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1章:最悪の旅立ち
夜猫の二拍子舞踏 07
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◆ ◆ ◆ ◆ ◆
すっかり夜に包まれた森の中で、イェルズは退屈から大きく欠伸を漏らす。
彼がいる木立ちの隙間からは野営の焚き火が見えている。ひらけたその場所では、囲むようにして十数人の男達が腰を下ろしていた。格好からして旅人ではなく、どこかの貴族に雇われている私兵隊の類なのだろうと察せられる。
騎士であればシンボルである白銀の鎧を身に着けているはずだし、軍士であれば鎧の下にそれと判別できる軍服を着用しているからだ。
そしてなにより、イェルズ達は彼らがリベリスの荘園から出発するところを見ている。
つまり、あの集団こそが――、
「リベリスの荘園を警護していた奴らか……。そっちの仕事を放り出してまで追いかけるほど、あの“お姫様”が重要だって事かねェ」
そう分析すると、イェルズは枝の上で寝そべったまま腕を組む。
ちらと視線を向ければ、焚き火の近くには馬車も停まっている。馬車の側面には聖王国が【四衛聖】の一角、ヴィルフォルトの獅子の紋章が刻まれており、それを見れば彼らの主人が誰なのかは子供でも理解できる。
彼らは一様にして、どこか不機嫌そうに眉間にシワを寄せており、見るからに雰囲気が悪い。少なくとも、この“捜索”に乗り気ではない事が窺える。
それは先程から部下に当たり散らしている指揮官と思わしき――部下からはマンゾルと呼ばれている直角髭の男の言動からも明らかだ。
むしろイェルズから見て彼らの中で一等不機嫌そうな顔をしているのが、このマンゾルという男であった。
「この私がこんな場所で野営など……ッ、これも全てアイルの奴のせいだ……!」
「し、しかし夜の移動は危険です。馬も休めなければなりませんし、朝日が昇り次第出発しますので、それまでは我慢を……」
「うるさいッ!! 誰が私に意見しろと言ったぁ!」
部下のひとりの言葉を文字通り一蹴すると、マンゾルは苛立たしげに直角の髭を弄る。
恰幅のいい体躯に全身重武装となれば、ああして腹を立てられる姿はそれなりに迫力を感じるが、イェルズに言わせればその威圧感すら滑稽だった。とはいえ、指揮官をやってだけあってそれなりに鍛えてはいるようで、イェルズの見立てではあの中で最も戦闘力が高いのはこの男だと分かる。
まァ、俺の敵じゃあねえな――、そんな風に結論付けながらイェルズが口端を上げる。
暗い夜の森にあって、白いズボンに半裸という格好はかなり目立つ。にもかかわらず、イェルズの姿は焚き火を囲む彼らからは見えていないようだった。
そんな中、マンゾルの怒りはさらに増していく。彼は荒々しく息をつくと、近くにいた部下へと声をかける。
「おい! あのガキを呼んでこい!」
「え……? いや、しかし……」
突拍子もない命令に困惑する様子に、「早くしろッ!」とマンゾルは怒号を上げる。
その剣幕に押されるように部下は慌てて立ち上がり、駆け足で森の奥へと消えていく。
おそらく、今は離れているあの“妙な少女”を探しに向かったのだろう。
彼らにはひとりの少女が同行している。
ここまでの道中でイェルズは、彼らがその少女を拾う場面を目撃していた。それは合流したというより、偶然出会ったという風に見えるものだったが、実はこうして野営をする事になっているのは、その少女が原因の一端なのである。
駆け出す部下を見送った後、マンゾルはフンと鼻を鳴らすと苛立たし気に今度は舌打ちをした。そして馬車の方へ視線を向けると、そこにある獅子の紋章をにらみつける。
「くそッ! ふざけるな、何が【四衛聖】だ、所詮は貴族の地位で得たものだろう、そうに決まっている! いずれ私の前ではそんなものは無意味だと教えてやる!」
忌々し気にそう吐き捨てると、やがてマンゾルは落ち着くように息を吐き出した。
どうやら彼は貴族という人種に対し、強い偏見を持っているらしい。少なくとも主人のカールオンに対しても忠義立てをしているわけではなさそうだ。
イェルズはそんな彼の言葉を聞きながら、ふと物憂げに自分の手を見つめる。
そのとき――、森の暗がりからさっきの部下をともなって、ひとりの少女が姿を現した。
「タイチョーさん、イータをお呼びですかぁ?」
すっかり夜に包まれた森の中で、イェルズは退屈から大きく欠伸を漏らす。
彼がいる木立ちの隙間からは野営の焚き火が見えている。ひらけたその場所では、囲むようにして十数人の男達が腰を下ろしていた。格好からして旅人ではなく、どこかの貴族に雇われている私兵隊の類なのだろうと察せられる。
騎士であればシンボルである白銀の鎧を身に着けているはずだし、軍士であれば鎧の下にそれと判別できる軍服を着用しているからだ。
そしてなにより、イェルズ達は彼らがリベリスの荘園から出発するところを見ている。
つまり、あの集団こそが――、
「リベリスの荘園を警護していた奴らか……。そっちの仕事を放り出してまで追いかけるほど、あの“お姫様”が重要だって事かねェ」
そう分析すると、イェルズは枝の上で寝そべったまま腕を組む。
ちらと視線を向ければ、焚き火の近くには馬車も停まっている。馬車の側面には聖王国が【四衛聖】の一角、ヴィルフォルトの獅子の紋章が刻まれており、それを見れば彼らの主人が誰なのかは子供でも理解できる。
彼らは一様にして、どこか不機嫌そうに眉間にシワを寄せており、見るからに雰囲気が悪い。少なくとも、この“捜索”に乗り気ではない事が窺える。
それは先程から部下に当たり散らしている指揮官と思わしき――部下からはマンゾルと呼ばれている直角髭の男の言動からも明らかだ。
むしろイェルズから見て彼らの中で一等不機嫌そうな顔をしているのが、このマンゾルという男であった。
「この私がこんな場所で野営など……ッ、これも全てアイルの奴のせいだ……!」
「し、しかし夜の移動は危険です。馬も休めなければなりませんし、朝日が昇り次第出発しますので、それまでは我慢を……」
「うるさいッ!! 誰が私に意見しろと言ったぁ!」
部下のひとりの言葉を文字通り一蹴すると、マンゾルは苛立たしげに直角の髭を弄る。
恰幅のいい体躯に全身重武装となれば、ああして腹を立てられる姿はそれなりに迫力を感じるが、イェルズに言わせればその威圧感すら滑稽だった。とはいえ、指揮官をやってだけあってそれなりに鍛えてはいるようで、イェルズの見立てではあの中で最も戦闘力が高いのはこの男だと分かる。
まァ、俺の敵じゃあねえな――、そんな風に結論付けながらイェルズが口端を上げる。
暗い夜の森にあって、白いズボンに半裸という格好はかなり目立つ。にもかかわらず、イェルズの姿は焚き火を囲む彼らからは見えていないようだった。
そんな中、マンゾルの怒りはさらに増していく。彼は荒々しく息をつくと、近くにいた部下へと声をかける。
「おい! あのガキを呼んでこい!」
「え……? いや、しかし……」
突拍子もない命令に困惑する様子に、「早くしろッ!」とマンゾルは怒号を上げる。
その剣幕に押されるように部下は慌てて立ち上がり、駆け足で森の奥へと消えていく。
おそらく、今は離れているあの“妙な少女”を探しに向かったのだろう。
彼らにはひとりの少女が同行している。
ここまでの道中でイェルズは、彼らがその少女を拾う場面を目撃していた。それは合流したというより、偶然出会ったという風に見えるものだったが、実はこうして野営をする事になっているのは、その少女が原因の一端なのである。
駆け出す部下を見送った後、マンゾルはフンと鼻を鳴らすと苛立たし気に今度は舌打ちをした。そして馬車の方へ視線を向けると、そこにある獅子の紋章をにらみつける。
「くそッ! ふざけるな、何が【四衛聖】だ、所詮は貴族の地位で得たものだろう、そうに決まっている! いずれ私の前ではそんなものは無意味だと教えてやる!」
忌々し気にそう吐き捨てると、やがてマンゾルは落ち着くように息を吐き出した。
どうやら彼は貴族という人種に対し、強い偏見を持っているらしい。少なくとも主人のカールオンに対しても忠義立てをしているわけではなさそうだ。
イェルズはそんな彼の言葉を聞きながら、ふと物憂げに自分の手を見つめる。
そのとき――、森の暗がりからさっきの部下をともなって、ひとりの少女が姿を現した。
「タイチョーさん、イータをお呼びですかぁ?」
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