背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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57話 気持ち。2

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 カチッとライターの音がして、目線だけ動かすと涼平が煙草に火をつけたところだった。今空いたばかりの缶を灰皿にする気らしい。
「外で吸わないのか。壁紙汚れるぞ」
「外寒ぃし。今日は特別」
 肺まで深く吸い込むらしい煙りは、微かに色を濁らせて吐き出される。ぼんやりと煙りの消える先を目で追った。
「つまり、樹さんはそいつみたいに真剣ではなかったって事だ」
「何か今日言い方冷たいな」
「だって樹さん多分馬鹿だもん」
「言い方……」
 涼平は少しだけ長くなった灰を、案の定コーンスープの缶の中に落とした。
「樹さん今さあ、煙草野郎とまだ続けるか迷ってるだろ」
「……何でいきなりそんな話になるんだ」
「俺さぁ、」
 食わえ煙草のまま涼平はリモコンを手に取り、パチパチと何度かテレビのチャンネルを変えた。
「俺、自分が逃げ癖ついてるからさ、何となく分かるよ、今の樹さんの気持ち。逃げたいんだって、一番大事なものから」
 テレビのチャンネルは、結局最初のドラマに戻った。涼平は二回目の灰を缶に落とす。
「大事なもの?」
「なぁんで気付かんかなぁ。態度が全然違うじゃん、あの人の時と」
 あの人、が指す相手が、すぐに頭に浮かぶ。別れる度に泣きじゃくって、待って待って最後には、自分から諦めた。
 何となく否定したくて、気付かない振りをして黙った。
「樹さん、裕太と付き合ってた時の俺と同じ事してんだって、今。自分が真剣に向き合ってまた嫌な思いすんのが嫌だから逃げてんだよ、自分から」
「違う」
「違わない。樹さんどんな相手選んでもさぁ、基準があの人から変わってないんだって」
「基準……」
 言われて改めて思い知る。
 あいつと、ヒカルと、まるで違う豪くん。
 ヒカルと似ている気がした藤城さん。
 涼平の言っている事が全て当たっている気がして、もう一度違うって言いたくても、言えない。
 それに、
「でも……だってさぁ、もう遅いじゃんか。もうずっと会ってないし、今頃新しい人が居るんだろうし」
「まぁ俺はエスパーじゃないからそんな事は知らないですけど。樹さんがいいなら俺もう何も言わないし。でもさぁ、樹さん。俺は、」
 涼平は、煙草を口から離してこっちを見た。合った目は、真面目だった。

「俺は、後悔してないよ、今」
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