表裏一体

驟雨

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十一話目

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 カフェに着いたら三人とも適当に注文を済ませパラソルを開く。注文したホットコーヒーとモンブランは、即座にテーブルに現れたが二人とも自分の注文したチョコケーキとパチパチアイスに、口をつけずにじっと見つめているので私も口をつけなかった。

「サク、この前の配信見たよ。『Cherry Blossoms of rain』めっちゃ上手かったね!」

「あ、ありがと。最後の配信であの曲歌いたかったんだよね」

 またこの席に沈黙が訪れる。私は何か二人の琴線に触れることを言ったのだろうか。よくわからずモンブランを見つめている私に、コウが「あのさ…」と沈黙を破った。

「あのさ、私達ジンさんに新しい会社でもう一回頑張ってみないか、って言われてるんだよね。その…よかったらサクも一緒にどうかなって…」

 思考が固まって何も反応できなかった。頭の中でコウの言葉を反芻する。もう一度、新しい会社で、活動できる、と。

「やり…」

 やりたい、そう口に出そうとしたが、頭をよぎるのはこれまでおじさんに受けてきた仕打ちや、サクへの未練だった。活動はしたいけれど、このまま生きていくのは相当辛い。それにするならサクのまま活動したい。なる、ならないを頭の中で繰り返しながらじっとモンブランを見ても答えは出ない。

「ジンさんからは前と同じようにシロとコウでやろうって言われてて、この前の配信で『私はまだサクでいたかったのに』って言ってたじゃん?だから一緒にって思ったんだけど…」

 もう一度、サクになれる。私の顔が僅かに引き攣った。

 シロは懇願するように私の顔を覗き込んでくる。私は一度シロから視線を外しもう一度モンブランと睨めっこを始める。「生きるのって辛いよな」モンブランがそう語りかけてきたような気がした。「もうやめちまえよ、そんなこと」口のないモンブランから発せられた言葉は私の負の感情を後押しする。

 でも、と私が心の中で口を開くとそれを遮るようにモンブランが「それでいいのか?これからずっとおじさんの奴隷でもいいのか?」と静かに諭す。そうだよな、モンブランに同意した私が決心して顔を上げると同時にコウが口を開く。

「サクってさ、誰かから暴力振るわれてない?」

 不意をつかれたことに加え、誰にも相談していなかったことをコウが知っていることに不安と疑念が湧いてくる。

「な、なんで?なんでそう思ったの?」

 シロは驚きを隠せないといった感情がそのまま顔に出ている。コウは頬をかきながら顔を伏せ口を開いた。

「だいぶ前からそうじゃないのかなって思ってたんだ。大分前に会った時にさ、右手の袖からアザが見えててその時はぶつけたのかな、としか思ってなかったんだけど、それから二ヶ月くらい経った時に今度は左手にアザがあったからなんかおかしいなって思ってたの。でさ、今日会ってみたらものすごく声がももぐってるじゃん?だから…」

 コウは今にも泣き出しそうな声で話してくれた。私は傷跡やアザなんかは特に気をつけていたが、コウの目は誤魔化せなかったようだ。

「ごめん…本当ごめん」

 コウは泣きながら謝罪してきた。謝ることは何もないはずなのに。

「コウが謝る必要ないよ」

「いや…気づいていたのに…何もできなくて…本当にごめん。私が…私が何かできれば…」

「本当に大丈夫だよ。その気持ちだけで嬉しい」

「うちも…本当にごめん…こんなに…長く一緒にいたのに…何も気づかなかった…ごめん」

 今度はシロまで泣き出した。こんなに私のために涙を流してくれる人がいるなんて思いもしなかった。

 しばらくして二人とも泣き止み私、はぽつりぽつりとこれまでにあったことを話し始めた。

「私はちっちゃい頃にお母さんとお父さんを事故で亡くしてお母さんの妹さんの家に引き取られたんだ。おじさんとおばさんに引き取られてから中学生まではみんなと同じように学校に行ってたんだけど、高校二年生の夏休みおじさんが休みの日に私の部屋でおじさんと話してた時に突然おじさんがキスしてたの」

 いきなりシロが机を叩きながら立ち上がり「いきなり?ありえない!合意もなしにそんなことするなんて!」と叫び出した。私とコウはまあまあと宥めながらシロを座らせる。シロが「そんなこと男のやることじゃない!」と憤慨していたが、コウがこっちを向いて続きを促したので私は話し始めた。

「私は怖くて体が動かなかったんだけど、おじさんはそれを合意と見て私を押し倒したんだよね。それからはなすがままにされてその…処女を奪われたんよね」

 シロはまた鬼ような形相で憤慨しているが視線を逸らした。

「それからはおじさんの言いなりになって、何回も犯されてそのうち暴力も振われるようになって…」

 私は涙が溢れないように顔を伏せる。こんなこと二人に言うつもりはなかったけれど、こんなにも私のことを思ってくれている人には、全て知ってもらいたかった。二人が同時に立ち私の隣に座る。二人が頭と背中をさすってくれる手が暖か過ぎてモンブランと私の間に涙が落ちる。

「辛かったよね。一人で抱え込ませてごめんね。また何かあったら私達に言ってね」

「そうだよ!言いにくかったかもしれないけど私達はサクの味方だからね!」

 私は二人に顔を見せないまま頭を縦に振る。ありがと…、ごめんね…と二人に届いているかも分からないまま呟く。

「いいって!サクは謝ることなんてないから!悪いのは全部おじさん!絶対に自分のせいにしちゃダメだからね!」

「うん…うん…ありがと…」

 シロの爽快な物言いに元気をもらい徐々に涙が収まっていく。涙が収まった後も二人はしばらくの間私をさすってくれた。

「二人ともありがと。もう大丈夫!」

「うん!元気になってよかった!」

「そうだな!よしスイーツ食べるか!」

 二人は元の場所に戻って自分のスイーツに手をつけ始めので、私もモンブランをスプーンで一口掬い口に入れる。モンブランの声は「そっか」と冷たく言い聞こえなくなった。モンブランの栗の甘い香りとクリームの甘さが絶妙にマッチして口の中が幸福になっていく。

「でもサクさぁ~、自殺しちゃダメだよ!それだけは絶対に」

 突然シロの口から出た言葉に口の中の幸福は逃げて行き、驚きで無味無臭の空気を吸い込んでしまう。

「いや…え…?な、なんで…?」

 シロはチョコケーキを一口食べ私の方を見ずに手を止める。

「いやなんとなくね、覚悟を決めてそうって言うか…過去の自分と重なったっていうか…まあなんとなく?かな…」

 気まずそうにスプーンをくるくるさせながらも、シロが顔を合わせないことが私には都合が良かった。「いや…そんなこと…」口から出そうになり私はやめる。もうこの二人には隠し事はしたくない、そう強く思っている私が心の中にいた。

「実はね、そう思って用意までしてたんだ…お母さんに会いに行く、なんて言い訳をしてね…」

「だめ!絶対だめ!死んじゃダメだよ!」

 凄みながらコウが私の腕を掴かみ、あまりの圧力に全身が硬直してしまう。

「だ、大丈夫だよ、もう絶対にしないから。多分お母さんもそんなこと望んでないって思うし…」

「よ、良かったぁ~」

 私はコウが腕を離し腰を下ろしたことに安堵する。

「ねぇサクうち来ない?親いるけど多分いいって言ってくれるし…もちろんサクが良ければの話だけど…」

 シロの好意は素直に嬉しかったけれど、家を出るとなるとおじさんが許してくれるはずがない。

「嬉しいけど…そんな迷惑はかけれないよ」

「じゃあ私達三人でシェアハウスしない?それなら迷惑じゃないでしょ?」

 コウの口元が笑っているが目が笑っていない。コウはどうしても私を家から出したいのだろう。

「サク、その家に居続けたら多分おじさんからの暴力は無くならないよ。だから、ね?一緒に住も?」

 コウは強い言葉を使って私に語りかけてくれるがなかなか決めきれない。またおじさんに怒られる恐怖と、私が居なくなったらおじさんの暴力が今度はおばさんや夏樹に向くんじゃないか、という不安が心の中にある。

「じゃあもういいよ!サクは家から出なくていい!私達が勝手に連れ出すから!」

 シロは得意げな顔で立ち上がり声高らかに宣言する。コウは不安と期待が入り混じったような顔を引き攣らせていた。

「え、いや…それは…」

 私はしどろもどろになりながら二人の顔を交互に見ていっそう不安になる。二人とも本当に連れ出しそうな顔をしているからだ。

「サクが自分から家を出るか、私達に誘拐されるか、どっちかだよ!」

 言葉を選ばないシロに私の何かが吹っ切れ、ようやく覚悟が決まった。

「うん!自分の意思で家を出るよ。でもやっぱりおばさんに話はしときたいから、ちょっとだけ時間くれない?」

「うん!」

 二人は声を揃えて歓喜した。どこの家にする?などの話を始めた二人の姿を見ていると、何だか全身の力が抜けたようでひどく眠気が襲ってくる。残りのモンブランを味わいながら食べ、ホットコーヒーを少し啜る。ホットコーヒーは私の心の冷たさを奪っていったように冷めていて美味しい。

「ごめん二人とも今日は眠いからまた今度に連絡するね」

「お!おやすみ!私達も家決まったら連絡するね!」

「おやすみ。また何かあったら連絡してよ?今日からは絶対力になるから!」

「うん。今日は本当にありがと!二人には感謝してもしきれないな」

 二人の「別にいいんだよ!仲間でしょ!」、「当たり前のことをしただけだよ」の言葉を聞きながら三人分の支払いを済ませ二人に手を振りながらログアウトした。

 後1時間、またいつもの天井が広がっていた。

 バーチャル空間から帰ってきてこんなにも清々しい気持ちになったのは初めてだった。無性に外の空気が吸いたくなりカーテン越しに窓を開けると、柔らかな風が頬を撫で髪の毛が後方に流れる。もうあの月はここから見えない。とっくに日付が変わったことを時計が知らせてくれたが気にせず風を浴び続ける。

 ふと思い立ち洗面台にいきウイスキーと風邪薬を水で流す。部屋に帰る途中に鏡に映る真っ黒な自分にあっかんべーをして部屋に戻った。今ならなんでもできるような気がするが眠気が強いことも確かだ。部屋の窓を閉め布団に横たわると、強烈な眠気が即座に私を睡眠に導いてくれた。

 その日私は夢の中で怒られた。

「空!簡単に命を捨てちゃダメよ!私達の分までしっかり生きなさい!」

 お父さんは私の肩を掴むお母さんを宥めながら私の方を向く。

「しかしなぁ空、お母さんの言っている通りだぞ。お父さん達はないつも空を見守ってる。空に辛い思いをさせて悪いが頑張れよ!」

「うん!」

 お父さんとお母さんは私の頭を撫でてくれた。そして空への階段を登っていくお母さんとお父さんに「私絶対頑張るから!ちゃんと見ててね!」と声をかけた。
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