37 / 40
1章:最悪の旅立ち
夜猫の二拍子舞踏 17
しおりを挟む
荘厳な装飾が施された聖堂の廊下を、寝ぼけ眼でオリビアは歩いていた。
聖堂騎士をやっている以上はオリビアも女神教徒の端くれであり、聖堂の財政が潤っているのは別に嫌な事ではない。しかし、田畑と森に囲まれる清貧な田舎の出身である彼女からすれば、こうした街の聖堂は些か目に痛く、どこか居心地の悪さを感じるものだった。
(もうちょっと静かなところの配属になればいいんだけど……)
とはいえ、オリビアはシズマの街が嫌いというわけでもない。仲のよい同期の聖堂騎士も一緒にいる。街の雰囲気も明るく、行きつけの店だってある。ただ、もし転属の機会があるなら、出身地のように静寂に満ち溢れた場所を希望してみようかと考えているだけだ。
そんなことを考えながら、ふらふらと歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくる。それはオリビアと同じ聖堂騎士であり、いつも自分によくしてくれる兄貴分のような存在でもあった。
その聖堂騎士はオリビアを見つけると、いつもどおり気さくに声をかけてくる。
「よっ、オリビア。今朝はよく眠れたか?」
「オルドーさん。おはようございます……ふぁぁ」
挨拶をしながら、欠伸が出てしまう。昨夜遅くまで巡回をしていた事もあり、まだ眠気が残っていたのだろう。こころなしか体もどこか重いような気がする。
それを見て取ったのか、オルド―が苦笑しながら言う。
「その様子だと、あんまりみたいだな。まあ、今日は非番なんだしゆっくり休めばいいさ」
「ありがとうございます……」
礼を言いながらも、少しばかり不満そうな顔をしてみせる。
非番であっても、聖堂騎士としての仕事がなくなるわけではない。街の治安を守る事は大事な仕事だし、今は街中に魔物が潜んでいる事もあって非常事態ともいえる状況なのだ。街民に警告など出てはいないが、なにが起こってもいいように警戒だけは怠れないわけだ。
オリビアも、そんな状況で暢気に寝ていられるほど図太い神経をしているわけではなく、せっかくの休日なのに、この調子では何をしたらいいか分からないというのも本音だった。
そんな彼女の心中を察したのか、それならとオルド―が提案してくる。
「よし、じゃあ俺と一緒に飯でも食いに行くか。なにか美味いもの食わせてやるぞ?」
「え? でもぉ……」
突然の提案に戸惑いを見せるオリビアだったが、正直お腹が減っている事も事実だったので、断る事もできず、とりあえず形だけ悩んだ末についていく事に決めた。
「あれ。でもオルドーさん、今日って休みでしたっけ?」
自分と違って普段着ではなく鎧姿のままであるオルド―に疑問を覚えて尋ねる。すると、彼はニヤリとした笑顔を浮かべ、答えてくれた。
「ああ。今日はちょっと用があってな。街に出てたんだよ。ほら、これ土産だ」
そう言って手渡してきたものは、小さな木箱に入った菓子らしきものだった。どうやら焼き菓子のようだ。基本的に菓子といえば高級品の代名詞。平民では滅多に口にできない代物であり、さらにいえば、オリビアの好物でもある。
最近オルドーはよくこうして菓子をくれるのだが、どれもこれも美味しいもので、彼女はすっかり虜になっていた。
「わぁ! お菓子ですか!? やったー!」
喜ぶオリビアの顔を見て、オルド―は満足気にうむとうなずく。そして、機嫌良さそうに歩き出した彼の後を追いながら、オリビアは貰ったばかりの菓子をぱくりと口に入れた。
(甘い……。それに美味しい……)
優しい甘さに思わず頬が緩んでしまう。
そのまま無言でモグモグと食べ続ける彼女を横目に見ながら、オルド―もまた上機嫌になって言葉を続ける。
「うまいか?」
「はい! でもオルドーさん、毎回こんなお土産買ってきてよくお金がなくなりませんね。普段サボってるくせに」
「おいこら、別にいつもサボってるわけじゃないぞ。サボっていい時にサボっているんだ。それに、ここのところやるべき仕事はちゃんとやってるしな?」
軽口を叩くオリビアに対して、オルド―は不満を口にする。しかしその口調からは怒りはまったく感じられず、むしろこのやり取りを楽しんでいる節すらあった。
「それに、お前にはいつも世話になってるからな。そいつは、その詫びみたいなもんさ」
「お礼じゃなくてお詫び? よく分からないですけど、まあいっか。ところで、わたし達どこに向かっているんですか?」
「ああ、もうすぐ着くぞ。ほれ、そこだ」
そんなやりとりをしながらふたりは街中を歩いていき、やがて人気のない路地裏へと足を踏み入れる。そこで立ち止まったオルド―は、おもむろに真剣な表情になり、不審そうに首を傾げるオリビアに向けて言った。
「悪いとは思ってるんだぜ、これでもな。お前が一番扱いやすかったんだ。俺も望んでの事じゃないって、それだけは分かってくれよ」
「え?」
言葉の意味が分からず、オリビアは呆然とする。だが、オルドーはそんな彼女をよそに、手のひらを翳す。次の瞬間、その手から“加護のものではない力”が展開されたかと思うと、棘だらけの黒い鎖のようなものが伸びてきて彼女の首に巻き付き、その動きを完全に封じるばかりか、意識を塗り替えるような感覚が襲う。
薄れゆく意識の中で、オリビアは信じられないといった顔でオルドーを見つめる。
「オルドーさん……あなた、一体なにを……」
突然の事態に混乱しながらも、なんとか逃れようともがくオリビアだったが、まったく身動きが取れない。そんな彼女の様子を見て、オルド―が笑う。
「安心しろ。殺したりはしない。ただ、別のお前に入れ替わってもらうってだけだ」
「なん、で……“魔術”……」
「アンシエの奴が地下水路に気付いちまったからな。あそこは調べられないように面倒な根回ししてたってのに……。だからよぉ、いざって時に備えてお前を用意させてもらうぞ」
「あ……」
その声を最後に、オリビアの意識はどっぷりと闇に沈んでいった――……。
聖堂騎士をやっている以上はオリビアも女神教徒の端くれであり、聖堂の財政が潤っているのは別に嫌な事ではない。しかし、田畑と森に囲まれる清貧な田舎の出身である彼女からすれば、こうした街の聖堂は些か目に痛く、どこか居心地の悪さを感じるものだった。
(もうちょっと静かなところの配属になればいいんだけど……)
とはいえ、オリビアはシズマの街が嫌いというわけでもない。仲のよい同期の聖堂騎士も一緒にいる。街の雰囲気も明るく、行きつけの店だってある。ただ、もし転属の機会があるなら、出身地のように静寂に満ち溢れた場所を希望してみようかと考えているだけだ。
そんなことを考えながら、ふらふらと歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくる。それはオリビアと同じ聖堂騎士であり、いつも自分によくしてくれる兄貴分のような存在でもあった。
その聖堂騎士はオリビアを見つけると、いつもどおり気さくに声をかけてくる。
「よっ、オリビア。今朝はよく眠れたか?」
「オルドーさん。おはようございます……ふぁぁ」
挨拶をしながら、欠伸が出てしまう。昨夜遅くまで巡回をしていた事もあり、まだ眠気が残っていたのだろう。こころなしか体もどこか重いような気がする。
それを見て取ったのか、オルド―が苦笑しながら言う。
「その様子だと、あんまりみたいだな。まあ、今日は非番なんだしゆっくり休めばいいさ」
「ありがとうございます……」
礼を言いながらも、少しばかり不満そうな顔をしてみせる。
非番であっても、聖堂騎士としての仕事がなくなるわけではない。街の治安を守る事は大事な仕事だし、今は街中に魔物が潜んでいる事もあって非常事態ともいえる状況なのだ。街民に警告など出てはいないが、なにが起こってもいいように警戒だけは怠れないわけだ。
オリビアも、そんな状況で暢気に寝ていられるほど図太い神経をしているわけではなく、せっかくの休日なのに、この調子では何をしたらいいか分からないというのも本音だった。
そんな彼女の心中を察したのか、それならとオルド―が提案してくる。
「よし、じゃあ俺と一緒に飯でも食いに行くか。なにか美味いもの食わせてやるぞ?」
「え? でもぉ……」
突然の提案に戸惑いを見せるオリビアだったが、正直お腹が減っている事も事実だったので、断る事もできず、とりあえず形だけ悩んだ末についていく事に決めた。
「あれ。でもオルドーさん、今日って休みでしたっけ?」
自分と違って普段着ではなく鎧姿のままであるオルド―に疑問を覚えて尋ねる。すると、彼はニヤリとした笑顔を浮かべ、答えてくれた。
「ああ。今日はちょっと用があってな。街に出てたんだよ。ほら、これ土産だ」
そう言って手渡してきたものは、小さな木箱に入った菓子らしきものだった。どうやら焼き菓子のようだ。基本的に菓子といえば高級品の代名詞。平民では滅多に口にできない代物であり、さらにいえば、オリビアの好物でもある。
最近オルドーはよくこうして菓子をくれるのだが、どれもこれも美味しいもので、彼女はすっかり虜になっていた。
「わぁ! お菓子ですか!? やったー!」
喜ぶオリビアの顔を見て、オルド―は満足気にうむとうなずく。そして、機嫌良さそうに歩き出した彼の後を追いながら、オリビアは貰ったばかりの菓子をぱくりと口に入れた。
(甘い……。それに美味しい……)
優しい甘さに思わず頬が緩んでしまう。
そのまま無言でモグモグと食べ続ける彼女を横目に見ながら、オルド―もまた上機嫌になって言葉を続ける。
「うまいか?」
「はい! でもオルドーさん、毎回こんなお土産買ってきてよくお金がなくなりませんね。普段サボってるくせに」
「おいこら、別にいつもサボってるわけじゃないぞ。サボっていい時にサボっているんだ。それに、ここのところやるべき仕事はちゃんとやってるしな?」
軽口を叩くオリビアに対して、オルド―は不満を口にする。しかしその口調からは怒りはまったく感じられず、むしろこのやり取りを楽しんでいる節すらあった。
「それに、お前にはいつも世話になってるからな。そいつは、その詫びみたいなもんさ」
「お礼じゃなくてお詫び? よく分からないですけど、まあいっか。ところで、わたし達どこに向かっているんですか?」
「ああ、もうすぐ着くぞ。ほれ、そこだ」
そんなやりとりをしながらふたりは街中を歩いていき、やがて人気のない路地裏へと足を踏み入れる。そこで立ち止まったオルド―は、おもむろに真剣な表情になり、不審そうに首を傾げるオリビアに向けて言った。
「悪いとは思ってるんだぜ、これでもな。お前が一番扱いやすかったんだ。俺も望んでの事じゃないって、それだけは分かってくれよ」
「え?」
言葉の意味が分からず、オリビアは呆然とする。だが、オルドーはそんな彼女をよそに、手のひらを翳す。次の瞬間、その手から“加護のものではない力”が展開されたかと思うと、棘だらけの黒い鎖のようなものが伸びてきて彼女の首に巻き付き、その動きを完全に封じるばかりか、意識を塗り替えるような感覚が襲う。
薄れゆく意識の中で、オリビアは信じられないといった顔でオルドーを見つめる。
「オルドーさん……あなた、一体なにを……」
突然の事態に混乱しながらも、なんとか逃れようともがくオリビアだったが、まったく身動きが取れない。そんな彼女の様子を見て、オルド―が笑う。
「安心しろ。殺したりはしない。ただ、別のお前に入れ替わってもらうってだけだ」
「なん、で……“魔術”……」
「アンシエの奴が地下水路に気付いちまったからな。あそこは調べられないように面倒な根回ししてたってのに……。だからよぉ、いざって時に備えてお前を用意させてもらうぞ」
「あ……」
その声を最後に、オリビアの意識はどっぷりと闇に沈んでいった――……。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる