にこの小さいお目々!」
「「可愛くない。却下。」」
真実と瑠加は口を揃えて言った。
百均の次はクラフトショップに赴いた。結局海の選んだ布はその後もことごとく却下され、瑠加が選んだハートとリボン柄の布となった。
「選べって言ったのそっちじゃん…。」
道中海はずっとブツブツと文句を垂れていた。そんな海を真実と瑠加は無視し続けていた。そしてクラフトショップの中に入ると、またもや布を選び始めた。今度は大きくて丈夫な布だ。
「もう俺選ばないからな!」
「そこは安心しなよ。俺と真実ちゃんが選ぶから。あおいろはチャコペンとまち針、メジャーを持ってきて。」
「わかったよ…。」
瑠加のテキパキとした指示に、海はどうにも納得いかないという顔をして、言われた通りの物を回収しに行こうとした。
「あ、あとテープも持ってきて!」
「あーもう!わかったよ!」
次の日、3人は昨日買ってきた材料とシェアハウスからミシン、アイロンを持って、例の家へやって来た。すると、昨日の少年も同じタイミングで公園へやって来た。全くの偶然である。
「え…何しようとしてんの?」
少年は不審そうな目を3人に向けた。
「何って、DIY?」
真実が答えた。
「は?!昨日この家入っちゃったから、頭バカになったの?!」
「馬鹿じゃねーよ!クソガキ!」
海は鬼のような形相で少年に詰め寄り、彼の右腕を掴んだ。
「丁度いい…お前も付き合えよ!」
「は?!嫌だわバカ!入りたくないって昨日話しただろ?!あんなオンボロ屋敷…ってあれ?」
少年が指を差した先には、普通のどこにでもある小さな一軒家があった。しかしそれは、いつも彼が見ている光景じゃなかったのである。
「は??何で?!」
「何でって、オンボロ屋敷って何だよ?こっちが聞きてぇんだけど。」
「いやいや!おかしいって!!あそこにぶっ壊れた家があっただろ?!」
「いや、俺たちには昨日から普通の家にしか見えてなかったけど。」
「嘘?!人によって見え方違うとかあるの?!」
少年が混乱していると、真実が言った。
「強い霊感がある私たちには、家の本来の姿が見えてたんだよ。つまり、今お前の目に映っているものは、この家の主人がいた頃の家の姿。お前に今までずっと見えていたものは、主人が居なくなって時を経た家の姿。だからお前が今まで見てきたものの方がまだ正しい。今海に腕を握られてるだろ?それで海の霊感を一時的に少しだけ受け継いだ状態になったんだよ。だから今、私たちと同じように見えてるんだ。まぁ、こんなことできるなんて、霊感持ってる奴でも稀だけどな。」
「そ…そうなんだ…。スゲェ…。でも普通に行きたくねぇ!」
「いや!来てもらう!なんせ人手が要る!DIYするからな!男なんだから体調崩さねぇしいいだろ!」
海はそう言うと、少年を掴んでいる腕をグイッと引っ張った。
「そういう問題じゃねぇし!嫌だぁぁぁ!!」
少年は強制的に引きずられ、家へと入っていった。続いて真実と瑠加も中へ入った。
「そういやお前の名前何?」
海が少年に尋ねた。
「まず自分の名前名乗れよ!」
「へーへー!可愛くねぇガキ!俺は青井海な!はい!お前は?」
「戸塚天。」
「ふーん、天ね。」
「名前なんてどうでもいいんだよ!それよりもDIYって何?!」
「カーテンを作る。」
「カーテン?何で?」
「何でって、そりゃ幽霊のためだよ。」
「いやだから何で?!」
「だー!グダグダうるせーなぁ!取り敢えず2階にカーテンつけるんだよ!ついて来い!」
「はぁ?!」
2人が大声で言い合いをしているのを真実と瑠加は後ろで見ていた。
「仲良いよな。似た物同士って感じ。」
「ほんとほんと。同じレベルって感じ。」
4人が階段を上がると、昨日海の体に入っていたやつれた中年男の幽霊が待っていた。彼は死んだ時の服装…草臥れたTシャツとジーンズを着ていた。それだけなら普通の身なりだが、しかし普通の人間なら絶対ついてないものが1つ…彼の首には痛々しく紫色に変色した縄の跡がくっきりと残っていた。天は彼を見て心臓が飛び跳ねた。
「うわ!誰かいた?!も…もしかして…この人が…。」
『えっと…この子は…。』
幽霊も海に困った顔を向けた。
「公園にいたから連れてきた。」
『え?!巻き込んでいいんですか?』
「いいのいいの。どーせ暇だから公園来てたんだろ。」
「ちげーし!」
『あ、えっと…驚かせてしまってすみません。僕はこの家に住んでいた者です。その…この家に悪い噂があるみたいで…それ、全部僕のせいです。変に怖がらせてしまい、すみませんでした。』
天は男を見て少しほっとした表情をした。
「なんか…優しそう?思ってたのと違うっていうか…。」
「幽霊が全部悪い奴って訳じゃねーぞ。」
真実が天と海の間に割って入ってきた。
「幽霊はこの世になんらかの強い想い…未練を残して、あの世に逝きたくても逝けない奴のことな。それは誰かに対する強い恨みだったり、恋心だったり様々だけど、基本生きてる人間と一緒。」
「じゃあこの幽霊のおじさんもなんらかの想いを残してるってこと?」
「ま、そゆこと。大丈夫。もっと厄介なのは他にもたくさんいるから。」
「それ大丈夫なのか?それこそ死んでも会いたくないや。本当にこの人は悪い幽霊じゃないんだよな?」
「そうそう。フツーに接してあげてよ。じゃ、早いところ取り掛かりますか。」
真実がそう言ったその時、昨日と同じようにまた赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
『あぁ、僕が急にいなくなったから…。』
「幽霊のおじさん、この家赤ちゃん住んでるの?」
天は勇気を振り絞り、初めて幽霊に話しかけた。
『うん。と言っても本当は僕の子供じゃないけどね。』
「もしかして赤ちゃんももう…死んじゃってるの?」
『うん。』
「そう…なんだ。」
返事を聞いて、天の表情は一気に暗くなった。
4人と1人の幽霊は、赤ちゃんのいる部屋で早速カーテン作りを始めた。しかし天は赤ん坊がどうしても気になるからか、少し作業をすると赤ん坊の様子を見に行き、遊んであげる、ということを繰り返していた。
「やっぱりめっちゃ可愛いなぁ…。本当に生きてるみたいだ。」
天は赤ん坊を見つめて顔を緩めた。そんな彼の様子を、海は見ていた。
「天、小さい子が好きなのかな。めっちゃ面倒見がいいな。」
『いいですね。なんだか僕の本当の子供がいたら、こんな感じだったのかな。』
幽霊の男は眩しいものを見るように、目を細めた。それは男が夢にまで見た自身の夢に近かった。
「そういやさ、どうしてカーテン作ってんの?そろそろ教えろよ。」
天が聖子をあやしながら、真実の方を振り向いて言った。
「カーテンはな、このオッサンが外を見る機会を減らすためだよ。このオッサンが、無意識のうちに、この家の前を通り過ぎた女性や女の子に自分の叶えたかった夢を重ね合わせてたんだ。残念だけど、それは生きてる人間にとっては害でしかないからね。人間の強い念がのしかかるってわけだから。だからそれを防ぐためのカーテンな。せっかくなら可愛くて新品の付けてあげようと思ってね。」
「そうなんだ。あぁ、このハートとかの布の柄は赤ちゃんの為なんだ。」
「そうそう。あと幽霊であるオッサンは物体に触れることができないからさ。新品のカーテン付けてあげたら、必然的に外を見る機会が減るかなって。」
「なるほど。これで変な噂が消えていけば、この子もここでずっと幽霊のおじさんと過ごせる訳だし…それはそれでいいよな。」
「何お前、もしかして2人にずっとここにいて欲しいとか思ってる?」
「そ…そんなことは…」
すると海が「駄弁ってないで早よ手伝え」と横槍を入れてきた。
そんなこんなで作業開始から2時間、やっとカーテンが完成に近づいてきた。
「はぁ、やっとここまできた…!裁縫なんて家庭科でちょっとしかやったことねぇし、そもそもミシンなんて触ったこともなかったから、マジでキツかったわ…。」
「よかったね、あおいろ。俺がミシン扱えて。」
瑠加はあの張り付いた笑顔で言った。
「マジで助かった、瑠加くん!それに比べて…おい!クソ真実!お前はもう少し手伝えよ!!俺ら2人に任せっきりで、何聖子ちゃん可愛がってんだ!!」
真実は既に30分くらいずっと、天と共に聖子をあやしていた。
「だって可愛いんだもん。頬っぺた団子みたいにぷにぷにだし…。」
真実は聖子の頬を優しく突いた。すると聖子は面白いのかキャッキャと鈴のような声を立てて笑った。
「あー!もう後はお前らがやれ!今度は俺らが聖子ちゃんあやす番だ!」
よっぽど羨ましかったのだろう、海は真実の腕を引っ張り、ミシンの前に座らせた。
その光景を見ていた天が疑問に思った。
「ねぇ、何でお前らは聖子ちゃんに触れるの?さっき幽霊は物体に触れないって言ってたじゃん。」
それには海が答えた。
「あぁ…俺たちはその…霊感が強すぎて、触れちゃうんだよ。さらに言うなら、生きてるモノと区別がつかないくらい、この世にいちゃいけないモノがハッキリ見える。」
「そうなんだ。そんな人本当にいるんだ…。」
「まぁかなり稀だけどな。」
「いいな。お前の霊感、俺も欲しいよ。」
天は心底羨ましそうに言った。
「え~こんな力あったところで、怖い思いするだけだけど。やっぱり聖子ちゃんに触りたい?」
「それもそうだけど…だって…俺…!」
「おーい、カーテン出来たよ!後はアップリケ適当につけるだけ!」
天が何かを言おうとしたところ、瑠加が2人を呼んだ。
「ほら、天もつけるぞ。」
「…うん。」
「完成!!!」
作業開始から2時間30分、やっとカーテンが1つ完成した。ハートやリボンの柄の布に、下にパステルカラーのユニコーンや星のアップリケがついている、いかにも女の子が喜びそうなデザインになった。
『うわぁ、とても可愛いですね。すみません、僕触れないもので、何もお手伝い出来ず…。』
「いいのいいの、気にしないで。後はフックとつっぱり通して引っ掛けるだけだ。」
その作業は背の高い海と瑠加が窓の柵になんなくやってしまった。
「上出来じゃん!可愛い!」
真実が目を輝かせた。太陽の光がカーテンに当たって、ハートやリボンがキラキラしていた。海も瑠加も何となく達成感があって、気分がスッキリとした。
「これなら聖子ちゃんもきっと喜んでくれるな。」
「これを機にこの部屋全体DIYしてぇな!」
真実がサラッと恐ろしいことを言ったので、海と瑠加は口を揃えて言った。
「「それは無理!!」」
『でも…これで僕も関係のない方に強い想いを無意識に向けなくてすみそうです。』
「心が落ち着くまでさ、別に聖子ちゃんとここにいてもいいから。逆に誰かがここを荒らそうとしてたら、私たち呼んでよ。すぐブッ飛ばしに行くわ。」
「おい、真実。言い方が物騒だ。」
海は真実の頭にチョップを入れた。
「まぁ、コイツの言ったことは本当なんで。」
『本当にありがとう。君たちとは、生きていた時に出会いたかったな。ところで、時間は大丈夫ですか?』
海が政由から以前もらった腕時計を見ると、もう短針が3を指していた。
「うわ、もうこんな時間か。俺課題残ってるから帰らないと。」
『学生は大変ですね。僕もガキの頃は課題に追われてたなぁ。』
「無意味に多く出してくるからさ、先生は。おい、俺たちはもうお暇しようぜ。てか真実、お前俺より課題残ってただろ。」
「ヤベ。忘れてた。」
「天も帰ろうよ。…天?」
海は天を見ると、天は聖子の寝ているベッドにべったりくっついて、動きたくないようだった。
「どうした?お前。帰りたくねぇの?」
「……うん。帰りたくない。」
天は暗い表情をしていた。
「お前、どんだけ聖子ちゃん気に入ったの…。」
呆れ顔の海を真実が押しのけ、真剣に天と向き合った。
「天、お前…どうした?帰りたくない理由でもあるのか?」
「だって…母ちゃんが…母ちゃんがすごく落ち込んでるんだ。それこそ死んじゃいそうなくらい。あんなの…あんまり見たくねぇよ。」
「何か悲しいことがあったのか?」
「うん…。父さんは俺がまだ子供だからって、あんまり教えてくれなかったけど…俺、妹ができる予定だったんだって。」
「え…。」
天から出た言葉は予想外のものだった。「だった」ということは…
「けど、何か知らんけどさ、妹やっぱり生まれなかったみたい。俺…めっちゃ楽しみにしてたからすごく残念だったけど、それよりも病院から帰ってきた母ちゃんが…。」
「そうか…。」
「母ちゃん今いっぱい薬飲んでてさ、何も食べないし、ずっと引きこもってるし…。父さんもすっごく苦しそうなんだ。あんな暗いところ…帰りたくねぇよ。だから俺、毎日出来るだけ公園来て時間潰してんの。俺さ、生まれてこなかった妹が、父さんと母ちゃんをめちゃくちゃにしたんだって恨んでた。何で生まれてこなかったんだって、だったら最初から母ちゃんの腹の中に来んなよって…。でも…聖子ちゃん見てさ、もしかしたら俺の妹もこんな風に可愛かったんだろうなって思って…そう思ったら、やっぱり妹欲しかったなって…。」
天から大粒の涙が、小さい目からボロボロと溢れてきた。天は必死に涙を拭った。すると天には触れることはできないはずの幽霊の男が、天と目線を合わせるように腰を下ろし、彼の頭に手を乗せた。
『それはすごく辛いね。お母さんもお父さんも今、苦しみの中にいて、天くんも一緒なんだね。僕もさ、生きてる時…出口のない苦しみの中にずっといたから、気持ちは痛いほどわかる。だからさ、これからもずっとここに来ていいよ。それで目一杯妹として、聖子を可愛がって欲しい。君はとても聖子を可愛がってくれたから、聖子も君が来ると喜ぶと思うし、僕も嬉しい。でもね、僕は自分で自分の人生潰してしまったけど、君はまだ大丈夫。だって生きてるから。死ぬこと以外は、どんなに苦しくても、いずれ過ぎ去っていくよ。』
「ほ…本当かな…。」
『うん。もしまた辛くなったらここにおいで。僕が話を聞くよ。人に話すだけで、だいぶ楽になるはずだから。』
「でも…俺、海みたいに霊感ないし…。」
「それは大丈夫。お前もともと素質あるから。」
真実が言った。
「お前、元はこの家がオンボロ屋敷に見えてたって言ってただろ?霊感0の人間がここ見たら、そんなふうには見えない。」
「え…どういうこと?」
「昨日帰ってから調べたんだけど、この家、オッサンが死んで1年後取り壊されたんだよ。だから霊感ない人がここを見たら家どころか何にも無い空き地にしか見えないってこと。お前はボロボロ家…つまりオッサンがいなくなって朽ち果てた家の姿が見えてたってこと。ていうか、瑠加くん…天に昨日出会った時に気づいてたよね?」
真実はそう言うと、確かめるように瑠加の方に振り向いた。
「うん。まぁね。天を困らせるかなって思って言わないようにしてたんだけど。」
瑠加はバレちゃったか~というように頭を軽く掻いた。
「通りで瑠加くんの言葉が引っかかるなって思ったんだよ。『幽霊屋敷って…君にはそう見えてるの?』っていうあの言葉!」
海は全く気づいてなかった。地味にショックだった。
「嘘…俺だけ何にも気づいてなかった…。」
「じゃあ俺、ちょっとは霊感あるんだ!もしまたここ来ても、聖子ちゃんと幽霊のおじさんが見えるんだ!」
「そうじゃね?まぁ、見えなかったら海に会いに来いよ。また腕握ってもらえ。コイツ大抵暇だからさ。」
「おい!俺はそんなに暇じゃねーよ!!」
3人は天と別れてシェアハウスへの帰路についた。
「マジでいいオッサンでよかったよ!また俺も会いに行こ~。」
「昨日は気絶してたくせによく言うね。」
瑠加は軽い笑顔で言った。
「瑠加くん!!掘り起こさないで!!」
「でもやっぱり人間ってすごい。自分と関係のない、血の繋がってない人でも、家族のように大切にできるんだね。」
「瑠加くんも人間だろ…。うん、でもそうだな。オッサンみたいにできる人もいれば、できない人もいる。それこそ聖子ちゃんの生みの親みたいに。オッサンみたいな人、もっと増えればいいのにな。」
「うん。愛だね。」
瑠加が納得したように言った。
「愛?」
「これを愛と呼ばずに何て言うの?この世で一番輝かしいものだ。はぁ、生きててよかった。」
瑠加は顔を赤らめて恍惚の笑みだった。先程の軽い笑顔とは正反対だ。
「また宗教っぽい…随分壮大なことを言うね、瑠加くん。」
「あ、俺疑問に思ってたんだけど、俺たちが作った新しいカーテンって霊感のない人にも見えるの?だったらさ、何もない空き地にカーテンだけあるっていう状況になるよね。ヤバくない?」
瑠加は思い出したように言った。
「あぁ、それは大丈夫。あの家自体が、この世とあの世の境目にある存在だから。あのオッサン、実はもう半ば成仏してんのよ。だけど聖子ちゃんのことを思ってまだここに無理矢理いるって感じ。だから家の中に入った時点で、私たちの姿も霊感のない人には見えなくなってるはず。だからカーテンも見えないよ。天は霊感があるから、昨日私たちが家の中に入ったように見えてただろうけど、他の周りの子達は首を傾げてたでしょ?あれ、私たちの姿が忽然と消えたように見えたんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。俺たち神隠しに合ったみたいだったんだね。しかし真実ちゃん、よく知ってるね。」
「まぁ、物心ついた時にはこうなってたし、私もいろいろ経験してんのよ。それよりもさぁ…腹減った。昼食ってねぇし、今日の晩飯何かな。」
「今日の晩飯当番、真実ちゃんだよ?」
シェアハウスでは掃除、夕ご飯、洗濯の3つの当番がある。それぞれ1週間で変わっていき、夕ご飯当番は献立を決めて食材を調達しなければならない。ちなみに料理は、得意なメンバーが1人いるので、その人に作ってもらう。朝ごはんもそのメンバーが作っているのだ。よってその人だけは当番制から外れているので、すぐに次の当番が回ってきてしまう。今週は真実が夕ご飯当番だった。
「ヤッベ、すっかり忘れてた!たっくんにドヤされる!あおいろ!瑠加くん!買い物付き合って~。」
「嫌だよ!俺課題あるし、アイロンとミシン持って行きたくねぇよ!」
海の両手は塞がっていた。ジャンケンに負けたのである。
「え~どうしよっかな。じゃあさ、帰りアイス食って帰ろうよ。あ、でもあおいろは今から帰るんだよね?じゃあ俺と真実ちゃんで行ってくるよ。」
「何でそんな意地悪言うの!?俺もやっぱり行く!!」
3人は出会ったのがつい1週間前とは思えないほど騒がしく、しかし楽しそうにスーパーへ続く道を歩いて行った。
その3人を背後からじっと見つめる1人の男がいた。男は少し笑っていた。
「見つけた。」
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