上 下
27 / 40
1章:最悪の旅立ち

夜猫の二拍子舞踏 07

しおりを挟む
  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  

 すっかり夜に包まれた森の中で、イェルズは退屈から大きく欠伸あくびを漏らす。
 彼がいる木立ちの隙間からは野営の焚き火が見えている。ひらけたその場所では、囲むようにして十数人の男達が腰を下ろしていた。格好からして旅人ではなく、どこかの貴族に雇われている私兵隊の類なのだろうと察せられる。
 騎士であればシンボルである白銀の鎧を身に着けているはずだし、軍士であれば鎧の下にそれと判別できる軍服を着用しているからだ。
 そしてなにより、イェルズ達は彼らがリベリスの荘園から出発するところを見ている。
 つまり、あの集団こそが――、
「リベリスの荘園を警護していた奴らか……。そっちの仕事を放り出してまで追いかけるほど、あの“お姫様”が重要だって事かねェ」
 そう分析すると、イェルズは枝の上で寝そべったまま腕を組む。
 ちらと視線を向ければ、焚き火の近くには馬車も停まっている。馬車の側面には聖王国が【四衛聖ガリオン】の一角、ヴィルフォルトの獅子の紋章が刻まれており、それを見れば彼らの主人が誰なのかは子供でも理解できる。
 彼らは一様にして、どこか不機嫌そうに眉間にシワを寄せており、見るからに雰囲気が悪い。少なくとも、この“捜索”に乗り気ではない事が窺える。
 それは先程から部下に当たり散らしている指揮官と思わしき――部下からはマンゾルと呼ばれている直角髭の男の言動からも明らかだ。
 むしろイェルズから見て彼らの中で一等不機嫌そうな顔をしているのが、このマンゾルという男であった。
「この私がこんな場所で野営など……ッ、これも全てアイルの奴のせいだ……!」
「し、しかし夜の移動は危険です。馬も休めなければなりませんし、朝日が昇り次第出発しますので、それまでは我慢を……」
「うるさいッ!! 誰が私に意見しろと言ったぁ!」
 部下のひとりの言葉を文字通り一蹴すると、マンゾルは苛立たしげに直角の髭を弄る。
 恰幅かっぷくのいい体躯に全身重武装となれば、ああして腹を立てられる姿はそれなりに迫力を感じるが、イェルズに言わせればその威圧感すら滑稽こっけいだった。とはいえ、指揮官をやってだけあってそれなりに鍛えてはいるようで、イェルズの見立てではあの中で最も戦闘力が高いのはこの男だと分かる。
 まァ、俺の敵じゃあねえな――、そんな風に結論付けながらイェルズが口端を上げる。
 暗い夜の森にあって、白いズボンに半裸という格好はかなり目立つ。にもかかわらず、イェルズの姿は焚き火を囲む彼らからは見えていないようだった。
 そんな中、マンゾルの怒りはさらに増していく。彼は荒々しく息をつくと、近くにいた部下へと声をかける。
「おい! あのガキを呼んでこい!」
「え……? いや、しかし……」
 突拍子もない命令に困惑する様子に、「早くしろッ!」とマンゾルは怒号を上げる。
 その剣幕に押されるように部下は慌てて立ち上がり、駆け足で森の奥へと消えていく。
 おそらく、今は離れているあの“妙な少女”を探しに向かったのだろう。
 彼らにはひとりの少女が同行している。
 ここまでの道中でイェルズは、彼らがその少女を拾う場面を目撃していた。それは合流したというより、偶然出会ったという風に見えるものだったが、実はこうして野営をする事になっているのは、その少女が原因の一端なのである。
 駆け出す部下を見送った後、マンゾルはフンと鼻を鳴らすと苛立たし気に今度は舌打ちをした。そして馬車の方へ視線を向けると、そこにある獅子の紋章をにらみつける。
「くそッ! ふざけるな、何が【四衛聖ガリオン】だ、所詮は貴族の地位で得たものだろう、そうに決まっている! いずれ私の前ではそんなものは無意味だと教えてやる!」
 忌々し気にそう吐き捨てると、やがてマンゾルは落ち着くように息を吐き出した。
 どうやら彼は貴族という人種に対し、強い偏見へんけんを持っているらしい。少なくとも主人のカールオンに対しても忠義立てをしているわけではなさそうだ。
 イェルズはそんな彼の言葉を聞きながら、ふと物憂ものうげに自分の手を見つめる。
 そのとき――、森の暗がりからさっきの部下をともなって、ひとりの少女が姿を現した。
「タイチョーさん、イータをお呼びですかぁ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...