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第一章

1.「Jailhouse Rock」

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 週明けの月曜日だった。私は早めの五月病を押し殺し、重い足を引きずって高校へ赴いた。私の属する2年五組の教室は三階にあり、目的地までの長い階段を猿投山さなげやまを登る老者のような足取りで進んだ。
 教室についてからは、冷たい机に顔を伏して座った。
 ――閃光のように現れた「ハルカ」。彼女は一体……。
 フォーカスが壊れた写真機のように、ぼやけた春の窓にそんな思慮を溶かしていた。
「よお、フクチ」
 温かい空想を割いて、背後から男が声を掛けてきた。まだうつつに帰れていない私が体を起こしながら不明瞭な声で返すと、男は続けた。
「どうしたんだ。そんな物憂げな顔をして」
 彼の名はイガラシという。こんな私が、まだ汚れも誇りも知らぬ純真無垢だった幼稚園児の時代から、今日に至るまでの誰にも望まれぬ長い付き合い。純粋なである。
「僕は五月病に入ったんだ」
「何を言ってんだ。まだ四月も中旬だぞ。そんなことでこの先やっていけんのか」
「……知っているか? イガラシ。北欧では週休三日制が試験的に導入されている」
 イガラシの発する「正当」な意見が、私の中の何かに火を付けたので論争を仕掛けることにした。
「あ?」
「労働と休息のバランスを考えるなら、四対三にするべきだろ。こんなのものは教育機関とは呼べない。言うなればだ」
 私の理路整然とした反論が鮮やかに決まったかのように見えた。すると、イガラシは愛想をつかしたように「はぁ」とため息を落として、また返した。
「大抵の人は土日も部活もやってんだぞ」
「それは好き好んでやっているんだろう。文句を言うな」
「じゃあお前も高等教育は義務じゃないんだから、好きにしていいぞ」
 イガラシは手を挙げて、いやらしく教室の出入口へと私を促す。
 私は黙してまた机に伏した。決して白旗を上げたわけではなく、まだ本調子でない朝の呆けた私には、反論する気力がなかったのだ。
「ま、今ある枠から脱するための努力もしてないお前に、とやかく言う権利なんてないってことだ」
「……イギリスの言葉にはこんなものがあるぞ」
「はぁ?」
「『待っている人のところに幸運が訪れる』ってな」
「じゃあ、老い死ぬまで待ってろ」
 イガラシは頭の回転が速く論理的で、なおかつ真っ当な人間であるため、ときに人を助け、ときに人を不快にする。このように。
「うぃす。どうしたんだ死んだ顔して」
 後ろから気の抜ける声がした。
「よおマナカ。フクチはここで朽ち果てるまで待ってるらしいぞ」
「はぁ? 話が見えねぇ!」
 何も考えていなそうな短髪の男は、マナカと言った。マナカもイガラシと同じで、私と悪縁の続く人間だった。
 彼を一言で表せば、向こう見ずな阿呆だ。その言動は、私やイガラシに多大な迷惑を掛けていたが、私は何とかしてそのほとんどをイガラシに押し付けていた。
「で、お前ら数学のプリントやってきたのか?」
「は?」
 イガラシの問いかけに対して、私とマナカの声が重なった。
「いや、今週は数Ⅱの課題出ていただろ。B3のプリントだよ」
 春雷にしては少し遅い、青天の霹靂であった。
 その存在すら失念していた私は、少し考えて最善と思われる手段を取った。
「イガラシ君、コーラ一本で手を打たないか」
「何を平然と写そうとしてるんだ。自力でやって昼にでも出し行け」
「……モテないぞ」
「男にモテたくもない」
  
 午前の授業演目が終わり、学徒がしばし勉学から解放される昼休みに、私は一人で職員室に向かった。
 毎週の課題は朝に回収されるため、忘れてしまった暁にはこのような辱めに合わされる。これが教育なのかと静かな怒りを持って歩いた。私と同じく課題をしていなかったマナカは「俺は逃げる」と言っていた。
 節電という名目で電気の消された廊下には、日が射す窓もなく、それこそ刑務所のように暗い。面白くない数学の課題プリントを持って監獄を進むと、定刻を知らせる鐘が響いた。
「マイクテスト、マイクテスト……」
 鐘の余韻が終わると、放送部の昼の放送が始まった。普段、この時間は教室でイガラシや他の阿呆共と実りのない会話をしているため、まともに聞いた記憶がない。
 
 しかし、その時だけは「あの声」を聞き逃さなかった。逃すはずもなかった。
「時刻は十二時三十分!  みなさん、こんにちは! 放送部です!」
 底抜けに明るい声のトーンや、全ての文末にエクスクラメーションマークがついているような喋り方。スピーカーから流れてきたのは、間違いなくあの「ハルカ」の声だった。
 私はしばらく混乱して立ち止まっていたが、ハルカの存在をこの目で確認するために、職員室の隣にある放送室へ向かおうとした。
 しかし、その瞬間に目の前の古い扉が開いた。
「おお、フクチじゃないか。プリント持ってきたのか?」
 厳たる顔の担任に声をかけられてしまった。
「……はい。完全に存在を忘れてしまって」
 それどころではないのだが、私も話かけられた教師を無下にするほど礼を知らない人間ではない。
「まぁ、お前は勉強でもなんでもやればできるやつなんだから、課題はしっかりやって来いよ」
 私がなんとか空欄を埋めたプリントを見て、彼は小言を続けた。私はどうにか素早く切り上げようとした。
「はい、すみません。では」
「あ、ちょっと待って。ついでだし面談しないか。そろそろフクチの順番だったと思うしな」
 私は思わず「え」と発してしまい、担任の当惑する顔を見て、泣く泣く了承した。
 
 完全に足止めを食らってしまった。
 それから十五分後、面談という名の説教が終わると、ほぼ同時に校内放送も終わってしまった。
 私は息苦しい大人達の部屋を出てすぐ、「ハルカ」を一目見ようと放送室の方を見た。
 そこには、二人の女生徒が放送室の前に立っていた。一人は黒のセミロングで、目の大きい朗らかな雰囲気の女子。一人は茶の入ったショートヘアにメガネをかけた小柄な女子だった。見たことはなかったが、学年指定の上履きを見る限り同級生のようだ。
 その二人をじっと見ていた私を不審に思ったのか、メガネをかけた女子が話しかけてきた。
「あの、なんですか?」
「え。いや、その」
 突然話かけられたため、私は、犯行現場を見られたかの如く不審で悍ましい動揺をしてしまった。
 ただ、メガネの彼女の声がハルカのものでないことはすぐに理解した。
 すると、私の口は、私も気づかないうちにもう一人の女子に対して質問していた。
「君は、ハルカなのか?」
「え?」
「先週、ラジオを……『R-MIX』をやっていたハルカは君なのか?」
 初対面の人間に対する、訳のわからない問いかけ。自分でも気味の悪いことをしていると思った。仮に彼女がハルカだったとして、その先に何を考えてもいない。ただ、どうしても確かめたかった。
 セミロングの彼女は、私の突然の質問に少し驚いた様子を見せた後、すぐに真顔に戻って言った。
「どうだった?」
「……え?」
「私のラジオの感想を、リスナーの貴方に聞いているの。どうだった?」
 声と言葉を聞いた瞬間、私は彼女が間違いなく「ハルカ」だと確信した。
 それから、彼女の質問返しに戸惑いながらも、簡単に答えた。
「すごく、よかった」
「具体的には?」
 彼女は被告人への詰問のように私に迫ってきたから、私は実直にした。
「その、ハッキリ喋ってて聞きやすかったし、コーナーの進行も手際が良かった。と思う」
「ふーん。それから?」
「……それからって」
「それから何かある?」
 彼女は真剣な顔で圧を掛けるようにこちらを凝視している。私の脳内のゆとりはどんどんと狭くなって、その空間から追い出された言葉たちをそのまま並べるほかなかった。
「あ、選曲のジャンルはもう少しバラバラにした方がいいんじゃないか」
 私の言葉を聞いて、彼女は「え」と発した。まさかの返答に豆鉄砲を食らったようだったが、もう私のタガは外れてしまっていた。
「君はパンクが好きなようだけど、『R-MIX』はロック全般を流す番組だろ。あの時間帯ならいろんな人が聞いているだろうし、あまりジャンルの偏ったコアな選曲は避けるべきだと思う」
 彼女の顔は着々と曇っていく。しかし、一度堰を切った頭首工からは、意志に関係なく言葉が溢れ続けた。
「あと、ちょっと主観的な感想とか話が多すぎるような気もした。聴いている人が置いてかれてる印象を持ってしまうと、それを聴き続けるのは苦痛だと思う。例えば、フルタさんは……」
「もういい!」
 粗雑な意見陳述をかき消すして、彼女は透明度ゼロの大声で叫んだ。私はずっと前からをしている自覚があったので、身を構えた。
 しかし、彼女が次に言った言葉は、全く予期せぬものだった。
「気に入った!」
 彼女はニヤッと口角を上げた。
 
「貴方、私と一緒にラジオやらない?」
 
 平静を保とうとする川の水面に、一つの巨岩が投げ込まれた。そこに広がる波紋の様に、私の中では混乱が起きていた。
 一緒に、ラジオを、やる。
 各々の単語の意味は分かっても、それらのまとまりがこの場所、この時間、この状況で彼女から私に向けられると、全く理解の及ばないものになった。
 呆然とする私を無視して彼女は続けた。
「名前は?」
「……フクチ」
 私が返すと、彼女は手を顎先に当てて沈潜を始めていた。
 何となく生まれたその気まずさを拒絶して、私は「君は」と聞いた。
 しかし、彼女は私の質問に神経を割く様子も見せない。
 もう一人の眼鏡をかけた彼女も困惑しているようで言葉はなく、私たちの横を何人が通っても、ずっと真空のような空間が続いていた。
 ハルカは壁を机にして、手に持っていた紙の裏に何かを書きだした。
 すぐにそれを書き終えると、私に「ほら」という様子で差し出した。
「今週の土曜日、十二時半にRAR-FM本社の一階にあるカフェに来て」
 こう言い残して、彼女たちは去っていった。
 渡されたメモには、店の名前と思われる字面が殴り書きで残っていた。
 これが、私と「ハルカ」とのの邂逅だった。
 
 ♪♪♪
 
 その週末、十二時十五分。私は呼ばれたとおり、RAR-FMの入るビルの中にいた。
 この私が貴重な休日を使い、なぜここまで来たのかは自分でも分からない。ほぼ一方的に押し付けられた約束なのだから無視を決め込んでしまえという悪魔のささやきを、一握りの良心が抑え込み、気づけば地下鉄に乗っていた。
 全く知らないビル内を右往左往していると、時間が経つたびに暗中を進むような不安が増す。既にここまで来たことを後悔し始めた。
 ビルに入ってから五分ほどかけて、フロアの一画に長い店名の看板を見つけた。
 私は身を逸らして店内を覗いた。すると、奥のテーブル席で顔ほどの大きさのハンバーガーを食べるハルカを見つけた。目が合ってしまった。
 もう帰れなくなってしまった私は、最適解も分からぬまま店を進み、「どうも」と言って彼女の向かいに座った。
 彼女は口に付いた赤いソースを拭く。
「来ると思った」
 彼女は何度も観た映画のクライマックスを迎えるように、得意げで見透かした顔をした。
「……すごいサイズのバーガーだな」
「貴方も何か食べれば?」
「結構です」
 彼女の持つハンバーガーはみるみる体積を減らしていき、横に置かれたコップも結露を付ける前にかさを減らしていった。
 昼時の店内はそれなりに人が入っており、その話声やぶつかる食器の音が、かえって私たちの沈黙を際立たせてい。
 その奇妙な冷戦はしばらく続いたので、私は本題について切り出した。
「それで、ってどういうことなんだ? さっきどうにか守衛の人に説明したけど、怪訝そうな顔されたぞ」
 彼女は一瞬、ハンバーガーを持つ手を止めて宙を見た。
「うーん、まあ詳しいことは後で。とりあえず私についてきて」
 彼女は、随分小さくなった茶色の欠片をペロリと飲み込むと席を立った。
「じゃあ、行くよ。私達のスタジオに」
 ハルカは大人ばかりのビルを堂々と進み、私はその後をぴったりと付けていった。
 それから、エレベーターで五階まで上がり、廊下を少し歩いたところで止まった。
「さぁ、入って」
 彼女に導かれて部屋に入ると、そこには大がかりな機械の並ぶコントロール・ルームと防音ガラス越しのブース、そして三名のスタッフらしき大人。私の頭の中の「スタジオ」そのものが存在した。
「あ、ハルカそろそろ最終チェックを……」
 三人のうち、唯一の女性がこちらを振り返り、私を見つけた。
「あら、この子は?」
「彼がフクチ君よ」
 私が「どうも」と少しどもって礼をすると、
「ああ、なるほど。この子が例の……ふむふむ」
 このスタジオのスタッフと思われる彼女は面白そうに私を見つめた。
 私は品定めされる骨董品の気分になり、心のBPMがどんどん加速していた。
「彼女は、R-MIXのプロデューサーのシイナさん」
「シイナです。よろしく」
 彼女は慣れた様子でサッと手を出したので、私は何年かぶりに握手をした。
「そうね。フクチ君はとりあえずここに座って、このスタジオの様子でも見ていてちょうだい」
 シイナは、立派なオフィスチェアの背もたれをポンと叩いた。
「……ということで、じゃあ放送終わったらまた」
 ハルカは顔の横に手のひらを挙げ、少し離れたブース前のテーブルに移動した。
 彼女らは打ち合わせを始めたようだった。
 私は、針のムシロにいるような緊張感と、大好きだったラジオが生まれる場に居合わせている高揚感で少しの吐き気さえ覚えていた。
 こんな気持ちはいつ振りのことだっただろうか。

「五秒前っ! 四、三……」
 シイナの掛け声の後、聞きなれたR-MIXのジングルが流れた。番組の始まりを示す。
 今日のオープニングトラックは、今売り出し中の若手邦ロックバンドの新曲だった。
 ハルカやスタッフは全員が真剣な顔つきでそれぞれの役割をこなしていたが、スタジオには不思議と和やかな雰囲気が漂っていた。
「R-MIX!  みなさんこんにちは!  ラジオパーソナリティのハルカです!」
 二重人格とも思えるような、演者としての「ハルカ」のステージが始まった。
 彼女は、コマーシャルと曲以外の時間を、豪雨の河川のようなで喋りで埋めた。
 それでも、彼女の言葉は妙な説得力を持ち、私の耳と心に流れ込んできた。
 
 番組が始まって三十分ほどのころ、シイナが手持ち無沙汰の私を見つけた。
 それから彼女は、私の横に腰かけて話かけてきた。
「彼女、すごいでしょ」
 彼女は、まるで手柄話をするような顔だった。
 気圧されてしまった私は「はい」と淡白に返した。
 白く長い指で持つマグカップを机に置き、彼女は続けた。
「少年もラジオが好きなんでしょう?」
「そう、ですね」
 彼女は「そっか」と言った。
 それからガラス板越しのハルカに目を据えて話を続けた。
「なんで好きなんだい?」
 そう訊くシイナの目は、担任の教師よりもずっと私を見透かしているようだった。
 口籠った私は、それっぽいことで工面することにした。
「……音楽が好きだからですかね」
「というと?」
 彼女は、基盤の駒を動かして私を詰めようとしていた。
「というと、とは」
「音楽が好きでも、どうしてラジオで聴くの?」
 ナイトが盤上に飛び出た。
 言語化をしようと思ったこともない部分を突かれて、私はまた取り繕った言葉を吐く。
「自分の知らない音楽を聞きたいと思ったときにラジオが一番都合いいからですね」
 つまらない返答を受けたシイナは「ふうん」とだけ言った。
 気まずい沈黙の上で、また熱を帯びたハルカの声が聞こえる。二つ目のコーナーが終わったようだ。
 コマーシャルに入るタイミングで、シイナが語りだした。
「私が思うに、ラジオっていうメディアはね。音でしか表現できないのよ」
 ハルカを見つめる彼女の目に曇りは全くなかった。
「音でしか」
「そう。だけど、裏を返せば音以上の制約は何もないの。聞き手は話し手の発する言葉や効果音から、無限の世界を作ることができる」
 彼女はゆっくり立ちあがって、最後に言った。
「だから、私はラジオがなの」
 彼女はコーヒーの香りを辺りに撒きながら、ブース向かいの机に戻っていった。
 
 時刻が十六時になり番組が終わると、ハルカが防音ガラスの向こうの録音ブースから帰ってきた。
「お疲れ」
 ふくよかな男性スタッフがハルカに声を掛ける。
「お疲れ様です」
 二時間を一人で喋り続けた彼女は、スタッフと労いの言葉を掛け合った後、その疲労と解放感からコントロール・ルームにあるソファに倒れこんだ。
 三人用のソファを堂々と一人で占拠する姿を見て、この組織における彼女の立ち位置がなんとなくわかった気がした。
 そこにシイナが来て、机を挟んだハルカの向かい側に座った。
「ハルカ。例の件について少年に話さないと」
「そうだった」
 はっとしたようにハルカは立ち上がった。
 彼女は「どうぞ」と手で私に座るよう促し、彼女自身もシイナの横に並んで座り直した。
 するとシイナが一枚の紙を机に出し、ハルカはわざとらしく咳ばらいをした。
「本題だけど、貴方にはこの番組のADをやってほしい」
 完全に理解可能性を超える言葉だった。
「……AD?」
 余り見ることのできない、じっくり考えた後のオウム返しをしてしまった。
 ハルカは「そう」と言って続ける。
「今、この番組のスタッフには、ディレクター兼放送作家のシイナさん。ミキサーのミヤモトさん。ADのイシイさんがいるの」
「イシイさんがいるなら、僕はいらないんじゃないの?」
 ハルカはまた強く同調するように「そう!」と言う。
「そのことなんだけど、実はイシイさんはフルタの専属ADだから、その後任のパシリというかサポートスタッフを探していたの」
「パシリ?」
「もちろん少額だけど、報酬も出すわよ」
 横からシイナが遮るように付け加えた。
「もし、この話に乗ってくれるつもりがあるなら、来週までにこれとこれとこれと……これを読んできてほしい。いや、絶対に読んできて」
 彼女はそういって大量のラジオに関する本と、ADの仕事をまとめた資料を机の上に並べた。到底一週間で読み切れるとは思えない体積の山だった。
「これを全部……本気で言ってる?」
「私はいつだって本気よ」
 ハルカの顔と言葉に浮ついたものはなかった。
「で、受けてくれるの?」
 彼女は身を乗り出して私に詰め寄る。私は今座るソファが壁側にあるのを思い出して、行き場も言葉も失っていた。
 私からの返答を待つハルカに、率直に今まで聞きたかったことを尋ねた。
「どうして、そこまで熱くなれるんだ」
「え?」
「どうして、君はそんなにラジオに全てを懸けられるんだ」
 彼女は少し戸惑った様子を見せたが、それからすぐに口を開いた。
「ラジオが好きだから」
 ずっと単純な答えだった。あっけにとられたような私を置いて、彼女は続けた。
「『ラジオスターの悲劇』って言う曲を知っている?」
「……知らない」
「そう。この曲はね、テレビが普及して誰もラジオを聞かなくなって、ラジオスターが葬られたっていう歌なの」
 ハルカはシイナと似たような間の取り方で話す。
「それから四十年経って、ラジオを聴く人間なんてどんどん減っている」
 そう話す彼女の口調には哀しみのような灰色も混ざっているように感じられた。
「だけど、そんなが一人でもいる限り、私はその人に声と音楽を届けたい」
 彼女の瞳は驚くほどまっすぐで黒く澄んでいた。
「私は、今のラジオに絶望してる。だけど、同じぐらい期待もしてる。だから、このラジオに革命を起こしたい」
 ハルカは真っ直ぐに私を見つめ続け、言葉を重ねる。
「だから、貴方の力を貸してほしい」
 彼女がそう言って話を結ぶと、スタジオの中は痛々しいほどの沈黙が満たした。気まずさに顔を上げると、シイナもハルカと同様にして、「次は君のターン」だという顔で返答を待っている。それに目を伏すと、ハルカの並べた本や書類が目に入る。
 
 私には、彼女の言う「だから」の意味が分からなかった。彼女は私の何を買い被っているのか。
 沈黙に押しつぶされそうになって、とうとう私は震える手で、机上の書冊と紙束を自分の鞄にしまった。
「とりあえず、考える」
 私の向かいで、二人は同じような顔で少し微笑んだ。
 ビルの五階にある小さなスタジオは、暖かい色の灯りで包まれていた。
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