偽典尼子軍記

卦位

文字の大きさ
上 下
77 / 80

第77話  1554年(天文二十三年)6月 周防 其の一

しおりを挟む
 陶晴賢は豊前、筑前から兵を召集し周防、長門の兵を合わせて二万二千の兵力を集めた。そのうち須々万沼城すすまぬまじょう江良賢宣えらかたのぶ率いる兵七千を入れ、周辺の一揆勢を加えた約一万が須々万沼城に立て籠った。城代は山崎興盛やまさきおきもり
 陶晴賢は西から攻め込んでくる毛利軍を須々万沼城で食い止めその間に北からやってくる尼子軍を討つ作戦を立てた。尼子が来ないのなら全軍を須々万沼城に送ればいい。
 若山城と須々万沼城は五里(20km)離れている。毛利が須々万沼城を素通りすることは考えにくい。若山城と挟み撃ちにされるだろうし須々万沼城から撃って出れば追撃しやすい。
 須々万沼城の辺りには須々万川すすまがわが流れるがこの川は東に流れそして北上し、岩国に流れる錦川に合流する。城から南に二里半ほど進めば周防灘に出るのだが途中に山岳地帯があり川は東に向かうのだ。よって須々万は盆地で湿地帯になっている。兵が進むに難儀な地勢だ。須々万沼城は粘り強く戦える簡単に落ちない城であり、陶が考える戦の基本骨子であった。
 大友義鎮は援軍を渋っている。送られることはないだろう。陶は憤慨しつつ思う、大友義鎮は弟を見限ったか…今後大友は敵になるやもしれんな。面倒事が増えたか。
  重見通種しげみみちたねがやってきてこの戦で大内が初めて使うことになる鉄砲の準備が整ったと報告を行った。鉄砲の数は三百だ。
 うむ、鉄砲は尼子だけでのものではないぞ、驚く顔が目に浮かぶわ。陶晴賢は軍議を始めるため評定場に向かった。


 尼子に臣従した尾道の宇賀島水軍は、小早川隆景率いる水軍衆と戦い追い詰められていた。もう少しで本拠地の岡島城が占領されるところだったが、尼子と毛利の盟約がなり滅亡は免れた。そして今、宇賀島衆は佐東河内水軍、小早川水軍、来島村上水軍、因島村上水軍、能島村上水軍と共に安芸灘を西に進んでいる。毛利の兵一万を運んでいるのだ。船は全部で三百艘に届こうとする。
 臣従後、初めて出雲の御屋形様から命を受けた。毛利に合力し兵を運んで周防灘に向え。そして見て聞いたことをすべて報告せよ、些細なことも漏らすことなかれ、草働きがお主の使命だと。
 勝手の違いに頭領はとても緊張している。戦が終わって出雲まで行くのも、なにやら怖いな…しかし給金がとんでもない額だったのでそれだけは喜んでいた。


 六月九日。日の出と共に吉川元春は一万の軍勢を率いて周防須々万本郷に入った。事前に世鬼を使い下調べはしている。沼地の状態は把握済みだ。編み竹とむしろを用意させ沼地を渡る手段を確保していた。城下において始まった合戦は毛利が有利に戦を進め毛利軍は城に迫った。そして用意しておいた筵を敷き城に迫っていく。
 江良賢宣と山崎興盛は用意周到な毛利の攻撃に対して驚きつつも城兵を鼓舞し必死に防戦する。弓を射掛け石を投げ筵を敷く妨害をする。毛利勢は竹筒を使い弓と石をを防ぎながらじりじりと確実に前進してくる。そしてついに鉄砲の射程に城門が入った。
 パーン、パーン、パーン
 毛利軍の鉄砲隊が銃撃を始める。準備した鉄砲は千丁。尼子からは結局七百丁の鉄砲を譲り受けた。自前で三百揃えて合計千丁だ。
 時間が経つに連れ鉄砲の音は増えていく。弓と投石が少なくなれば今のうちだと、兵が前進する速さが上がる。鉄砲を使った城攻めに須々万沼城は対応出来ていなかった。山崎興盛も実際に鉄砲で攻めてくる敵に対するのは初めてだ。しかも毛利が沼の浅瀬を知っているとは…
 日が落ちる。しかし毛利の攻撃は続いた。篝火を焚き沼を埋めていく。筵が広がればそれだけ鉄砲を撃つ足場が増える。次の日、殆どの浅瀬に筵が敷かれていた。毛利は休むことなく作業を続けたのだ。
 朝餉を取り少し休んでから、二日目の毛利の攻撃が始まった。絶え間なく鳴り響く鉄砲の音。須々万沼城の兵たちはたった一日で心身ともにひどく消耗していた。昨日と違って士気がガタ落ちだ。半刻ほどで城門を突破され、城の中に毛利兵が入ってきた。もう持たない。城兵の動きが鈍る。
 暫くして山崎興盛と江良賢宣は降伏、山崎は切腹し江良は毛利に降った。
 六月十日、須々万沼城は落城した。


 毛利軍が須々万沼城に攻めこんだ。陶晴賢の目論見どおりに戦が始まった。次は尼子の動きだ。物見からの知らせはまだ届いてはいない。
 九日の昼時、尼子軍が矢地峠やじとうげに現れたと連絡が入った。軍勢の数は六千程。
 陶は出陣の準備を始めるように下知を出した。尼子を夜市やじで迎え撃つのだ。陶は物見を張り付かせ尼子の動きを監視させた。尼子軍は動かない。九日には峠を越えなかった。
 陶軍は日が暮れる頃から城を出て夜市川やじがわの北に陣を敷いた。千人を城に残し一万四千が出陣する。その中からさらに千人の兵を抜き、伊賀から山に入り才原に向かわせた。尼子の退路を塞ぐ部隊だ。夜市川近くの開けた場所まで尼子を引き寄せる。そして退路を断つ。的場川を上るのは地が狭くなるので大軍が動き辛くよろしくない。尼子を引き付けるが肝要だ。


 尼子軍の総大将は尼子義久。配下に小笠原長雄、本城常光、福屋隆兼、益田藤兼、三隅隆繁、周布千寿丸の名代と石見勢揃い踏みである。小笠原、本城が二千、福屋、益田、三隅、周布がそれぞれ五百ずつ兵を率いている。そこに荷駄五百を加え総勢六千五百でやってきた。そして斥候として銀兵衛と配下の鉢屋衆を連れてきた。
 毛利の援軍要請を受けたあと作戦に関する説明と打ち合わせを行い今日の日を迎えたが、出陣するだんになって義久は本城常光と小笠原長雄に聞いてみた。
「なあお前ら、おれはやらかしてしまったのか?」
「やらかしたといえば、やらかしてますな…しかし御屋形様はお考えがあるのでございましょ?」
 本城常光が答えた。
「そうか…やらかしたか」

 今回の周防攻略戦の目的は若山城の攻略だ。吉川元春、小早川隆景は水軍を使った軍勢移動で若山城を強襲する作戦を立てた。大寧寺の変の前、陶晴賢は若山城を大々的に改修した。城を落とす難易度は上がった。なのでほぼ奇襲といっていい策を立てたのだ。兵が立て籠る若山城を落とす算段はついている。足りない兵は尼子で賄う。
 それでも城攻めは難しい。何が起こるか分からないのが戦の常だ。
 出来るなら野戦で陶晴賢を討ち取れないか?どうすれば陶を引っ張り出すことができるのか…
 元春は考えた。尼子を囮にすればいいと。だがそれは無理がある。手伝い戦の尼子がそこまでする義務はない。強要、いや要請することもできない。…仕方ない、このことは自分の胸の内にだけ秘めて置こう。状況を整えるにとどめておくか…城攻めでも尼子は使える。それとなく厳しいところに配置すればいいだろう。

 義久は出陣を前に戦について考えを巡らせた。考えた末にやってしまったと思い本城と小笠原に聞いてみたのだ。毛利はどうも尼子を囮にしたがっている。さっさと毛利が陶を討って周防、長門を平定し、結果尼子の西の壁になることを目論んでいるのだが、その腹の内を利用された。鉄砲を融通し共同作戦も了承したらちゃっかり仕掛けてあった。
 うーん、これは…
「此度の戦は毛利の戦だ。尼子が出しゃばる必要はない。言われてもいない囮を買って出るのは馬鹿だな」
 本城と小笠原は黙って聞いている
「だがな…戦に出るのだ。手伝いとはいえ戦だ。負けることはありえん。命もうしなうかもしれん。だったら勝つことを考えないといかんだろう」
「そのとおりにございます」
 小笠原が答えた。
「ヌルい性根で戦に出て、そのヌルさが癖になってもいかん。それにこのなんだ…試されているというか、見られてると思うのだ。なんだ大した事ないなと見られたら腹立つだろう!」
 二人は笑みを浮かべていた。
「御屋形様、そのとおりにございます。やるからにはとことんやりましょうぞ」
「戦場において尼子は常に雄々しく立ちつづけることを見せつけましょうぞ」
 義久の顔に満足感が浮かぶ。
「流石、歴戦の強者、本城常光と小笠原長雄だ。決めた、やってやるぞ。だがおかしい、やばいと思ったら遠慮なく申せ。よろしく頼むぞ!」
「はっ!」
 御屋形の背中を見ながら二人は思う。若い、御屋形様は若いのう。超然とした物言いをするかと思えば、よくわからん言葉を発する。年以上に大人びたお方だが、この様に年相応な振る舞いもするのだなと。
 この若き主君を、尼子の未来を必ず守っていこうと思う二人であった。

 六月十日。若山城の戦いが始まった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平安山岳冒険譚――平将門の死闘(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品)

牛馬走
歴史・時代
(時代小説新人賞最終選考落選歴あり、別名義、別作品) とある権力者が死に瀕し、富士の山に眠っているという不死の薬を求める。巡り巡って、薬の探索の役目が主人の藤原忠平を通して将門へと下される。そんな彼のもとに朝廷は、朝廷との共存の道を選んだ山の民の一派から人材を派遣する。冬山に挑む将門たち。麓で狼に襲われ、さらに山を登っていると吹雪が行く手を阻む――

デブの俺、旅編

ゆぃ♫
ファンタジー
『デブ俺、転生』の続編になります。 読んでいただいた方ありがとうございます。 続編になっておりやますが、こちらから読んでいただいても問題なく読んでいただけるかと思います。 料理をしながら旅をするお話です。 拙い文章ですがよろしくお願いします。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

伯爵家の次男に転生しましたが、10歳で当主になってしまいました

竹桜
ファンタジー
 自動運転の試験車両に轢かれて、死んでしまった主人公は異世界のランガン伯爵家の次男に転生した。  転生後の生活は順調そのものだった。  だが、プライドだけ高い兄が愚かな行為をしてしまった。  その結果、主人公の両親は当主の座を追われ、主人公が10歳で当主になってしまった。  これは10歳で当主になってしまった者の物語だ。

異世界転生漫遊記

しょう
ファンタジー
ブラック企業で働いていた主人公は 体を壊し亡くなってしまった。 それを哀れんだ神の手によって 主人公は異世界に転生することに 前世の失敗を繰り返さないように 今度は自由に楽しく生きていこうと 決める 主人公が転生した世界は 魔物が闊歩する世界! それを知った主人公は幼い頃から 努力し続け、剣と魔法を習得する! 初めての作品です! よろしくお願いします! 感想よろしくお願いします!

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...