偽典尼子軍記

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第5話 1545年(天文十四年) 5月 塩冶郷(えんやごう)

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 塩冶の郷は尼子にとっては因縁深く、苦き事柄多き土地だ。もともと出雲を治めていた武家は塩冶氏でありこの地に尼子より早く下り土着の他勢力と繋がりを持っていた。幕府の言うことも気にくわなければ従わぬ出雲の権力の一つ、それが塩冶だ。尼子経久は塩冶氏を取り込むべく三男興久を養子に送り込む。しかしその三男、塩冶興久は尼子に、実の父親に反旗を翻す。出雲を二分した塩冶の乱―ひとつ間違えれば尼子は滅んでいた。なぜこうなった。我が子を手にかけた経久の胸中やいかに。
 この地を今、治めるのは尼子国久。国久もまた尼子宗家を、晴久を軽んじている。己が率いる新宮党こそ尼子であると。

 尼子にとって鬼門と言うべき塩冶に俺はいる。一人の男に会うために。塩冶は出雲の少ない平野地帯にあり神戸川の水で稲作が容易だ。北に行けば杵築だ。この土地と富田の吉田が生む財が尼子の精鋭新宮党を支えている。
 そうしているうちに目的地に着いた。その男がいるであろう家(小屋にしか見えないが)の前に俺と本田はやってきた。引き戸を引き中に入る。
「誰かおらぬか?」
 本田の呼び掛けに返事はなく、人の気配もない。小屋の中は人が暮らした形跡はあるが物は片付けられ寂しい雰囲気がした。
「若、河原者の言うことなど信用できませぬ。本当にここにいるのでしょうか」
 本田はそう言って振り返り入り口に立つ人影を見て息をのむ。俺もびっくりして固まった。
「何用だ」
 男の抑揚のない声が発せられた。目は冷たい光を放っている。まるで以前からそこに居たように立っている。本田は刀に手をかけた。
「もう一度言う。何用だ」
 喉をひりつかせ本田が答える。
「お前が笛師銀兵衛ふえしぎんべえか」
「そうだ。お前は」
「儂は本田重吉。こちらにおわすは尼子の嫡男、尼子三郎四郎様じゃ」
「その嫡男が何用だ」
 俺は背中に掛けていた長物を手前に持ちかえ巻いている布を開く。
「これはお前が作った笛か」
 中から現れた横笛を銀兵衛に見せる。銀兵衛の目が少し細くなる。
「手に持っていいか」
「いいぞ」
 銀兵衛はゆっくりと俺の前に歩いてきた。両手で笛を受けとると値踏みをするように念入りに笛を確かめる。
「…これは俺が作った物ではないな。親父が作ったものだろう。いい笛だ。吹き手を選ぶがな」
 俺は話を続ける。
「そうだろう。これは亡きお祖父様の笛だ。俺はまだ上手に吹けんがそのうち上手くなってみせるぞ」
「そうか、笛も喜ぶだろう。して三郎とかいったな。本来の用件はなんだ」
「貴様!河原者の分際で若様に対して何たる無礼な。手打ちにしてくれる」
「待て、本吉。騒ぐな」
 俺は本吉を制し銀兵衛に向き合った
「尼子の為にお前の力を借りに来た」
 銀兵衛は手の中にある笛を俺に返した。そして二三歩下がった。
「ふむ…鉢屋は富田におる。尼子の為に働いておるぞ」
「あそこの居る者は父上の配下だ。俺がどうこうできる者たちではない」
「ほう…尼子のためではなく三郎四郎のために働けと」
 しばらく銀兵衛は黙っていた。
「…儂は鉢屋だ。尼子がどうなろうと関係ない。笛を作り笛を吹き諸国を回り銭をもらう。いった先で面白いことがあれば首を突っ込む。そうして生きている。手駒が欲しいなら他を当たれ。晴久にせがめば2~3人回してもらえるだろう。話はこれまでだ」
 銀兵衛はそう言って右手を引き戸に向けて伸ばした。話は終わったと。
 お互い無言の時が少し流れる。俺は声を上げた。
「銀兵衛、俺に笛を作ってくれ」
 銀兵衛の目が細くなった。
「今度取りに来る。それまで一本作っておいてくれ」
「ふーん。そうか…わかった。作っておこう」
「よろしく頼む。よし、帰るぞ」
 俺と本吉は小屋を出た。

 ヘッドハンティングは失敗に終わった。富田で銀兵衛の居場所を聞いたとき鉢屋の頭領、鉢屋冶弥三郎はちややさぶろうは言った。
「あやつは簡単には首を縦に振りませんぞ。根っからの鉢屋ですからな」
 その言葉を聞いてはいたが、かといってこれという策もなく、まずは会えるかどうかもわからないので行くだけ行こうと塩冶に来たのだった。
 ま、次に会う約束は取り付けたから良しとするか。

 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 すこしがっかりしながら帰っていく二人を銀兵衛は物陰から見ていた。
「して、どうするので」
 後ろから声がする。
「こんなところまで良く来たもんだ…しばらく様子見だな」
「では、張り付きます」
「おう。一応連絡はこまめによこせ」
 声の主は去っていった。
「さて、尼子の嫡男か。なにがしたいんだ…子供のお遊びには付き合う気はねえぞ。まったく、おじきも遂に焼きが回ったか」
 先触れは来ていた。富田から。なので会ってはみた。それだけだ。ただいつもの気まぐれで興味が少し湧いた。
「面白いガキならいいんだがな」
 銀兵衛は呟いた。

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