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第3章 騎士見習決闘編
正々堂々と戦いましょう!
しおりを挟む気がつくと、あの日からもう2週間が経っていた。
とにかく訓練あるのみと、私は班の訓練時間外も訓練場を使わせてもらい特訓をしていた。その特訓をライズとロイさんに手伝って貰ったりしたので、仕上がりはとても良いと思う。
そしてライズは決闘後に、もしどうしようもない事が起きたら助けてもらうと言う約束をした。
きっとライズに言われた言葉が無かったら私はその約束さえ出来なかった事だろう。
そんな回想に浸っているところを煩い声が邪魔をする。
「おい!僕の話を聞いているのか!?クレア・スカーレット!!」
目の前で声を張り上げて喚いているのは今日の対戦相手である、ヨシュアだ。
勿論、能力診断演習での対戦相手である。
本来ならば指揮官が決めた相手になるのだが、流石の根回しなのか、私とヨシュアは決められた相手として張り出されていた。
私達の出番はまだだが、既に戦いは始まっているのだ。目の前でイライラしているヨシュアを更に苛つかせるように、ゆったりとした動作で話しかける。
「ああ、ごめんなさい。全く話を聞いていなかったわ」
「おまえ……!!」
簡単に挑発にのるヨシュアは眉間のシワが更に深くなる。何故こんなに煽っているのかといえば、魔力暴走を狙っているからだ。
この間見たヨシュアの暴走は自分の手さえも焼いていた。自滅狙いもあるが、あの状態のヨシュアを倒せたならば私は圧倒的に強いと思わせる事が出来るはずだ。
私は更にニヤリと笑いつつヨシュアを煽って行く。
「ふん!お前の狙いはどうせ魔力暴走だろう。残念だったな。今日の僕はいつもより落ち着いているからそんなやっすい挑発にはのらないからな!」
何処が!?いやこれで落ち着いてるっていうのは無理がある……。
バレているのは意外だけど、この調子なら怒らせるまで時間はかからなさそうね。
でもそのことを悟られないように、私は作戦が失敗した事を大袈裟に手を広げて見せた。
「あら、ざんね~ん」
「はっ!お前が脳筋だという事は本当らしいな」
何か悪口が聞こえたけれど、聞こえなかった事にしてあげましょう。私が怒ってしまっては意味がないからね。
「それで、私に何か話をしたいのではなかったかしら?」
「今回、お前を倒す為に作戦を用意した!」
「は?」
いや、今から戦う相手を目の前にして、それを言うのはどうなんだろうか?
じっと見ていると、ヨシュアがポケットから何かを取り出そうとしている。
「僕は正々堂々戦いたいからな。これだ!!」
「そ、それは!」
出てきたものに目を見張る。
私の目にゆっくりと見えるそれは、入団試験の日見た紫髪で大柄な男の姿とかさなる。
─── あのときと全く同じ魔力増強剤!!
何処からどう見ても、瓶の形状そして中身の錠剤の形も色、何もかもがあの魔力増強剤と同じだった。
それを知らぬ男は、嬉しそうに声を張り上げた。
「魔力増強剤だ!」
「な、何故あんたがそれを!?」
私の剣幕にヨシュアが少し怯みつつも、負けじと睨み返してきた。
「な、なんだ。お前も欲しかったのか?残念だがこれは、同じ班の者に貰った一つしかないもので……」
「そうではなく!あんたはそれが何かわかっているの?」
「は?いや、くれた者はちゃんと市販の物の中からとくに良いものだと」
「いえ、それは市販の物なんかじゃないわ!!」
「なんだと!?」
ヨシュアは自分の手の中にある瓶を、信じられない物を見るような目で凝視した。
そして冷静になったのか、藍色の瞳がこちらを向く。
「これが市販の物でないと言う証拠は?」
「これと同じ物を、入団試験後に起きた事件のときに見たの。そしてそのとき審判をつとめてた騎士も同じ物を確認しているし、見た目も写しをとってあるはずだわ」
事実を伝えると、ヨシュアは瓶を叩きつけようとしたが思い留まり、震え始めた。
「くそっ!この僕が謀れたか」
「貴方にこれを渡した人物を覚えてないの?同じ班の人なんでしょ?」
「……僕は同じ班にいる者達の顔を、まだ完全に全員把握出来ていない。それに今思うと本当に班の者だったのか、部外者だったかは分からない……」
班の人数は20人程だ。毎日顔を見ているとはいえ、仲が良い者意外の顔を覚えていないのかもしれない。
それを理解しているからこそ、犯人は堂々とヨシュアに接触したのだろう。
「確かにおかしいとは思ったのだ。この魔力増強剤を渡した者は、クレアを騙し討ちする為に、誰もいない場所で飲む事を推奨してきたのだ」
「それでもヨシュアは正々堂々不正をする為に、私の前で飲もうと?」
「魔力増力剤は不正などではない!」
「その潔さは何処からくるのよ……」
私がため息をつくのと同時に、ヨシュアの手に握られていた瓶が軋りと音をたてた。
ヨシュアの眉間の皺は深くなり、瞳は怒りに燃えている。
「貴様はわかっていると思うが、犯人は僕が侯爵家の者だと知ったうえで謀ったのだ。あの入団試験後に起きた事件の罪を擦りつけるつもりだったのだろう……フラーレン侯爵家の力を失墜させるのが目的に違いない」
「そうかもしれないわね。私の実家も最近慌ただしくて何かがあったみたいだし、同じような事がおきているのかもしれないわ」
詳しく教えては貰えなかったけど、お父様が入団試験以来、私に会いたいと一度も言って来ないのがおかしい。あの親バカのお父様がだ。それは間違いなく何かあったからだと私は思っている。
「だが、力を持つ貴族を失墜させたい者なんて一つしかない」
「……まあ、貴族よね」
見つめ合った私達は、今から決闘をする相手だと言うのに、既に気持ちは合致していた。
「ここからはとてもとても嫌なんだが、お前には僕の侯爵家としての誇りを助けられた恩があるからな、仕方ないが協力関係を築こうじゃないか」
「ええ、私も怖気がするような人物に恩を売ってしまったようなので、その責任は取らないといけないものね。仕方ないけど同意見だわ」
どうも協力関係に成ろうとも、この男とは全然仲良くなれなさそうである。
「………そうか、ではこれでどうだ!今回の決闘に勝った者が、この件のリーダーとなることとしよう!」
二人しかいないのにリーダーとは?と思ったが、こいつに上から命令されるのはごめんである。
たがら私はヨシュアが出した手を、ガシッと握り締めながら強気で答えた。
「望むところよ!!」
その声と同時に、私達を呼ぶ声がする。
私達の試合が今から始まるのだ。
二人して目を合わせると、ふんと鼻を鳴らし歩き始める。そんな私を見て負けず嫌いが働いたのか、ヨシュアは先に走りだしていた。
そんなヨシュアをみて走り出そうとしたところで、声をかけられた。
「あの」
「は、はい?」
驚いて振り返ると、黒髪黒目の地味な男性がそこにはいた。顔に見覚えはないが、多分同じ班の騎士見習いだと思う。
「背中が少し汚れてますよ、今から勝負なのに良くないと思います」
そういうと、その青年は私の背中を軽くパンパンと払ってくれた。
「はい、これで大丈夫!僕はヨシュアさんを応援していますが、密かにクレアさんも応援してるので頑張って下さいね」
「親切にありがとうございます。頑張ってきますね!」
同じ班にも親切な人はいるのだと、私はうきうきしながらヨシュアを追いかける。
そのときの私はとても浮かれていた。
ヨシュアとの正々堂々と勝負が出来る。
それが嬉しくて堪らなかったから。
たがら、私の背を払ってくれた黒髪の青年が私を睨んでいた事に全く気がつかなかった。
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