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ベアルダウン王国編

192話 主人公、異世界の秘密を知るー4

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「タクミはカシムの事情を知っているだろ?」
 ガルシアが聞いてくる。

「元々アース生まれで、カシムの国は戦争中だということと関係あるってことですか?」

「そうだ。カシムはこの世界で生きていくことを決めたが、やはり自分が生まれた国のことが忘れられなかった。そして、いまだに平和になっていないことを知って、何とかしたいと思ってるんだ。俺はそんなカシムに同情した。だから、ここに連れて来た。」

「そうデス。アースにも紋章システムがあれば、みんな幸せになれマス!戦争も無くなりマス!」

「カシムよ。それは無理だ。」
 タイジュが真剣な顔で即答する。
「オレが紋章システムで、この世界を統一できたのは、時代のおかげなんだよ。その時代は戦争が多くてな。国もドンドン減っていって、部族も激減、みんな何かに助けてほしかった。そんな時代だから、受け入れられたんだ。」

「今のアースにも戦争はありマス!現にワタシの国はまだ…。」

「今のアースは、全体的に見れば平和だ。全世界規模で戦争してる訳じゃない。そういう時代には、紋章システムは受け入れられない。それに、紋章システムの普及は、特権階級が絶対許さないだろう。」

「特権階級?」

「簡単に言うと、軍事力、政治力、経済力など、力を持ってるヤツらのことだ。自分の持っている力が使えなくなると困るからな。そういうヤツらは、激しく抵抗するぞ。オレの時もそうだった。最後まで激しく妨害してきたのは、金持ち国家だったよ。」

「紋章システムは、カネを必要としない仕組み。自分の持っているカネが無価値になったら、イヤだと思うよな。僕みたいに普通に生活してる庶民には嬉しいシステムだけど…。」

「そうだ、タクミ。オレは全ての土地を、この世界の土地にした。土地所有者から見たら、土地を奪った極悪人だよ。」

 この世界エレメンテには、所有権というものは無い。基本的に、全てのモノは全世界の人々で共有するという考えだ。唯一、自分の所有できるモノは、自分の創作物だけだ。開発品や創作物、育てた作物なんかは、どうするかを自分で決めることができる。
 紋章システムに公開して、全世界の共有物にするのか。個人で保管して、ある特定の人物にだけ贈与するのか。それは自分の自由だ。

「オレはグールと怪異の仕組みを知って、その影響をできるだけ受けないようにしたかった。そのための紋章システムなんだよ。」

「結局、グールって何なのさ?」
「そうだよ。全異世界規模の呪いなの?」
 怖い顔をしたリオンとシオンが、タイジュに答えを求める。

「呪いの正体を探し続けて1000年近く経つが、結局まだ判明していない。分かっているのは、グールという負の塊に取り憑かれると怪異という怪物に変異して、ヒトを襲うということだけだ。」

「それじゃ、僕達グール研究者と変わらないよ!1000年も調べてそれなの?原因を探して、無くす事が重要じゃないの?」
 シオンが怒り出す。

「そうだ。最初は呪いを無くす方法を探していた。だが、それより先にやる事を見つけたんだ。」

「先にやる事って何だよ!グールさえ居なければ!あの人は死ななくて済んだんだよ!グールがいるから!だから!」
 リオンが感情を爆発させる。

「リオン、少し落ち着いて。すみません、タイジュ。リオンとシオンは大切な人をグールのせいで亡くしているのです。」

「分かっている…。」

 タイジュは、紋章システムの管理人だ。リオンとシオンの事も理解しているのだろう。

「オレの生きていた時代は、もっとグールに取り憑かれるヤツが多かった。戦争や貧困、飢饉。心を病んだヤツがいっぱいいた。だから、オレは先にそれを何とかしようと思った。」

「紋章システムで、この世界に生きる人々の心の負担を軽くしようとしたんだね?グールは心が堕ちた人を標的にするから。全世界の人が幸せになれば、グールに取り憑かれる人は減る。対症療法ってヤツだ。」

「対症療法とは、原因そのものを取り除くのでは無くて、症状を緩和させる対応をすること。原因が分からないのでは、取り除くことは不可能です。ならば、少しでも減らそうとするのは変な行動ではありません。現に初代王が紋章システムを開発してからは、グールに取り憑かれる人はほとんど居なくなりました。」

「ほとんど居ないけど、ゼロじゃない!精霊王が呪いを受け入れたから、こうなっちゃったんだ!精霊王のせいだよ!」

 タイジュに怒鳴り散らしてもどうにもならない。リオンのしていることは、子供のやつあたりだ。が、言っていることは真実だ。

「精霊王が悪いんじゃない。呪いは、精霊王が死んだせいだ。だから、セシルはひどく自分を責めている。転生を繰り返しているのは、罪滅ぼしのためだよ。」

「精霊王の姫セシルさまは、精霊王が死んだのは自分のせいだって思ってるからね…。」

「オレや今のセシルは、この精霊王の姫が転生した姿だ。でも転生と言っても、姫さんの人格になる訳じゃない。姫さんの記憶を共有しているだけで、基本、全ての姿は姫さんとは別人格だ。実際オレは、何か困ったことがあると姫さんと会話していた。自分では、心の中で自問自答してるつもりだったが、会話になってたな。」

「前にセシルさまに聞きました。転生と言っても、前世の記憶を覚えているだけだと。感情まで覚えていたら、世界を滅ぼしていたって。」

「ハハッ!今のセシルはそういう風に話したのか。たしかに記憶は覚えていても、全ての感情は覚えていない。でも強い思いは残っている。精霊王の代わりにこの世界を守らなくては!という強い思いだけは、忘れられない。だから、オレはこの世界を守るために紋章システムを開発したんだ。」

「紋章システムは素晴らしい道具デス!これがアースにあれば、みんな幸せになれマス!」

「カシムよ。紋章システムだけではダメだ。」
 タイジュは諭すように、カシムに語りかける。

「なっ、何がダメなんデスか?」

「人ができるだけ自由に生きようとすると、必ず価値観で衝突する。ひとつの価値観で統一することなんかできない。アースにも宗教戦争があるだろう?ひとつの宗教、価値観が世界を統一するなんてできないんだよ。だから、俺は7つの国を作った。それに、俺には仲間がいた。仲間の協力があったからこそ、このシステムが成功したんだ。アースで紋章システムを開発しても、国はどうする?違う価値観の者達が同じ場所に住めないのは、お前達ガンガルシアの国民がよく知ってるだろ?」

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