背中越しの温度、溺愛。

夏緒

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56話 気持ち。1

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side I

「振られたァ?」
「ばれてた。これやる」
 結局この男に頼る以外に浮かばない辺り、つくづく狭い交遊関係だなと嘆きたくなる。涼平の部屋には火燵が出ていた。
「あれ、火燵買ったんだ」
「何言ってんですか、去年から持ってましたよ。寒い寒いって煩ぇから仕方なく今年は早めに出したんです」
「そうだっけ。まぁまなかは女の子だしな」
 玄関から上がり込んで、落ち着いた色味の布団がかかった小さな火燵の上に缶を乗せる。足先だけその布団の中に潜り込ませると、じんわりと暖かさが伝わった。
 座っていいですよ、と後ろからする声に振り返ると、涼平はスマホを構っていた。しまった、と缶をもう一度手にする。相手は恐らくまなかだ。
「ごめん、まなか来るんだった?」
「ああ、別に良いですよ。今ラインしといたし。明日に替えてもらう」
「悪いよ、帰るって」
「もうライン送ったって。それに俺、あいつより樹さんのが大事」
 おどけるように歯を見せて笑ってくれる涼平に、こっちにも甘えっぱなしだと頭を下げたくなる。
「有難う」
「まぁ座りましょうよ。俺も寒いし。これ貰って良いんですか」
「良いよ、冷えてるけど」
「じゃあ俺こっち」
 涼平は左手からコーンスープの缶を奪い取って、火燵に座り込みながら缶も一緒に火燵に投げ込んだ。



「煙草ねぇ。俺自分が吸うから、その匂いよく分かんなかったわ」
「おれも自分の匂い、全然気付いてなかった」
 斜向かいに座って、夕方の再放送ドラマを何となく眺める。内容は頭に入ってこない。火燵に入れた筈の缶は、結局中身が温まりそうにないから早々に開けてしまった。横からズズ……と、空になりそうな中身を啜る音がする。
「そいつよっぽど樹さんの事好きなんですね」
「……うん」
「そいつ可哀相に」
「うん」
「本当にちゃんと後悔してんですか?」
「うん」
「でも樹さん、自業自得ですよね」
「……うん」
「今日は泣かないんですね」
「……うん。なんか、」
 涙が出ない。
 出そうだけど、確かに気分は重いんだけど、涙が出ない。酷い奴だと自分で思う半面、自分が泣いてはいけないと思っている部分もある。でも、それよりもずっとしっくりくる理由。
「なんか、多分、分かってたんだと思う。長く続かないの」
「へぇ」
「いつか別れるって、多分どっかで思ってた」
 テレビの中では、台本通りの安いストーリーが流れている。きっとあんな感じに似ている。先が見えていたから、涙も出ない。
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