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1章:最悪の旅立ち

夜猫の二拍子舞踏 17

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 荘厳そうごんな装飾がほどこされた聖堂の廊下を、寝ぼけ眼でオリビアは歩いていた。
 聖堂騎士をやっている以上はオリビアも女神教徒の端くれであり、聖堂の財政が潤っているのは別に嫌な事ではない。しかし、田畑と森に囲まれる清貧せいひんな田舎の出身である彼女からすれば、こうした街の聖堂はいささかか目に痛く、どこか居心地の悪さを感じるものだった。
(もうちょっと静かなところの配属になればいいんだけど……)
 とはいえ、オリビアはシズマの街が嫌いというわけでもない。仲のよい同期の聖堂騎士も一緒にいる。街の雰囲気も明るく、行きつけの店だってある。ただ、もし転属の機会があるなら、出身地のように静寂に満ち溢れた場所を希望してみようかと考えているだけだ。
 そんなことを考えながら、ふらふらと歩いていると、前方から見知った顔が歩いてくる。それはオリビアと同じ聖堂騎士であり、いつも自分によくしてくれる兄貴分のような存在でもあった。
 その聖堂騎士はオリビアを見つけると、いつもどおり気さくに声をかけてくる。
「よっ、オリビア。今朝はよく眠れたか?」
「オルドーさん。おはようございます……ふぁぁ」
 挨拶をしながら、欠伸あくびが出てしまう。昨夜遅くまで巡回をしていた事もあり、まだ眠気が残っていたのだろう。こころなしか体もどこか重いような気がする。
 それを見て取ったのか、オルド―が苦笑しながら言う。
「その様子だと、あんまりみたいだな。まあ、今日は非番なんだしゆっくり休めばいいさ」
「ありがとうございます……」
 礼を言いながらも、少しばかり不満そうな顔をしてみせる。
 非番であっても、聖堂騎士としての仕事がなくなるわけではない。街の治安を守る事は大事な仕事だし、今は街中に魔物が潜んでいる事もあって非常事態ともいえる状況なのだ。街民に警告など出てはいないが、なにが起こってもいいように警戒だけはおこたれないわけだ。
 オリビアも、そんな状況で暢気のんきに寝ていられるほど図太い神経をしているわけではなく、せっかくの休日なのに、この調子では何をしたらいいか分からないというのも本音だった。
 そんな彼女の心中を察したのか、それならとオルド―が提案してくる。
「よし、じゃあ俺と一緒に飯でも食いに行くか。なにか美味いもの食わせてやるぞ?」
「え? でもぉ……」
 突然の提案に戸惑いを見せるオリビアだったが、正直お腹が減っている事も事実だったので、断る事もできず、とりあえず形だけ悩んだ末についていく事に決めた。
「あれ。でもオルドーさん、今日って休みでしたっけ?」
 自分と違って普段着ではなく鎧姿のままであるオルド―に疑問を覚えて尋ねる。すると、彼はニヤリとした笑顔を浮かべ、答えてくれた。
「ああ。今日はちょっと用があってな。街に出てたんだよ。ほら、これ土産みやげだ」
 そう言って手渡してきたものは、小さな木箱に入った菓子らしきものだった。どうやら焼き菓子のようだ。基本的に菓子といえば高級品の代名詞。平民では滅多に口にできない代物であり、さらにいえば、オリビアの好物でもある。
 最近オルドーはよくこうして菓子をくれるのだが、どれもこれも美味しいもので、彼女はすっかりとりこになっていた。
「わぁ! お菓子ですか!? やったー!」
 喜ぶオリビアの顔を見て、オルド―は満足気にうむとうなずく。そして、機嫌良さそうに歩き出した彼の後を追いながら、オリビアは貰ったばかりの菓子をぱくりと口に入れた。
(甘い……。それに美味しい……)
 優しい甘さに思わず頬が緩んでしまう。
 そのまま無言でモグモグと食べ続ける彼女を横目に見ながら、オルド―もまた上機嫌になって言葉を続ける。
「うまいか?」
「はい! でもオルドーさん、毎回こんなお土産買ってきてよくお金がなくなりませんね。普段サボってるくせに」
「おいこら、別にいつもサボってるわけじゃないぞ。サボっていい時にサボっているんだ。それに、ここのところやるべき仕事はちゃんとやってるしな?」
 軽口を叩くオリビアに対して、オルド―は不満を口にする。しかしその口調からは怒りはまったく感じられず、むしろこのやり取りを楽しんでいる節すらあった。
「それに、お前にはいつも世話になってるからな。そいつは、その詫びみたいなもんさ」
「お礼じゃなくてお詫び? よく分からないですけど、まあいっか。ところで、わたし達どこに向かっているんですか?」
「ああ、もうすぐ着くぞ。ほれ、そこだ」
 そんなやりとりをしながらふたりは街中を歩いていき、やがて人気のない路地裏へと足を踏み入れる。そこで立ち止まったオルド―は、おもむろに真剣な表情になり、不審そうに首を傾げるオリビアに向けて言った。
「悪いとは思ってるんだぜ、これでもな。お前が一番扱いやすかったんだ。俺も望んでの事じゃないって、それだけは分かってくれよ」
「え?」
 言葉の意味が分からず、オリビアは呆然ぼうぜんとする。だが、オルドーはそんな彼女をよそに、手のひらをかざす。次の瞬間、その手から“加護のものではない力”が展開されたかと思うと、棘だらけの黒い鎖のようなものが伸びてきて彼女の首に巻き付き、その動きを完全に封じるばかりか、意識を塗り替えるような感覚が襲う。
 薄れゆく意識の中で、オリビアは信じられないといった顔でオルドーを見つめる。
「オルドーさん……あなた、一体なにを……」
 突然の事態に混乱しながらも、なんとか逃れようともがくオリビアだったが、まったく身動きが取れない。そんな彼女の様子を見て、オルド―が笑う。
「安心しろ。殺したりはしない。ただ、別のお前に入れ替わってもらうってだけだ」
「なん、で……“魔術”……」
「アンシエの奴が地下水路に気付いちまったからな。あそこは調べられないように面倒な根回ししてたってのに……。だからよぉ、いざって時に備えてお前を用意させてもらうぞ」
「あ……」
 その声を最後に、オリビアの意識はどっぷりと闇に沈んでいった――……。
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