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55話 さよなら。2
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side G
バタンと乱暴に玄関を閉めて、その冷たいドアに額を押し付ける。歩いている途中から足が早くなってしまって、軽く息が乱れた。自分の家の中の匂いに安堵して深い溜め息が漏れる。
彼は追い掛けては来なかった。
これで良い。大丈夫、泣かなかった。思っていたよりも上手く出来た筈だ。
一晩考えて導き出した別れの理由は、自分の中では至極軽いものだった。
スウェットパンツの左ポケットに入れていたスマホを取り出す。液晶画面には、開きっぱなしのメールの受信画面。
『悪い。あれ返してくれないか』
二日前の夜中に届いた社長からのメール。
返信はしなかった。
このメールが届いてからスマホが重くて、手に持てない程重くて、ずっと目頭の辺りが痛かった。
あの人が自分の知らないところで何をしていようと、正直俺には関係なかった。甘い煙草の匂いがしても別に構わなかった。自分があの白い手を離さなければそれで良い。そう思っていた。只笑っていてくれれば、その柔らかい笑顔を見る事が出来れば、それ以上の望みはないと。
だからこそ、あのメールが届いたからこそ、別れなくてはいけないと思った。俺は、あの二人が笑い合っている姿を好きだった筈なのだから。
靴を脱いで玄関を上がり、ベッドに寝転んで目を腕で隠した。
これで良かった筈なんだ。傷つけてしまったけれど。傷ついた顔をしていた。泣きたくなかったから、せめてもの抵抗にメールの事は言わなかった。最後と思って触ったそばかすのついた頬は、冷たかった。
ほんの少しでも、彼の中に残ればいい。
小さなしこりとしてでも、ほんの一欠けらでも、この数ヶ月が彼の中に残ればいい。大きく潤んだ瞳に最後の告白をした時、そんな事を思っていた。
「好き……か」
好きって何だ。
もう一度手を繋げたなら、キスが出来たなら、あの人に勝てると、そう思えただろうか。
長い片思いがやっと終わったんだ。
そう思うしかない。
さっきの顔がもう思い出せない。
笑った顔しか、出て来ない。
「『あれ』って……物じゃねぇっつーの」
バタンと乱暴に玄関を閉めて、その冷たいドアに額を押し付ける。歩いている途中から足が早くなってしまって、軽く息が乱れた。自分の家の中の匂いに安堵して深い溜め息が漏れる。
彼は追い掛けては来なかった。
これで良い。大丈夫、泣かなかった。思っていたよりも上手く出来た筈だ。
一晩考えて導き出した別れの理由は、自分の中では至極軽いものだった。
スウェットパンツの左ポケットに入れていたスマホを取り出す。液晶画面には、開きっぱなしのメールの受信画面。
『悪い。あれ返してくれないか』
二日前の夜中に届いた社長からのメール。
返信はしなかった。
このメールが届いてからスマホが重くて、手に持てない程重くて、ずっと目頭の辺りが痛かった。
あの人が自分の知らないところで何をしていようと、正直俺には関係なかった。甘い煙草の匂いがしても別に構わなかった。自分があの白い手を離さなければそれで良い。そう思っていた。只笑っていてくれれば、その柔らかい笑顔を見る事が出来れば、それ以上の望みはないと。
だからこそ、あのメールが届いたからこそ、別れなくてはいけないと思った。俺は、あの二人が笑い合っている姿を好きだった筈なのだから。
靴を脱いで玄関を上がり、ベッドに寝転んで目を腕で隠した。
これで良かった筈なんだ。傷つけてしまったけれど。傷ついた顔をしていた。泣きたくなかったから、せめてもの抵抗にメールの事は言わなかった。最後と思って触ったそばかすのついた頬は、冷たかった。
ほんの少しでも、彼の中に残ればいい。
小さなしこりとしてでも、ほんの一欠けらでも、この数ヶ月が彼の中に残ればいい。大きく潤んだ瞳に最後の告白をした時、そんな事を思っていた。
「好き……か」
好きって何だ。
もう一度手を繋げたなら、キスが出来たなら、あの人に勝てると、そう思えただろうか。
長い片思いがやっと終わったんだ。
そう思うしかない。
さっきの顔がもう思い出せない。
笑った顔しか、出て来ない。
「『あれ』って……物じゃねぇっつーの」
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