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1章:最悪の旅立ち
逃“飛”行 03
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「そんなこと聞いてくるってことは、あんた信じてなかったわね?」
メリスは拗ねたようにしてアイルの頬っぺたをぷにぷにと指でつっつく。
それに戸惑いながらも、アイルは否定しなかった。信じられない事ばかりが、こうして実際に起き続けているのだから。
「そうなんだ……」
アイルは段々と落ち着いてきた頭の中で、どうにか思考をまとめ始める。
確かに、メリスは並外れて綺麗で、それこそ女神と言われても信じてしまいそうになるが、それでもいきなり女神を自称されたところで普通信じようと思わない。
彼女が自分をからかっているのではないか、という考えも浮かんでくる。
だが、自信に溢れた態度といい、なぜかアイルの事情を知っているところといい、本当に女神かどうかは置いておいても、メリスがなにかしら特殊な存在である事は間違いないだろう。
先ほどマンゾルをふっ飛ばした攻撃も、こうして空を飛んでいることも、単純にアイルの知らない加護の力によるアーツという可能性もある。だが、少なくとも彼女曰く、この空を飛ぶ力に関しては、加護とは異なる理屈ではあるようだ。
それに――、自分に与えられた【女神の奴隷】の加護。
もしかしたら彼女が自分のところに来たのは、授かったこの加護に関係しているのではないだろうかと考える。自分を奴隷と呼ぶのも、女神を名乗るのも。もしそうであるなら、彼女はこの加護についてなにか知っているのかもしれない。
落ち着いて話せる場所に着いたら聞いてみよう。彼女自身の事も含めて。
アイルは純粋な興味から、この“女神”の事をもっと知りたいと思うようになっていた。もちろん知らない事が不安なのも理由の一つだが、それ以上に未知の世界を見せてくれた彼女に期待のようなものを抱いている。
我ながらおかしなことを考えてるなと苦笑してしまう。今までは、誰かに興味を持ってほしいと思ったことはあっても、自分が誰かに興味を持つことなどなかった。
それだけ自分は、こうやって普通に話せる誰かを求める余裕もなかったのかもしれない。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ? ああ、うん……」
気付けばメリスが顔を覗き込んできて、曖昧ながらも返事をする。
「記憶が正しければ、そろそろ街が見えてくるはずだから、そこでいろいろ話してあげる。お腹も空いてるし、美味しいご飯でも食べながらね♪」
「……わかった」
思わず微笑んでしまう。そういえば彼女の言う通り、なんだかんだ言って空腹を感じていたのだ。
外での食事は、もしかすると人生初かもしれない。最後に外出したのが五歳の頃だから、自分で覚えていないだけかもしれないが。それでも、アイルの期待感は自然と高まる。
メリスが握ってくれる手の温もりを感じながら、街に着くまでの時間を、アイルはもうしばらくこの空の旅を楽しむ事に決めた。
しかし、それにしても――、
「でも、メリス。一つ聞いていい?」
「ん、なに?」
「こうやって空が飛べるんだったら、どうして、ヴィルフォルトの荘園にはわざわざ正門から入ってきたの?」
アイルは素朴な疑問をぶつける。この空飛ぶ力があれば、アイルに会うためにわざわざ正門から入ってくる必要はなかったはずだ、と。
その現場を実際に見ていないので詳しく知らないが、マンゾル率いる衛兵に囲まれる事になったのは、間違いなく正門を強行突破したからだろう。手間がかかると分かるのに、あえてそんな事をした理由がアイルは少し気になった。
メリスはきょとんとした顔を見せて――、
「え? だって門があったら、そこから入れって事で……そこから中に入るものじゃない?」
「それは……勝手に入られないためにも門があったんじゃないかなって」
「…………マジ?」
「その“マジ”の意味はよく分からないけど……、たぶん」
ひょっとしたら、彼女は自分以上に世間知らずなのではあるまいか……。
アイルは一抹の不安を覚える。
そして遠からず、その予感は当たることになるのだった――……。
メリスは拗ねたようにしてアイルの頬っぺたをぷにぷにと指でつっつく。
それに戸惑いながらも、アイルは否定しなかった。信じられない事ばかりが、こうして実際に起き続けているのだから。
「そうなんだ……」
アイルは段々と落ち着いてきた頭の中で、どうにか思考をまとめ始める。
確かに、メリスは並外れて綺麗で、それこそ女神と言われても信じてしまいそうになるが、それでもいきなり女神を自称されたところで普通信じようと思わない。
彼女が自分をからかっているのではないか、という考えも浮かんでくる。
だが、自信に溢れた態度といい、なぜかアイルの事情を知っているところといい、本当に女神かどうかは置いておいても、メリスがなにかしら特殊な存在である事は間違いないだろう。
先ほどマンゾルをふっ飛ばした攻撃も、こうして空を飛んでいることも、単純にアイルの知らない加護の力によるアーツという可能性もある。だが、少なくとも彼女曰く、この空を飛ぶ力に関しては、加護とは異なる理屈ではあるようだ。
それに――、自分に与えられた【女神の奴隷】の加護。
もしかしたら彼女が自分のところに来たのは、授かったこの加護に関係しているのではないだろうかと考える。自分を奴隷と呼ぶのも、女神を名乗るのも。もしそうであるなら、彼女はこの加護についてなにか知っているのかもしれない。
落ち着いて話せる場所に着いたら聞いてみよう。彼女自身の事も含めて。
アイルは純粋な興味から、この“女神”の事をもっと知りたいと思うようになっていた。もちろん知らない事が不安なのも理由の一つだが、それ以上に未知の世界を見せてくれた彼女に期待のようなものを抱いている。
我ながらおかしなことを考えてるなと苦笑してしまう。今までは、誰かに興味を持ってほしいと思ったことはあっても、自分が誰かに興味を持つことなどなかった。
それだけ自分は、こうやって普通に話せる誰かを求める余裕もなかったのかもしれない。
「ねえ、聞いてる?」
「えっ? ああ、うん……」
気付けばメリスが顔を覗き込んできて、曖昧ながらも返事をする。
「記憶が正しければ、そろそろ街が見えてくるはずだから、そこでいろいろ話してあげる。お腹も空いてるし、美味しいご飯でも食べながらね♪」
「……わかった」
思わず微笑んでしまう。そういえば彼女の言う通り、なんだかんだ言って空腹を感じていたのだ。
外での食事は、もしかすると人生初かもしれない。最後に外出したのが五歳の頃だから、自分で覚えていないだけかもしれないが。それでも、アイルの期待感は自然と高まる。
メリスが握ってくれる手の温もりを感じながら、街に着くまでの時間を、アイルはもうしばらくこの空の旅を楽しむ事に決めた。
しかし、それにしても――、
「でも、メリス。一つ聞いていい?」
「ん、なに?」
「こうやって空が飛べるんだったら、どうして、ヴィルフォルトの荘園にはわざわざ正門から入ってきたの?」
アイルは素朴な疑問をぶつける。この空飛ぶ力があれば、アイルに会うためにわざわざ正門から入ってくる必要はなかったはずだ、と。
その現場を実際に見ていないので詳しく知らないが、マンゾル率いる衛兵に囲まれる事になったのは、間違いなく正門を強行突破したからだろう。手間がかかると分かるのに、あえてそんな事をした理由がアイルは少し気になった。
メリスはきょとんとした顔を見せて――、
「え? だって門があったら、そこから入れって事で……そこから中に入るものじゃない?」
「それは……勝手に入られないためにも門があったんじゃないかなって」
「…………マジ?」
「その“マジ”の意味はよく分からないけど……、たぶん」
ひょっとしたら、彼女は自分以上に世間知らずなのではあるまいか……。
アイルは一抹の不安を覚える。
そして遠からず、その予感は当たることになるのだった――……。
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