背中越しの温度、溺愛。

夏緒

文字の大きさ
上 下
55 / 67

55話 さよなら。2

しおりを挟む
side G

 バタンと乱暴に玄関を閉めて、その冷たいドアに額を押し付ける。歩いている途中から足が早くなってしまって、軽く息が乱れた。自分の家の中の匂いに安堵して深い溜め息が漏れる。
 彼は追い掛けては来なかった。
 これで良い。大丈夫、泣かなかった。思っていたよりも上手く出来た筈だ。
 一晩考えて導き出した別れの理由は、自分の中では至極軽いものだった。
 スウェットパンツの左ポケットに入れていたスマホを取り出す。液晶画面には、開きっぱなしのメールの受信画面。

『悪い。あれ返してくれないか』

 二日前の夜中に届いた社長からのメール。
 返信はしなかった。
 このメールが届いてからスマホが重くて、手に持てない程重くて、ずっと目頭の辺りが痛かった。

 あの人が自分の知らないところで何をしていようと、正直俺には関係なかった。甘い煙草の匂いがしても別に構わなかった。自分があの白い手を離さなければそれで良い。そう思っていた。只笑っていてくれれば、その柔らかい笑顔を見る事が出来れば、それ以上の望みはないと。

 だからこそ、あのメールが届いたからこそ、別れなくてはいけないと思った。俺は、あの二人が笑い合っている姿を好きだった筈なのだから。
 靴を脱いで玄関を上がり、ベッドに寝転んで目を腕で隠した。
 これで良かった筈なんだ。傷つけてしまったけれど。傷ついた顔をしていた。泣きたくなかったから、せめてもの抵抗にメールの事は言わなかった。最後と思って触ったそばかすのついた頬は、冷たかった。
 ほんの少しでも、彼の中に残ればいい。
 小さなしこりとしてでも、ほんの一欠けらでも、この数ヶ月が彼の中に残ればいい。大きく潤んだ瞳に最後の告白をした時、そんな事を思っていた。

「好き……か」

 好きって何だ。
 もう一度手を繋げたなら、キスが出来たなら、あの人に勝てると、そう思えただろうか。

 長い片思いがやっと終わったんだ。
 そう思うしかない。

 さっきの顔がもう思い出せない。
 笑った顔しか、出て来ない。

「『あれ』って……物じゃねぇっつーの」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気を許すとかそういう話じゃなくて

ニノ
BL
 お互いを思い合っていた筈なのに浮気を繰り返す彼氏………。  要はそんな彼氏に捨てられたくない気持ちが強くて、ずっと我慢をしていたけど………。 ※初めて書いた作品なのでだいぶ稚拙です。 ※ムーンライトに投稿しているものをちょっと修正して上げています。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

風邪をひいてフラフラの大学生がトイレ行きたくなる話

こじらせた処女
BL
 風邪でフラフラの大学生がトイレに行きたくなるけど、体が思い通りに動かない話

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件

水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。 殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。 それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。 俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。 イラストは、すぎちよさまからいただきました。

処理中です...