偽典尼子軍記

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第76話 1554年(天文二十三年)4月 安芸、周防

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 山里一揆に手こずりながらも元就は次を見据えて策を張り巡らせていた。肥前の少弐冬尚しょうにふゆひさに使者を送り、毛利は少弐氏に合力するとの意思を伝え、豊前、筑前への侵攻を促す。陶の後方を撹乱することが狙いだ。

 豊後の大友義鎮おおともよししげは当主になった時から室町将軍に献金を行い、幕府による権威付けを持って領国の支配を拡げて行こうとしていた。周防、長門に侵攻するであろう毛利を見ながら九州の大内領を支配下に置こうとする。今の大内の当主は実弟だ。助けてやりたいところだが…陶の傀儡となっている弟を助けることが果たして大友にとって利となるのか。
 毛利からの使者を迎え義鎮は考える。周防、長門は毛利が、豊前、筑前は大友が。まずはそれでいい。いずれにせよ毛利とは戦わなくてはならないだろう。尼子と盟を結んだのなら毛利に後顧の憂いはない。尼子との盟約を反故にすることもあり得るが…様子を見るか。今は提案を飲んでおく。

 毛利隆元は尼子からの使者がやってきたことでいい意味で開き直り、尼子の援軍を有効活用し周防、長門の攻略を短時間で終わらせる考えに至った。山里一揆の二の舞いは御免だ。
 尼子と盟約を新たにした最大の効果は尼子を警戒しなくて良い、すなわち安芸、備後、備中の総力を陶に向けることが可能になったことだ。陶は今だ周防、長門、豊前、筑前を有しており動員兵力は二万に達するだろう。
 しかし、毛利も国衆を動員可能なら同じだけの兵力を揃えることはできる。戦の仕方が、規模が変わったと隆元は感じていた。それに必要な戦費は尼子から引き出せばいい。勝てばいいのだ。冷静に算盤を弾く。
 天文二十三年(1554年)四月七日吉田郡山城にて長門、周防侵攻戦の軍議が開かれる。
「元春、策を述べよ」
「はっ。安芸、備後の国衆を総動員します。そして備中の三村ですが、東の備えに置くことにしようと思いましたが…」
「どうした。何があった」
「三村から長門、周防攻略に必ず参加したいとの上申がありました」
「ほう。何が望みだ」
「尼子との交易において便宜をはかっていただきたいことと、備前への侵攻の許しが欲しいと」
 隆元は少し間をおいた。
「よかろう。交易、侵攻とも許可する。便りは密にせよと伝えよ。そして目付けを選んで備中に送るように」
「はっ。これで備中からも兵が来ますので全軍二万は集めることができまする。そして尼子に兵五千を要請。二万五千で周防を落とします。戰場は須々万沼城、陶の居城若山城と見込んでおります…」
 元春の案を叩き台に皆が言葉を交わす。作戦計画は出来上がった。
 各々が戦支度に向かう。元春は隆元に問うた。
「御屋形様、三村は動かしてもよかったのですか」
 元春は赤松への備えとして三村は置いておくつもりであった。三村家親が出陣を頼み込んできたので、隆元の判断を仰いだのだ。
「赤松家老の浦上は兄弟で揉めておる。仮に浦上が備中に侵攻したとしたら尼子が備前に攻め込むだろう。三村家親はそれを嫌がった。故に儂に許可を求めた。領国拡大の機会を逃すわけにはいかんわな」
「三村が大きくなっても構わんのですか?」
「尼子が備前に出張ってくるより何倍もいいだろう。三村の手綱をしっかり握っておけば問題はない」
「分かりました。まずは三村家親に周防でしっかりと働いてもらいますか」
「おう、しっかり励めとな。今後に繋がるとしかと言い含めよ」
「はっ」
 元春は去りゆく兄の背中を見た。何となくその背中が父とダブって見えた。兄が軍議の場で話したことには驚いた。あの正直者で優しい兄が調略を一番に仕掛けるとは…三村に対しても冷静だ、冷たいほどに。
 これは、面白い。兄者、一皮剥けたのか?!
 元春は少し足早に帰っていった。

 内藤隆春ないとうたかはるに義弟の毛利隆元から文が届いた。毛利に降らんかと。大寧寺の変においては父、内藤興盛ないとうおきもりとともに静観の立場を取った。今年に入って父が亡くなると嫡孫の内藤隆世との間に確執が生じる。叔父は義弟の隆元を、甥は義兄の晴賢を支持するようになり内藤家は分裂していく。
 内藤隆春は決めた。毛利に付くと。ではいつ事を起こすのか。筆をとり書状をしたためる。隆元に送る文を書き始めた。

 弘中隆包ひろなかたかかねは陶晴賢に献策を行った。今からでも尼子と不戦の約定を結び毛利と対峙すべしと。御屋形である大内義長おおうちよしなが様は大友義鎮の実弟、大友と合力し共に毛利に当たれば十分勝算はあると。
 だが陶晴賢は聞く耳を持たない。毛利も尼子も纏めて討ち滅ぼしてくれるの一点張りだ。須々万沼城で毛利を食い止めその間に尼子と一戦交える。尼子を討ち取った勢いで城を攻めあぐねている毛利を討つ!
 …そんな美味い話があるわけがない。そもそもこちらの思うとおりに相手が動くわけがない。
 弘中隆包はすぐに御屋形様に掛け合い、豊後に使者を送った。そして自分が直接尼子に出向いて話を纏めると陶晴賢に直談判を行った。陶はそこまで言うならならばやってみよと、許可を出した。弘中隆包は津和野城に単身乗り込んだのである。
 城代本城常光は八雲に鳩を飛ばした。次の日の未の刻に八雲から鳩が飛んできた。
 尼子の答えは否であった。
 やれることはやった、こうなれば後は戰場で散るのみ。城に戻りながら覚悟を決める。
「弘中様、江良房栄えらふさひで殿が陶晴賢様にお手打ちにされました。毛利と通じていたとのことにございます」
 若山城に戻った弘中隆包を待っていたのは同僚の死であった。隆包は言葉を失った。儂は何をしておるのだ…何のために。。
 筑前守護代、杉興運すぎおきかず殿は自害された。長門国守護代、内藤興盛ないとうおきもり殿は亡くなられ、内藤家は分裂している。冷泉隆豊れいぜいたかとよ殿、相良武任さがらたけとう殿…数多の忠臣たちも多くが亡くなった。儂は陶殿に従いこの道こそ大内家の為だと信じて今まで歩いてきた。しかしこのままでは大内家は滅びるしかない。なぜ、こうなったのだろう。
 答えは出なかった。


「立原、この文を毛利のご隠居さまに届けてくれ。急ぎで頼む」
 義久は津和野から飛んできた文を読んだあと、直ぐに立原を呼んだ。
「ご隠居殿はどうされるのかな…」
 義久は吉田郡山城の方角を見ながら呟いた。
「大内、いや陶晴賢も終わりだ。毛利の動きが早いな」
 山中甚之助がやってきて毛利からの使者の到来を告げる。
「ははっ、本当に早いな」
 義久は笑いながら使者の待つ部屋に向かった。


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