背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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63話 おかえり。3

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「ヒカル……」
 スツールの近さを利用して、背中に腕を回してやる。それから頭を撫でて、次には殴られるのを覚悟で両手で思いっきりその身体を抱きしめてやった。
 何だよこれ。笑い出したくて堪らない。

「おかえり!」

 勢いまかせにそのまま叫べば、殴られる代わりに向こうの席から囃し立てるような口笛と咳払いが聞こえた。
 腕の中からは、小さな嗚咽と鼻を啜る音と、シャツを握り返してくれる指が届いた。
「ただいま……」

 悪いな、豪。
 悪かったよ。
 有難う。

 衝動を抑え切れなくて、胸に凭れていた樹の顔を上げさせる。両手で頬を押さえて、逃がさないように。不思議そうな表情のその顔に、赤くなってる鼻に、唇に、にやけて止まらない唇を押し付けた。
 嫌がられても無理矢理続けてやろうと思って居たのに、返ってきたのは拒絶ではなかった。吸い返してくる唇を離したくなくて、頬から離した左手で今度は頭を抱く。
 右手は気付かれないように、ポケットに忍ばせた。

「おいおい、続きは帰ってからやってくれ。うちはそういう店じゃねぇんだ、こんなとこで脱がすなよ」
「ッ!」
「……邪魔すんなよ」
 折角いいところだったのに、樹は譲治の言葉で慌てて唇を離してしまった。
「タクシー呼んでやるから、金だけ払ってとっとと帰れ。愚痴は聞き飽きたよ」
 譲治は五桁の数字の並んだ紙切れだけ押し付けて、店の電話に向かった。樹はすっかり前を向いてしまっていて、顔を赤くしたまま汗を掻いたグラスに口を付けている。
 俺は溜め息混じりに財布を探して、上着のポケットに入れている事を思い出した。
「樹、俺の上着から財布出して」
「あ、うん」
 言われた通り素直に内ポケットから長財布を取り出してくれるから、ちゃんと気付くように右手で受け取った。
「あ、」
「あれ、お前指輪してないのか。俺はずっと外さなかったのに」
 わざとらしくからかうように言いながら財布を開く。今夜は提示された金額を素直にカウンターに置いた。そうして、バツの悪そうな顔を横目でちらりと見てやった。
「自分だって今嵌めた癖に」
 拗ねたような顔を見て、ああやっぱりそんなに変わってないな、と安心する。俺の知ってる樹だ。
 左のポケットから出した、俺のよりもひとつ小さいサイズの指輪。右手の薬指に嵌められたのを見届けてから、譲治に気付かれないようにもう一度キスをして、右手の指同士を絡め合った。

「帰ったら続きだな」
「うん」
 うん、やっぱり、笑った顔が一番だな。
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