上 下
2 / 86
プロローグ

今までの経緯(過去話)

しおりを挟む

 私、クレア・スカーレットがハロルド殿下と婚約したのは、まだ10歳のころだった。

 当時から宰相補佐をしていた父と、国王陛下の近衛隊副隊長である母を持つスカーレット侯爵家は、国王と親密な仲であった。
 何より、ハロルド殿下と年があまり離れていないことから、私が婚約者に選ばれたそうだ。


 そして、初めての顔合わせでお会いしたハロルド殿下を見たその瞬間、私は衝撃に震えた。
 王宮の庭園で出会った殿下は碧い瞳が水面のように美しく、藍色の髪は光を受けて艶々となびき、まるで御伽噺に出てくる神話の神がそこに降り立ったのかと、錯覚してしまいそうだった。
 私はその出会いによって一瞬で恋に落ち、それは私の記憶へと鮮明に焼き付いてしまったのだ。


 その日から、私はハロルド殿下に見合う存在となるため、必死に努力をした。
 でもそれだけでは足りないと思った私は、自分が強力な魔力を保有していることから、魔法も磨くことにしたのだ。
 そして騎士である母に訓練をつけてもらい、もしもの為に剣の修行も同時に行なっていた。

 それが良くなかったのかもしれない。



 月日が流れ14歳になった頃、久しぶりにお会いした殿下を見て私は驚いてしまった。二つも年上の殿下は、私より身長が小さかったのだ。
 しかしそれは私の身長が伸び過ぎていただけであり、そのことを私は余り気にしていなかった。

 でも今思えば、ハロルド殿下はその事も気にしていたのかもしれない……。



 ─── そして事件は起きた。

 その日、私達は移動の為に馬車に乗っていたのだが、突然その馬車が止まったのだ。
 周りが騒がしいと思った私は、外の様子を見るため殿下に声をかけようとした。しかしその顔は真っ青で、何かに怯えるように体は震えていた。

 耳をすませば、金属音がぶつかり合う音があちこちから聞こえてくるのだ。殿下は第2王子であるため、刺客を送られる事もあるとは聞いていた。
 だから私はその噂は本当だったのだと思い、咄嗟に殿下へ問いかけた。


「殿下、今までにこんな事が何度もお有りですか?」
「……あ、ああ」


 絞り出すような声に私は殿下を抱きしめる。
 そして私は思ったのだ。

 何度も襲撃を受けているとはいえ、この怯えようは異常だ。きっと今までに殿下は、何度も危ない目にあったのかもしれない。

 そんな殿下を見ていたら、私はこの人を守らねばと使命感にかられてしまったのだ。
 もし騎士の隙をついて刺客がこちらに来たのなら、その刺客を倒すのは───。

 もちろん、私しかいないわ!!


 そう思った私は、ハロルド殿下が安心できるように力強く叫んでいた。

「ご安心ください!殿下に手を下す者が居るのならば、私が命に変えても守って見せます!!」

 言うや否や私は馬車の外へと飛び出していた。
 なんでもその姿は鬼の様だったと、後々近衛騎士の方々に言われてしまったことは、今でもなんだか解せません。



 そして全てが片付いた後、殿下の元へと戻ってきた私は、ゆっくりと殿下に寄り添った。
 いまだに顔を伏せたまま震えるその姿に、胸が苦しくなった私は、そっと手を差し伸べると優しい声で呟いた。

「殿下、もう大丈夫です。貴方の敵となる者は立ち去りました。さあ顔を上げてください」

 殿下はゆっくり顔を上げると、安堵すると共に驚愕と恐怖に顔をしかめた。
 それはそうだろう。私の着ていたドレスは切り刻まれ短くなり、真っ赤に染まっていたのだから。

 私は殿下がこのとき零した呟きを、一生忘れないだろう。


「クレア……君はゴリラか何かなのか……??」


 何故ゴリラと言われたのかは今でもわからないけど、そこが殿下に愛されなかった所なのだろう。


 


 そして殿下が17歳。私が15歳になったとき、殿下に運命の相手が現れてしまったのだ。

 お相手の名前はリリー・フランソワーズ様、14歳。宰相のお孫に当たる方らしく、とても小さくて可愛らしい。私とは正反対の令嬢だった。

 初めて会ったのは殿下の誕生祭でのこと。
 私は婚約者だったので殿下の横にいた所、宰相様から紹介を受けたのだ。

 そして殿下の表情を見て一瞬で分かってしまった。

 そのお顔は朱に染まり、お話も上手く出来ないようだった。
 そしてお相手のリリー様も同様で……お二人の一目惚れした瞬間を見てしまったのだ。



 そこからの2年は怒涛の日々だった。

 私はハロルド殿下を支えるために多くの事を学び、ハロルド殿下のために多くを尽くしてきた。

 しかしどう頑張っても、ハロルド殿下は私の事をゴリラとしか見ていなかったのだ。




 そしてついにこの日が来る。

 殿下が19歳となる誕生祭。
 それは私が婚約破棄を言い渡された、今日という日のことだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された地味姫令嬢は獣人騎士団のブラッシング係に任命される

安眠にどね
恋愛
 社交界で『地味姫』と嘲笑されている主人公、オルテシア・ケルンベルマは、ある日婚約破棄をされたことによって前世の記憶を取り戻す。  婚約破棄をされた直後、王城内で一匹の虎に出会う。婚約破棄と前世の記憶と取り戻すという二つのショックで呆然としていたオルテシアは、虎の求めるままブラッシングをしていた。その虎は、実は獣人が獣の姿になった状態だったのだ。虎の獣人であるアルディ・ザルミールに気に入られて、オルテシアは獣人が多く所属する第二騎士団のブラッシング係として働くことになり――!? 【第16回恋愛小説大賞 奨励賞受賞。ありがとうございました!】  

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

悪魔だと呼ばれる強面騎士団長様に勢いで結婚を申し込んでしまった私の結婚生活

束原ミヤコ
恋愛
ラーチェル・クリスタニアは、男運がない。 初恋の幼馴染みは、もう一人の幼馴染みと結婚をしてしまい、傷心のまま婚約をした相手は、結婚間近に浮気が発覚して破談になってしまった。 ある日の舞踏会で、ラーチェルは幼馴染みのナターシャに小馬鹿にされて、酒を飲み、ふらついてぶつかった相手に、勢いで結婚を申し込んだ。 それは悪魔の騎士団長と呼ばれる、オルフェレウス・レノクスだった。

次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。 そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。 お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。 挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに… 意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いしますm(__)m

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

婚約破棄された貧乏令嬢ですが、意外と有能なの知っていますか?~有能なので王子に求婚されちゃうかも!?~

榎夜
恋愛
「貧乏令嬢となんて誰が結婚するんだよ!」 そう言っていましたが、隣に他の令嬢を連れている時点でおかしいですわよね? まぁ、私は貴方が居なくなったところで困りませんが.......貴方はどうなんでしょうね?

処理中です...