190 / 247
ベアルダウン王国編
174話 主人公、自給自足を経験するー4
しおりを挟む「さぁ、着いた。ここが例の神殿だ。」
ナナシについての話をしながら歩いていたら、いつの間にか神殿が近くなっていた。
間近で神殿を見た僕は、ある事に気付く。
これって、どこかで見たような…。
あっ、紫禁城!故宮博物院だ!
紫禁城は広大な敷地の中に、皇帝の居城として使用されていた建物や大小の建物が建っている。
目の前の神殿も、大きな建物の周りに大小の建物が配置されている。
「これって、神殿っていうより誰かが住んでいたような建物だね。」
「んっ?タクミにはそう見えるのかい?この世界には、こういう建物は無いから、よく分からないのさ。とりあえず、拠点となる小屋を作ろうか。リオンとシオンには1週間くらい滞在して、自給自足を学ばせてくれって頼まれてるよ。」
いっ、1週間?そんな生活、耐えられるかな…。
「じゃ、作ろうか!」
えっ?そんな簡単な感じではじめるの?
僕の見ている前で、ユーリはドラゴノイドに変現する。そして、鋭い爪で樹木を切り倒していく。
「この辺りの木は間伐する予定だったから、ちょうどいいよ。」
間伐とは、森の環境を維持するために、計画的に木を切る事だ。木が増えすぎると、太陽光が地面にあたらなくなり、他の植物が育たなくなる。
「冒険者って、間伐までしてるんだ?」
「あぁ。この島にはこの神殿があるし、この島に果樹が豊富なのは、この森を守っているからなのさ。」
ユーリは話をしながらも、どんどん木材を調達して、あっという間に簡素な小屋を建てる。
「木を組み合わせただけの小屋だが、数日滞在するだけなら、大丈夫さ。すぐ近くに小川があるから、水はそこで確保。排泄は少し離れた森の中で、穴を掘ってしておくれ。」
やっぱり、外だったか!
「風呂なんて無いよね?」
「風呂?その小川で水浴びしなよ。それより、食材の確保に行くよ。アタイは肉を調達してくるから、タクミはこの森にある果物や植物を採ってきてくれよ。」
ユーリはそれだけ言うと、サッサッと森の奥へ入っていく。
ちょっと待った!僕は食べられる物の見分け方なんか知らないよ!
「タクミ、そこに生えてる草は食べられるよ。あそこの赤い実も食べ頃だよ!」
「ミライ、分かるの?」
「あい!分からないことは何でも聞いてね!」
そうだ。タムが言っていたな。
パートナー精霊がいたから、サバイバル体験を乗り切れたって。
ミライの指示でいろいろな食材を採ることができた僕が小屋に戻ると、ユーリがもう戻っていた。
小屋から少し離れたところで火をおこしている。
「いっぱい採れたようだね。ミライがいるから大丈夫だと思っていたよ。」
「あっ、うん。ミライの指示でいっぱい採れたけど…。ユーリって何か、火をおこす道具持ってた?」
「あぁ、この火かい?これは簡単な術式で火を出したのさ。複雑な術式は、パートナー精霊の協力がないと展開できないが、これは術式の初歩だからね。成人する前の子供でも使えるよ。」
僕は術式が使えない。この世界の子供より何もできないのか…。なんだか、複雑。
「タクミ!タクミは術式なんか必要ないよ。ドラゴンに変現したら、炎が吐けるし!」
「ミライ…。ドラゴンの炎じゃ、火力が強過ぎるよ。この辺り一帯、焼き尽くすつもり?」
ドラゴンの炎をマッチ代わりに使おうなんて…。
「ところで、その術式ってどういう仕組みなの?」
「あい!術式を詳しく説明するには、3時間くらいかかるけど聞く?」
「えっと、簡単にお願いします。」
「あい!術式の発動には、精霊が必要なんだよ。この世界では、何をするにも精霊が動いて現象が起きる。簡単に説明すると、精霊に火を出してってお願いすると火が出る。お願いする方法が術式なんだよ。」
なるほど。
術式は、精霊を動かすプログラムみたいなものなんだな。そのプログラムが正しいと精霊は動いてくれる。間違っていると動かない。
「この地面に術式を書いて、炎を出した後は、この燃える石を置く。そして風よけを兼ねて、石の周りに枯れ木を置いたら完成だ。今日はさっきアタイが確保した肉を焼いて、タクミが採ってきた葉に巻いて食べよう。果物もあるし、この小川の水はキレイだから、そのまま飲める。ほら、サバイバルなんて、簡単だろ?」
簡単だろ?って…。
それはユーリのように、サバイバルに慣れた人がいるから何とかなるだけで、僕だけなら、まず無理だ。
動物を屠殺したこともないし。
「残った肉は塩漬けにして、干しておくよ。」
「ユーリは包丁とか持ってなかったよね?どうやって…?まさか?」
「えっ?もちろん、これだよ。」
ユーリは自慢気にドラゴノイドの爪を見せる。
はぁ、包丁代わりに使うなんて。
「使えるものは、なんでも使うのは当たり前さ。ホームにいる頃に、そう学ぶんだよ。」
「あぁ、ホームでは自給自足で生活してるんだったね。」
「もちろん、完全な自給自足じゃない。ホームの家は紋章システムを使って建てているし、服を作る布も紋章システムから出している。布を作るのはとても大変なことなんだよ。紋章システムを必要としないのは、食に関することだけだ。家畜を飼育し、野菜を育てる。だけど、精霊球は使えないから大変さ。」
「自給自足って、大変なんだね。」
「そうさ。本当に自給自足で生活しようとすると、かなり原始的な生活になってしまうんだよ。」
「スローライフって、便利な道具があるからできる生活なんだな。道具をうまく使って、ゆったりとした生活をする。これが本当のスローライフ。この世界は紋章システムっていう便利な道具がある。だから僕の理想とする生活ができてるんだね。」
「あい!この世界の紋章システムは、人が幸せになるためにあるんだよ。アースにはさ。楽をすると、何もしなくなって人はダメになってしまうって考えてる人もいるんだよね?でもそれは、道具が悪いんじゃないよ。」
「そうか!この世界は、そうならないように子供の頃に自給自足を学んで、道具をうまく使えるような人に育ててるんだね。」
「あい!その通りだよ!」
スローライフには、便利な道具が必要。
本当の自給自足は、僕には無理!
それを強く実感したのだった。
0
お気に入りに追加
143
あなたにおすすめの小説
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。
ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」
夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。
──数年後。
ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。
「あなたの息の根は、わたしが止めます」
私が公爵の本当の娘ではないことを知った婚約者は、騙されたと激怒し婚約破棄を告げました。
Mayoi
恋愛
ウェスリーは婚約者のオリビアの出自を調べ、公爵の実の娘ではないことを知った。
そのようなことは婚約前に伝えられておらず、騙されたと激怒しオリビアに婚約破棄を告げた。
二人の婚約は大公が認めたものであり、一方的に非難し婚約破棄したウェスリーが無事でいられるはずがない。
自分の正しさを信じて疑わないウェスリーは自滅の道を歩む。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる