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最終話 二年後。2
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「だったらもっと早く起きてくれれば良いのに」
黒いセダンの助手席に座りながら横目でヒカルを軽く睨む。ナビの左上の時計を見ると、もうすぐ九時になる。
遅刻決定だ。
「起きれないものはしょうがないだろ」
「小学生か」
相変わらず黒と青で統一された車内で、アクセルを踏む横顔を眺める。
何かが変わったようで、何も変わらない。横に座っていると、相変わらず良い匂いがする。
「なんだ」
「別に」
「なんだよ」
「見惚れてた」
「……あっそ」
つい小さく笑うと、調った顔が不自然に逸らされた。
「照れた?」
「照れてないよ」
「今日も帰り、遅くなるのかな」
「うーん、どうかな。今日は車だから、どっちにしても一度帰るよ。取引先の食事会も今日だからな。顔出すだけで良いならすぐ帰るし。なんならお前も行くか?」
「あ、いや、行かない」
「即答か」
その取引先の食事会にだけは行けない。
二年前のカシスミントの煙草を思い出す。
今夜の彼の隣には、おれの見た事のない彼の奥さんと、まだ小さなこどもが居るかもしれない。
まさかおれが会う訳にはいかない。
「楽しんできて」
「仕事だから楽しめないよ。お前の顔見せに良いと思ったのに」
「まだ、会うには早い、かな」
「ん?」
「何でもない」
あの仏頂面の驚いた顔を見てみたいとも思うけれど、自分の首を絞めるような真似はするまい。その楽しみは、もう少し時間が経ってからでも良い。
「着いたぞ」
会社の入るビルの正面に車を停められたから、シートベルトを外して中身の詰まった鞄を抱え直す。
「有難う」
「事務の子には、俺から言っとくよ」
「いいよ。起こしきれなかったおれも悪いから。大人しく怒られる」
「そうか」
「行ってきます、社長」
「行ってらっしゃい、樹くん」
ドアを開けようとすると、右腕を掴まれて車内に戻された。
「こら、忘れ物」
「こんなとこで!? 見られる……」
「スモーク張ってるから大丈夫だよ。早くしないと駐車違反で俺が捕まるだろ」
「~~~っ、ああもう!」
腕を離してくれそうになくて、仕方なしに重い鞄を持ち上げて、気持ちばかりのカーテン代わり。唇に触れるだけのキスを三回。
「行ってらっしゃい。俺も車停めたら一度会社に顔出すよ」
「十一時には向こうだからな」
「分かってる」
「行ってきます」
「ああ、樹」
「なに」
「やっぱり今日は早く帰るよ。だからお前も残業しないで帰れ」
「なんで」
「理由つけて早く帰るから、風呂入ってセックスしよう。また豪に取られたら敵わんからな」
「なんだそれ……。じゃあ、風呂用意して待ってる」
「ああ。なら、また夜にな」
「うん」
車のドアを閉めて、駐車場へ向かうのを見送る。角を曲がって見えなくなってから、急いでエレベーターへ。
腕時計を見ると、出勤時間から既に十分以上の遅刻だ。社長の笠は借りたくない。
取り敢えず今は、事務に告げる言い訳を。
〈おわり〉
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました(*´ω`*)♡
黒いセダンの助手席に座りながら横目でヒカルを軽く睨む。ナビの左上の時計を見ると、もうすぐ九時になる。
遅刻決定だ。
「起きれないものはしょうがないだろ」
「小学生か」
相変わらず黒と青で統一された車内で、アクセルを踏む横顔を眺める。
何かが変わったようで、何も変わらない。横に座っていると、相変わらず良い匂いがする。
「なんだ」
「別に」
「なんだよ」
「見惚れてた」
「……あっそ」
つい小さく笑うと、調った顔が不自然に逸らされた。
「照れた?」
「照れてないよ」
「今日も帰り、遅くなるのかな」
「うーん、どうかな。今日は車だから、どっちにしても一度帰るよ。取引先の食事会も今日だからな。顔出すだけで良いならすぐ帰るし。なんならお前も行くか?」
「あ、いや、行かない」
「即答か」
その取引先の食事会にだけは行けない。
二年前のカシスミントの煙草を思い出す。
今夜の彼の隣には、おれの見た事のない彼の奥さんと、まだ小さなこどもが居るかもしれない。
まさかおれが会う訳にはいかない。
「楽しんできて」
「仕事だから楽しめないよ。お前の顔見せに良いと思ったのに」
「まだ、会うには早い、かな」
「ん?」
「何でもない」
あの仏頂面の驚いた顔を見てみたいとも思うけれど、自分の首を絞めるような真似はするまい。その楽しみは、もう少し時間が経ってからでも良い。
「着いたぞ」
会社の入るビルの正面に車を停められたから、シートベルトを外して中身の詰まった鞄を抱え直す。
「有難う」
「事務の子には、俺から言っとくよ」
「いいよ。起こしきれなかったおれも悪いから。大人しく怒られる」
「そうか」
「行ってきます、社長」
「行ってらっしゃい、樹くん」
ドアを開けようとすると、右腕を掴まれて車内に戻された。
「こら、忘れ物」
「こんなとこで!? 見られる……」
「スモーク張ってるから大丈夫だよ。早くしないと駐車違反で俺が捕まるだろ」
「~~~っ、ああもう!」
腕を離してくれそうになくて、仕方なしに重い鞄を持ち上げて、気持ちばかりのカーテン代わり。唇に触れるだけのキスを三回。
「行ってらっしゃい。俺も車停めたら一度会社に顔出すよ」
「十一時には向こうだからな」
「分かってる」
「行ってきます」
「ああ、樹」
「なに」
「やっぱり今日は早く帰るよ。だからお前も残業しないで帰れ」
「なんで」
「理由つけて早く帰るから、風呂入ってセックスしよう。また豪に取られたら敵わんからな」
「なんだそれ……。じゃあ、風呂用意して待ってる」
「ああ。なら、また夜にな」
「うん」
車のドアを閉めて、駐車場へ向かうのを見送る。角を曲がって見えなくなってから、急いでエレベーターへ。
腕時計を見ると、出勤時間から既に十分以上の遅刻だ。社長の笠は借りたくない。
取り敢えず今は、事務に告げる言い訳を。
〈おわり〉
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました(*´ω`*)♡
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ありがとうございます。
樹とヒカル末永くお幸せに。
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